混迷深まる同一労働同一賃金

前回簡単に触れた第5回一億総活躍国民会議ですが、世間の動きが速そうなので、情報が十分ではない中ではありますが水町先生および議員各位の提出資料をもとにコメントしてみたいと思います。なお誤解なきよう為念最初に申し上げておきますと以下のコメントはわが国の現状の労働市場や労使関係、人事管理の実情がある中でこれをやったらこうなるでしょうという予想を述べるのが中心的な関心事項であって、理念としてかくあるべきとかこれが正しいとかいう話は基本的には二の次になっていますのでそのようにお願いします。
さてまず私も当初うっかりしていたのですがしかしここはおそらくかなり重要なのではないかと思うのですが、今回のテーマは「非正規雇用労働者の待遇改善、高齢者の就業促進、若者の就業促進、障害や難病のある方の就業促進について」であって同一労働同一賃金ではないのですね。つまり、同一労働同一賃金非正規雇用労働者の処遇改善をはじめとする各課題に取り組む上で考えられる方法の中の一つという建付になっているわけです。なるほど、だから松爲信雄議員提出資料や飯島勝矢議員提出資料のように、同一労働同一賃金という語が全く出てこない(もちろん当日は口頭で発言があった可能性はありますが)資料もあるわけです(なおそれぞれの問題意識はどちらも重要なものと思います)。したがって石破・馳・森山各大臣の提出資料にも同一労働同一賃金の語は一度も出てこないのも当然だということになりましょう。たしかにこの三大臣提出資料の関心事に対して同一労働同一賃金が有効な手法たりうるとはあまり思えないわけで、さすがにそのあたり霞ヶ関はしっかりしていますね。

同一労働同一賃金の推進について(水町勇一郎教授提出資料)

ということでそれぞれの資料を見ていきたいと思います。まずは社研の水町勇一郎先生の資料から。
さてこの資料(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ichiokusoukatsuyaku/dai5/siryou2.pdf)ですがタイトルがいきなり「同一労働同一賃金の推進について」とやる気満々であってうへえという感じなのですが、内容的にはEU、特に先生ご専門のフランスにおける法制度と判例の紹介が中心です。
まずは同一労働同一賃金とは「職務内容が同一または同等の労働者に対し同一の賃金を支払うべきという考え方」とした上で、こうまとめられています。

正規・非正規労働者間の処遇格差問題にあたっては、非正規労働者に対し、「合理的な理由のない不利益な取扱いをしてはならない」と定式化されることが多い。
職務内容が同一であるにもかかわらず賃金を低いものとすることは、合理的な理由がない限り許されない、と解釈される。

そして、多数のフランスの判例に加えて一部ドイツの判例もひいて、「フランスでは、提供された労働の質の違い、在職期間(勤続年数)の違い、キャリアコースの違い、企業内での法的状況の違い、採用の必要性(緊急性)の違いなど、ドイツでは、学歴、(取得)資格、職業格付けの違いなどが、賃金の違いを正当化する客観的な理由と認められると解釈されている」と述べ、「欧州は職務給、日本は職能給(職務+キャリア展開)なので、日本への同一労働同一賃金原則の導入は難しいという議論がある」が、「欧州でも同一労働に対し常に同一の賃金を支払うことが義務づけられているわけではなく、賃金制度の設計・運用において多様な事情が考慮に入れられている」から「これらの点を考慮に入れれば、日本でも同一労働同一賃金原則の導入は可能と考えられる」とした上で、裁判例での蓄積には時間がかかることから、こう結論付けておられます。

 法律の整備を行うとともに、欧州の例などを参考にしつつ、「合理的な理由」の中身について、政府として指針(ガイドライン)を示すことが有用ではないか。

さらにその意義と必要性についてはこう述べておられます。

◯ 同一または同等の職務内容であれば同一賃金を支払うことが原則であることを法律上明確にする(労働契約法、パートタイム労働法、労働者派遣法等)。
◯ この原則と異なる賃金制度等をとる場合、その理由・考え方(合理的理由)について、会社(使用者)側に説明させる(=裁判における立証責任の明確化)。これによって賃金制度等の納得性・透明性を高める。
⇒労使の発意・創造力を尊重しつつ、公正な処遇(賃金制度等)を実現できるように誘導する。
◯ 日本の現状では、とりわけ家庭生活上の制約が大きい女性、正規雇用に就けない若者、定年後の高齢者などにおいて、その働きぶりに見合わない低い処遇を受け、その能力を発揮できていない者が数多く存在する。
同一労働同一賃金原則により非正規労働者の処遇の改善(公正な処遇)を促し、多様な状況にある人々がそれぞれの状況のなかでその能力を十分に発揮できる多様で魅力的な就業環境を整えていくことが、一億総活躍社会の実現に向けた不可欠の取組みの1つ。

