人事管理からみた若年非正規雇用問題(2)

きのうの続きです。後半は対策編です。


2.若年非正規雇用問題への対策


■解雇規制緩和論の検討
それでは、若年非正規雇用問題への対策としてどのようなものが考えられるだろうか。まず、世間の一部には「解雇規制の緩和・撤廃」を若年非正規雇用対策として主張する意見があるので、これから検討してみたい。
これには二つの理屈があるようだ。まず第一に、正規雇用はフレキシビリティが低く、仕事量が減ったときの調整が難しいから企業はその採用に慎重になり、結果的に非正規雇用が増える、というものだ。これは個別にいえば、採用の失敗であまり良好でない人材を採用してしまっても解雇できないから、企業は正規雇用に慎重になる、という理屈にもなる。要するに解雇規制が撤廃されれば、人が余ったときや良好でない人を採用してしまったときには解雇すればいいから、企業は安心して採用できる、ということだろう。
もう一つは世代間のバランスに注目するもので、人件費が年功的に高くなっている中高年を解雇すれば、人件費の比較的高くない若年をそれ以上に雇用できる、というものだ。中高年が多い事業所では労働流入率、採用率、求人予定数が減少していることも示されており、中高年の雇用維持が既得権になっているせいで若年の雇用が奪われている、というわけだ。
しかし、実務的にみるとこうした議論には疑問が大きい。第一の理屈についていえば、たしかに解雇規制があるために雇用が抑制されている面はあるのかもしれない。しかし、だからといって解雇規制を緩和・撤廃すれば、それまで比較的安定していた正規雇用が不安定雇用になってしまう。いわば「正社員の非正社員化」である。もちろん、それで若年雇用が、あるいは全体としての雇用が増えるかもしれないが、そもそも若年非典型雇用問題とは多くの若年が不安定で能力の蓄積やキャリアの形成につながりにくい仕事に従事しているという点が問題であるはずで、そう考えればこれが本当の問題解決といえるとは思えない。また、長期雇用慣行下での人材育成のメリット、ひいては企業の競争力を損なう危険性が高いのではないか。もちろん、そういう人には企業が長期雇用をコミットすれば足り、法的な保護までは不要という考え方もありうるかもしれないが、「安定した、能力の伸びる仕事」は増えないという点では同じことだろう。もっとも、現状のような雇用保障と企業への拘束度がともに高い正規雇用と、そうでない非正規雇用という両極端の雇用形態しか認められていないという労働法制にも問題はないわけではない。もっと中間的な労働契約を可能とすることで、正規雇用に較べて雇用保障も拘束度もそれほど高くなく、能力・キャリア形成や労働条件もそこそこ、といった「ほどほどの雇用」を増やしていくことは、若年雇用に限らず、労使双方にとってメリットがあるのではないか。今後の課題であろう。
なお、さらに極端な議論として、長期雇用慣行そのものを否定する意見もあるらしい。グローバル化や技術革新がスピードアップする中では、長期雇用では十分な柔軟性が確保できない、という批判である。とはいえ、従来から経営環境の変化、産業構造の変化は存在した。技術革新は旧来技能を陳腐化させるが、絶えざる新技術、新製品の投入に対応を続けてきた人材は、こうした変化や不確実性に対応するノウハウを自らの中に蓄積している。これは個別の技能や技術より高次元の能力であるといえる。実際、現在の各企業の現場で尊敬されている高度熟練工は、ほとんどを手作業に頼る時代に就職し、やがて自動機が導入され、MC化をくぐり抜け、今日では数値制御マシンを使いこなしている。
長期雇用の問題点として指摘されるものには、実は長期雇用ではなく年功序列の問題であるものも多い。仕事や貢献に応じた賃金となっていれば必要な柔軟性は確保される。多くの企業は賃金制度の変更などで対応している。
むしろ、機械を購入すれば利潤を生み出せた時代が過ぎ去り、経営スタッフの企画力、技術者の開発力、従業員のノウハウといった面で他社と差異化することが企業にとって必須となっている今日、企業独自の技術やノウハウ、さらには変化や不確実性に対応するノウハウを効率的に育成できる長期雇用は、産業・企業によるニュアンスの差は大きいとしても、より合理性を高めているのかもしれない。
さて、第二の理屈はどうだろうか。若年もいずれは中高年になるのであり、長期間にわたって勤続してきた中高年が容易に解雇され、キャリアと能力の蓄積が寸断されるような企業が若年にとって本当に魅力的な職場といえるのかどうかは大いに疑問はあるのだが、それはそれとして、解雇規制が緩和されて中高年の解雇が容易になれば、企業が中高年をどんどん解雇してかわりに若年を雇用するということが本当に起こるのだろうか。
