働き方改革・フォロー

さて働き方改革についてもしばらく書いておらず、その後の動向についてということでおたずねをいただきましたので2点ほど。まずは同一労働同一賃金について、これがご関心事のようであり、また折よくガイドライン案ができたとの報道もありましたので書いてみたいと思います。前回(11月26日)の議事録を読んでも議員の発言はまあ相変わらず入口のところを行ったり来たりしているばかりで進捗感がなく、最後に首相が出てきて次回(12月20日)はガイドライン案を提示すると力強く言い切っていて内容以前に本当にできるのかしらなどと心配していたわけですが…。

 政府が働き方改革の目玉としている同一労働同一賃金の実現に向け、正社員と非正規労働者の賃金のあり方や不合理な待遇差を示したガイドライン案が分かった。賞与では「業績などへの貢献に応じた部分は同一の支給をしなければならない」と明示。原則として非正規労働者にも賞与の支給を求める内容で、処遇の改善につながる見通しだ。

 特に企業や非正規労働者への影響が大きいのは賞与だ。業績などへの貢献度合いが同じ場合は同一の支給を求めるとともに「貢献に違いがある場合にはその差異に応じた支給をしなければならない」とも明記した。

 基本給を決める要素を「職業経験や能力」「業績・成果」「勤続年数」の3つに分類した。それぞれの要素が正社員と非正規労働者で同一であれば同じ水準の支給を原則としつつ、違いがある場合には待遇差を認める。
 時間外勤務や深夜・休日手当は同じ割増率で支払わなければならないとした。通勤手当や出張費、慶弔手当なども同一の支給を促す。社員食堂や更衣室の利用といった福利厚生や、職業訓練の受講機会なども同一とするように求めた。待遇差の理由を従業員に説明する義務は記載を見送った。
平成28年12月16日付日本経済新聞朝刊から)

まあモノを見てみないことには何とも言えないわけではありますがしかし筋が悪い。まず賞与についてはその性格について労使間に見解の相違があり、経営サイドはまあ業績への貢献に応じた利益配分という性格を強調するだろうと思いますが、労働サイドは生計費を考慮して「年間賃金の一部」という側面も重視するわけです。多い年は半年分出るけれど出ないときは一円も出ないということでは住宅ローンも組めないわけで、だから連合も主要産別も春季労使交渉においては賞与ということばは使わずに「一時金」と言っているわけですよ。「業績などへの貢献度合いが同じ場合は同一の支給、貢献に違いがある場合にはその差異に応じた支給」なんて簡単に割り切れるもんじゃないのに、行政の公式文書でお墨付きを与えちゃっていいんですかという話です。
また、経営サイドにしても賞与のすべてが直近の決算の利益配分などとは考えていないはずで、やはりそれ以前の貢献というものも大いに考慮されているでしょう。直近期の利益がすべて当該期の活動のみによって生み出されたものではないことは明白であって。さらには必ずしも個人に分割できない組織としての貢献というものもあるわけで、そこはある程度全員に一律にという話にもなる。そういう複合的なものを短期の個人業績だけで計算しようとしている時点でもう絶望的に筋悪と申し上げざるを得ません。
また元実務家として後輩たちが頭を抱えるだろうなと思うのは「貢献に違いがある場合にはその差異に応じた支給」ってどうやって測定するのさ。まあ労働時間が短い分は比例計算でバッサリやるとしても、残った部分はどうするんでしょうか。あとは同じではさすがに割を食う(賞与原資は一定なのでどこかを増やせばどこかが減ることに注意)正社員たちが収まらないでしょうし、労使交渉で決めるとかいうことが想定されているんでしょうか。まあこれについてはさすがに貢献がゼロとはいいにくいだろうからなんらかの賞与が支払われるようになればそれでよしという発想なのかもしれませんが筋が悪いな
「基本給を決める要素を「職業経験や能力」「業績・成果」「勤続年数」の3つに分類した」というのも目を疑ったところで、いくらなんでもこれは雑すぎて話にならないでしょう。まあ能力、成果+生計費という大雑把な区分だろうとは思うのですがあれ職務給はどこに行った。企業の賃金制度というのはきわめて多様であり(まあそれほどでもねえぞという声もありますが)、同一企業でも複数の賃金制度を持っているのがむしろ普通であり、さらに制度の細部(賃金項目の設定とか)も企業によりまちまちです。そらまあガイドラインだからある程度単純化しなければ作れないんだよという話はよーくわかりますが、しかしグレーゾーンが大きすぎて使い物にならねえという話になるんじゃないかとも思うなあ。逆に、企業の賃金制度をこの分類で100%説明できるようにしなさいというのも余計なお世話であって筋悪な話です。賃金制度は企業が勝手に・自由に変更できるとでも思っておられるのかしら。

