長谷川主査提出資料がダメな件

さて「残業代ゼロ」の話を続けて書いている中で、実はこれを提案した長谷川経済同友会代表幹事提出資料もあまり出来がいいとは申し上げられない、ということを何度か書きました。これにご関心のむきもおありのようなので、じゃあどこが感心しないのか、ということを書きたいと思います。
件のペーパーは下記リンク先でごらんになれます。全文を引用するとかなり長くなってしまいますので、ぜひ参照しながらお読みください。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/goudou/dai4/siryou2.pdf
まず全体的な評価を申し上げますと、新しい労働時間制度については、「経済成長に寄与する優良かつ真面目な個人や企業の活動を過度に抑制することのないような政策とする」という問題意識のもと、「個人の意欲と能力を最大限に活用するための新たな労働時間制度」すなわち「一律の労働時間管理がなじまない働き方に適応できる、多様で柔軟な新たな労働時間制度等が必要」であり、対象者の範囲や「働き過ぎ」の防止など労働者の保護については国が適切に関与しながら、労使間の対等性を担保しつつ、集団的・個別的な労使合意のもとに「労働時間と報酬のリンクを外す」という基本的な枠組みは、これは妥当なものだろうと思います。ところが、この基本枠組みにあれやこれやと雑多に肉付けがされていて、これについては単に全体をわかりにくくしているだけではなく、内容的に妥当かどうかにも疑問がある、ということではないかと思います。あとまあ全体に文章そのものがまずい、わかりにくいということも残念ながら指摘しなければならないと思います。
具体的には、まず最初の導入部の2パラグラフはまあいいとして、「I.「働き過ぎ」防止の総合対策」がいかにも物足りないということについては、すでに4月30日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20140430#p1)で書きました。
面白いのはそのあとに「公務員の率先垂範」という項目があって「…公務員も率先垂範し長時間労働是正に取り組むべきであることは論をまたない。国家公務員は労働基準法の適用から除外されているが、残業の実態及びそのうちの「サービス残業」(労働基準法を仮想的に適用した場合)の割合等の状況を公表するとともに、原因分析と改善の計画を立てる取組みを検討すべきである」とあるところで、まあ公務員も長時間労働を改善したほうがいいだろうことは間違いないでしょうが、わざわざ書いたのは、すでに国家公務員は事実上エグゼンプションじゃんという嫌味でしょうかねえ。
さて本論に入りますが、一番ダメなのは例によって例のごとく育児・介護しながら働きやすいという話を繰り返している点で、今回もまた「働き方改革の目標」の3つの真っ先に「意欲と能力のある働く個人(男性・女性、若者、高齢者など)の全員参加」を掲げ、そこから「働き方に対する新たなニーズ」の4つの例のやはり真っ先に「子育て・親介護といった家庭の事情等に応じて、時間や場所といったパフォーマンス制約から解き放たれてこれらを自由に選べる柔軟な働き方を実現したいとするニーズ。特に女性における、いわゆる「マミー・トラック」問題の解消」を掲げ、そこから「多様で柔軟な働き方を可能にするため、新たな労働時間制度」すなわち「業務遂行・健康管理を自律的に行おうとする個人を対象に、法令に基づく一定の要件を前提に、労働時間ベースではなく、成果ベースの労働管理を基本(労働時間と報酬のリンクを外す)とする時間や場所が自由に選べる働き方」を創設して「子育て・親介護世代(特に、その主な担い手となることの多い女性)や定年退職後の高齢者、若者等の活用も期待される」というストーリーになっていて、これはもういいかげんにやめたらどうかと切実に思います。先日も書きましたが、こういうことを書くから厚労省や朝日に上げ足をとられるわけですよ。「育児・介護の必要のない時にまとめて働いて、必要のある時にはそれに応じて短時間で働く」と言いたい気持ちはわかるのですが、それはフレックスタイム制でお願いしますそれなりに使いやすく規制緩和もしますからと厚労省に言われるとなかなか反論は簡単ではありません。いやこういう制度を入れてくれるとテレワークがやりやすくなるんですというのは私も先日書きましたが、これとて朝日みたいに別に育児・介護で労働時間が短くなったからといって賃金を減額とかしなければいいだけの話じゃないですかだってハイパフォーマーなんでしょと開き直られるのといささか面倒なものがあります。もちろんそういうメリットはあるにしても、やはり副次的なものであって、それを第一の目的のように議論するのはいかにも無理でしょう。そろそろこれは「私の仕事は時間の切り売りではありません」というハイパフォーマー*1とその予備軍が「働き過ぎ」にならない範囲で思う存分働ける制度ですという趣旨は明確にしたほうがいいんじゃないかと思います。
