OECD、日本に定年制廃止提言

 一昨日(11日)OECDが、本年版のEconomic Survey of Japanを発表したということで、昨日の日経新聞が記事にしています。見出しは表題の「OECD、日本に定年制廃止提言」と「働き手確保へ女性活躍を」となっておりますな。

…定年の廃止や就労控えを招く税制の見直しで、高齢者や女性の雇用を促すよう訴えた。成長維持に向け、現実を直視した対応が求められる。
OECDは高齢者や女性、外国人の就労底上げなどの改革案を実現すれば出生率が1.3でも2100年に4100万人の働き手を確保できると見込む。…
 高齢者向けの具体策では、定年の廃止や同一労働・同一賃金の徹底、年金の受給開始年齢の引き上げを提示した。
 OECD加盟38カ国のうち、日本と韓国だけが60歳での定年を企業に容認している。米国や欧州の一部は定年を年齢差別として認めていない。
(令和6年1月11日付日本経済新聞朝刊から)

 ということで、記事中の表で「OECDの日本への主な提言」がまとめられていて、「働き手の確保」に関するものとして以下5点が示されています。

  • 定年制廃止による高齢者就労底上げ
  • 年功序列賃金からの脱却
  • 年収の壁など就労控え招く制度の廃止
  • 同一労働・同一賃金の徹底
  • 非正規労働者の被用者保険の適用拡大

 さてこの提言ですが、OECDのウェブサイト(https://www.oecd.org/economy/japan-economic-snapshot/)でサマリーを読むことができますので、さっそく見てみますと、全12ページのサマリーのうち8・9ページが「人口動態の逆風を抑えるには多角的な改革が必要」というテーマにあてられており、11ページには人口動態の逆風への対応に関する主な提言として以下が掲載されています。ボールドで強調された6点をご紹介しましょう。

  • すべての親への(育児休業)給付を引き上げ、企業に対象従業員の休暇取得率の開示を義務付けることで、父親の育児休暇の取得と期間を増やすべき。
  • 正規労働者の雇用保護を緩和し、透明性を高めることで、二元的労働市場を打破すべき。
  • 社会保障の適用拡大や訓練を非正規雇用労働者に拡充すべき。
  • 定年廃止を念頭にさらに定年を引き上げ、働き方改革における同一労働同一賃金規定の全労働者への適用を図るべき。
  • 平均余命の上昇に合わせて年金支給開始年齢を65歳の目標を超えて引き上げることで、就労インセンティブを強化し、年金給付を増やし、財政コストを削減すべき。
  • 差別を防止し、教育や住宅へのアクセスを改善することなど、移民を統合するための包括的な戦略を実施し、日本の外国人労働者誘致能力を向上させるべき。

 日本語訳がぎこちないのはまあ致し方ないところでしょうがずいぶん違わないかこれ。もちろん読者のために簡潔にまとめましたと言うのであればそうすること自体は十分ありうるでしょうが、しかし内容が大きく変わるようなまとめはいかがなものか(お、久々に使ってしまった)とは思います。たとえば最初の「定年制廃止による高齢者就労底上げ」ですが、OECDは「定年廃止を念頭にさらに定年を引き上げ」と段階的な移行を提言しているわけですよ。ところが、そのニュアンスは表だけではなく記事本文でも「高齢者向けの具体策では、定年の廃止や同一労働・同一賃金の徹底、年金の受給開始年齢の引き上げを提示した。」捨象されてしまっている。これはまずいでしょう。
 2番めの「年功序列賃金からの脱却」も終身雇用や定年制(ほぼ同じですが)とセットで上げられるにとどまり、次の「年収の壁」に至ってはサマリー中では使われていない用語です(社会保障の適用拡大の記載のみ)。「同一労働・同一賃金の徹底」についてもサマリーには「徹底」の語はなく、まあ「同一労働同一賃金をふくむ働き方改革の継続」と「同一労働同一賃金規定の全労働者への適用」を「徹底」と表現したのだと言われればそうかねえと思わなくもありませんが。ということでOECDのオリジナルのサマリーと一致しているのは最後の「非正規労働者の被用者保険の適用拡大」だけということになり、しかも父親の育児休暇とか外国人労働とか二元的労働市場の打破とかOECDが強く記載しているものが落ちてしまっている。さすがに恣意的すぎるのではないかと思うのですが違うのかしら。ちなみにこれはさほど強調されていないので悪いたあ言いませんが「正規労働者の雇用保護の緩和」など日経新聞が好きそうなものも記事化されていないのも不思議な感じです。
 もちろん記者の方はサマリーではなく全文を読んで書かれているはずなので、いやサマリーには出てこないけど本文ではしっかり議論され指摘され提案されているのだということであれば上記の評価は撤回しますが、しかし本文とサマリーがそこまで大きく異なることもなさそうな気がしますが…。
 さてOECDの提言についてですが、年金支給開始年齢の引き上げはおそらく避けられないでしょうし、そうなると雇用と年金の接続を考えなければいけないというのももっともでしょう。方法論として定年の廃止がいいのかどうかは議論がありそうですが、正規労働者の雇用保障の緩和がセットにすればいいというのはOECDらしいと言えそうです。大事なことはまさに「定年廃止を念頭にさらに定年を引き上げ」とあるように漸進的に取り組むということの方ではないかと思います。実際、わが国でもすでに70歳継続就労努力義務化が始まっているわけで、これで67歳、68歳まで就労する人が一定程度増えてきたら年金支給開始年齢の引き上げに取り組む。それも65歳引き上げの時と同様に移行期間を十分にとって漸進的に進めることが肝要でしょう。OECDも2100年の議論をしているのですからこれでゆっくりすぎるということもないのでは。
 その上で注目すべきなのは「高齢労働者のリ・スキリング施策を伴うべき」との指摘であり、すでにわが国でも60歳以降の定年後再雇用では賃金水準が相当に引き下げられ、職務給に近い運用も拡大しているので、それほど高度なリスキリングでなくても賃金に相応の仕事ができるのではないかと思うわけです。能力に見合った仕事やポストにあぶれた中高年をリスキリングしても高い賃金水準に見合うスキルを獲得することは難しいでしょうが、賃金を下げてしまった高年齢者であればいけるでしょう。で、おそらくはそういう「新技術を持った低賃金の労働者」というのが実は不足しているのではないかと思うわけですね。
 労働市場の二元化の打破についても重要な課題ですが、対応の方向性はサマリーでは詳細に述べられていないため不明です。「働き方改革における同一労働同一賃金規定の全労働者への適用を図る」ということで、まあ正規労働者についても職務給的な賃金というのが想定されているのかもしれません。ただまあいきなり米英のような労働市場にするのも無理というもので、やはりプロセスが重要ではないでしょうか。こちらも現実に各労使の努力で徐々にそちらの方向に進んでいることも事実である一方、伝統的な正社員もすぐにはなくならないでしょうから、多様化を通じて徐々に変革が進むというのが現実的だろうと思います。