  • (12月17日追記)私の書き方がまずく誤解を与えているようなので追記します。私としてはガイドラインをより詳細緻密に作成すればいいというつもりはありません(しかし、そうも読めるな)。この話を通常の政策立案プロセスで(要するに厚生労働省が)やるとしたら、まずは民間の賃金制度の実態をJILPTなりが詳細に調査し、それをふまえて具体案を検討するでしょう。そこを今回はなんとなく「職業経験や能力」「業績・成果」「勤続年数」の3つに分類した、というやり方が雑すぎて話にならないと申し上げたわけです。きちんとした実態調査をもとに検討すれば、しょせん賃金決定を細分化してそれぞれに比較するなどということは現実的でなく、どうしてもやるならまあ労使間の説明・協議などのプロセスで規整するといったことが考えられたのではないかと思います(どうしてもやるなら、ですが)。ちなみに通常のやり方なれば後の方で触れている「欧州は8〜9割なのに日本は6割」についてもやはり詳細に調べただろうと思います。

本文にはありませんが基本給を勤続年数で支払う場合の勤続年数は「非正規で働き始めた時から通算」しなければならず、契約更新でリセットしてはいけないということも書かれており、なんかこれ同一労働同一賃金とあまり関係ないような気はするのですがまあ言いたいことはわからないではない。もちろんこれは短期での雇止めを誘発する副作用が懸念されるわけですが、まあすでに5年無期化という雇止め誘発マシーンが設置されているところなのでそれも含めて各企業が判断することでしょう。ちなみに私が日常的におつきあいのある人事担当の方の話を聞くと労働市場の状況にも鑑み待遇は同じまま無期化する方向性ですという人もけっこういますので案外それほど雇止めは誘発されないかもしれない。まあ労働市場次第でしょうか。

  • (12月19日追記)書き忘れてましたが下の記述との関係で、有期5年で無期化した人が事実上の「限定正社員」となる可能性は大いにあります。労働条件は変えないということで昇給も賞与も小さいでしょうし、業績への貢献も限定的ということで、こうした人たちがある程度のボリュームを占めてくれば、状況もかなり変わってはくるでしょう。当然、相当の時間はかかりますし、その間に労働条件にあり方についても労使で議論が進むものと思います。

