同一労働同一賃金検討会フォロー

先日もご紹介しましたが、一億総活躍プランにおける同一労働同一賃金に関する記述はやたら威勢だけはいいものの内容的にはまずまず現実的なところに落ち着いていて、報道などを見る範囲では世間の関心も低下しているようにも思える訳ですが、この間政府の検討会では議論が進んでおり、資料や議事録なども公開されていますのでフォローアップしたいと思います。
今回このエントリを書く気になったのは、先日公開された第4回検討会の中村天江ワークス研究所主任研究員の資料がなかなか面白くぜひご紹介したいと思ったからなのですが、その前に第3回の議論の一部についてコメントしたいと思います。
第3回のメインは欧州の関連法制に関する社研の水町勇一郎先生のプレゼンで、まあこれは欧州における実態の紹介とそれを今回の議論にあてはめてみるとこんな感じですというもので、もちろん政策論としては非常に有益かつ興味深いもので、質疑応答なども活発に行われました(いっぽうで現実の現場にいる人間からしてみれば前提条件が違い過ぎて使えねえの一語に尽きるわけではありますが)。
個別の論点についてコメントしはじめると大変なことになってしまいますので(笑)それはしませんが、これは最重要のポイントの一つだろうなと思ったやりとりがありましたのでそこのみ議事録からご紹介したいと思います。

○川口委員(引用者注:川口大東京大学大学院経済学研究科教授) 今、神吉委員から職責みたいなものが違うということが正社員と非正社員の間であるという話があって、非常に重要な指摘だと思いました。判例などを整理していくときに、軸として労働の質の話がまずあって、それは生産性ともある種言い換えられると思うのです。あとは松浦委員からも御指摘があったキャリアコースの違い、それは水町委員も重要性を認めていらっしゃるところなのですが、キャリアコースの違いがあると。
 もう1つあるのは、いわゆる補償賃金格差と呼ばれるもので、労働環境の違いですよね。例えばファーストフードのアルバイトでも、深夜労働は時給が高いということがありますので、労働環境が違えば賃金が当然変わってくると。ですので、この点は原理原則を考えるときに落としてはいけない視点で、その視点を入れたときに、突発的に発生する業務に対して残業等で対応しなければいけない責任があるものとそうでないものといったような違いが出てくるのかと思います。そういう責務をどのように判断するか、それが何割の違いまで認められるのかという、先ほど転勤に関しては8、9割みたいな調査があるというお話がありましたが、この辺はかなり難しい論点かということで、最後に裁判所に任せるとなったときに、裁判官がどのように評価していいのかというのは非常に困ることになるのではないかという印象があるので、ある程度幅広に認めていくということも必要なのではないかとも思いました。
 松浦委員から御指摘があったキャリアコースについてなのですが、これはやはり大きな違いをもたらしているのは事実で、賃金に関してもそうですし、それ以外の部分でも訓練の機会は正社員と非正社員の間で大きな格差があるということが、能力開発基本調査などでも明らかになっており、そのことが後々に格差などにつながってくると。将来期待される役割が違うということを考えると、どうしても時間軸が入ってくるわけです。時間軸が入ってくると難しい論点になってくるのは、事前と事後の違いが出てくると。事前の意味では、幹部社員になることが期待されて入っているのだけれども、事後的に見るとみんなが幹部社員になるわけではないので、事後的に見てみると、いわゆる幹部社員になることが期待されて入っている人と、そうではなくて入ってきた方が、同じパフォーマンスだったりすることもあるのですよね。そうすると、日本の雇用管理の実態みたいなものを考えると、恐らく企業は、事前の意味での期待というのが違うキャリアコースの人が2人いるのですと、それによって訓練機会の有無などに差があるのですといったような論理を展開してくる。別にこれは詭弁でも何でもなくて、実態がそうだからだと思うのですが、恐らく事前と事後の違いということも含めたところで、事前の意味での差があるといったことを許容するようなところも含めていかないと、実効的なある程度現実を踏まえたガイドラインにはならないのではないかと思いました。もしも何かコメントなどありましたらお願いします。
○水町委員 今言ったことは、正にヨーロッパでもほぼ全て議論されていることで、それがどこに対応するかがヨーロッパは分かりやすいので救済ができるということになっていますが、日本はまるっきり正社員賃金とその他賃金に分かれていて、どこがどこに当てはまるかの説明もこれまでちゃんとしてきていないし、それについて救済もしようがないという話になってきたように思います。今言ったことは非常に大切なことなので、それをまず整理して説明するのは会社です。賃金制度をどう設定して、生産性に対応している部分はこの部分で、将来への期待に対してはこういうことを上にプレミアとして付けていって、補償賃金で正規でも非正規でも、苛酷なハードな仕事をしている分にはこの保障を与えますよというのを少し整理して、このように整理できますよと。これはパートタイムの人にも、有期の人にも、正社員の人にも、全部、納得を得られるように説明しますよとまず言ってもらって説明すれば、それでもう第1段階はクリアです。そこをまずやるような方向性で、きちんと議論を整理して、それをきちんとやっていなかったり、やったとしても内容がちょっとこれは不合理だよねと思われたら、最終的に裁判官が救済の手を差し伸べるかもしれないけれども、全て最初から裁判官が白黒を付けろという話ではないので、人事管理の方向性として、今言ったようなことをきちんとやってもらわないと、今ある正規と非正規のひずみで、正規も非正規も苦しんでいるという状況が直らないのではないかという問題提起だと思っていただければと思います。
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000125593.html

