働き方Next(4)

続けて1月5日付の記事に行きたいと思います。この日もあれこれ書かれていますが、ワークス研究所の大久保幸夫所長のインタビュー記事を除くと薄味です。まずメインのお題は「イクボスのススメ――育児社員が効率高める。」

…日本の共働きは1065万世帯。1980年の1・7倍に増え、専業主婦世帯より300万世帯も多い。能力を生かせない無念、世帯所得の低迷……。「出産を理由に辞めたくない」という女性の思いは切実だ。企業も人材難への危機感から真剣に向き合い始めた。
…子育て期にあたる30歳代に働く女性の割合は6割強。この割合が20歳代並みの8割弱に上がれば120万人の働き手が増える。それには男性がもっと育児に参加することと、子育て中の社員を理解し、活躍を後押しできる上司「イクボス」が増えることが不可欠だ。
… 楽天執行役員の黒坂三重(47)は「育児を経験した社員は自己管理能力が増し、仕事の効率が上がる」と言い切る。制約社員を生かす働き方の革新こそが、成長の原動力になる。
平成27年1月5日付日本経済新聞朝刊から)

すみません面白い事例もあったのですが飛ばしました。書かれていることにも概ね同感です。制約社員を上手にマネジメントできる「イクボス」(まあ育児に限りませんが)は今後ますます重要でしょうし、「育児を経験した社員は自己管理能力が増し、仕事の効率が上がる」というのも同感できるところです。ジェネリックスキルの向上は会社の仕事を通じてばかりではなく、育児などを通じても実現するということでしょう(だから大学などでもPBLなどに熱心に取り組んでいるわけで)。これをさらに考えると育児というのも日本語的なニュアンスでは生活なのか仕事なのか必ずしもはっきりしない部分もあるわけで。
なお三井物産ロジスティクス・パートナーズの事例で柔軟な働き方を導入したところ「14年3月期は社長就任前(引用者注:2012年)に比べて8割の最終増益を達成した」というわけですが、同社はJ-REITの運用会社なんですからそりゃ日銀でしょう。まあ柔軟な働き方の貢献もないとは言いませんが、それで8割増益したかのように書くのは詭弁と申し上げざるを得ません。
さてこの日は他にも「介護離職クライシス――仕事と両立、知恵寄せ合う」という記事があってこんな事例が出てきます。

 松江市の長岡塗装店に勤める事務職の景山玲子さん(47)は夫が24時間介護の必要な難病を患う。入院と1カ月おきの在宅介護の期間は早退が多く、仕事は副担当にカバーしてもらっている。
 同社は副担当を常に置き、社員が職場を離れるのに備えている。「誰が休んでも業務に支障はない」と古志野純子常務。社員は26人。1人でも欠けると痛手だが、この20年、女性の離職はない。
平成27年1月5日付日本経済新聞朝刊から)

すでになにを申し上げたいかはご推測と思いますが、「副担当を常に置き、社員が職場を離れるのに備えている。「誰が休んでも業務に支障はない」」。まさに日本型の多能工であり「いつでも・どこでも・なんでも」という正社員の働き方ですね。
さてなんといってもこの日注目すべきなのは大久保幸夫氏のこのインタビュー記事です。

 長時間労働の問題の一つに長時間労働をいとわない人と嫌う人が同じ職場にいることがある。日本企業は仕事の効率を評価せず、年齢が高い人ほど長時間働くことで一人前に成長すると考える傾向が強い。そのため、トップが労働時間の削減に取り組んでも中間管理職から反発が出る。
 逆に長時間労働は成長の足かせになる。年を重ねると社内で身につくスキルが減り、成長が鈍くなる。会社に長くいては新しい知識や技術を社外から吸収できない。日本のミドルはここが弱い。
 労働力人口が減るなかで労働密度を濃くし、労働時間を減らさないと、多様な人材を集められない。女性や外国人は残業を嫌う。最近は自分の生活を重視する若い男性も増えた。朝型勤務を導入した伊藤忠商事のように社内の価値観を変えるには変化を与えることが必要だ。業界の事情にしてはいけない。海外では同じ業種で実践している。
 女性が管理職として活躍するには男性以上に声を掛けてリーダーの自覚を促すべきだ。女性のキャリアパススペシャリストとして専門性を高めることが多い。複数部門を経験してゼネラリストを目指す男性のように自覚を植え付けることが大事だ。
平成27年1月5日付日本経済新聞朝刊から)

最後の方から書きますが女性にゼネラリスト・管理職を目指すべく動機づけすべきというのはポジティブ・アクションの一環として重要だろうと思います。男性に対しては管理職ポストが限られているから専門職へという誘導が行われているのが実態であってその逆になるわけですが、それがポジティブ・アクションというものでしょう。
多様な労働力を確保するために労働時間の短い働き方が必要だというのも概ね同感するところです。伊藤忠さんについては、中の人に聞いた話でも「お客様と夕食してからまた会社に戻って働くのが当たり前」という価値観はドラスティックに変わった(まあ聞いた話なのでその人とその周囲だけかもしれませんが)らしく、好事例なのだろうと思います。ただまあ私は労働市場というのはすぐれてローカルなものだと思いますので、「海外でやっている」ということにはあまり強い説得力は感じませんが(もちろん説得力がないというつもりはないし物によるとも思います)。
「年を重ねると社内で身につくスキルが減り、成長が鈍くなる。会社に長くいては新しい知識や技術を社外から吸収できない」というのも、たしかにそういう一面もあるだろうと思いますが、しかし「新しい知識や技術を社外から吸収」が本当に必要なら企業はその人事管理で実施するだろうとも思いますし、現実に行われていることでもあると思います。なにしろ霞が関のお役所からも「民間のやり方を学んでこい」と企業に出向者が来る時代なのですから、民間がやってないわけがないわけで。
ということでこれは基本的には個人の意識の問題ととらえるべきで、企業としては社外で新しい知識や技術を吸収したいと考えている人がそれを可能とできるよう、コミュニケーションの中で業務量に配慮することでその時間を確保しやすくする、といったことが求められるのだろうと思います。社外で学んだものが本当に企業に貢献すれは企業は当然それを高く評価するでしょうし、社外で学ぼうという意欲に一定の評価を与える企業もあるかもしれません。ただ基本的には役に立つ前から高く評価せよというのは無理なご注文だろうと思います。
さて「長時間労働の問題の一つに長時間労働をいとわない人と嫌う人が同じ職場にいることがある」というのは、正直記者の作文の問題があるような気もしますが、多様性を大事に考えている私としては長時間労働を嫌う人ばかりの職場にすべきという意見には長時間労働をいとわない人ばかりの職場にすべきというのと同じくらいの違和感を感じます。いやワークス研究所さんやリクルート本体が長時間労働を嫌う人ばかりの職場になっているというのならその限りにおいては恐れ入る準備はありますが。
「年齢が高い人ほど長時間働くことで一人前に成長すると考える傾向が強い」というのもこれだけ読むと意味がとりにくいのですが、おそらく言わんとされているのは「日々・毎日長時間働くことで」ということなのだろうと推測します。それなら、まあ言われてみればそうかなあという感じもしなくはありません。いっぽうで、こと能力向上といった面においては生産性より出来高のほうが重要な場面も多々あるように思われますので、そのバランス感覚は必要なように思います。まあ企業の方針として一定のバランスを求めることはありうると思いますが、政策的に特定のバランスに誘導することには十分に慎重であるべきと思います。