「飲酒運転で懲戒免職」やはり厳しすぎる?

きのうの新聞各紙で、飲酒後に自動車を運転したとして懲戒免職処分となった佐賀県の元高校教諭について、最高裁が処分は過酷であるとして取り消す決定をくだしたと報じられていました。msn産経ニュースから。

 飲酒運転を理由とした佐賀県の懲戒免職処分が妥当かどうかが争われた訴訟について、最高裁第1小法廷(宮川光治裁判長)は20日までに、県側の上告を退ける決定をした。元高校教諭の男性(40)の処分を取り消した1、2審判決が確定した。決定は18日付。
 平成20年12月の1審佐賀地裁判決は、「男性は、道路交通法酒気帯び運転にも至らない程度のアルコールを身体に保有していたにすぎない。懲戒免職はあまりに過酷だ」と判断。昨年8月の2審福岡高裁も支持した。
 1審判決によると、男性は18年7月13日、佐賀市のホテルで酒を飲み、車を運転し帰宅。途中に起きたほかの車とのトラブルがきっかけで、翌14日朝、交番に出向いた際に、呼気1リットル中0・07ミリグラムのアルコールが検出された。行政罰や刑事罰は科されていない。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100220/trl1002201832002-n1.htm

2006年に起きた福岡市職員の飲酒運転死亡事故以来、公務員を中心として飲酒運転が発覚した従業員に厳罰でのぞむ例が増えていました。この事件のように人事管理上は「極刑」である懲戒免職とするケースも間々みられたところです。まあ、当時は福岡市職員の事件があまりに悪質であり、世間の雰囲気が過熱していた時期でしたから、世の中がそんな状態なのになお酒気帯び運転をする、しかも叩かれている公務員が、ということで、そこまでKYなら懲戒免職もやむなしか、という感もあったことは否めませんが、それにしても酒気帯び運転なら一律に懲戒免職というのはいかにも重きに失するのではないかという印象もありました。このブログでも、その当時そういう趣旨のエントリを書いています(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20060928)。
以降4年近くが経過して、司法の判断も次々と出ています。実は最高裁判決もいくつか出ていて、つい先日の1月21日にも三重県職員の懲戒免職の取り消しが決定しています。

 07年に酒気帯び運転を理由に懲戒免職処分とされた三重県立志摩病院(志摩市)の元運営調整部次長兼医事課長の男性(52)が、県を相手に処分取り消しを求めた訴訟の上告審で、最高裁第2小法廷(千葉勝美裁判長)は5日付で県の上告を棄却する決定を出した。処分を取り消した1、2審判決が確定した。
 1、2審判決によると、男性は07年7月6日午後7時ごろから翌7日午前1時ごろまで旅行先の横浜市で友人と飲酒して就寝。午前10時15分ごろから乗用車を運転した際に警察の飲酒検知で呼気1リットルあたり0.2ミリグラムのアルコールが検出され、道路交通法違反(酒気帯び運転など)で略式起訴された。
 06年に福岡市職員の飲酒運転で幼児3人が死亡した事故をきっかけに、県は同年10月、酒気帯び運転した職員は原則免職とするよう懲戒処分を強化していた。1、2審判決は、飲酒終了から運転まで8時間以上あったことなどを理由に「懲戒免職は過酷で重すぎる」と判断した。
毎日新聞http://mainichi.jp/select/jiken/drunk/news/20100309k0000m040032000c.html?link_id=PT010

同じ日には、神戸市の消防士長の懲戒免職も取り消しとなる決定がありました。

 酒気帯び運転を理由とした神戸市消防局の懲戒免職処分が妥当かどうか争われた訴訟で、最高裁第1小法廷(宮川光治裁判長)は21日、市側の上告を受理しない決定をした。元消防士長の男性(52)に対する処分を取り消した1、2審判決が確定した。
 1審神戸地裁判決は、前夜の飲酒でアルコールが残っていたと判断。男性に処分歴がないことなどを挙げ「懲戒免職処分の際には処分する側にも慎重さが求められる」とし、2審大阪高裁も支持した。
 1、2審判決によると、男性は飲酒翌日の平成19年年3月30日、自家用車で出勤途中に大型トラックと追突。呼気1リットル中0・2ミリグラムのアルコールが検出され、酒気帯び運転で摘発された。同年5月、内規に基づき処分を受けた。
産経新聞http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100121/trl1001212253023-n1.htm

