日経新聞は新年から社説でも「民が拓くニッポン」というシリーズ企画を展開していましたが、働きかた特集が最終日を迎えた1月11日、合わせたのかどうかはわかりませんが、「民が拓くニッポン」シリーズの最終回として表記「雇用慣行破り柔軟な働き方を競え」との社説が掲載されていました。今一つ不明な「働きかた」特集の意図を探るにも有益かもしれませんので以下見ていきたいと思います。
日本が成長していくうえで壁になるのが労働力の減少だ。政府は保育サービスを拡充して女性の就労を支援するなどの対策を打ち出している。あわせて女性、高齢者らが働きやすい雇用の制度をつくっていかなければならない。
その担い手は企業だ。潜在的な労働力を生かす環境整備へ、民の創意工夫を発揮するときだ。
…労働力の減少を乗り越えるために十分な備えをしなくてはならない。まず求められるのは、1人あたりの生産性の向上だ。
人口が減っても国全体で生む付加価値の増大をめざしたい。…農業、医療、エネルギー関連などの成長分野に企業が進出しやすくする規制改革は欠かせない。経営者は技術革新や新しいビジネスモデルを生む力を一段と問われる。M&Aや研究開発などへの資金の有効活用はこれまで以上に重要になる。
同時に、女性や高齢者らが就労しやすい社会にして、労働力を補う必要がある。パートや契約社員で働く期間が5年で打ち切られる恐れがある有期労働規制などは見直すべきだ。加えて肝心なのが、企業の行動だ。
産業界では1日の勤務時間を4時間や6時間などにする短時間の正社員や、定年後も専門性があれば65歳や70歳まで継続雇用する制度が広がり始めている。企業はさらに知恵を絞って多様な働き方を用意してほしい。…
(平成27年1月11日付日本経済新聞社説から、以下同じ)
イケア・ジャパンの短時間勤務制度の事例が紹介されているのですが省略しました。わが国ではすでにかなり充実した育児時間・介護時間制度がありますが、目的や時期に関わらず利用できるもののようです。ここまではいいのですが…。
日本の会社は社員が雇用を保障される代わり、残業や長時間労働が当たり前だった。そうした雇用慣行にとらわれない柔軟な働き方を企業は生み出すときだ。
千葉、常陽など地方銀行64行は女性行員向けに、配偶者が転勤した場合、退職しても転居先で働けるよう後押しする仕組みをつくる。本人に働く意欲があれば転居先の地銀に紹介する。転居先から戻れば、もともと勤めていた地銀での再雇用も検討する。
同じ業種の企業が連携してあたかも一つの会社のようになり、働ける場所を広げる新たな試みだ。人材の手当てを一企業だけで考えるのでなく、相互に受け入れて戦力の確保につなげるやり方は、ほかの業界にも参考になる。
「日本の会社は社員が雇用を保障される代わり、残業や長時間労働が当たり前だった。そうした雇用慣行にとらわれない柔軟な働き方を企業は生み出すときだ」と書いて、その事例がこれですか?一応退職するから雇用保障は軽くなっているということかなあ。もちろん「雇用保障の見返りに単身赴任」という話はなくなる(それは非常にけっこうなこと)わけですが、しかし労働者からみればむしろ雇用保障は事実上強化されているように思うのですが…。
でまあ以前も書きましたが(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20141023#p1)、このスキームが成り立つのはひとえに地銀は地域で住み分けていて同一業種でスキルが共通する一方で市場では競合関係にない(千葉銀行と常陽銀行はほぼライバル関係にない)からであり、まあ地方紙など類似の事情がある業界を除けばなかなか「ほかの業界にも参考になる」とは参らないのではないかとは思います。たとえばそれぞれ東海村の日本原電と日立製作所の日立研究所にお勤めの研究職のご夫婦というのはありそうな気がするのですが、その一方が敦賀市の日本原電に転勤になったときに、もう一方がその比較的近場にある大津市のNECの研究所や草津市のパナソニックの研究所に転職することを斡旋するというのが電機業界の取り組みとして行われるかというと、まあ(特に企業秘密を多く知る研究職となると)なかなか難しいのではないかと思います。
