中央大学ワーク・ライフ・バランス&多様性推進研究プロジェクト成果報告会

一昨日開催された中央大学ワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクトの第6回成果報告会に参加してまいりました。
http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~WLB/material/pdf/seminar2014.pdf
昨年までは東大のプロジェクトでしたがプロジェクトの中心人物である佐藤博樹先生が中央に移られたのでこれも中央に移ったようです。ということで会場も御茶ノ水中央大学駿河台記念館に変わったわけですが、ちょっとあたふたしたせいでうっかり自動的に東大のほうに足が向かってしまい、途中で気づいて中大駿台記念館に行先変更した間抜けな私でした。スタッフの方々の中に見慣れない顔を何人かお見受けしたのは中大の院生さんかな。まあ仕切ってたのは相変わらず松原光代さんでしたが。お疲れ様でした。
さて上掲PDFにもあるように前半は4つの分科会に分かれてのワークショップ、後半がそれをふまえたパネルディスカッションで、不真面目な私は前半をさぼって後半のパネルのみ聴講しました。いや先日も書いたとおりこの件に関しても現在の私にとっては完全に他人事であり、そんなアマチュアが過去の経験だけをもとに今現在バリバリとそれを推進している当事者であるプロフェッショナルに交じって議論するということに相当の気遅れを感じたわけで、と怠惰の言い訳を試みる私。
ということで若干の感想を書きますと会場はほぼ満席、雰囲気もワークショップの熱気がさめやらず大変にテンションとモラールが高く、ワーク・ライフ・バランスもダイバーシティも大切な価値だと思っており、過去には実際にその推進にも携わってきた私としても非常に頼もしく感じました。これに限らず、重要だと考えている人が多いにもかかわらず社会における実現は不十分な案件というのは、熱心な人が集まるとともすれば宗教ですかという雰囲気が漂いがち(偏見)なのですが、今回はそのようなことはなく、バランスを失っていなかったのは主催者の力量なのでしょう。
全体のテーマは「ワーク・ライフ・バランス管理職が職場・働き方を変える」ということで、中心的な関心事は昨今「イクボス」などと言われて注目されはじめたワーク・ライフ・バランス管理職でした。現実の職場で人事管理を担っているのはラインマネージャー、中間管理職であり、その役割には非常に大きいものがありますから、ワーク・ライフ・バランス(WLB)にせよ働き方にせよ、職場でなにかやろうと思えば中間管理職が重要という問題意識はきわめて適切なものと申せましょう。
そこでWLB管理職ということになりますが、当日配布資料によるとこのプロジェクトが実施した調査結果をもとに想定されるWLB管理職とは次の条件を満たす管理職だということです。

  1. 自らメリハリのある働き方をし、自分自身の生活も大事にする
  2. 部下のWLBを考慮し、所定労働時間内で仕事を終えることを奨励し、業務遂行を支援する

そのうえで、以下4点が提言されています。

  1. 部下のWLBと職場生産性向上の両者を実現させるためには、管理職が部下の業務遂行状況を把握し支援する能力(「適正な部下管理」)を高めることが重要である。
  2. 部下のWLBと職場生産性向上の両者を実現させるためには、管理職自身がメリハリをつけた働き方を実践するとともに所定内労働時間で仕事を終えることを奨励する意識を持つ(「WLB管理職」)ことが重要である。
  3. 労働時間・休憩・休日に関する労働基準法上の規定の適用から除外されている管理職に対しても労働時間や働き方をモニタリングし、管理職が長時間労働になることを抑止して「適正な部下管理」を実行できる時間を確保することが重要である。
  4. 会社によるWLB支援への取組や労働時間管理の改善に向けた取組は「管理職のマネジメント」力を高めることから、企業は組織的にこれらに取り組むことが重要である。(以上下線ママ)

で、定義は相当に異なるのですが、調査結果によるとすでに課長クラス管理職の3割弱はWLB管理職なのだとか。
さて私が聴講したパネルは法政の武石恵美子先生がモデレータ、三菱UFJの矢島洋子先生、ニッセイ基礎研の松浦民恵先生、(株)ワーク・ライフバランスの小室淑恵社長がパネリスト、佐藤博樹先生が総括コメンテーターといった感じで、まずは各分科会での議論の概要が報告され、その後ディスカッションとなりました。
その中で提示されたWLB管理職の普及拡大に向けた論点のうちいくつかをご紹介し、私の感想も少し述べたいと思います。