次にダメだなと思うのは最近繰り返し書いているように人事管理の話をしすぎな上に内容もおかしいという点だと思います。たとえば、新たな労働時間制度の基本的な考え方として「職務内容(ジョブ・ディスクリプション)の明確化を前提要件とする。目標管理制度等の活用により、職務内容・達成度、報酬などを明確にして労使双方の契約とし、業務遂行等については個人の自由度を可能な限り拡大し、生産性向上と働き過ぎ防止とワーク・ライフ・インテグレーションを実現する」などと書いていてここも朝日に上げ足を取られていますが、実際まったく必要ないばかりか内容的にも疑問の大きい記述だと思います。
まあこれは朝日などのいわゆる「過大な成果を求められれば、長時間労働を余儀なくされ」とかいう言説に配慮して、事前に決めた職務内容以外のことはやらなくてもいい、それ以外の仕事を追加されることはない、という意図なのだろうと思います。ただ、やはりたとえば技術開発などの仕事においては(新薬の開発などは違うのかもしれませんが)個人で完結しない、それぞれの専門性を持ち寄った何人かのグループで遂行することも多いだろうと思います。そのときに、進度や負荷を考慮しながら、ある程度相互に助け合いながらプロジェクトを進めることができるようにしておいたほうがやはり望ましいのではないかという気がします。仮に思いのほか担当業務が進捗して時間的に余裕ができた人にしてみれば、もちろん早く帰ってスポーツにでも興じるかということもあるでしょうが、しかし興味のある仕事をもう少し深堀りしてみたいとか、周りを手伝って待ち時間を短縮したりしたいとかも思うのではないでしょうか。あるいは、「ジョブ・ディスクリプション」とは言ってもそこまで厳格なものではない、という想定なのかもしれませんが、そうなると現状とあまり変わらないので、あえて書いて上げ足を取られに行く必要もなかろうと思うわけです。というかそういう人事管理の手法みたいなものを法制度の中に書き込もうというのもなんか妙な感じですし。
ということで、「過大な成果を求められれば、長時間労働を余儀なくされ」といった類の心配に対しては、基本的には集団的プロセスの中できちんとチェックされる仕組みを確保できるようにすることと、本人合意要件の機能を担保する(これは集団的プロセス+行政(労基署)の関与ということになると思います)ことが対応策になるだろうと思います。Bタイプには集団的労使関係の関与は一応なく、まあ年収用件が1,000万円という高さなのでそれでも大丈夫ということでしょうが、心配であればこちらにも集団的プロセスを加えてもいいでしょうし、もっと有力な考え方として、Aタイプにも700万円程度の年収用件を追加することは検討されていいと思います(前回不首尾に終わったホワイトカラー・エグゼンプションに近い姿になります)。これはやや城繁幸氏的な言い分になりますが、長時間労働で若者を使い潰すブラック企業が年収700万円も払いますかという話でもあります。
さらに、Aタイプの方は「(PDCAサイクル)」との小見出しで「利用者は、期初に、使用者から示された職務内容(ジョブ・ディスクリプション)及びその達成目標等に基づき、目標達成のための業務計画や勤務日等の勤務計画を策定し、上長の承認を受けるものとする」とまで書いてありますがこれのどこが「業務遂行等については個人の自由度を可能な限り拡大」なのさ。いや長谷川氏なり武田薬品さんなりがそのようにおやりになりたいならおやりになればいいとは思いますが、こうやって文章にするのはまずいんじゃないかと思います。ちなみにこれのどこがPDCAサイクルなのかという気もしますがそこは私もよくわかりません。
「成果ベース」とか「ペイ・フォー・パフォーマンス」とかいった用語が頻出するのもやや行き過ぎの感はあります。こうした労働時間制度を導入した場合でも、必ずしも成果、パフォーマンスに対して処遇しなければならないというわけではなく、職能に注目して処遇を決めることも可能ですし、可能にしておくべきだと思うからです。まあ人事考課とか、やるかどうか別として年俸制で契約更改交渉をするとかいう場面においては、基本的には成果ベースになるだろうとは思いますが、それだって顕在化した能力だという解釈も可能ですし、ベースの賃金水準そのものは職能資格制で運用することも十分ありうるだろうと思います。要するに成果成果と連呼するとじゃあどうやって測定するんだとかいういつか通った道に逆戻りしかねないわけで。
ということで、法制度の議論をしているところそれと直接関係のない「人事管理はかくあるべきだ」みたいな話が妙に多すぎて、余計なこと書かなきゃいいのに、という印象です。このペーパーはさらに続けて既存制度の見直しや紛争解決についても提案しており、後者はなかなか大胆なアイデアも織り込まれていてどうかなあとも思うのですが、長くなってきたので明日に譲ります。

*1:高度な熟練技能職のように時間割で賃金を支払うことが適切な愛パフォーマーもいることには注意が必要です。