現実に起こるのは、企業は余剰な人員を解雇して、新規採用を行わないことで適正な人員規模を維持する、ということではないかと思われる。それ以上に中高年の解雇を行って若年に代替するとは考えにくい。
若年は未熟練であるから当然教育コストがかかる。前述したように、その間は賃金が貢献度を上回る。教育コストが大きく、賃金をゼロにしたところで持ち出しになってしまうというケースも多いだろう。しかも、いわゆる「七五三現象」がよく知られているが、若年の定着は決して良好ではない。コストをかけて、回収に入る前に退職してしまうリスクは小さくない。
これに対し、賃金が貢献を上回っている中高年については、賃金を引き下げて貢献に近づけることが可能である。本来なら壮年期に回収しすぎた分を還元しなければならないところだが、経営事情によって勘弁してもらうわけだ。約束違反ではあるが、それでも、中高年としても職がなくなるよりははるかにましだろう。となれば、中高年には教育コストはかからないし、退職のリスクは低く、かつ十数年で定年退職が見込めるという点でフレキシビリティも若年よりは高い。
こう考えれば、今回の景気調整局面において企業が中高年の雇用を維持したことは、実はきわめて合理的な経営判断であった可能性は高い。中高年が解雇できれば若年の雇用が増えるというのは、若年が中高年と同様に貢献できるという根拠のない前提に立っており、妥当とはいえそうにない。
■需要喚起策の重要性
すでに述べたが、昨今では(足元では雲行きがおかしいところもあるようだが)経済・企業業績が回復し、雇用失業情勢も改善している。それにともない、新卒はもとより、いわゆる第二新卒や経験者採用なども活況を呈している。第二新卒には経験不問の求人も多い。非正規雇用正規雇用に登用する動きも活発だ。若年非正規雇用問題の要因の多くが需要不足であるならば、需要が増加して人手不足になればその大半は解消されるというのは理の当然といえよう。今後も経済や企業業績の好調が続くことで、若年非正規雇用がさらに減少していくことが強く期待される。
もっとも、いっぽうで正規雇用長時間労働の問題も指摘されている。前述のとおり、企業としては組織の拡大が見込みにくくなった以上、雇用調整のフレキシビリティは一定程度確保しておきたい。今後、また仕事量が減少する事態も念頭におけば、仕事量が増加している現状においても、まずは新規採用・増員よりは残業増で対応し、フレキシビリティを確保しておきたいと考えることは自然であろう。とはいえ、長時間労働の継続は決して望ましいことではないし、人手不足下においては人材確保の面からその持続には無理がある。
当然すぎてみもふたもない結論かもしれないが、結局のところ、雇用は生産などの経済活動の派生需要であるから、若年非正規雇用問題の解決にも、経済活動を活性化させることが最善の施策ということではあるまいか。そのためには民間企業が画期的な技術開発や魅力的な商品・サービスの提供を競うことが最重要だろうが、経済・金融政策の適切な舵取りも期待されるところだ。また、雇用や働き方をより良質なものとしていくために、労使の建設的な取り組みが求められよう。
■公務部門での採用も考えるべき
とはいえ、今回の雇用調整局面が異例の長期にわたったことから、若年非正規雇用の中にはすでに30代なかばに達している人もいる。景気が拡大を続け、こうした人たちにまで人手不足の恩恵が行き渡ることが望ましいわけだが、現実的にはなかなか困難な状況かもしれない。となると、別途に何らかの政策的支援が必要となるだろう。
とはいえ、障害者のように社会福祉的な観点から企業に採用を割り当てるわけにもいかないだろう。となると、公的部門で積極的に採用していくことも考えられてよいのではあるまいか。実際、人員が不足している公的部門は少なくない。その中には、福祉や営林、あるいは警察、徴税などのように、必ずしも経験者でなくても一定の研修とOJTで必要な能力を獲得でき、しかも若年が一生をかけるに値する仕事も多い。たしかに、昨今の財政状況や、行財政改革を求める世論が強い状況を考えると、公的部門での増員には抵抗があるかもしれない。大阪大学教授で経済学者の大竹文雄氏は、2001年にはすでに公的部門での増員を主張していた(たとえば2001年8月22 日付日本経済新聞「経済教室」など)が、直接的かつ効果的な施策として現在でも真剣に考えられてよいのではあるまいか。