重要なのは成熟産業から成長産業へ人が移りやすい柔軟な労働市場づくりだ。企業はグローバル競争の激化で絶えず事業構造を見直す必要があり、人員に余剰感が出やすい。労働力需要が旺盛な分野へ人材が集まるようにしなくてはならない。
パナソニックは今春、役割の大きさに基づく賃金制度を全社員に導入する。管理職は年功要素を廃止する。長く勤めるほど賃金が増えるわけではない制度への転換だ。「社員が転職も視野に今後の自分のキャリアを考えるきっかけになる」(幹部)という。
一つの会社で定年まで勤めるという働き方では活躍の場が広がらず、自らの力を十分に発揮できない場合がある。社員に意識改革を促すことは、人の移動が活発な社会をつくる第一歩だ。日本企業は社員に忠誠を求めるため副業を禁じてきたが、解禁することも社員の刺激になるだろう。
新しい仕事へ挑戦する気持ちがわけば、転職に必要な技能を身につけるための職業訓練も効果が増す。柔軟な労働市場づくりでも企業の役割は大きい。
まあそうなんですが安価な労働力需要が旺盛ですというのでは意味がないことには重々ご注意願いたいと思います。人件費の安さを競争力にするような「成長産業」なんてあっても仕方ないわけでしてね。まあ今現在は多少労働条件が低くても将来的には今以上に高くなるという見通しが立たないのであれば「成長産業」を称することはできないでしょう。逆にそういう企業・仕事があればなにも「意識改革」するまでもなく転職は進むのではないかと思います。これまでだって良好な求人の多い好況期には転職も多かったわけですし。
そのうえで、過度に足止め的・後払い的な賃金制度は労働者の選択を制約するので好ましくないということは言えると思います。まあどれだけ社員に定着してほしいかという企業の人事方針次第ではあるのですが。
「日本企業は社員に忠誠を求めるため副業を禁じてきたが、解禁することも社員の刺激になるだろう」については、まず昨日も書いたとおり兼業禁止は安全配慮と労働時間通算原則というきわめて実務的な要請による部分が大きく、理念面ではせいぜい勤務中には業務への集中を求めるという程度に過ぎません。日本企業が社員に忠誠を求めてきたという一面はあるにしても、兼業禁止はそのためではないと思います。副業解禁がどういう刺激になるのかはよくわかりません。副業にチャレンジしたみたところ思いのほか儲かるので会社をやめてそれに専念することにしましたという人もいますし(私の知人にも複数います)、副業をやってみたところあまり儲からないのでやはりこれからも会社勤めを続けようということになる人もいるでしょうから両面ではあるでしょう。なんにしても法的な問題を解決することが先決です。
なおパナソニックさんの賃金制度変更については「管理職は年功要素を廃止する。長く勤めるほど賃金が増えるわけではない制度への転換だ。」ということですから、これまでは管理職であっても年功要素があり、長く勤めるほど賃金が増えてきたということなのでしょうか。だとするとそれはさすがにグローバル企業ではかなり珍しい事例だと思います。年功要素をやめて賃金等級が上がらない限りテーブルが変わらない制度とするくらいでも総額では相当の人件費抑制になるでしょう。それで「社員が転職も視野に今後の自分のキャリアを考える」ほどのインパクトがあるかというとそうでもないような気もしますが、少なくとも「これ以上上がる可能性は低い」とかいうことになれば「きっかけになる」ことはあるかもしれません。
ということで、「企業による人員整理を容易にし、「成長産業」の低賃金の労働力に移動させるべき」といったトーンはかなり弱いように思われますので、比較的マシな部類というところかもしれません。