率直に申し上げてこれを見ると水町先生にとっては同一労働同一賃金原則の導入は手段ではなく目的なんだなあとはかなり強く思います。どうにもこれが「非正規雇用労働者の待遇改善、高齢者の就業促進、若者の就業促進、障害や難病のある方の就業促進」の手段として有効だという感じがしないのですね。
まず細かい話ですが大切なことだと思いますのでご容赦いただきたいのですが、水町先生の言われる「日本の現状では、とりわけ家庭生活上の制約が大きい女性、正規雇用に就けない若者、定年後の高齢者などにおいて、その働きぶりに見合わない低い処遇を受け、その能力を発揮できていない者が数多く存在する」というのがよく読むと不思議な文章で、「その働きぶりに見合わない低い処遇を受け」かつ「その能力を発揮できていない者」が数多く存在すると主張しておられるのか、「その働きぶりに見合わない低い処遇を受け」ているか、または「その能力を発揮できていない者」が数多く存在すると主張しておられるのかがはっきりしません。
前者のandの意味だとすると、数多くというのはまあ評価の問題なのでとりあえずおくとしても、「その働きぶりに見合わない低い処遇を受け」ているのであれば働きぶりは優秀ないし良好なのでしょうから「その能力を発揮できていない」とは言いにくい(いやもっと発揮できるはずだという話かもしれませんが)。逆に「その能力を発揮できていない」のであれば働きぶりもそれなりのはずであって「低い処遇」となるのも致し方ないはずです(まあそれにしてもなお低すぎるということかもしれませんが)。
いっぽうで後者のorの意味だとすると、「その働きぶりに見合わない低い処遇を受け」ている人がいるというのはパート労働法8条、9条が導入された際からの問題意識であり、一定数いるだろうとは思います。ただ同一労働同一賃金原則が問題となるような(パート法9条に該当するような)人がどれほどいるのかというと、まあせいぜい数%オーダーかそれ以下の話であって(やはり評価の問題ではありますが)「数多く」とまでいえるのかどうか。少なくとも「非正規雇用労働者の待遇改善、高齢者の就業促進、若者の就業促進、障害や難病のある方の就業促進」という目的に対してどれほどの効果があるのかというと、まあさほどのものとも思えません。これに対してorのもう一方、「その能力を発揮できていない」労働者というのはこれは数多くいるだろうと私も思います。ただこれは「労働者の能力に見合った仕事が十分に存在しない」という量的な問題かミスマッチの問題であって、同一労働同一賃金原則はほぼ無関係だよなとは思う。
そもそも考えてもみれば水町先生ご自身がわが国の労働市場や人事管理の実態に応じた形で導入できるから導入しましょうと言っておられるわけなので、それで実態が大きく変わるとは思えないというのが素直な考え方ではないかと思います。
ということで、水町先生の最終結論を再掲しますと、

同一労働同一賃金原則により非正規労働者の処遇の改善(公正な処遇)を促し、多様な状況にある人々がそれぞれの状況のなかでその能力を十分に発揮できる多様で魅力的な就業環境を整えていくことが、一億総活躍社会の実現に向けた不可欠の取組みの1つ。

