この内定取消は女性差別なのか

選挙も終わって駅前の喧騒の日々も去りつつありますが、そんな中でむむむという話がいくつかあったので簡単に感想を。ひとつめは、東京新聞系列で連載されている貴戸理恵関学大准教授の「視座」という連載コラムの12月7日掲載記事で、お題は「内定取消は女性差別」で日本テレビによるアナウンサーの内定取消を扱っています。「MAFNET総合フォーラム【新】掲示板」というサイト(http://www.mafnet.jp/roman/mafnetsogo_forum/keijiban_new/sogo_new.cgi?log=sogo_new_data)に転載されていましたのでそこからコピペします。なお事件そのものに対する私の意見は過去のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20141118#p1)で書きましたのであわせてご参照いただければと思います。

 日本テレビにアナウンサーとして採用が内定していた女性がホステスの経験により「求められる清廉性にふさわしくない」と内定を無効にされた。女性は入社する権利を求めて裁判を起こしている。
 会社には、内定取り消しを、ぜひ取り消してもらいたい。
 理由のひとつは、一般的に、少なくない女子学生にとってホステスが身近なアルバイトになっている現実があるからだ。学費が高額で奨学金などの受給が少ない日本では、親の財布を当てにせざるを得ず、その親の教育支出は、大学進学率に男女で10%近い差があるように、男子に重点的に充てられる。
 家計が冷え込むなか、女性が学業を全うしたければ、時給に恵まれ、時間的に「本業」とかぶらないアルバイトを探すのは当然だ。同じ条件下で、男子学生なら「夜間を含む警備」や「引越しスタッフ」などになるだろう。働く側にとってホステスとは、単に「学校のないときにできて、時給が高い仕事」の一つに過ぎない。
 アナウンサーのほかにも、教師や金融関係など「清廉性」の要求水準が高い職は存在する。ホステス経験を理由に内定が覆るとなれば、こうした職業から「苦学生」を締め出すことにつながる。
 それに加え「アナウンサー/ホステスの清廉性」についてあれこれ言うのは、職業差別と絡み合った女性差別である。
 この社会の女性差別は、とりわけ女性が就きやすい職業において「清廉な仕事」と「ふしだらな仕事」を分ける。そして、前者に従事する「まっとうな」女性と、後者を生業とする「堕落した」女性を分ける。
 さらに、この二つのカテゴリーが決して混じり合わないように管理する。つまり「貞淑な母・妻・娘は、ふしだらであってはならない」のであり、そこから「アナウンサーはホステスであってはならない」という主張が出てくる。…(中略)
…今回の出来事は、この差別的な「性の二重基準」が二十一世紀の現代にまかり通っていることを示した。女性はホステス経験を理由に「清廉でない」と内定を取り消されるが、キャバクラや風俗店に行った経験を理由に、男性が「清廉でない」と内定を奪われることはない。
 覚えておきたいのは、この分断線は現実に即したものではなく、二種類の女性をつくり出すために観念的に引かれるという点だ。
 ひとたび「禁断の線」が引かれると「越境」は「魅力」となる。「アナウンサーがホステスとはとんでもない!」と眼をつり上げる社会ほど「あの清純な娘が夜の仕事を・・・」という想定に「萌える」社会でもあるのだ。
 だが、当たり前だが、現実の女性は清廉なこともあれば、清廉でないこともある。「元ホステスのアナウンサー」誕生は、その当たり前の現実を認め受け止めうる、開かれた社会への一歩になる。(関西学院大学准教授)

本論部分と思われるところ(中略部分を含む「この社会の女性差別は」から「まかり通っていることを示した」まで)については私には論評する能力がなさそうなのでそのままスルーさせていただくこととしますが、その前後の立論にはややヘンなところがあるように思われます。
特に不審なのは女性のホステス(経験)と対称的に示される男性の職業や経験が対称的でないことで、2か所登場するわけですが、