昨年の9月には、加西市の課長の懲戒免職が取り消されましたが…。

 加西市は25日、酒気帯び運転を理由に市が元課長(58)を懲戒免職とした処分の適否が争われた訴訟で、最高裁判所が市の上告を棄却した、と発表した。二審の大阪高裁の判決通り元課長の処分が取り消され、市の敗訴が確定した。
 元課長は2007年5月に酒気帯び運転で摘発され、市の懲戒基準で懲戒免職となった。その後、酒気帯び運転をすれば一律に免職とする市の基準は厳しすぎるとして提訴。一、二審ともに「過酷だ」などとして処分取り消しとなり、市は最高裁へ上告していた。
 今月18日に棄却され、元課長は19日付で復職し自宅待機となっている。給与は免職となった時点までさかのぼり、約2000万円が支払われる。
 市は10月、大学教授や市民らでつくる懲戒審査委員会を開き、飲酒運転をした職員の懲戒処分の基準を見直した上で、元課長の処分を決めるという。中川暢三市長は「主張が認められずに残念だが、決定を重く受け止めたい」と話している。
神戸新聞http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0002385885.shtml

記事にもあるように、加西市は「大学教授や市民らでつくる懲戒審査委員会を開き、飲酒運転をした職員の懲戒処分の基準を見直した上で、元課長の処分を決め」ていて、市の公式発表によれば「復職していた職員を11月10日付で停職9ヵ月の処分としました」とのこと。続けて「なお、当該職員は11月11日付で自己都合退職しました」とあります。58歳ですから定年まであと2年、バックペイなどが約2,000万円、それに退職金と、おそらくは相当額の和解金が支払われているのでしょう。形式的には自己都合退職としても、まさしく解雇の金銭解決ですね。
そして、これがおそらくリーディングケースではないかと思うのですが、すでにウェブ上にはニュース記事が見当たらなかったので、2ちゃんからの孫引きです(笑)。

 二度の酒気帯び運転と生徒の成績などが入ったMO(光磁気ディスク)の紛失を理由に懲戒免職となったのは不当として、熊本県城南町立中学校の元男性教諭が同県教育委員会に処分取り消しを求めた訴訟で、最高裁第一小法廷(才口千晴裁判長)は12日、教委側の上告を退ける決定をした。「懲戒免職は厳し過ぎる」として処分を取り消した二審福岡高裁判決が確定した。
 二審判決によると、元教諭は2003年11月に酒気帯び運転で警察に2度摘発されたほか、帰宅途中に生徒の成績や名簿などを保存したMOを紛失したことを理由に、04年1月に懲戒免職となった。
 一審熊本地裁は「酒気帯び運転の悪質性は高い」などとして免職は妥当と判断。これに対し、福岡高裁は「酒気帯び運転の常習性はなく、教諭としての評価は極めて高かった」と認定し、懲戒免職は重過ぎるとした。 
時事通信http://www.jiji.co.jp/jc/c?g=soc_30&k=2007071201041