これも「非正規労働者の処遇の改善を促し、多様な状況にある人々がそれぞれの状況のなかでその能力を十分に発揮できる多様で魅力的な就業環境を整えていくことが、一億総活躍社会の実現に向けた不可欠の取組みの1つ」と言われるのであればまあそうだなと思うわけです。私も非正規労働者の処遇の改善はそれ自体は非常に望ましいことですし、それによって人それぞれの事情に応じて働き方の選択肢が増えることもまことに好ましいと思います。ただまた理屈の話をしますとここでの「非正規雇用労働者の処遇の改善」というのは(水町先生がどのような意図なのかは別として)均衡処遇としてのそれであるか、少なくともそれで足りるものであって必ずしも同一労働同一賃金原則を要するものとも思えません。
さらに方法論として「同一労働同一賃金原則により」「公正な処遇」「を促し」と言われると、やはり手段としては筋が悪いのではないかと思うところもあります。理由としては2つあり、ひとつめは今回やろうとしていることは要するに「法律の整備を行うとともに、政府として指針を示す」「裁判における(使用者側の)立証責任の明確化」ということなので、当然ながら水町先生が独仏の例を多々あげられたように訴訟が頻発する可能性があるということです。
もちろん訴訟自体が悪いたあ言いませんし弁護士先生におかれてはお仕事が増えてご同慶こらこらこら、いやそれも含めて悪いたあ言いませんがそれにしても企業にとってはリスクであることには間違いないでしょう。となると企業としても明確化された立証責任を果たすべく、「ガイドライン」の記載をふまえて「賃金の違いを正当化する客観的な理由」の明確化に取り組まざるを得ないというシチュエーションは大いに考えられるものであり、となると正社員と非正規雇用労働者との差異を管理上より明確にするということになるでしょう(というかすでにパート労働法の改正などの意図せざる結果として現実化していもいるわけです)。今回の趣旨は直接には非正規雇用労働者の正社員化ではないようなので正社員化が難しくなるというのは別問題としても(広い意味ではこれも非正規雇用労働者の処遇の改善ではないかとは思いますが)、スキルの向上やキャリアの形成などの面でもあまりいい影響が出るとは思えず、結果的にむしろ非正規雇用労働者の処遇の改善を阻害してしまう恐れもなしとはしません。当然ながら企業の側にしてもそんなことに手間ひまやコストをかけたいと思っているとも思えずこれいったい誰が得するんでしょうかねえってだから弁護士先生がこらこらこら。
もうひとつ心配なのは(まあこれは杞憂かもしれませんが)労働市場の機能との関係で、同一労働同一賃金についてはたとえば八代尚宏先生などが主張されるように市場が機能すればおのずと一物一価が実現するのであって問題はそれと遮断された社内労働市場の賃金決定だ、という意見もあるわけです。今回の議論は非正規雇用労働者の処遇の改善などが主眼であってそこまで考えられていなかろうとは思うのですが、しかし場合によっては正社員、特にまだ職務レベルがそれほど高くない正社員の賃金が抑制される可能性は否定できず、それが今度は非正規雇用労働者の賃金のキャップになってしまうというリスクは、特に不況期には否定できないような気がします。
ということなので繰り返しになりますが非正規雇用労働者の処遇の改善に取り組まれるのはいいと思うのですがやはり同一労働同一賃金を手段にするのはあまりいい方法ではないように思います。もちろんこれはそれを思いついて使おうとしている官邸サイドの問題であって水町先生が悪いわけでもなく、またこれとは別に同一労働同一賃金原則を導入すべきと考えている(まさにそれが目的であって手段ではない)労働関係者も多数いるようですのでこれを奇貨として導入してしまおうという考え方もそれはそれでありだと思います。ただまあうかつに入れてしまったところあれやこれやと都合よく使おうという動きが出てきて困ったということにならなければいいなとは思いますが。

工藤啓議員提出資料

さて続いて他の出席者の方の資料を見ていきたいと思います。まずNPO法人育て上げネットで若年の就労支援に取り組んでおられる工藤啓議員の資料です(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ichiokusoukatsuyaku/dai5/siryou3.pdf)。
実質8ページの資料のうち7ページまでが若年の就労支援に関する内容で同一労働同一賃金との関連はほとんどありません。もちろんこれは最初にも書いたとおり今回のテーマは「非正規雇用労働者の待遇改善、高齢者の就業促進、若者の就業促進、障害や難病のある方の就業促進について」であり、工藤議員に期待される役割は主として「若者の就業促進」に関する部分でしょうからこれはたいへんに当然のことと申せましょう。
さてそこで最後に取ってつけたように同一労働同一賃金に関する資料が1ページあるのですが、短いものですので全文引用してしまいましょう。

・呼称が「正社員」ではない「無期雇用契約」の雇用労働者約600万人
・そもそも正社員/正規雇用非正社員非正規雇用に明確な定義が存在していないのではないか
非正規雇用から正規雇用等への政策はあるが、そのなかでも言葉の曖昧さが散見されている

