「育休世代のジレンマ」のジレンマ

タイトルには実はあまり意味はありません(笑)
1月30日付のエントリ(「厚労省、夜10時以降の職員残業を禁止」http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20150130#p1)を書くときに発見したネタです。直接参考にしたのは(結局言及しませんでしたが)財務官僚の高田英樹氏が規制改革会議でプレゼンした資料(http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/committee3/150122/item4.pdf)なのですが、同じ日にプレゼンされた標題書の著者である日経新聞の中野円佳氏の資料(http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/committee3/150122/item2.pdf)もたいへん興味深いもので記憶に残っていました。ちなみにこの日はまず元リクルート海老原嗣生氏、次いで中野氏、続いてジャーナリストの吉田典史氏、そして最後が高田氏というなかなかの豪華メンバーとなっています。
ただこれ自体は1月22日の会合なのですが、プレゼン資料だけだとちょっと意味がわかりにくいところもありコメントしにくいなとも思っていたところ、その後議事録(http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/committee3/150122/gijiroku0122.pdf)も公表されているのを発見し、読んでみたところたいへん面白いやりとりがあったこともわかったのでいまさらながらご紹介しようかと思ったわけです。
まず中野氏のプレゼンのポイントをごく雑駁にまとめますと、もともと意欲が高かった女性も、出産や育児などで面白い仕事や責任あるポジションを得にくくなると、こんなの子どもを預けてまでやる仕事じゃないと言って退職してしまうか、悔しくてやってられないから意欲を調整・冷却して、使える権利はどんどん使って会社に残るかになる、ということのようです。それは結局女性ではなく、社会構造や企業の人事管理の問題であって、したがって政府はこのような社会構造を変えるべきであり、具体的には誰かのケアをしながら働いている人が労働者として2級扱いをされる状況をなくすことと、ケアする人にあわせて長時間労働を規制することがあげられています。そして企業には時間当たり生産性で昇進を決める、労働時間が短くても昇進できるようにすることを求めています。例によって非常に粗っぽいまとめなのでぜひ原資料と議事録におあたりいただきたいのですが、企業に注文をつけているくだりは引用しておきましょう。

…企業の方に対しては、私はどちらかと言うと先ほども話題にありましたけれども、法制度よりも、結局、企業の問題も大きいのではないかと思っていますが、両立支援施策を入れていただくのは良いと思うのですけれども、結局、評価基準というものが余り変わらない中では意味を持たないと思っています。すごく単純化すれば、だらだら仕事をしているだけの後輩が、自分は育児でさっさと帰るのですごい効率的に働いて同等以上の成果を出しているのに、だらだらいるだけの人がどんどん責任ある仕事をもらって昇進もしていってみたいなことを悔しく思う女性たちというのはすごく多いと思うので、それはちゃんと、そういう時間ではなくて生産性とか成果を見ていくことは企業のためにもなると思いますので、是非、そういうことをやってほしい。
http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/committee3/150122/gijiroku0122.pdf、以下同じ)

さてこれはまあ中野氏がこう言っているというよりは中野氏が取材した女性たちが言っていたことをまとめればこういうことだ、という話だろうと思うのですが、全体を通じて昇進に対するこだわりがきわめて強く感じられます。それは委員のみなさんも感じられたようで、

○大崎(貞和・野村総研主席研究員)委員 …私はこの問題の一つの難しいところは、管理職になることが会社員としての一つのと言うか、ほとんど唯一の目標になってしまっているということにあるのではないかと常々思っておりまして、管理職というのは要するに組織運営を行い、組織を管理する人ということですね。何々の長というやつですね。
…管理するということ以外でも、ある程度以上の年俸なり社内的位置付けとしての評価が得られるような仕組みがあれば、もう少し管理職志向から違った志向も生まれて、スタッフ職とでも言うのでしょうか。もう少し柔軟な社会になっていくのではないかという気がしているのです。…
○中野氏 …管理職になることが目標でなくても良いよねというのは確かにそうなのですが、今の多くの企業、日本企業では、ポストと報酬とそれに対する言わばやりがいみたいなものが全部セットになってしまっていて、言わば花形ポストで上がっていくとすごいおもしろい仕事もやらせてもらえるし、給料も上がっていくみたいな形が大半で、それによって従業員のモチベーションを維持してきた面もあると思うのです。…

