日本航空整理解雇事件判決へのコメント

季刊労働法」第245号が発刊されましたので、同誌244号に匿名で寄稿した裁判例へのコメントを転載します。「労使で読み解く労働判例」という連載の第10回で、研究者による判例評釈があり、匿名の労使それぞれの実務家によるコメントが続くという企画です。取り上げられたのは日本航空(運航乗務員)事件・東京地判平24・3・29,同(客室乗務員)事件・東京地判平24・3・30で、評釈は東海大学の渡邊絹子先生。使側のコメントが私ということになります。
この事件は日本航空が会社更生手続下において更生計画に掲げた人員削減計画を達成するために実施した整理解雇の有効性が争われたもので、東京地裁は解雇を有効としました。今月はじめには控訴審で地裁判決を支持する判決が出ており、最高裁に上告されています。ある意味労働法と倒産法がせめぎあうシチュエーションで、なかなか面白いことに、研究者が地裁判決に批判的な立場で、使側(私ですが)が議論はあるでしょうが今回は妥当ではないかという立場、そして労側(匿名)が地裁判決を全面的に支持するという意外な展開になっています。労側の方のコメントの最後には「感想」として(法理論を離れた話なので「感想」とされたのだろうと推測)こんなことが書かれていて、考えさせられるものがあります。

…本件は、整理解雇に至るまで…グループ企業も含め多くの従業員が(引用者註:希望退職などで)Yを離れていった。こうした自発的離職者は、Yの再生を期待して自らは、別の道を選択したのであって、こうした…「犠牲」のうえに再生が成り立っている…そうした人たちの声なき声に耳を傾ける必要がある。
(上掲誌p.195)

さて、私のコメントは次のようなものでした。ぜひ、関係各位のご意見ご指導をいただければと思います。

◆背景

 2010年1月19日、日本航空は債権者である金融機関5行とともに企業再生支援機構に支援申込を行い、支援決定を受けた。そして東京地裁会社更生法の適用を申請し、事実上倒産した。今世紀に入って、わが国航空業界は2001年には米国同時多発テロ、2003年には新型肺炎SARSの流行とイラク戦争などの外的ショックを受けてきたが、それに続く2008年以降の燃油価格の高騰、リーマン・ショック後の世界的な景気低迷、そして2009年の新型インフルエンザ流行といった外的ショックを日本航空はついに乗り切ることができず、負債総額が2.3兆円にものぼるという大型倒産となった。ちなみに、わが国航空界の一方の雄である全日空は、2010年3月期こそ863億円の経常赤字を計上したが、翌2011年度には370億円の経常黒字に回復し、明暗を分けた。
 その後進められた日本航空の再建は、その規模や公共性の高さに鑑み、異例のものとなった。企業再生支援機構を通じた3,500億円の公的資金を投入するとともに、会社更生法に基づき株主には100%の減資、債権者には債権総額の87.5%、約5,200億円の債権放棄を求め、加えて政府による債権保全声明や通常運航保障などをともなうプレパッケージ型の法的整理を行うというものである。それでもなお、当時の世論は日本航空の再建には懐疑的で、公的資金投入が最終的に国民負担となることを危惧する意見も多かった。
 そうした中で決定された日本航空の更生計画は、非効率機材の早期退役、不採算路線からの大胆な撤退、ホテル事業の売却などを含む大規模なものとなり、人員削減についても約16,100人という「早期退職・子会社売却等による大規模人員削減の深掘・前倒し」を行うとされた。結果、国際線4割、国内線3割の路線を削減し、機材数も3割減という大幅なダウンサイジングが敢行された。並行して、特別早期退職措置や数次にわたる希望退職措置が行われたものの運航乗務員や客室乗務員については予定数に達せず、日本航空ば同年末についに整理解雇に踏み切った。

◆解雇の必要性判断

 裁判における最大の争点は解雇の必要性であった。原告は2010年度末には更生計画を大きく上回る過去最高益を達成していたこと、人員規模も更生計画以下に縮小していたこと、2011年2月には経営トップが記者会見で「(整理解雇された労働者を)残すことは経営上不可能ではなかった」といった趣旨の発言をしたことなどをあげて、本件整理解雇の必要性はなかったと主張した。

