ユニクロ、パート・アルバイト16,000人を正社員化

さて、もう1年くらい前になりますが、ユニクロファーストリテイリングに対するブラック批判に関連して、柳井正氏はなかばお役目みたいな感じで露悪的な発言を繰り返す一方で、幹部にはブラック批判に対する問題意識もあり、「いずれは軌道修正して「ブラックだけど求心力のある経営者」を戴く普通の企業という感じになっていくのではないか」と予想するエントリを書いたことがあります(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20130503#p2)。その後、先月になってユニクロが非正規を大々的に正社員化するという話がビジネス誌を大いに賑わせました。ウェブ上では日経ビジネスオンラインがけっこう詳しく記事化しています。このあたりですね。
(1)http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20140318/261372/
(2)http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140318/261369/
(3)http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20140319/261421/
中でも、(2)の労担役員とCFOのインタビュー記事が非常に面白く、ここではこれを中心にユニクロの正社員化を考えてみたいと思います。
その前に(1)から制度の概要をみてみますと、

 国内約850のユニクロ店舗では現在、約3万人のパートタイマーやアルバイトが勤務している。このうち、学生アルバイトなどのごく短期に務める従業員を除く、約1万6000人を正社員に転換する計画だ。
 これまでにも同社には、アルバイトやパートタイマーを正規社員として登用する仕組みはあった。かつて「パートタイマー5000人を正社員化」とぶち上げたこともある。だが従来の仕組みでは、正社員に転換した場合、フルタイムで勤務することが求められた。
 しかし今回の取り組みでは、子育てや介護といった多様な事情で、不規則な勤務時間でしか働けないような従業員に対しても正社員化の門戸を開き、多様な働き方を認めたままで待遇を正社員化する。既に今年3月初旬から正社員化に向けてパートタイマーやアルバイトの面談を始めており、今後2〜3年の間に移行を進めていく。

 パートやアルバイトから正規雇用される社員は、特定の店舗や地域に勤務地が限定される「R(リージョナル=地域)社員」と位置づけられる。さらに今後は、パートやアルバイトからR社員への移行だけではなく、R社員としての新卒、中途採用も進める予定だ。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20140318/261372/

昨今話題の「勤務地限定正社員」ということになりましょうか。このほかに、フルタイム正社員で国内転勤ありのN社員、海外駐在もありのG社員という3本立ての制度になるようで、これ自体はそれほど珍しくない、というか比較的よくある話だろうと思います。ということで、ユニクロが珍しいのは短時間・短日勤務を可能にして、一時期議論されていた「短時間正社員」的な雇用形態を可能にしていることと、なにより正社員転換の規模の大きさという2点ということになりそうです。
さて(2)に移りますと、先にも書いたようにファーストリテイリングの労担役員とCFOのインタビュー記事ですが、これを読むと、柳井氏が威勢のいい発言を連発する中で、経営首脳が現実的な取り組みを進めていることがわかります。このあたり、昨年の私のあてずっぽうが当たっていたのではないかと少々自慢させていただこうかと(笑)。
ちなみにこのお二方、もともとは拓銀長銀に勤務されていたとのことで、学歴(東大卒・京大卒)や卒業年などから推測するに「卒業時は当時のエリートらしい就職をして、実際米国でMBA(しかもシカゴとUCLAバークレーだ)も取得したものの、金融危機で勤務先が破たん、外資系コンサル(それもボストンとマッキンゼーだ)に転じて、その後ユニクロに引き抜かれた」というキャリアのようで、まあ相当に優秀かつ有能な方々と思われ、こういう人たちが柳井氏の脇を固めているのもファストリの強さなのでしょうか。ただ、それだけに、こんなワナも待っているわけで、

 そもそも、これまで我々は「全社員が海外に行くべきだ」と考えていました。
 けれども実際には、家族の都合や自分の人生設計の兼ね合いなどで、どうしても海外に行くことを肯定できない人もいる。
 であれば、そういう方はそういう方として、その人のキャリアパスを尊重しなくてはなりません。そこで異動先を国内に限定したN社員を設けました。
 ただ、そうは言っても我々は今、グローバル化を進めている。そこでN社員とは別に、グローバルで活躍することを前提とするG社員を設けたわけです。本人の意向も含めて、今後海外で活動したい人をG社員としていく予定です。…
…実際にやってみないと分かりませんが、イメージとしては、G社員が1〜2割くらいになると思っています。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140318/261369/