これはまったくそのとおりですね。繰り返し指摘されていることですが、経済が順調に成長し、企業組織も継続的に拡大していた時期には、管理職ポストもそれなりに潤沢であり、加えてそれなりに頑張れば(経済が拡大しているので)結果も出やすかったので、「頑張って能力を伸ばし、結果を出せば昇進できる」というモチベーションがきわめてうまく機能していたわけです。ところが、高度成長から安定成長、安定成長から低成長に移行するにつれて、管理職ポストや魅力ある仕事が稀少になってきたため、これが機能しにくくなってきた。それに代わるものを日本企業はあれこれと模索してきたわけですが、どうでしょうか、まあすばらしくうまくいっているとはちょっと申し上げにくいかもしれません。
そうした中では花形ポストというのは実は大変に狭き門であり、ちょっとした不利でもポストをめぐる競争に影響しやすい。そして女性は男性に較べて不利を受けやすい世の中になってますよね、という話だろうと思います。
次の鶴(光太郎・慶大教授)先生とのやりとりも面白い。

○鶴委員 …「レールを外れたら『制度は使うもの』というレジスタンス的行動」という、これも非常に刺激的な言葉ではあるのですが、具体的にいろいろな実例で…教えていただきたい…
○中野氏 …実はレジスタンスという言葉は先行研究から取っていて、『OLたちのレジスタンス』という小笠原祐子さんの本が1998年に出ていまして、これは一般職の女性が昇進がないことから、むしろ男性社員に対して強気の姿勢で出られるみたいなことを分析した非常におもしろい本なのです。それに近いことが、出産後の女性でも見られるなと思ったことからこの言葉を使っているのですけれども、具体的に言うと、例えば、1人目の子供を産んで育休から復帰して、今までやっていた部門と違う部門に回されたみたいな女性が、そこで頑張って元いた部署に戻ろうとするとか、そこの与えられた職務で何とか評価を得ようとするというふうになるかというと、どうせこの会社で私は子育てをしながらだったら、大しておもしろい仕事も与えてもらえないし、上がってもいけないなと思うと、それはレジスタンスと言うかは微妙ですけれども、例えば、第2子を産んで育休を取るまではいて、その後はいつでも辞めちゃおうとか、ある意味、制度の使えるところは使うだけ使って、あとは知らないというような行動には出やすいと思います。

『OLたちのレジスタンス』、懐かしいですねえ。古い本なので今現在はなかなかそのままは通用しないでしょうが、ある意味日本企業の職場の実態を通常と異なる視点から捉えていて確かに非常に面白く、実際私は当時周囲に大して大いに推薦していました(http://www.roumuya.net/books/books.html)。
さて子育てはともかくとして「この会社で私は…大しておもしろい仕事も与えてもらえないし、上がってもいけないなと思う」というのは女性に限った話ではなく、多かれ少なかれ多くの男性も会社人生のどこかで感じるところであり、それが若いうちだったらさっさと転職するということもありますが、ある程度の年齢になるとそうもいかないので、どうするかというと窓際で淡々と働き続けるということになるわけです。もちろんいまどき昔のような新聞読んでてくれればいいですみたいな窓際族を抱える余裕はどの企業にもないのでそれなりの仕事をあてがって働かせるわけですが、上がっていけると考えていた時期に較べればモラルも低下してきて当然ながら「制度の使えるところは使うだけ使」うということになるのもまあ自然でしょう。典型的なのはそうは言ってもこれだけのおカネは欲しいので仕事はどうあれその分の残業はつけさせていただきますというパターンで、それが困るという企業はとにかく管理職待遇にまでは昇格させてこれだけのカネは払うんだからしっかり仕事をしてくれという話に持ち込むわけです。男性は育児休業のような目に見える派手な制度は使わないに過ぎず、基本的な構造に男女の違いがあるわけではなさそうです。要するに「おもしろい仕事」や「昇進」だけで動機づけをしていると、それらが得られる見込みがなくなればモラルも下がるという当たり前の話です。
ここで男女で違うのは「子育てしながらだったら」という部分ですが、まあ子育てしながら面白い仕事をこなして上がっていく人というのもいるのでなんとも言えないところもなくはありません。男女を問わず、面白い仕事ができるだろう、上がれるだろうと思っていた人が「大しておもしろい仕事も与えてもらえないし、上がってもいけない」という現実に直面したときに、明確な・納得のいく理由が明らかになることはまあ滅多にはなく、それぞれに「こんな事情かなあ」と推測して「まあ仕方ないな」と気持ちの折り合いをつけるわけでしょう。そのときに「子育てしながらだから」というのは、比較的自分自身を納得させやすい説明だという面もあるのかもしれません。もちろん、社会的に女性が子育ての負担を負いやすいという面で不利であることは間違いないわけですが。
さて、ここからがこの会議のクライマックス(笑)なのですが、最初にプレゼンした海老原嗣生氏がまだ帰らずに残っていて、ここでこう発言されました。