 国として取り組んでいただきたい施策等

・期間の定めのない雇用契約者に対し、雇用形態および呼称に関わらず労働者の待遇に係る制度の共通化推進等、必要な施策の実施
・期間の定めのない雇用契約の間で、職務ならびに能力が同等とみなされる場合、所定労働時間に対する所定内給与額の比率である時間単位あたりの所定内賃金率が同等となるための施策の策定と実施
・期間の定めのある労働契約の労働者から、期間の定めのない労働契約の労働者、もしくはより長期の期間の定めのある労働契約の労働者への転換を促進する施策
・安全な中間的就労/福祉就労の実現と既存労働市場への移行に係る施策
・既存の福祉就労等の拡充および「シルバー人材センターの地域人材センター化」など一般就労が難しい人々に対して、年齢等に関わらず各種施策や制度が活用できるようにすることで国民がすべからく状況や状態に応じて活躍できる素地を作る

工藤議員の問題意識は主に「期間の定めはないのに非正規雇用」という人たちにあるようで、そういう人が約600万人というには工藤議員も指摘するとおりです。ただこの中には派遣や請負で就労している(したがって非正規)けれど派遣会社や請負会社では正社員という人が相当数入っている(すみません今ウラ取りしてませんので正確なところはわかりません)はずであり、また比較的定型的・補助的な業務にパートタイムで長年従事していて、職務の変更などは今後も予定されていないけれど仕事そのものはずっとあるはずなので期間の定めはありません、という人もかなりのボリュームで含まれています。もちろん、中には1日7時間週4日勤務のパートタイマーだけど入社時から徐々に難しい仕事をやるようになってきて今では正社員とほとんど変わらず、社外からの問い合わせなどでも「ああ今日は○○さんがいないから確かなところは明日ということで」といった具合になっている、パート法9条の「通常の労働者と同一視すべき」に該当する人もいるわけです。法律はそれなりに定義はきちんと与えているわけですが、世間一般ではたしかに明確な定義が与えられているように思えないというのはご指摘のとおりでしょう。
ただ「期間の定めのない雇用契約者に対し、雇用形態および呼称に関わらず労働者の待遇に係る制度の共通化推進」というのは問題含みで、まあ賃金だけ共通化してくださいという話なのかもしれませんが現実にはそうもいかないわけで、賃金制度も共通化したらその他の制度も共通化、という話になると工藤議員が支援しているような若年にとってはかえって働きにくくなってしまう可能性があるでしょう。
次の「期間の定めのない雇用契約の間で、職務ならびに能力が同等とみなされる場合、所定労働時間に対する所定内給与額の比率である時間単位あたりの所定内賃金率が同等となるための施策」については短時間労働者が念頭におかれているのでしょうが、これも上記と同じで賃金を同じにしろと言われたら職務や能力以外の、パート法9条にあるような職務の変更といったキャリア面でも同じにという話になってしまうように思われます。やはり若年の就労支援を進めるためには一人ひとりに合った・向いた多様な就労形態を選択できることが望ましいわけで、もちろん雇用が安定していたり賃金が良好だったりしたほうがいいことはもちろんですが、しかし同一労働同一賃金という文脈でそれを追求するのはかえって逆効果かもしれません。
あとは「期間の定めのある労働契約の労働者から、期間の定めのない労働契約の労働者、もしくはより長期の期間の定めのある労働契約の労働者への転換を促進する施策」と「安全な中間的就労/福祉就労の実現と既存労働市場への移行に係る施策」となっていていずれも大切な論点だとは思いますが同一労働同一賃金と直接の関係があるようには思えません(特に中間的就労や福祉就労に賃金が支払われている場合に同一労働同一賃金原則のような規範的な発想を持ち込むのは心配です)。
「シルバー人材センターの地域人材センター化」というのは思い切ったアイデアのように思われます。シルバー人材センターは高年齢者の生きがい就労を旨としているので危険有害業務がないのはいいのですが、配分金は決して多額ではなく、また仕事の有無などもかなり不安定です。ただ確かにそのくらいの密度での仕事をしたい・適している人は高年齢者に限らずいるのでしょうから、就労機会の多様化という面では高年齢者以外への開放というのも望ましい施策なのかもしれません。正直私にはよくわからない分野ではあるのですが、いずれにしても同一労働同一賃金との関連性はなさそうな。