水町先生は「賃金制度をどう設定して、生産性に対応している部分はこの部分で、将来への期待に対してはこういうことを上にプレミアとして付けていって、補償賃金で正規でも非正規でも、苛酷なハードな仕事をしている分にはこの保障を与えますよというのを少し整理して、このように整理できますよと。これはパートタイムの人にも、有期の人にも、正社員の人にも、全部、納得を得られるように説明しますよとまず言ってもらって説明すれば、それでもう第1段階はクリアです」というお考えのようで、実際プレゼンにおいても賃金の構成要素を細かく分解し、それをその性格によってカテゴライズして格差の合理性をどう判断するかという(一種の・中立的な意味での)還元主義的色彩の強い議論をされています。
これに対して川口先生は「時間軸が入ってくると難しい論点になってくるのは、事前と事後の違いが出てくる」という疑問を呈されたわけです。以下は私の解釈で川口先生がそうお考えかどうかはわかりませんが、今現在はともかく、将来どんな仕事につくのか、どこで勤務するのか、どこまで昇進するのか、病気になったり技能が陳腐化してしまったりしないのか、とかいったことを全部労働契約に書ききれるわけがない。「ヨーロッパは分かりやすいので救済ができる」というのは、業務変更や勤務地変更、昇進(!)などの変化の可能性が非常に低いという事情があるからでしょう。賃金も同様であって、相当程度集団的・包括的な賃金制度があって、その中で個別的には昇進昇格とか人事考課とかによって、集団的には昇給交渉や賞与交渉とかによって決まっていくわけです。労働契約というのはどうしたって不完備契約にしかならないわけで、そこのところを川口先生はじめ経済学者の先生方は契約理論とかを使って研究しているわけです。それに対していやいや関係者が全員納得できるように書きなさいと言われても議論はかみ合わないわけで。実はこれは大内伸哉川口大司『法と経済で読みとく雇用の世界』の主要な問題意識のひとつでもあると思われ、水町先生もよくご存知のはずなんですが…。
ついでに言わせていただければ私(も仲間に入れていただいていいと思うのだが)たち労使関係の当事者というのは、しょせん事前に全部を想定・約束できない中で、当然起こる紛争をどう解決するかといったしくみづくりや、そもそも紛争を起こさないような労使コミュニケーションに尽力してきたわけですね。その経験からも、どうにも水町先生のご所論には違和感を感じざるを得ません(まあだからダメなんだということかもしれませんが)。
というわけで「人事管理の方向性として、今言ったようなことをきちんとやってもらわないと、今ある正規と非正規のひずみで、正規も非正規も苦しんでいるという状況が直らないのではないかという問題提起」とまで言われてしまうと正直うへえという感じなのですが、もちろん企業の人事管理に反省すべき点があるというご指摘はそのとおりと思います。ただその「今ある正規と非正規のひずみで、正規も非正規も苦しんでいる」とまで言われてしまうと、実際には大半の労働者はそれほど苦しんでいないんじゃないかとは思うかなあ。いやそれはもちろん大半が楽をしているとか楽しんでいるとまでは言いませんが、それなりにはなっているのではないかと(つかそうでなければ維持できないはずだと思う)。いやもちろん中には非常に苦しんでおられる実態もあるのが事実であり対処も必要だとも思いますが、どうも水町先生は日本の労働市場や人事管理を根本的に作り直してフランス型にしたいと考えておられるのではないかと思われる節があり、まあ働き方改革とかいう話もあるのでそういう議論も悪いたあ言いませんがしかしここってそういう場でしたっけ。本筋は非正規の賃金を上げるために同一労働同一賃金という考え方をどう使うのがいいのかという議論のはずで、あまり逸脱してほしくはないと思います。非正規の賃金を上げるために正社員の働き方を変えるっていうのも変な話ですし、たしかこれで正社員の賃金は下げないってのが前提ではなかったのかとも思いますし…。ちなみに、この直後にはさすがの柳川先生も「ちょっとこれはヤバいのではないか」と思われたらしく若干牽制されるような発言をされていて微笑ましいものがありました。くわばら、くわばら*1

*1:しかしあれだな、今回の議事録は事務方は最後に次回の日程をアナウンスするところで河村室長がちょっぴり出てくるだけで全然存在感がないな。なぜだろう(笑)。