(1)過去最高益下の整理解雇
 これに対して、更生計画を大きく上回る過去最高益を達成していたことについては、客室乗務員判決は「…営業利益の増大は,…会社更生手続下における財産評定方法の採用に伴う一時的な費用削減効果…を原因とする財務諸表上の見掛けの実績ともいうべきものであり,必ずしも被告の事業実態に基づく実力を示すものということはできない…」と述べ、一過性の業績数値のみを見て解雇の必要性を判断すべきでないとの見解を示しつつ「…被告については,これまで幾度となく試みられた再建策が失敗に終わり,本件会社更生手続が開始される前年(平成21年)においては,多額の営業損失を計上し,平成21年6月には事業資金として1,000億円もの融資が実行されたにもかかわらず,わずか半年のうちに枯渇する見込みとなった上,タスクフォースの助言,指導の下で事業再生計画の策定を試みたが,奏功しなかった…」「本件会社更生手続の究極の目的は,こうした,公共交通機関として航空機の運航業務を担う被告の事業の持続と安定を図る点にあったというべきである。」と判示した。前述のとおり、わが国航空業界は今世紀に入ってたびたび外的ショックに見舞われてきたが、2004年までは日本航空全日空がともに日本政策投資銀行による融資などの支援策を求めていたのに対し、それ以降は日本航空のみが支援を受けている。全日空がこの間に経営改善を成功させ、2008年以降のショックに対しても早期に回復したのに対し、日本航空は経営改善に繰り返し失敗を続けていたことを考えると「目先の業績が想定を上回ったので、人員削減は計画より甘くします」とは到底言えないという判断は妥当なものではなかろうか。もちろん、これは日本航空の歴代経営者、経営幹部が責任を負うべき問題に他ならないが、それを克服するために現在の経営者が経営改善計画を貫徹することを妨げるべきではなかろう。

(2)特定職種における整理解雇
 人員規模が更生計画に縮小していたとの原告の主張に対しては、運航乗務員判決では「…運航乗務員の専門性に照らせば,事業規模に応じた人員規模は運航乗務員という職種内で達成する必要があるから、…連結人員数の削減目標の達成が確実であったことは,運航乗務員の人員削減の必要性に関する判断を左右するものではない。」とし、客室乗務員判決では「…人員削減の目標数に達しなかった人数分の人員につき,それぞれの担当業務において要求される専門性を考慮せず,被告内における様々な職種の中で人員を融通して解雇者を出さずに全員を吸収することは,その削減規模が大きいことのほか,各職種の勤務形態及び賃金体系の大幅な変動を伴うことなども勘案すると,ほぼ不可能に近いものであったということができる。」として、それぞれ整理解雇の必要性があったと判示した。職種変更に対するアダプタビリティの高さは日本企業の特質としてとみに指摘されるところであるが、こと運航乗務員、客室乗務員についてはこれらが専門職種として確立され、職種変更もまれである実態をふまえれば、この判断も妥当といえよう。

(3)会社再建下における整理解雇
 そして、原告が強調した経営トップの「残すことは経営上不可能ではなかった」との発言については、客室乗務員判決が「…発言全体をみた場合,その文脈からは,必ずしも人員削減の必要性の欠如を認めているわけではなく,かえって,本件更生計画の実行は,多大な犠牲を払った金融機関をはじめとする債権者等,各種の利害関係人に対する社会的義務であって,本件解雇がやむを得なかった趣旨を述べているということができるし,整理解雇による被解雇者を残すことが経営上不可能ではなかった旨の発言は,短期的に,その当時の被告の営業利益をもってすれば,被解雇者の人件費の支出が不可能ではなかった事実を発言しているにとどまり,本件更生計画及びその基礎となる本件新事業再生計画に基づく事業規模縮小の合理性を否定したり,将来の事業規模の拡大に伴う必要稼働数の増加等に言及したりするものではないということができる。」と述べている。つまり、会社更生法を適用して関係者の多大な犠牲のもとに再建する以上は、単に赤字を脱するとか最高益を記録するとかでは不十分なのであり、今後同様の大きな外的ショックに見舞われた際にあっても二次破綻することのない状態を実現すべきとの倒産法の趣旨を重視したということであろう。
 もちろん、労働法の立場からは、いかに巨額の債権放棄であっても巨大金融機関には負担能力があり、100%減資も株主として想定すべきリスクであって、公的資金についてもすでに回収できていることも考慮すれば、自然人たる労働者の保護を優先すべきとの主張はありうるものであり、難しい判断なのではないかと思う。しかし、こと公益性を理由に経営支援が繰り返され、ついに奏功してこなかった日本航空に対しては、倒産法の立場が優先されるのは妥当ではないか。
 本事件は控訴され、2013年12月24日には客室乗務員裁判が、同じく26日には運航乗務員裁判が東京高裁で結審し、判決日はそれぞれ2014年5月15日、6月5日となった。高裁の判断を注目したい。
(上掲誌pp.196-197、入稿後の校正は反映されていません)