アパレルで「全社員が海外に行くべきだ」ってのはどういうブラック企業、いやこれは言い過ぎたかな、まあそれにしてもかなりパワハラ的な発想ではあるでしょう。おそらくは柳井氏がかつてそう言っていたから平仄を合わせているのだろうとは思うのですが、いっぽうでこういうパワーエリートな人たちが陥りやすいワナなのかなとも思うわけで、案外側近もふくめて会社ごとこのワナに落ちたのかもしれません、と邪推してみる。

  • なお余談ながらこのお二方の経歴をみると障害者雇用に熱心なのも納得行くような気がします。余計なお世話ですが。

もちろん、現実には全社員が海外に行く必要はないでしょうし、ここでもG社員は1〜2割と言っているくらいで、海外に行かなくていい社員のほうがむしろ多数派ではないかと思われます。
そこで、G社員・N社員を設ける理由を「実際には、家族の都合や自分の人生設計の兼ね合いなどで、どうしても海外に行くことを肯定できない人もいる。…その人のキャリアパスを尊重しなくてはなりません」と説明しているわけですが、これは依然として「全社員が海外に行くべきだ」という建前のもとでの説明になっているので、N社員のほうが少数例外でなければ不自然でしょう。ところが、実際にはG社員が1〜2割という少数例外になっているわけで、現実には、全社員が海外に行って高い能力を獲得したとしても、その後それを有効に活用したり、それに見合った処遇をしたりすることが難しく、育成コスト、ひいては人材そのもののムダづかいになりかねない、という常識的な判断が働いたものと想像されます(当人はもちろん良好な転職先を探索することができるでしょうが、企業としては育成コストの浪費になりますし、それでライバル会社に転じられたりしたら目も当てられないわけで)。ま、このあたり、柳井氏があれだけ大々的にブチ上げてしまっているので、なかなか全面撤回とは参らないのだろうという事情が想定されます、と邪推に邪推を重ねる私。
そこで正社員化の話になりますが、労担氏はこう発言されています。

 店舗にはそれぞれ繁閑期がありますから、それに合わせて多忙な時には人手を増やさなくてはなりません。全てを正社員化するのは無理でしょう。
 ただ、店舗で働く人の半分が正社員になると、閑散期にはほとんど正社員で店舗を運営することができるようになる。そして繁忙期の年末年始になると、アルバイトやパートの方もいるという形になります。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140318/261369/

適正人員の変動に対する調整機能としての非正規雇用を手放すつもりはないようですので、もともと非正規比率が高すぎたんじゃないのという感は非常に強いものがあります。あちこちで指摘されているように、非正規比率が高くなり過ぎた結果、職場でのスキルやノウハウの蓄積、伝承といったことに支障が出ているという話が、ユニクロでも起きていたのでしょう。実際、この記事では繰り返し退職・定着の話や教育コスト、店員のスキルや生産性に関する話が出てきますし、R社員のキャリア形成についても労担氏はこう発言しておられます。

…R社員が長く働ける環境を作ること。そして長く働いてスキルを積めば、どんどん昇格していくようになる。
 もちろん、それぞれの賃金水準はありますが、(グレードが)上がり、スキルを積めば、長期的に昇給していける。先の見通しが立ち、人生設計の中で地域できっちりした生活ができて、夢を描けるようになる。それが一番変わる部分でしょう。
 ですから当然、(R社員には)どうしたら(グレードや給与が)上がるか、どんな仕事をやってもらわなくてはならないかも、きちんと示して要求する。そして努力していただく。我々もそういう研修も充実させていくつもりです。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140318/261369/

このほかにも「今回の取り組みの主眼は、店舗の中で店長の代行者となれるような人の数をなるべく増やそうということ」「R社員についても、「店長代理」の資格をどんどん取得してもらいたいですし、本人の意欲やチャンスがあれば、店長にもなってもらいたい」との労担氏の発言があります。長期雇用の中でスキルとキャリアを伸ばそうという意図は明確にあるようで、あれこれ語られてはいますが、ことの本質はつまるところ非正規比率の適正化ではないかと思うわけです。
なお、労働条件などの細部はよくわからないわけですが、CFO氏のこういう発言があって、

