アナウンサーの内定取消

わが家の平日朝の光景として私がテレビ東京の「モーニングサテライト」を見ながら出勤の準備をしているとムスメのどちらかが起きてきて自動的に画面が日本テレビの「ZIP!」に変わるというのがあります。お仲間内で話題になるからというのですがそれは私だって。今朝はRIETIの中島厚志先生のお話が突如ショートコントに切り替わってしまったなあ。
さてその日本テレビですがこのところアナウンサーの内定取消問題で世上を賑わせているようです。

 来年4月にアナウンサーとして入社する内定を日本テレビから出されていた大学4年の笹崎里菜さん(22)が、東京・銀座のクラブでアルバイトをした経験があったことを理由に内定を取り消されたことは不当として、日本テレビを相手に起こした地位確認を求める訴訟の第1回口頭弁論が14日、東京地裁で開かれた。日テレ側は請求棄却を求めて争う姿勢を示した。具体的な反論は次回、来年1月15日に行うという。
 訴状によると、笹崎さんは昨年9月、日テレのセミナーに参加し、今後他社への就職活動をしないことを条件に内定通知を受けた。だが、今年3月、人事担当者に「母の知り合いのクラブで短期のアルバイトをしたことがある」と伝えると、5月に内定取り消しを通知された。
 通知書には「アナウンサーの高度の清廉性が求められる」「セミナーで提出した自己紹介シートにクラブのアルバイト歴を記載しておらず、虚偽の申告をした」などと理由が書かれていたという。
 笹崎さんの代理人・緒方延泰弁護士は「クラブで働く人は清潔さに欠けるというのは独自の偏見」と批判。記載しなかったアルバイト歴についても「重要な点は、全部書けという趣旨でなかった」と反論した。
 日テレ側は口頭弁論を欠席したが答弁書は提出。請求棄却を求め争う姿勢を示した。次回以降に内定取り消しの合理性や有効性など反論する。
 緒方弁護士によると、当初は日テレ側と内密に内定取り消しの撤回を折衝。日テレの代理人に仮処分の手続きを提案したが「仮に採用内定の決定が下っても従わない」と返答されたため「何らかの形で解決するしかない」と訴訟に踏み切った。「糾弾でなく、採用してもらうためにやっている」といい、法廷では「来年4月までに救済を求めたい」と裁判官に申し入れた。
平成26年11月15日付デイリースポーツから)

ウェブ上を見るかぎり世論は原告応援一色という感じなのですが、大量にある関連記事の多くは女子アナと銀座のクラブと清廉性に関する話題で、いまひとつ事実関係ははっきりしませんでした。弁護士の解説もいくつかみつかりましたが、やはり事実関係が不明なせいか、内定取消法理の解説を中心に「どちらかというと原告乗り」というあいまいな結論を導いているものがほとんどのように感じました。
ということなので訴訟の行方については断定的なことは言えないのですが、私の感想としてはかなり微妙なように思われます。ウェブ上の弁護士先生方のご意見が原告乗りばかりなのは、被告乗りの見解がメディアから需要されていないからでしょう。
ポイントはおそらくこれが虚偽申告にあたるのかどうかと、虚偽申告にあたる場合にこれが内定取消の理由として合理的かどうかの2点でしょう。
前者については常識的に考えてそれで内定取消をするくらいに学生時代のアルバイト歴を重視しているのであれば当然選考段階で洗いざらい確認しようとしているでしょう。日刊スポーツによれば今回の発端は「今年3月、内定者研修で同局の人事担当者から、誤解される男性との写真の有無を問われ、「クラブでホステスのアルバイトをしたことがある」と申告」したという事情らしいので、選考段階で問題となるアルバイト歴等がないことを確認→内定者研修で「誤解される男性との写真の有無」を確認、という流れであるように思われます。もちろん、原告は原告は「「重要な点は、全部書けという趣旨でなかった」と反論」しているそうなので、被告側の対応に遺漏があった可能性もあります。このあたり事実関係がわからないのでなんとも言えません。
さてそれでは銀座のクラブでのアルバイト歴があることを申告しなかったことが内定取消の理由になるかどうかが問題になりますが、被告はその理由としてアナウンサーに「清廉性」なるものが必要であると主張しているようです。
これまた被告が何をもって「清廉」「清廉性」としているのかがわからないのでなんとも言えないのですが、Goo辞書で清廉を調べるとこう書いてあります。