宮本みち子議員提出資料

資料のタイトルが「第5回一億総活躍国民会議への問題提起」となっているようにまさに問題提起です。もちろん宮本先生といえば当代一流の研究者であり斯界の泰斗であるわけですから、そういう先生が専門外の分野に問題提起されることはたいへんに有意義ではあるのでしょう(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ichiokusoukatsuyaku/dai5/siryou4.pdf)。
ただまあ問題提起なのでかなりご自由に書かれているという感はあり、口頭での説明を前提とした資料だけを見てあれこれ言うのもどうなのよとはこの資料に関しては特に強く感じはするのですが、たとえば「どのような就労であろうと家族をもち社会生活が営めることを労働条件の最低基準とすべきである」ってすげー高い最低基準だなあ。どのような就労であろうとも、ということはたとえば週3日1日4時間の軽作業といった就労であっても「家族をもち社会生活が営める」労働条件が最低基準なわけで、まあそうすれば福祉による生活支援は必要なくなるかもしれないな。「中小企業労働者の一定水準の生計が成り立つことを、企業間取引の基準とする」というのも気持ちはわからないではないけれど、しかしまあこれって生産性向上のインセンティブのまったくない世界だなあとも思う。中小企業にとどまる範囲であれば従業員を何人雇っても「労働者の一定水準の生計が成り立つ」価格で納入できるわけですよね?
「大企業の内部労働市場の柔軟性を高め、多様な人材に門戸を開放すること。閉鎖型内部労働市場を続ければ、企業規模間の大きな格差を解消することはできず、再チャレンジの機会は限定され人々の格差は固定化したままになる」ってのもすごいなあ。どうやってやるんだろう。これはもはや解雇規制の撤廃でも足りず、一定の解雇の義務化とかが必要になりますよ?
社会的企業や非営利法人(NPO)を雇用の場として位置づけ、投資を拡大すべきである。現状では、NPOの多くは脆弱な基盤のなかで活動し、離転職率が高い。NPO に業務委託している公共機関は、そこで働く人々の生活水準を最低水準に押し下げる結果となっている点に再考が必要」というのもまあ気持ちはわからなくもないんですが、公共機関が働く人々の生活水準を高めることができるような政府調達価格を保証してくれるんだったら民間企業も全部社会的企業NPOに変わるだろうなきっと。
その後は、アクティベーションの推進を強くプッシュされ、さらにそれを生かすべく安定した雇用機会の創出を訴えるというその限りにおいてはごもっともという話になって少し安心するわけですが(いやアクティベーションをやったところで労働需要がなければ効果は限られるというのがスウェーデンとかの経験だったわけで)、その後は「就職支援サービスが改善しても良い仕事の機会が限られている限り問題は解決しない」「良質な・生計を立てられる女性の仕事を作り出すことが必要」とかいうばかりでどうやってという方法論は一切ありません。まあだから問題提起なんだよという話なのかもしれませんが。
ということでこれについても正直どこのソ連邦かなあという印象は持ちました。最近こればっかりだな私。もちろん問題提起なのでそれもありでしょう。ちなみに同一労働同一賃金への言及はありません。まあ口頭では触れられたものと思いますが。
なおあとは生活困窮者自立支援制度の充実と高校・大学における教育の見直しということで、まあ実技・実習を重視した教育の強化とその社会的地位の向上が必要だというのはそのとおりかもしれません。