…一般的に、少なくない女子学生にとってホステスが身近なアルバイトになっている現実があるからだ。…女性が学業を全うしたければ、時給に恵まれ、時間的に「本業」とかぶらないアルバイトを探すのは当然だ。同じ条件下で、男子学生なら「夜間を含む警備」や「引越しスタッフ」などになるだろう。働く側にとってホステスとは、単に「学校のないときにできて、時給が高い仕事」の一つに過ぎない。

…女性はホステス経験を理由に「清廉でない」と内定を取り消されるが、キャバクラや風俗店に行った経験を理由に、男性が「清廉でない」と内定を奪われることはない。

便宜上後者から話を進めますが、この文脈では素直に考えてクラブでのホステス(経験)と対称的なのはホストクラブでのホスト(経験)でしょう。
ただ、貴戸先生はこの内定取消が違法だから内定取消を取り消してほしいと言っておられるわけでは必ずしもなく、先生ご所論の女性差別の構造を解消する手立てとして要望されておられるわけなので、「女性は清廉/非清廉で内定を取り消されるが、男性にはそれはない」ことを論ずる上ではこれでも十分対称的なのかもしれません。
もちろんそこには男性には本当にないのかという議論が別途あるわけで、以前も書きましたがこの日本テレビの事件についていえば、ホストクラブでのホスト経験があってお客様のご婦人たちに取り囲まれている写真もありますという男子学生がアナウンサーに応募してきても日本テレビは採用しないであろうと想定されるわけなので、これはどちらかというとアナウンサーという職業の特殊性の問題であって、女性差別として議論することは無理があるように思われます(当然ながらアナウンサー以外の世界には貴戸先生ご所論のような実情があることを否定するわけではありません)。
前者については「時給に恵まれ、時間的に「本業」とかぶらないアルバイト」の例として女性はホステス、男性は「「夜間を含む警備」や「引越しスタッフ」」をあげているわけですが、しかし銀座のホステスと「夜間を含む警備」や「引越しスタッフ」が同等に「時給に恵まれ」ているのかどうかには疑問なしとはしません。実際問題としてバイトルドットコムのサイトで検索してみると大差があるわけで、
http://www.baitoru.com/kanto/jlist/cabaretclub/
http://www.baitoru.com/kanto/jlist/guard/
http://www.baitoru.com/kanto/jlist/moving/
これらを対称的に論じられてもねえという感はあり、ここでも(男性には都合のいいアルバイトがあれこれあるけれど女性にはホステスくらいしかないといった)女性差別としての議論はほころびているように思われます。
職業差別に関しては、とりあえずアナウンサーとして就職したいのであればホステスとしての就労歴があることは不利であることは明らかか、少なくとも容易に想定できるところであって(だから内定前はあえて開示しなかったのでしょう)、かつ一応の理由もそれなりにあることを考えると、差別云々は別としてやはり現実的な作戦としては軽率であったとは言えるのではないでしょうか。ホステスはアナウンサーに限らず就職活動上不利に働くことが多そうなアルバイト歴であり、それも含めて上記のように稼ぎが良くなっているという見方もできそうに思います。
さて別の話になりますが「アナウンサーのほかにも、教師や金融関係など「清廉性」の要求水準が高い職は存在する。」というのもどうかと思うところで、教師についてはどうか知りませんがヤンキーも教師になる(そして国会議員にもなる)くらいですし、とりあえず金融関係については大手金融機関勤務の友人に訊ねてみたところいやいるんじゃないのそんなん気にしてないからさあという話であり、まあ「清廉性」(?)が求められるにしても借金漬けで破産寸前という人は困りますという事情ではないでしょうか。まあ教師に関しては目くじら立てる親というのもいるかもしらん。
ということで労働の人である私からみるとなにかとむむむな感じのコラムではあるのですが、私のツイッターのタイムライン上では「これはすごいです。じつに的確。すばらしい。」とか絶賛している人がいたり(だから存在に気づいたわけだが)、それがたいへんな勢いでリツイートされたりお気に入り登録されたりしているわけで、まあそういう人たちは私がコメントしなかった(できない)本論部分が気に入ってそう言っているのだろうと思いますがそんなんでいいのかなあと思わなくもなく、まあそのあたりがいちばんむむむと思ったところでした。もう一つあるのですが今日は長くなったので明日に回します。