せい‐れん【清廉】
[名・形動]心が清らかで私欲がないこと。また、そのさま。廉潔。「―の士」「―な人物」
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/123094/m0u/
ちなみに用例
・・・ゴーリキイは天成の素直さ、鋭い清廉な感受性によって、ここに生活を少しでもいい方に向けようと努力している一団の人々を発見したのであった。 然し、学生の討論や、退屈な経済学の本の講義はゴーリキイにどうしても馴染めない。まして、ゴーリキイを目・・・<宮本百合子「逝けるマクシム・ゴーリキイ」青空文庫>
http://dictionary.goo.ne.jp/examples/jn2/123094/m0u/

うむ宮本百合子「逝けるマクシム・ゴーリキイ」か。それはそれとしてテレビ局なので政治的中立性は要請されるところ銀座のクラブでの就労歴がそれに影響するとは思えず、銀座のクラブで働いたから清廉でない=心が清らかでないかまたは私欲があると判断するのは失礼であるというのがウェブ上で燃え上がっている議論です。
とはいえ、ラジオなどと異なり広く姿かたち・立居振舞いが画面に映るテレビ局のアナウンサーには、ニュースを読んだりインタビューをしたりスポーツなどの中継をしたりするという機能的な役割のほかに、いわゆる「局の顔」として視聴者に好感を与えることが大切な仕事になっています(それがいいかどうかという議論の余地はあるでしょうが実態としてそうなっていることは間違いないと思います)。加えて、こんにちのアナウンサーは、そうした古典的な役割に加えてバラエティ番組に出るタレントのような仕事も求められており、しかもそのウェイトが高まっているのではないかと思われます。冒頭の例でいえばモーサテの佐々木アナはまだ比較的古典的アナウンサーに近そうですが、ZIP!のような看板番組に出ているようなアナウンサーには新たな役割も相当程度期待されているはずです。ちなみに今調べたところZIP!には女性では小熊アナ、郡司アナ、岩本アナと3人レギュラーで出ているようですが、番組をみていると男性であっても同様のように思われます*1。現実に「今日のバラエティ番組のゲストはミトちゃんだから忘れずに録画しなくちゃ」とかいう話は相当にありそうであり、アナウンサーの好感度はテレビ局にとって業績を左右しかねないくらいの重大な経営課題になっているのかもしれません。
そこで「清廉性」という話になってくるわけで、被告の言い分としては上記のような本来的な意味で清廉であるかどうかはともかくとして少なくとも清廉そうに見えるという意味での「清廉性」を保持することで「局の顔」としての好感度を高く維持することが必要だ、ということではないかと思うわけです。あるいは被告にとっての「清廉」とは辞書どおりの意味ではなく「醜聞がない」という意味なのだ、とも言えるかもしれません。つまり被告が恐れているのは(原告に限らず)アナウンサーが採用され、番組に出て、期待どおりに人気を集めはじめたところに「○○アナの隠された過去!」みたいな醜聞が発覚してアナウンサーのみならず局に対する好感度が急落することなのでしょう*2日本テレビ自身も夏目三久アナのスキャンダル(まああれははるかに支障の大きい醜聞ではあったわけだが)で痛い目にあっていますし、他にも類似の展開で画面から姿を消したアナウンサーというのもまあ相当数いそうに思われますので、被告としてみればホステス歴のある原告はそうしたリスクが高いと判断したということかもしれません*3
もっとも、そのリスクがテレビ局経営におけるアナウンサーの重要性を勘案してもなお内定取消を正当化するほど大きいものなのかという疑問はあるように思われます。また、アナウンサーも相当程度ジョブ型の雇用ではないかとは思いますが、それでも番組や仕事を選ぶことでリスクを軽減する余地は相当程度ありそうに思えます。