  • 日本企業の管理職は「仕事ができる優秀な人」がなることが多いが、WLB管理職としての資質に優れた人を管理職に登用すべき。

そのとおりだろうとは思うのですが、かつてのような管理職不足ではなく、むしろ管理職ポストが稀少な資源になっている現状、すでにそうなっているのではないかと思うのですが。つまり仕事もできるし部下管理も上手だという管理職が望ましいわけなので、仕事ができる優秀な人のうち管理職適性がありそうな人を管理職ポストにつけて上司などの指導を得ながらOJTで部下管理能力を向上させる、という人事管理が行われているケースも多いのではないかと思うわけです。ここでしくじるとパワハラ問題とかになってしまうわけなので、企業もそれなりに慎重にみているはずです。また、管理職は部下の評価をしなければならないわけですが、そのときに仕事のできる優秀な人が評価したほうが一般的に部下の納得も得られやすいのではないかという話もありそうに思います。

  • 現状では仕事のできる管理職が管理職になっても管理のかたわら実務も担っている。部下のWLBを実現し「適正な部下管理」を行うには管理職は実務を担わず管理に特化することが求められる。それが部下の育成にもつながる。

これもそのとおりと思うのですがなぜそうなっているかについては留意が必要で、たとえば業績不振で人件費の圧縮が必要といったリソーセス不足が原因であれば、ある程度一過性のものとして割り切ることも必要でしょう。いっぽう、かつては「IT革命で中間管理職は不要になる」といったことを真剣に言っていた人もたくさんいましたし、ポスト詰まりの中でいわゆるスタッフ管理職を増やさざるを得なくなった企業の中には管理職といえども実務もやるのだ、という方針を掲げた例もあると思います。中間管理職の重要性に対する理解不足が原因であるならば対策が必要でしょう。とはいえさすがに人事担当者の集まりだけあって単純に人数を増やせばいいという声は聞こえず、では非正規労働者で…というのもうーんという感じですし、難しいところでしょう。

  • 管理職研修が重要。特に、意識面ではなく管理能力の研修が必要。

これはなるほどと思ったところで、上でOJTで管理能力を身につけるという話を書きましたが、WLB支援といったことはおそらく企業内に経験やノウハウの蓄積がかなり乏しいはずなので、ある程度はOff-JTでやることも必要なのでしょう。私はOff-JTにはそれほど多くは期待しない人なのですが、中で教えられないことは外で学ぶ必要があると思います。

  • 職場でWLBを実現している管理職が高く評価されるようにすべき。

これがたぶん最大の難問で、パネルでも矢島先生が「WLBをやろうとしている管理職にとっていちばんつらいのは、職場の目標が人数あたりで設定されることではないか」といった指摘をされていました。投入した労働時間に比例してアウトプットが出るような仕事だと、WLBの人はどうしても使いにくい人材ということになってしまう、という趣旨だったと思います。これは人材育成の面でも似たような話があり、つまり管理職の評価項目に人材育成を入れている企業は多いと思うのですが、これまた労働時間が長いほどより多く育つ傾向があることは否定しても始まらないでしょう(もちろん出来高も成長も逓減するというのも事実でしょうが)。
議論の中では管理職は部下に仕事をしてもらってそれが組織の成果となり自身の評価にもなるのだから部下が気持ちよく安心して能力を出し切れるような部下管理が必要でありWLBもそのためのものと位置付けるべきといった所論が随所で見られましたが、そうそう一筋縄でいくものかどうか。つまり、管理職たとえば課長にはさらにその上司である管理職たとえば部長というのもいるのであり、この部長は部下である課長の働きで評価されるわけです。そうなると、部長としてはWLB管理職である課長を高く評価したとしても、じゃあ自分の評価はどうなるのかと考えると内心複雑なものはあるでしょう。成果主義の弊害のひとつとして「管理職が足元の成果を求めるあまり、部下への要求やプレッシャーが大きくなり、結果として職場が疲弊した」ということが指摘されていたと思います。
したがって「出来高にとらわれることなくWLB管理職を高く評価する」ことの実効を上げるには相当に強力に徹底することが必要であり、そう考えるとやはり一定程度以下の規模の企業でないと有効には働かないのではないかと思います。逆にいえば経営トップが職場の末端まで状況を承知しており、従業員全員を掌握しているような企業であれば十分可能な話であり、実際問題分科会で事例報告した企業の多くはその程度の規模であったように思います。

