大内伸哉先生の解雇ルール論

一昨日、昨日と、日経新聞の経済教室欄で最近話題の解雇ルールが取り上げられました。登場されたのは大内伸哉先生と神林龍先生という見逃せない顔ぶれです。ご紹介のうえ簡単にコメントしたいと思います。
まず一昨日登場された大内伸哉先生の論考から。日経がつけたとおぼしきお題は「ルール作成、企業の責任に」となっています。


 どういう解雇事由に合理性があるかについては、ほぼコンセンサス(合意)がある。労働者の労務不能や能力・適格性の著しい欠如、重大な規律違反、経営上の必要性である。ここまでは明快だ。しかし、現実の裁判における解雇の有効性判断の予測可能性は大きくない。解雇ルールは最終的には権利濫用論に依拠しており、裁判官の総合的な判断に任されているからだ。
 経営上の必要性による解雇については、「整理解雇の4要素」(人員削減の必要性、解雇回避努力、被解雇者の選定基準の相当性、手続きの相当性)と呼ばれる解釈準則が判例上確立している。とはいえ、裁判官の総合的な判断によることに変わりはない。
 それでは裁判官の裁量を狭める明確なルールの確立は可能だろうか。例えば、勤務地限定で採用された正社員は、その勤務地での事業所がすべて閉鎖されれば、直ちに解雇できるというルールを導入すべきだという主張がある。しかし、この主張には若干の誤解があるように思われる。
 第一に、事業所を閉鎖するという経営判断は司法の場でも基本的に尊重されているし、限定された勤務地以外での雇用維持を図る義務も企業にはない。つまり、解雇は現行ルールの下でも十分に可能である。第二に、しかし社員に勤務地外での雇用継続の期待を持たせるような状況を企業側がつくり出していると、求められる解雇回避の努力の程度がそれだけ高まり、解雇は簡単ではなくなる。
 多くの企業は、正社員に対して、広範な人事権に服して誠実な労務提供をするよう求める半面、長期雇用を保障するという暗黙の約束をしている。解雇はそうした約束を裏切り、社員に多大な不利益をもたらす行為である。だからこそ裁判官は、解雇にそれなりの理由があっても、企業が解雇を避ける努力をどれだけしたかを問おうとする。要するに解雇ルールは、企業の約束違反を正当化する具体的事情の判断基準としての意味がある。解雇に至る事情は千差万別なので、明確な基準の設定は容易ではない。
 このように、現在の解雇ルールの不明確性や厳格性にはそれなりの理由がある。とはいえ、現行のルールに改善すべき点がないわけではない。
(平成25年4月9日付日本経済新聞「経済教室」から)

つまり大内先生の主たる問題意識は解雇ルールの予測可能性が低いことであり、かつその不明確性や厳格性にもそれなりの理由があるとしたうえで、その向上を考えようというもののようで、必ずしも解雇規制の緩和が主たる・直接の論点ではないということのようです。地域限定正社員の雇用保護の例がひかれていますが、これも「解雇できない」は誤解であり、「求められる解雇回避の努力の程度」がどれだけ高まるのかに関する予測可能性の低さだ、ということでしょう。
そこで大内先生の提案ですが、これも基本的には現行規制をベースにしたものになっています。

 まず前述のように、解雇の有効性の基準はどんなにルール化を試みても、不明確性を払拭できない。そもそも裁判官は、企業が人員整理を必要とする経営状況にあったか、労働者側に解雇に値するだけの能力欠如があったかなどを判断するのに適していない。こうした判断は経営責任を持つ者の専権事項である。どのような手順(解雇回避措置を含む)で解雇すべきかも、企業の規模や労使関係の実情により異なりうる。
 従って具体的な解雇のルール(どのような場合に、どのような段階を踏んで解雇をするか)は、現在の解雇事由記載義務の延長線上で企業に策定させたほうがよい。法律レベルでは、現在の判例を踏まえて解雇ルールのガイドライン(指針)を定め、その具体化を企業に義務づける。そして裁判官のチェックは、企業が策定したルールのガイドライン適合性と、そのルールに沿って解雇がなされたかというルール適合性に限定すべきだ。こうした解雇ルールであれば、明確性は格段に高まる。
 またガイドラインでは、労働者側への説明と協議の手続きを義務づけるべきだ。これにより、手続き過程で解雇の対象とされた労働者が納得する機会が増え、紛争予防の効果も期待できる。合意解約による円満退職に至れば、それがベストの解決である。
(平成25年4月9日付日本経済新聞「経済教室」から)

