40歳定年説が相変わらずダメだった件

…というのは、先週になりますが日経の「働きかた」特集のインタビューで柳川先生がまたしても40歳定年説を繰り出しておられたからでした。1月29日の朝刊から。

 ――40歳定年制を唱える理由は何でしょうか。
 「75歳まで長く働けるようにするためだ。20歳すぎから同じ会社で75歳までバリバリ働くのは厳しい。時代の変化に応じ、知識やスキルを磨き直す機会が必要だ。いわば燃料補給だ」
 「勉強したいという30〜40代の働き手は多い。制度上、この年代で休むのが当たり前の社会にすればいい。自分を磨いたうえで同じ会社で働き続けてもいいし、転職してもいい。働き盛りの社員を休ませるのは難しいという会社は多いが、最初からその前提で人事を回せば不可能ではない」
平成27年1月29日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

いやそれをやりたいなら定年じゃなくて休職が適当でしょう。大学教員のサバティカルのようなものですね。会社に雇われたまま、休職が終了したら復職してもいいし、そのまま復職せずに転職してもいい。その間の賃金は払えませんという企業もあるでしょうから、その分は全部ないし一部を公的に支援すればいいわけです。失業給付を払ったと思えばいいわけで、それで本当に75歳まで働けるようになるなら外部経済も大きいので多少多めに払っても十分おつりがくるでしょう。

 ――企業内でもスキルの向上はできるのでは。
 「企業内の人事・研修制度は限界にきている。まず産業の浮き沈みが激しくなっており、余剰人員の『適所』が社内にあるとは限らない。企業がM&A(合併・買収)で成長事業を手に入れても、衰退事業から全員をシフトできない限り、『社内失業』が発生する」
 「社内教育も難しい。知見のない異分野のことを社内で教えるのは無理だ。外部講師を雇おうにも企業の研修予算はバブル期に比べ減っている」
 ――40歳での解雇の合法化と受け止め、不安視する働き手もいます。
 「知識やスキルが陳腐化した働き手を待つのは社内失業だ。企業が彼らを65歳とか70歳まで抱えられるならいいが、実際には経営が傾くと真っ先にリストラ対象になる。スキルアップの機会がないまま、55歳、60歳で職を失うほうがはるかにリスクは大きい。企業に余裕がなくなり、200万〜300万人ともされる社内失業者が本当の失業者になると大変だ。再就職できるスキルを早めに身につけてもらう必要がある」

企業の人事管理や人材育成の実態がまったくわかっていないご発言という感じですね。柳川先生がお考えになる「余剰人員」というのはスキル面でミスマッチな人材のことを言っておられるようですが、まあ確かに衰退分野をクローズして新規分野に進出する場合には、新規分野のスキルを持っていない人がほとんどでしょう。しかしその人の持つすべてのスキルが使えなくなるわけではない。ITなどの汎用性の高いスキルや、仕事の進め方・問題発見と問題解決の手法などといったジェネリックなスキルは相当程度新規分野でも役立ちます。そういう人材を新規分野でのスキルを学んでもらいながら活用していくというのが日本企業の人材育成であり、まあ新規に外部労働市場から調達するより優れているからそうしてきたわけです。柳川先生はまるで知識やスキルの陳腐化がすべての労働者に必ず起こるという想定のようですが、まあもちろんなにもせずに放置するとたぶんにそれに近くなる危険性もありますが、しかしなるべくそうならないように労使で努力しているわけですよ。たしかに柳川先生のお考えのような自社のビジネスと関係ないスキルまで外部講師を読んで研修させる企業というのは少ないでしょうが(バブル期だってそうはなかったと思いますが)、ビジネスに本当に必要であれば当然外部講師も招くわけですし、そもそも新規分野を合併買収したのであれば異分野の知見のある人が当然移ってきますよね…?
また、柳川先生のご所論を見ていていつも思うのですが、リストラ対象になってもスキルがあれば必ず再就職できるかのようのお考えらしいのが不審でなりません。リストラが起こるということは不況期である可能性が高く、不況期においては各社とも経営状態があまり良くないことが多く、したがって高いスキルを持つ人であっても労働需要が乏しい状況ではないかと思われるわけですが…。

 ――参考になる海外の事例はありますか。
 「北欧諸国は解雇規制を緩くする一方で、失業者の再教育に資金を投じている。ただ金銭を与えるだけの『セーフティーネット(安全網)』ではなく、再就職のための反転力を身に付けてもらう『トランポリン型セーフティーネット』だ」

トランポリン型か、懐かしいですね。そこで日経テレコン21を使って「トランポリン型」で過去1年間の5大紙の記事を検索してみたところ引っかかったのはこの記事と朝日新聞の記事1本だけでした。でまあ朝日のほうは広島版で三原市で開催されたイベントの記事であって「無料で遊べるトランポリン型遊具など」という話だったというオチがつきました。ちなみにこういうやつですね。楽しそうだ。久々に今回はダスキンの手先と化したぞ(笑)。
与太話はともかくこの結果は私にも意外であり、まあ単にブームが去ったというだけのことかもしれませんがやはりあまり参考にならないことがわかったということの反映ではないかと思うことしきり。

 ――社会人への再教育を担える教育機関はあるのでしょうか。
 「大学を想定しているが、もっと実践的なカリキュラムが必要だ。企業の人にも参画してもらい、スキルアップのための教育プログラムを作らないといけない。専門学校や高等専門学校を拡充するアイデアもある」
 ――副業を持つことも勧めています。
 「スキルアップの機会がないなら、副業を持つことで働き手のリスクを軽減できる。情報漏洩などの恐れがあるものは禁じるべきだが『ウチの仕事に全力を傾けろ』というだけの副業禁止規定はやめるべきだ。企業は働き手のキャリア選択をもっと応援してほしい」

職業大学の話は最近ずいぶん書いたような気がするのでここではコメントしません。副業についても割と最近書いたように(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20150112#p2)主に安全健康配慮と労働時間通算規定の問題であって、「『ウチの仕事に全力を傾けろ』というだけの」単細胞なものではありません。このあたりも実態を知らずに言ってるなという感じです。
ということで相変わらずのダメぶりというまとめでいいと思います。いつまで経ってもこの手の話でインタビューに応じているのは柳川先生ばかりで、やはり日経テレコン21を使って「40歳定年」で過去1年間の5大紙と主要ビジネス誌を検索してみたところこちらはさすがに10件以上引っかかってきましたが支持者として紹介されているのは柳川先生だけ。それなりの著名人でこれを支持しているのも簡単に検索した限りでは城繁幸氏(笑)くらいしかいません。池田信夫先生も40歳定年説は黙殺なんだなあ。まあ本も書いちゃったし、柳川先生としても「40歳定年のお話を聞かせてください」と言われれば断れないということかなあ。ちなみに過去1年間で40歳定年を記事化した新聞は(地方紙専門紙含めて)日経新聞だけであり、まあ日経も早く忘れたらという話かもしれません。