白河桃子議員提出資料

続いてはジャーナリストの白河桃子議員の資料です。お題は婚活の人らしく「同一労働同一賃金は女性、子どもの貧困対策であり若者の結婚対策」となっておりますな(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ichiokusoukatsuyaku/dai5/siryou5.pdf)。
中身を見るとさすがに熟練のジャーナリストの手になるものだけあって刺激的な事例やデータをちりばめながら情に訴える議論を展開していて面白いのですが、残念ながら根本的な立脚点がずれているので全体がダメな議論になってしまっています。
具体的に2点ほど申し上げますと、まず同一労働同一賃金に対する誤解があるのではないかということがあります。白河議員はシングルマザーや支援団体のインタビューを通じて「同じ仕事の妻子がある正社員の男性がいるが、彼のお給料はしらない」「働くシングルマザーの約半数は非正規で働いている。もしもこのシングルマザーが同じような仕事をしている人と同じ賃金が得られたら、または正社員になれたら…」といった声を紹介するわけですが、これは水町先生が紹介された同一労働同一賃金原則にてらせば合理的な理由のある格差であることが多いのではないかと思います(合理的な理由のない格差もあるでしょうが)。どうやら白河議員やそのインタビュー先の方は今現在やっている仕事が同じでさえあれば同じ賃金を支払ってほしいとお考えのようで、もちろんそういう同一労働同一賃金の考え方もあります(こちらが本来で合理性のほうが変型だとの声あり)が、しかしやはりナイーブに過ぎるのではないかと思います。なお生活に困窮するシングルマザーの支援が政策的にも重要であることは私にもまったく異論はありませんし、より高処遇の仕事につけるようにするための支援も重要と思いますが、それは福祉的な給付や育児サービスの提供、職業訓練の実施といった方策も組み合わせていく必要があり、企業の賃金に多くを依存しようというのは無理があると思います。
次に、白河議員は資料の冒頭で「日本の正規・非正規間の大きな賃金格差は、シングルマザーの貧困、未婚率の上昇・出生率の低下等、日本の将来の根幹に関わる問題」と述べるなどしているのですが、しかしそれは非正規の賃金が上がれば解決する問題なのかという点が決定的にずれているように思います。資料の後半では若年の未婚が取り上げられていて、白河議員は2ページにわたって「未婚者対策としても同一労働同一賃金は有効」「「正規非正規の格差」=「結婚格差」となっている」との見出しをつけられています。
このうち、後者の「「正規非正規の格差」=「結婚格差」となっている」との指摘はそのとおりでしょう。しかし、それでは非正規の賃金が上がれば正規と同様に結婚する・できるようになるでしょうか。もちろん多少はプラスの影響があるだろうとは思いますが、やはり5年で雇止めの危険性のある有期雇用のままではなかなか目に見える改善は期待できないのではないでしょうか。なるほど「正規非正規の格差」=「結婚格差」かもしれませんが、ここで問題になっている格差は賃金の格差ではなく雇用の安定や将来のキャリアの格差ではないかと思います。したがって白河議員の「未婚者対策としても同一労働同一賃金は有効」との主張は残念ながらかなり限定的にとどまると思われます。
余計なお世話ながら申し上げますと、白河議員はおそらくは空気を読み、また話題のキーワードでもあるということで同一労働同一賃金を織り込んだプレゼンをしたのでしょうが、むしろ正攻法でシングルマザー支援と若年非正規支援を訴えたほうがよかったのではないかと思います。実際、資料の結論部分のページでは、最初にとってつけたように「同一労働同一賃金へのロードマップを整備」とあるほかは、こんなことが書かれているわけです。

非正規から正規への道の整備
 若者雇用促進法、職場情報の開示が進められているが、働き方改革を進めるためには、若者以外も含めた職場情報の開示の充実にも取り組んでほしい。
■予算をかけず分配効果を高めること(引き続き、お願いいたします)
 給付のタイミングの悪さで国民の生活を圧迫したり、制度をつかいにくくするものをリストアップし改善。給付のタイミングが生活を阻害しないようにしたい。
例 ●児童扶養手当 4ヶ月に一度
  ●育休の給付金 育児休業に入ってから3ヶ月、または4ヶ月後に振り込ま れ、2ヶ月分が一度に出る。基本的に月給ベースで生活する会社員にとっては、男性育休取得がすすまない一因になっている。

情報開示の充実がどのように非正規から正規への道の整備になるのかは今一つつかめないところで、このあたりはやはり口頭での説明を前提とした資料からは読み取れないところでしょう。児童扶養手当の件はこのところ広く知られるようになってきましたが重要で、特に生活困窮家庭では4か月に1回の支給を次の支給まで計画的に費消するというのがなかなか難しいわけですね。おそらくは行政事務と振込手数料の問題でしょうが、なんとかならないものかとは私も思います。白河議員が本当に言いたかったのはこのあたりなのではないかと思われ、実際同一労働同一賃金より重要なんじゃないかと思わなくもないので、わざわざ調子を合わせることもなかったのになと思います。
なお白河議員の資料の5ページに「まったく上がらない非正規の賃金」とあり、具体的な数字として「25〜29歳:正社員 1453円 非正規 1030円」「50〜54歳:正社員 1446円 非正規 1029円(1時間)」と記載されているのですが、これだと正社員もまったく上がっておりませんな。たぶん単純なミスなのでしょうから早いところ修正したほうがいいと思います(と書いているうちに直っているかもしれません)。
ということでさすがに長くなって疲れてきたので続きは明日以降ということにしたいと思います。しかしここまで書いてきてこれで明日議事要旨が公開されたりしたらがっくりだな(笑)。