非正規雇用におけるキャリア開発の重要性
いかに人手不足になったとしても、すべての人が正規雇用となることは考えられない。企業としても雇用調整のフレキシビリティを確保するために一定の非正規雇用は必要である(希少な能力を持つ人材を迅速に確保するために労働者派遣を活用する、といったケースも含まれる)。働く人としてみても、労働時間や就業場所の自由度や利便性のために非正規雇用を望むこともあるだろう。
となると、非正規雇用ではあっても、一定の安定が確保され、能力やキャリアの形成が可能となるような働き方を実現していくことが重要であろう。キャリア形成と技能蓄積が進んでいれば、労働条件も向上し、雇用もより安定することが期待できるだろうからだ。その具体的な道筋は明らかではないが、たとえばスーパー大手など非正規雇用に一定の基幹的役割を担わせている企業では、非正規雇用にも正規雇用と同一の人事制度・賃金制度を適用し、そのキャリア形成、人材育成を織り込んだ制度としている例がみられる。こうした先進事例が拡大して人事管理の高度化が進むことが期待される。
派遣労働においては、人材派遣業者の役割が重要である。たとえば、技術者派遣大手の(株)メイテックでは、労働組合も参加して、派遣社員一人ひとりが自分の専門性向上と今後のキャリア形成についてビジョンをつくり、なるべくそれに沿って派遣先を選定する、といった取り組みが進められているという。また、同社は全国4 ヶ所にテクノセンターを有し、派遣されていない社員の研修を行うことでスキルの向上をはかっているという。このような派遣業者が、市場での競争を通じて「派遣社員のキャリア形成を考慮する業者が良い業者」との評価が行われ、悪い業者が淘汰されることを通じて人材業者の高度化が進むことが期待される。
また、派遣会社が派遣社員のキャリア形成に積極的に関与させていくには、派遣労働を常用派遣へと誘導していくことが効果的であり、そうした施策も求められよう。
■企業にとっての若年非正規雇用問題
団塊世代の定年にともない、技能伝承の問題が注目された。もちろん、団塊世代が40年間かけて蓄積・形成してきた技能が一朝一夕に伝承できるわけもなく、技能伝承は企業が日常的・継続的に取り組まなければならない課題である。
技能伝承は、伝承する人と伝承される人がいて初めて成り立つ。蓄積・形成に時間のかかる技能は伝承するのにも時間がかかることが多いだろうから、伝承する人もされる人も長期雇用の正規雇用が一定割合以上必要となることは言うまでもない。
今回の雇用調整局面において、多くの企業が新規採用を抑制した。その結果、当然ながらその年代は手薄になっている。技能伝承の受け皿となるべき若年がいない、いても非正規雇用という職場も多いに違いない。伝承する人である団塊世代が続々と定年していくのに対し、伝承される人に事欠くという現状は、企業の競争力という観点から決して望ましいことではあるまいが、現にそうした状況が起きている。これは企業にとっての若年非正規雇用問題であるともいえるだろう。
こうした状況を招くのは、年により、年代により採用人数が大きく増減するからであることは簡単にわかる。団塊の世代は採用が多く、「ロスト・ジェネレーション」では少ない。逆にいえば、毎年コンスタントに一定数の新規採用を行っていれば、こうした問題は起こらずにすむのである。
しかし、長期雇用を人事管理の中心におく以上は、人員の不足・過剰を調整するためには新規採用の増減に相当程度依存せざるを得ないというジレンマがある。企業の長期存続とそのための人材育成に強い信念を持っているオーナー経営者であれば、あるいは一時的な業績悪化、ひいては赤字に陥っても、技能伝承と人材育成の観点から継続的・安定的に新規採用を行うかもしれない。オーナー経営者であればこそ、リターンを求める投資家は存在せず、業績悪化に対して外部から責任を問われることもないからだ(もっとも、メインバンクの深い理解は必要だろうが)。
しかし、現実の多くの企業にとっては、ことはそう簡単ではない。短期のリターンのみに強い関心を持つ投資家が強い発言力を持つ企業では、目先の利益のために人材育成を犠牲にせざるを得ない場面もあるかもしれない。もちろん、経営の規律を失って放漫に陥ることもあってはならないわけで、経営者としても難しい舵取りを迫られるところだろう。逆にいえば、経営者が業績と人材育成のバランスを取りやすいような会社制度のあり方というのも、考えられてもいい課題なのかもしれない。