「時間外勤務や深夜・休日手当は同じ割増率で支払わなければならない」というのも、結論としてはまあこれはこれで悪いたあ言いませんが、しかし政策的な理屈としては筋が悪いなと思います。つまり異なる割増率を適用する理屈というのも十分あるのであり、たとえば「多残業・長時間労働を抑制するために使用者へのペナルティを高めるべく割増率を上げましょう」というのであれば、その危険性の高い正社員の割増率を高く・危険性の低い非正社員の割増率を相対的に低くすることにも理があります。逆に、無限定に残業します(まあ労使協定による上限はあるが)と言っている正社員と、残業できないから非正規で働いている非正社員を較べれば本人にとっての残業時間の価値が異なるのだからそれに応じて非正社員の割増率を高く・正社員の割増率を低くするという考え方も十分ありうるものだと思います。私はこういうのは労使が話し合ってお互いいちばん納得いくやり方を決めるのがいいんじゃないかとは思いますが、まあ同じにしろと言われたので同じにしてますというのも人事管理が簡単になって楽かもしれないな。
福利厚生などについては長期勤続を前提としたものとそうでないものを混同しないことが重要であり、通勤手当や出張旅費のような実費補填的なものは同一にというのは筋が通っていると思います。いっぽうで教育訓練については労働条件であるとともに投資でもあり、その回収可能性を考えて実施されるものだということを考慮に入れる必要があるでしょう。
なお記事に書かれていないもので重要なのが退職金で、これはどうなっているのだろう。私個人としては非正規の待遇改善でまず取り組むべきなのが退職金だと思っているので、まあ気になるところではあります。
ということで、これに対して企業がどんな対応をとるだろうかということを考えるにつけ誰得という話になるんじゃないかなあと心配することしきり。そもそも最賃を引き上げ続けてきてそれだけで一部から悲鳴が上がっているところ、さらに賞与も払いましょうと言われてそうしますという話にはなかなかならなかろうと思うからです。非正規の処遇改善が重要なのは論を待たないでしょうが、繰り返し書いていますがその方法として同一労働同一賃金を担ぎ出したのが決定的にダメだよねという話で、まあ元が悪いからどうしようもないということでしょう。
さらにもう一つダメだよねと思う点があり、それが2つめの話題になります。
さる13日、日経センターのセミナーで鶴光太郎先生のお話をお聞きする機会がありました。わが国の労働問題・社会問題の根幹には多数の労働者が正社員として無限定な働き方をしていることがあり、その大半をいわゆるジョブ型の限定的な働き方に変えることでさまざまな問題を解決できるという、最近著『人材覚醒経済』(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20160929#p1)で展開された先生のご持論を語られたわけですが、あわせて(これもご著書にもありましたが)働き方改革に対する政府の対応についてもかなり手厳しく批判されました。既報のとおり首相は9項目の取り組み事項を列挙してやるぞやるぞと言っているわけですが、鶴先生としては「根本的な原因である無限定正社員の問題に手を着けなければ、しょせんは小手先であってどれ一つとしてモノにならないだろう」というわけです。
返す刀で研究者や労働関係者についても「無限定正社員主流という現状の上で、それでは女性活用はどうしましょうとか高齢者の活性はこうしましょうというご商売をしているのだから、根本の無限定正社員を変えようということにはならない」とバッサリ切り捨て、「とても長い時間がかかるし、カネにもならないけれど、本当に問題を解決しようとするなら主流を無限定から限定に変えることをやらなければならない」「政府が政治的に手っ取り早く成果を出したいと考えている以上、小手先以上のことはできない」と断じられました。
まさに御意であり、今回の働き方改革あまりにも拙速である点が決定的にダメだということでしょう。それでもまあ2〜3年くらいはかけるという話ではあるでしょうが、とてもそれでは時間が足りない。
同一労働同一賃金にしても、フランスが9割なのに日本は6割だというわけですが、ベンチマークする対象が違いすぎるわけです。フランスのベンチマークは賞与もなければ昇給もわずかなジョブ型正社員であって、決して超エリートのカードルと比較しているわけではない(当たり前で職域が違い過ぎて同一労働にならない)。それに対して、日本のベンチマークには相当程度無限定正社員が入っていて、まあ見たところなんとなく同じような仕事をやっている、という「同一労働」を議論しているわけで、数字の意味がまったく違います。本当に同一労働同一賃金をやるのであれば、まずは日本でもベンチマーク対象となるような、賞与もなく昇給もわずかなジョブ型正社員を主流にしていくところから始めなければいけないわけで、それには相当の長期を要する。まさに鶴先生がご指摘されるとおりです。賃金に限らず、労働時間の問題にしても同じことでしょう。
もちろん、政治的に短期で成果がほしいというのはよくわかりますしそれが悪いとも申し上げません。ただ、であれば小手先しかできないわけで、同一労働同一賃金のような施策ではなく、もっと効果的な施策、たとえば最低賃金の引き上げや正社員登用促進策といったことを考えるべきでしょう。根本解決に向けた取り組みは、政府が長期の施策を出せないというのであれば、労使がしっかり議論してロードマップを作り、激変を緩和しつつ漸進的に実施していくという取り組みが求められるのでしょう。

人材覚醒経済

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