現状でも「どのような場合に解雇されるか」を就業規則に記載することが義務付けられており、実際記載されています。ただ、多くの場合それはかなり網羅的に列挙され、かつ「その他準ずる」規定の入ったものになっています。たとえば役所の作ったモデル就業規則をみてもこんな具合です。

(解雇)第49条 労働者が次のいずれかに該当するときは、解雇することがある。
1)勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、労働者としての職責を果たし得ないとき。
2)勤務成績又は業務能率が著しく不良で、向上の見込みがなく、他の職務にも転換できない等就業に適さないとき。
3)業務上の負傷又は疾病による療養の開始後3年を経過しても当該負傷又は疾病が治らない場合であって、労働者が傷病補償年金を受けているとき又は受けることとなったとき(会社が打ち切り補償を支払ったときを含む。)。
4)精神又は身体の障害により業務に耐えられないとき。
5)試用期間における作業能率又は勤務態度が著しく不良で、労働者として不適格であると認められたとき。
6)第59条第2項に定める懲戒解雇事由に該当する事実が認められたとき。
7)事業の運営上又は天災事変その他これに準ずるやむを得ない事由により、事業の縮小又は部門の閉鎖等を行う必要が生じ、かつ他の職務への転換が困難なとき。
8)その他前各号に準ずるやむを得ない事由があったとき。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/model/dl/model.pdf

経団連のモデル就業規則は売り物なのでさすがにネット上には転がっていませんでしたが、似たようなものだったと思います。で、ポイントは就業規則の定めは「こういう場合は解雇しますよ」というものであり、実際解雇したときにそれが正当か否かはまた別問題だという点にあります。企業が就業規則の解雇事由にあたるとして労働者を解雇した場合、労働者は「解雇事由にあたらない」あるいは「解雇事由にはあたるが合理性・相当性を欠く」ことを争うことができ、その結果の予測可能性が低いことが問題になっているわけです。
大内先生の提案は、この解雇事由を、判例をベースに行政が提示するガイドラインに沿って、各企業が手続きなどを含めてより具体的に策定すべきだ、ということではないかと思います。たとえば、

1)勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、労働者としての職責を果たし得ないとき。
本人の意見を聴取した後、労働組合と協議のうえ解雇する。

4)精神又は身体の障害により業務に耐えられないとき。
産業医の診断を実施し、労働組合と協議のうえ解雇する。なお、労働者は別の医師の意見を求めることができる。

7)事業の運営上又は天災事変その他これに準ずるやむを得ない事由により、事業の縮小又は部門の閉鎖等を行う必要が生じ、かつ他の職務への転換が困難なとき。
労働組合と協議(割増退職金に関する事項、解雇者人選の基準に関する事項を含む。)のうえ解雇する。
7)-1勤務地を限定して採用した労働者について、事業の運営上又は天災事変その他これに準ずるやむを得ない事由により、当該勤務地における事業の縮小又は閉鎖等を行う必要が生じたとき。
労働組合と協議のうえ解雇する。なお、会社が異なる勤務地での就業を提案することを妨げない。

ごく雑にイメージすればこんな感じでしょうか。これはまあ労働組合のある大企業が想定されているわけですが、企業規模が異なる場合、あるいは業種・業態によってもルールやガイドラインは異なってくるのかもしれません。これで明確性が格段に高まるかというと、まあ格段とまではいかないかもしれないとも思いますが、たしかに勤務地限定や職種限定のいわゆる「準正社員」の雇用保護がどうなるかについてはかなり明確化されそうです(まあ、それでも実際には他の勤務地での雇用継続が期待されていたとか、現実には限定された職種以外の業務もしていたとかいう不明確性は残りますが)。もう一つ重要なのは、大内先生ご指摘のとおり手続きの過程におけるコミュニケーションが充実することを通じた紛争防止がはかられることだろうと思います。
さて続いて金銭解決の問題に移ります。