○海老原氏 …一つ私からもお話をしたいのですけれども、長時間労働をしないで管理職や上級キャリアになっていける国があるかという問題なのです。ここのところは、私は冷や水を浴びせてしまうのですが、日本人は誰でも管理職になれるという概念で、それがベースになっているから短時間勤務でも誰でも管理職になれるという幻想が生まれてしまうのではないでしょうか。
例えば、フランスのカードルってエリート層のことですけれども、カードルの平均年間労働時間は約1,950時間なのです。これってフランスのワーカーの労働時間が1,390時間ぐらいですから560時間も長いのです。それで彼らのデータを見ると、女性カードルだと、家庭との両立ができていないという人が86パーセント、日曜労働しないフランスのカソリック国家の中で日曜労働している比率が70パーセント、その日曜労働は家事とどうやって両立するかというのでテレワークが浸透しているのですけれども、テレワークによって自分の時間がなくなったと思う人が70パーセント近く。こういうような状態で、それから、例えば、アメリカのホックシールドの論文の中でも、結局は昇進する女性は死ぬほど働かなければならない。それから、Yahooのマリッサ・メイヤーさんも、キャリアをつくりたいなら2か月以上産休を取るなんてあり得ないよ。このような発言があるではないですか。日本はみんな男の人たちが簡単に誰でも上がっていってしまうから「何でなの」という目で見ているけれども、世の中の管理職は結構厳しいのではないかと思っているのです。

失礼ながら海老原氏があの顔とあの口調とあの声でこれを早口にまくしたてるお姿というのが目に見えるわけですが(いや本当に失礼)、まあしかしこういう場面でこういうことをズバズバ言えるところが海老原氏の偉さというものなのでしょう。この挑発?に乗せられて、中野氏からも本音に近い発言が飛び出します。

○中野氏 そこは先ほど申し上げたように、管理職になっていくことが全てではないというのも一つありますし、後は公平性の問題と言うか、正に今おっしゃった、男性は誰でも簡単に上がっていくのに何で女性だけこういうふうになるのという。
○海老原氏 男も、誰もが上がらなくなれば良いと思うんですね。
○中野氏 でも、それはそうだと思います。あらゆる点で、例えば、一般職がまだ残る企業もありますけれども、一般職もだって女性が選んでいるんだからみたいな言い方をしますが、では男性が一般職を選びたかったらちゃんと選んでいける社会になっているかというと、なっていないのが現状なので、そこで変なところだけ女性活躍と言われても、全く公平性が担保されていない中で競争しろと言うんですかというのが現状だと思います。

海老原氏の最も重要な指摘は「日本人は誰でも管理職になれるという概念で、それがベースになっているから短時間勤務でも誰でも管理職になれるという幻想が生まれてしまう」という点でしょう。「日本はみんな男の人たちが簡単に誰でも上がっていってしまうから「何でなの」という目で見ている」けれど、やはりそれなりに厳しい仕事をしているんじゃないか、というわけです。
ただし、前述したように企業組織が順調に拡大していた時期には比較的「誰でも管理職になれる」に近い実態もあったわけです。しかし、いまや現実には男性であっても誰でも管理職になれるわけではない。それはしょせんはやはり前述したように「管理職待遇」になるにとどまるのであり、部下がいて予算を持っている狭義の・本当の意味での管理職になれるのはいまや男性でも限られた少数でしょう。
そこでポイントは「男性が一般職を選びたかったらちゃんと選んでいける社会になっているかというと、なっていないのが現状なので、そこで変なところだけ女性活躍と言われても、全く公平性が担保されていない中で競争しろと言うんですか」という点で、これはなにかというと中野氏のプレゼンの中でこういうくだりが出てくるのですね。