  • 経営トップの意識を変えることがきわめて重要。

上記の話との関係からもこうなるわけですが、どうやって説得するかが重要で、とりあえず人口減少社会で労働力不足でWLBが必要な人材を活用しなければ人材確保が…という筋書きだといや海外に出ていくからいいですという話になりかねず風向きがちょっとヤバい方向に向かいかねないのが心配です。このあたりはやはり労働組合などが主導して労使協議、団体交渉で実現していくもののような気がします。
もちろん余人をもって代えがたい人材にWLBの必要が発生して企業として対応せざるを得ないという例がたくさん出てきてくれれば効果的なわけですが(以前も少し書きましたが突然発生する介護ニーズには特にその可能性はありそうです)、やはりそういうことが影響しやすいのは一定以下の規模の企業ということになりそうで、大企業になるほどにまあなんとか代わりが務まる人は何人もいます、という話になってしまいそうです。
これに対して労組が問題提起して労使で議論、という話になると、どうしても処遇はどうするキャリアがどうなるという展開になってしまい、私はそこはある程度トレードオフを容認して、柔軟性を持たせつつもWLBはスローキャリア傾向という割り切りもあり得ると思いますが、しかしWLBもキャリアもでなければ満足できない人にはうれしい状況ではないでしょう。ただ逆にいえばWLB支援も労働条件のパッケージに入ってくるわけなので、賃金や賞与などでの優位性はなくてもWLB支援が優れているというパッケージを提示することで、そこにニーズのある人材を引き付けるという作戦は十分考えられると思いますし、それで成功している企業というのもあるように思います。

  • 管理職のそれまでの働き方を否定しないことが大切。

これは佐藤博樹先生も繰り返し強調しておられたところで、これまで仕事中心、会社第一の働き方をしてきた管理職であっても、会社の方針と自身の意識が変わり、そのための手法を獲得すればWLB管理職になれるし実際になっている人もいる、ということでした。
もっといえば、自分の働き方は(相変わらず)仕事中心会社第一だけど部下管理はWLB管理職、というのも十分可能ではないかと私などは思うのですが、どうなのでしょうか。まあ上司がそうだと部下もそれに合わせざるを得なくなる、という話は昔からありますが、そういう傾向もずいぶん薄れてきたと思いますし、上司自ら明確に「私はこういう働き方ですがみなさんは自分で違う働き方を選んでいいのですよ」と示せば十分ではないかと思うのですが。むしろ管理職というのは、人により場合によるでしょうが、重責であればあるほどにそれなりに仕事中心、会社第一にならざるを得ないわけで。
「所定労働時間内で仕事を終える」が妙に強調されるのも同じような話だろうと思います。まあ残業当たり前の文化が定着した職場では、上司が相当程度定時帰宅を率先垂範し奨励するくらいでないとなかなか風土が変わらないということはあるのでしょう。
とはいえ、とりわけ成長力が高く、家庭的責任のそれほど大きくない若年者については、むしろ時間を気にせずに伸び伸びと働かせてあげることが人材育成上も重要であり、あまり「所定時間内」を強調するのもどうかとは思います。キャリアのある時期においては、ある程度まとまった仕事を自己完結的にやり抜くことが人材の成長に大きく寄与する、といった話はたくさんあるわけですし。
いずれにしても、これについては私はWLBは基本的には個人が自由に自分に最適なものを選択できるものであるべきであり(もちろん他人にご迷惑がかかるのであれば一定の制約はありうべきですが)、仕事中心会社第一もそれが私のWLBだというのであればその選択は尊重されるべきだと考えています。もちろん異論はあるでしょうし、今回の会場では私のほうが少数派だったかもしれません。さらに、「他人にご迷惑」の程度評価については相当に見解が分かれるだろうと思います。
ただこれは私の杞憂というか邪推だろうと思うのですが、「それまでの働き方を否定しない」という議論の中に、たとえば「そんな古くさい働き方ダメなんだけど露骨にダメと言ったらつむじを曲げられて進むものも進まない」みたいな(すみませんあえて意地悪く書いてます)ニュアンスが感じられたことは率直なところ残念には思いました。ワーク・ライフ・バランスだけではなくて多様性推進も冠したプロジェクトなので、多様な意見や多様な働き方にリスペクトを持って議論してほしいなと、何を偉そうなこと言ってるんだろう私。まあ仕事中心会社第一の人がWLBに否定的批判的という例の方がだいぶ多いだろうとは思いますのでこのくらいはお互い様というところはあるのでしょうが。
さて全体を通じての感想ですがやはり評価の部分がネックになってスタックしているなあという印象を強く持ちました。これまでの日本企業が、動機づけのためのインセンティブとして昇進・昇格やポストに極度に依存してきたことがその背景にあるようにも思われ、管理職も含めてよりWLBやダイバーシティに適合的・親和的な多様なインセンティブ(といって私に具体的なアイデアがあるわけではありませんが)を検討していくことが求められているように感じました。