この人は結局停職6か月の処分となっています。
もちろん、処分の適否は事案の内容によって異なるわけで、これらより悪質なケースでは懲戒免職で終わっている(下級審で止まったり、そもそも訴訟にならなかったり)わけです。実際、佐賀県のケースは詳細がわからないのでなんともいえません*1が、三重県と神戸市の例は飲酒して帰宅・就寝して相当時間が経過した翌朝に「前日の酒が残っていた」というケースです。もちろん酒気帯び運転には違いないですから何らかのペナルティはあってしかるべきとしても、さすがに懲戒免職というのは行き過ぎの感は否めません。加西市の場合は課長職なのである程度重くなるのは致し方ないとしても、人身や物損の被害はなく、飲んだ事情も町内会の役員会、酒量も酒気帯びギリギリの0.15だったようですので、これもまあ懲戒免職は行き過ぎでしょう。
熊本県のケースは悪質にみえるのですが、判決文を読むとこの記事はかなりミスリードや誤りを含んでいます。まず、この教諭が生徒の名簿などが入ったMOを紛失したのは事実ですが、裁判所が認定した事実は「成績などの重要な情報は含まれていなかった」というものです。また、飲酒後に運転に至った経緯は、教諭はMOの紛失に気付いて探したところ発見され、MOを拾得した人からの連絡を受けて、飲酒はしていたが少しでも早く受領したいとの動機で運転に及んだものです。そこで飲酒運転で摘発され、2時間程度「酔いをさまそうと」仮眠した後に帰宅しようとしたところ、再度摘発されたというものです。この記事は「11月中に2度検挙された」と常習性を示唆する書き方になっていますが、裁判所の認定は「常習性はなかった」となっています。ということで、教員であるということが情状を重くする材料となるかどうかには考え方の違いはあるでしょうが(裁判所は重くすると判断しています)、やはり特段の損害はなく、運転に至った事情なども考え合わせればやはり懲戒免職は重きに失するとの裁判所の判断は妥当でしょう。
繰り返しになりますが酒気帯び運転のすべてが懲戒解雇に相当しないというわけでは決してなく、個別の事情を総合的に勘案して判断されるべきものです。たとえば最近出た労経速2065号に酒気帯び運転で物損事故を起こした職員の懲戒免職を有効とした大阪地裁判決が掲載されています。ここでは所属長への報告を怠ったことの悪質性が重視されていますが、物損という具体的被害があったことも心証には影響しているでしょう*2
で、その判決文に「別紙」ということで酒気帯び運転に対して行われた行政処分の一覧表が付されていて、これがまことに興味深いものです。たとえばやはり大阪地裁で懲戒免職が維持された事件として「飲酒のうえ運転し、途中2回にわたり対抗車線にはみ出して人身事故を起こし、加療5日から10日を要する障害を3人に負わせたが、いずれも救護や警察官への報告をしないまま立ち去り、自宅に帰った」ってこりゃひき逃げというものではないですか。これは懲戒免職も当然で、よくもまあ訴訟に打ってでたものだという感じです。他にも、飲酒でオートバイを運転してタクシーと接触とか、飲酒で運転して歩行者をはねたとか、交差点で信号待ちの車に追突とかいうケースで懲戒免職で終わっている例も多々みられ、やはり、事故を起こしたり損害を与えたり、あるいは他の違反も併合している場合などは厳しくなるようです。
また、損害がなくても懲戒免職となっているケースもあります。これは管理監督職など指導的立場にあることを重く見たのだろうと推測される例が目立つようですが、そうでない例もあります。たとえば、宮崎県都城市の職員が飲酒後に「代行運転を探したが見つからず、自ら運転して摘発」というケースは、訴訟となったものの宮崎地裁が「市は綱紀粛正を徹底する見地から、職員の酒気帯び運転に対し厳正な処分で臨むことは不合理とは言えない。飲酒運転に対して原則的に免職とし、情状酌量のある場合に停職処分とするとの運用方針も不当ではない」として懲戒免職を有効とする判断を示しています。
いっぽうで、やはり堺市で飲酒のうえ運転して他車に衝突し3人に最大6日の加療という人身被害を与えたケースが停職6か月だったりします。飲酒後に無免許で小学校のフェンスに衝突して停職30日とか、飲酒後に運転して畑に突っ込み、車を放置して帰宅したというのが停職3か月、発泡酒を3リットル(!)呑んだ後に運転し、橋の欄干や住宅の塀にぶつかるなどしたというのが停職6か月とかでとどまっています。それにしても発泡酒3リットルとはよく呑んだものだ。水だったらそうは飲めないな。
これまた繰り返しになりますが個別の事情をよくみないとなんともいえないわけではありますが、しかしこうしてみると自治体により、あるいは地裁によってかなりの差異がある印象です。まあ、例の福岡市の事件があまりにセンセーショナルだったので、その後の対応がややヒステリック(失礼)に走ったということはあったのではないでしょうか。最高裁判決もいくつか出てきて、いずれはそれなりに適正なバランス感覚のある相場が出来てくるのだろうと思います。
毎日新聞のサイト「毎日jp」には「許すな飲酒運転」という特集コーナーhttp://mainichi.jp/select/jiken/drunk/があり、飲酒運転が社会からも所属組織からもいかに厳しく罰せられるかという事例が大量にストックされています。懲戒免職は免れたにしても、停職などの重い処分が課されることは間違いないわけで、当然ながらその後のキャリアにも甚大な影響が出るでしょう。職業人生を棒に振る危険性が非常に高いわけで、飲酒運転は絶対にやめましょうと申し上げるよりありません。
いっぽうで、こうした「懲戒免職取り消し」という決定に対して「甘い」という意見が非常に多く目立つことも気になります。懲戒免職や懲戒解雇は組織内の処分としては「極刑」であり、当人がそれで受けるダメージは甚大なものがあります。非違行為はもちろん罰せられてしかるべきですが、その程度は非違の程度に応じたものであるべきでしょう*3。これは私のまったくの印象ですが、刑事事件などでも安易に「死刑」を唱える風潮が感じられるのはいささか心配です。まあ、これは感情論ではありますが…。

*1:翌日測って0.07mg/lということで、たしかにこれでは行政処分刑事罰などはできないでしょうが、とはいえ前日に現場で測ったらどうだったかはわからないわけですから、それと酒気帯びの基準(0.15mg/l)を比較するのにどれほどの意味があるのかという感はあります。

*2:ちなみに、この事件の原告は飲酒後に運転した動機として「子の送迎に必要だった」(原告の妻は服役中で原告が送迎を行う必要性があった)ことを上げていますが、裁判所はこれを原告に有利な情状とはせず、むしろ危険運転の車両に同乗させたことの悪質性を指摘して原告に不利な情状としています。

*3:恣意的な運用が望ましくないことも言うまでもなく、行為と罰の対応関係は規則などの形で明文にされていることが罪刑法定主義の観点から要請されるでしょう。