…入社したときは非常に男性と同等以上にやる気満々で仕事をしていこうというふうに見えた女性ほど、出産後に結局辞めている…
…そういう人たちは、大体、…専業主婦になってくれるような夫を選ぶことはせず、むしろ自分と同じか、それ以上にハードな夫と結婚していく。ただ、自立意識みたいなものがあるのか、子育てもしっかりやりたいという意識も根強く、こういう状態になると自分も非常にハードな仕事をしていて、夫もハードな仕事をしていて、でも子育てしたいと言うと、当然というのもあれなのですけれども、両方100パーセントやりたいというのが成り立たなくなり、いっそどちらかを切り捨ててしまう…

コピペしたので専業主「婦」というのはママなのですが、結局のところは内助の功つきの男性とそれのない女性とが競争することの不公平性という古くからある議論に落ち着くわけです。海老原氏の言うように「上がらない男」、すなわち男性一般職や、男性の専業主夫がいるならそれで良いという話になるわけです。中野氏が指摘しているとおり、いまの社会では、意欲満々の女性に対して、親にもアウトソーシングにも頼らずに出産も育児も家事も家庭内完結して、かつ「活用」されて昇進しなさいということが求められているわけで、それでは彼女たちが求める「自分よりハードな夫との結婚」はできません(もちろんごく稀にはそれをやってのけるスーパーウーマンというのもいるわけですが)。結局はどこかをどうにかしないといけないわけですが、男女ともあまねく育児家事を自己完結できるように労働時間を制限しなさいというアイデアは国際的にみても成り立たないよねというのが海老原氏の指摘でしょう。
ではどうするかという話ですがどれも社会風土というか国民意識の問題なのでなかなか難しいのですが、欧米にならうとすればアウトソーシングを容認するような意識改革がひとつありそうです。欧米ではエリート同士のカップルは普通に育児や家事をアウトソーシングするわけで、日本でもエリートの使い勝手がいい、ある程度はエリートの所得に見合った高額でもいいから夜間保育や病児保育も可能な保育サービスを利用するのは普通だという方向に意識面でもサービスの供給面でも持って行くという可能性はあるでしょう。
また、これはある意味セットなのかもしれませんが、海老原氏はフランスのワーカーの労働時間の数字をあげられていますが、彼ら彼女らがそれしか働かないというのは要するにそれ以上働いたって昇進できるわけじゃないからだという部分は大きいわけです。つまりフランスは日本よりはるかに階層社会かつ学歴社会であって、名門グランゼコールを出てエリート階級入りすれば(当然にカネはかかるし日本のように進学産業が発達しておらず家庭内の教育環境が重要なのでどうしても階層化するわけですが)就職して初任ポストがいきなり大企業の課長クラスだったりするわけですから、そこまではっきりと格差が保証されていれば育児とかがキャリアに影響することも少ないのかもしれません。しかしまあこういう学歴社会ってなかなか今の日本では受け入れられにくいようには思いますが。
あとは「自分よりハードな夫との結婚」を「専業主夫との結婚」に変更するというのがひとつの方法であり、まあこれも中野氏と海老原氏の用語を借りれば「上がらない男は労働者として2級扱いをされる状況」(労働者として、ではなく人間として、かもしれない)を変えて行く必要があるので、これまたなかなか大変なことだろうとは思います。ただまあ中野氏も指摘しているとおりこれからは介護などのニーズもあって男性でもケアに携わりつつ就労するという人も増えてくるでしょうし、社会も企業もここからは比較的変わりやすいのではないかという気もしなくはありません。そもそもこの日の議題が「多様な働き方を実現する規制改革」なので、ここが本命なのかなとも思います。しかしこうしてみるとむしろ社会というか意識の問題であって、規制をどうこうして解決する話でもなさそうな気がしますが…。