 コスト的なことは、実は正確な数字が出しづらいのです。
 なぜかというと、ある特定の部分だけを見て、「R社員化したので時給が上がり、コストアップになる」というのは少し違うからです。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140318/261369/

賃金については水準は上がるけれど時間給だということのようです。まあ時間給のほうが勤務日や勤務時間をフレキシブルに運用しやすいだろうとは思われますので、これが悪いというわけでもありません。期間の定めのない雇用で、長期育成・内部昇進というわが国正社員の特徴は有していますので、時間給だから正社員とはいえない、とまで言う必要はないと思います。ただ、水準のほうは労担役員の方が「N社員に近づく」と言いながらも「今の世の中の採用相場を見ていると、アルバイトの給料も高くなってきています。それにも対応しなくてはいけません」と話しておられるので、まあ上がるとはいってもあまり高いものにはならない感じです。実際問題、「いずれは店長代理、さらには店長も」とはいうものの、R社員は相当のスロー・キャリアにならざるを得ないでしょうから、賃金水準も推して知るべしということにはなりそうです。社会保障や福利厚生は従来の正社員同様ということですので、そこで格差があればそこは改善されるのでしょうか。
ということで、こう書いてくるとたとえば大手スーパーなどによく見られる「事実上期間の定めがなく(形式的にはあるにせよ)、勤続を重ねれば売場主任にもなるパートタイマー」とほとんど違わないのではないかという気もしないではありません。もちろん、それを正社員と呼ぶことは可能だろうと思いますし、すでに類似業種で実績のある手法を導入するというのはむしろ現実的で賢明なのかもしれません。いっぽうで、これもすでに類似業種では現実化してノウハウも蓄積されているわけですが、今後も繁閑差対応のためのパート・アルバイトを活用するとなると、それとR社員の区別化が課題になるでしょう。
非正規比率の是正にあたっては、非正規からの転換も含めて、フルタイム正社員の採用を増やすことで時間をかけて適正化していくというのが、どちらかといえば一般的な手法だろうと思います。今回、ユニクロがこうしたオーソドックスな手法をとらなかったのは、おそらくは即効性を意図したのだろうと思います。たしかに、短期間に大幅な非正規比率の是正を行おうとすれば、すでに戦力化されているパート・アルバイトを短時間正社員化するというのが手っ取り早い方法なのかもしれません。
とはいえ、意地悪な見方をすれば、それはユニクロがそこまで追い詰められていることの裏返しという気もしなくはありません。ブラック路線(失礼)が行き過ぎて、店舗の現場力が非常事態に陥りつつある…というのはさすがに邪推だろうと思うのですが。
もちろん、非正規の正社員化は非常に望ましい取り組みであり、実際に非正規からR社員に転換した人は雇用も安定し、意欲も高まるだろうことは想像に難くありません。とはいえ、(3)の記事にあるように、柳井氏がいかに熱弁をふるったとしても、R社員になって即座にスキルが目にみえて上昇するというわけでもないでしょう。おそらくはあまり例のない規模での施策なので、結果がどう出るか、言い方は悪いですがかなり興味深い実験といえそうです。
なお(3)の柳井氏の演説ですが、つい1年前までは「付加価値がつけられない人は年収100万円」とか言ってたと思いますが、ここでは「年収300〜400万円の世の中に変わってきた」と言っています。ずいぶん前から「300〜400万円×2で世帯年収600〜800万」という話があるわけで、まあ常識的になったということでしょう。「部下は部品ではない」とか「従業員は機械ではない」とかいまさら言っているのを偏見をもってみるとああやっぱりブラックだったのかなあなどと思わないでもなく。「店長を主役にしようとして失敗した」と反省するのはいいとしても、「スタッフ一人ひとりが主役」の店舗をつくれと迫る姿は依然としてかなりパワハラ的な印象もあります(まあ書かれたものを読んでの印象なのでなんともいえないのではありますが)。
ただ、現場第一線の監督者である店長の役割が非常に重要であることは言を待たないわけですので、すでに店長になった人たちに向かっての訓示、激励としては、なるほどこれが柳井氏の個性であり、ある人にとっては魅力でもあり、こういうあり方もあるのだろうななどと感心もしました。やはり、これだけの大成功をおさめた経営者というのはすごいものなのだろうと、最後にとってつけたようにフォローして終わります。