また、アナウンサーのスキャンダルを騒ぎ立てるのもまたマスコミであり、もちろんメディアによる温度差はあるでしょうが(これといって「紙の顔」を持たないスポーツ紙はテレビ局の「局の顔」を報復を恐れずに叩けるでしょう)、まあ多分にマスコミの自爆である感は免れません。最終的には「視聴者が清廉を求めるから」という理屈になるのかもしれませんが、こういった「お客様がそれをお求めになるから」という理屈がこれまで多くの差別を好都合に正当化してきていることを思うと、マスコミにも一定の努力がほしいと思います。
裁判所ではこうした事情を総合的に勘案しての判断になるわけで、まあ世論のバックアップがある分原告有利の展開ではないかなどと思うわけですが、それでもまあかなり微妙な判断になるのではないかと思います。
さて訴訟の行方は行方として、被告は行くところまで行くつもりでしょうから相当時間はかかりそうですが、仮に内定取消無効の判決が出た場合に被告がどう対応するのかも興味深いところです。とりあえず現時点では採用してアナウンサーとしてテレビに出演させるつもりは全くなさそうですが、あまり高額なカネを積んで金銭解決するというのも被告からみれば業界に悪しき前例を残すという話かもしれません。私などは素人考えでもう発覚してしまった話だしウリとしてうまく使えないものかなどと思うわけですが、まあ他にもなにか出てくることを心配しているのかなあ。まあ目立たないところでなるべくアナウンサーらしい仕事をしてもらうというのが現実的な解決になるような気がしますが、だったらとっとと和解してそうすればいいとも思うのですが…。案外、今度は「アナウンサーとしてテレビに映る仕事をさせる」ことを求めてまた争われることを警戒しているのかもしれません。これはこれで興味深い事件になりそうですが…。
それにしても、訴訟に時間がかかればかかるほど原告のアナウンサーとしての活躍の機会はどんどん縮小していくわけなので、原告代理人のいうとおり早期の解決が望まれます。ということで、どこかこの原告をアナウンサーとして採用するテレビ局は他にないものでしょうか。もちろんテレビ局ならなんでもいいというわけではないでしょうが、在京のキー局のどこかが採用してくれれば関係者にとってそれなりにハッピーな結末ではないかと思います(日テレをこらしめたいというのはまた別の問題として)。まああれかなあ、ホステスのアルバイトをしていた人は、どの局もアナウンサーとしては採用しないのかなあ。だとすれば残念ですが…。
ところで、原告代理人は緒方延泰先生とのことで、最近どこかでお見かけしたお名前だなと思って調べてみたところ、卓球女子ジュニアの牛嶋星羅選手がユースオリンピックの代表選考をめぐって日本スポーツ仲裁機構に仲裁を申し立てた際に申立人代理人を務めた方でした。第二東京弁護士会のデータベースをみるかぎり労働問題は専門分野に入っていない(スポーツは入っている)ようで、たしかにあまり労働界隈ではお目にかからないお名前ですが、おそらくは原告もしかるべきところに相談して紹介を受けているのでしょうから、私が心配することではないでしょうが…。

*1:ウェブ上には女性のみ「清廉性」を求めるのはけしからんとの論調もあるようですが、たぶん被告は男性にも「清廉性」を求めているのではないかと思います。学生時代にホストクラブでホストのアルバイトをしてました、という男子学生がアナウンサーに応募してきても日テレは採用しないんじゃないかなあ。

*2:内定前に申告すれば当然内定しなかったでしょうし、採用後に発覚するとこうした経緯が想定されるわけなので、まあ意図したものとは思いませんが、内定中にカミングアウトするというのはけっこう絶妙のタイミングなのかもしれません。これから局アナに応募する人は参考にするといいかもしれないよこらこらこら。

*3:もう一つ想定されるのが「実はほかに本当の理由がある」というパターンで、内定取消のリーディングケースである大日本印刷事件でも「グルーミー」以外にもあれこれ取消理由があげられていて「本当の理由は他にあるな」との印象を受けます。