 こうした現行ルールの見直しが直ちにはできないとしても、早急に実現を検討すべきなのは不当解雇の制裁の複線化、つまり金銭解決の導入だ。
 確かに解雇には、差別的なものや権利行使に対する報復的なものなど、絶対に許されない違法なタイプがある。このタイプには無効という現行ルールが維持されるべきだ。また、著しく相当性を欠く解雇(懲戒処分に相当する行為の不存在が明白なのに、なされた懲戒解雇など)を類型化し、無効の制裁を定めることも考慮に値する。
 一方、能力の欠如や経営上の必要性によることなどを理由とする解雇は、当該労働者を「戦力外」とする企業の判断がベースにある。そうした企業の判断については、裁判官が法的な基準に照らして不当とみなしても、ある程度は尊重されるべきだ。この場合には、無効という雇用継続を強制するサンクション(制裁)を避け、金銭解決によるのが適切だ。労働者としても、自らを「戦力外」とした企業にしがみつくよりも、金銭を受け取って、新たな雇用機会を求めるほうが建設的だろう。
 金銭解決の構想は、(1)解雇は不当だが、使用者が金銭補償をすれば雇用の解消が可能となるタイプ(2)使用者が金銭補償をすれば、解雇を有効とするというタイプ――の2つに大別できる。前者が不当解雇に対する制裁面、後者は解雇の要件面で金銭要素を採り入れるものだ。
 現在でも解雇紛争は、実際上は原職復帰ではなく、金銭による解決となっていることが多い。現状に即した解決方法を選ぶならば、前者のタイプとなろう。どちらのタイプにせよ、実際にルール化する際には、企業が支払うべき金銭の法的性格や基準の設定が問題となろうが、法技術的に克服不可能ではない。

「戦力外」という表現に脊髄反射で反発する人がいそうですし、「労働者としても…建設的だろう」とのくだりは余計なお世話だと私も思います。金銭構想のうち(2)はやや踏み込みすぎではないかという感もあります。とはいえ、総じて主張されている内容はおおむね賛同できるものです。結局のところ、結論が解雇不当であってもその内容は千差万別で、まったくいわれのない差別的解雇もあれば、解雇にも相当程度の合理性相当性が認められるものの手続き的な瑕疵などによって正当とまではいえないという解雇もあるでしょう。前者については金銭解決を認めない、あるいは禁止的に高額の解決金を要求することも考えられていいでしょうし、後者についてはもちろん一定の解決金は支払う一方で、バックペイの減額も考えられてもよいのではないかと私は考えています。要するに、まったくの差別的解雇もあることはあるでしょうが、多くの場合はそれなりに解雇に至った理由はあるわけで、救済・解決にあたってはその判断はまさに「ある程度は」尊重されてよいものと思います。
最後の論点として、これは規制緩和の主張になりますが、

 もう一つの論点は適用除外の導入である。現在の解雇ルールはすべての労働契約に一律に適用されているが、これは硬直的すぎる。少なくとも零細企業への適用除外は検討すべきだ。企業が必要としない人材を抱える負担は、社員数が少ないほど大きくなるからだ。加えて、労働契約の初期段階(試用期間など)での適用除外も検討すべきだ。情報の非対称からくるミスマッチの解消手段としての解雇を容易にすることは、職業経験の乏しい若年者の雇用機会の増大につながるだろう。
(平成25年4月9日付日本経済新聞「経済教室」から)

前段は要するにhamachan先生のご著書『日本の雇用終了』で大量に紹介されている小規模企業の解雇事例の一部を合法化することになるので、やはり直感的な反発がありそうですが、しかし従業員数人規模の企業では性格的な合う、合わないが生産性に決定的に影響するケースは十分に想定されますので、まあ全く自由にはできませんし程度問題ですが、ある程度現状追認的な規制緩和も必要なのかもしれません。これはたしかhamachan先生もどこかで述べておられたと思いますが、裁判所も零細企業でのそうした解雇を不当とはしないのではないかと思います。
後者については、まあ少なくとも当面の配置先は決めた上でその仕事ができる人を採用する中途採用(先々は異なる職務への配置転換がありうるとしても)の人については、できるというから採ったのに試しにやらせてみたらできなかったので本採用しない、というのは認められてしかるべきだと私も思います。いっぽうで、典型的には新卒採用のように、まだなにもできないことは承知のうえで採用したケースについては試用期間の意味もだいぶ異なってきそうですので、本採用拒否も相当の理由が必要になるのではないかと思います。
ということで、一部にやや行き過ぎな部分や、主として口の利き方の問題で反発を買いそうな部分がありますが、全体の方向性としてはかなり現実的で妥当な提案ではないでしょうか。十分検討されるべきものと思います。