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10月25日のエントリで有期労働契約の無期転換について書いたところ、読者の方から名古屋大学大屋雄裕准教授の著名なブログ(「おおやにき」http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/)でも同じ問題が取り上げられているとのお知らせを頂戴いたしました。そこで久々におおや先生(ウェブ上ではこちらのほうが通りがよろしいかと)のブログを拝読したところ非常に面白く(難しいのですが)思わず読みふけってしまったわけですが、それはそれとして件のエントリ(「研究職をめぐる問題」http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/archives/000884.html)を備忘的に転載しておきます。前段では森口尚史氏の事例が引かれているのですがそこは割愛しました。

…一部の研究者がおかしくなっちゃう背景にあるのは業績を出さねばならぬという強迫観念であり、さらに背景にある雇用の不安定さである。…まあ研究者の流動性を高めることで業績を作る方向へのインセンティブを効かせると暴走する人間も出るよねということであり、もちろん逆に安定性を高めると給料だけもらって仕事しない人間が増えるので一長一短ということになる。…
 私自身も注意していなかったのだがこの8月に労働契約法が改正され、有期労働契約が5年以上継続された場合、労働者が申しこめば無期労働契約に転換しなくてはならないということに(来年4月以降)なるそうである。でまあ、…流動的雇用しか得られていない研究者が従来以上に追い込まれることが確実に予測されると、そういう話になっている。
 どういうことかというと、(1) 上記の内容は大学の任期制教員や研究員にも適用される、(2) 非常勤講師やRA・TAも含まれる、(3) 身分が変わっても雇用者が同一なら期間計算が継続するということが、厚労省の監修を受けて国立大学協会が示している見解で判明したわけである。しかし一般的に特任教員というのは安定的に雇用するためのポストがなく・一定期間しか保障されないプロジェクト経費で雇用してきたから「特任」にしているわけであって、申し込まれたからといって無期労働契約にする余裕などあるわけがない。もちろん違法行為をするわけにもいかないので、5年以上継続しないように有期労働契約を打ち切るということに、ほとんどの場合はなるだろう。
 するとどうなるか。(1)より任期制教員であっても雇用を5年以上続けるわけにいかなくなるので、従来10年とか7年とかの任期を付けていたポスト(名古屋大学の場合、医学部の教授・准教授など)はすべて5年に短縮・再任なしに変更するか任期制自体を撤廃せざるをえないことになるし、3年任期・再任複数回可としていたようなポスト(外国人教員など)は再任不可にするか2年延長のみ可とすることになるだろう。いずれの場合も雇用の安定性は大きく減ることになる。
 (2)より非常勤講師の継続雇用が問題になるため、語学の講義をかなり継続的に担当してもらっているような人、専任ポストを持たない「専業非常勤」と呼ばれるような人々の雇用も5年経過しないように打ち切らなくてはならないことになる。この人々の雇用はさらに不安定化するし、端的な収入減少も招くだろう。
 また、(3)より大学院博士課程在学中にTA・RAなどとして雇用され・実質的には経済支援を受けていた場合、そのまま同じ大学の研究員や特任助教などとして採用すると連続5年を超える可能性が出てきてしまうため、追い出さざるを得ないことになる。一般的に「ポスドク」と呼ばれている任期付き研究職は博士号を取得した学生が常勤ポストを得るまでの「つなぎ」として使われてきたが、今後はつなげないことになったわけだ。もちろんポスドクのポストを与えることを重視して雇用期間を一旦打ち切る(クーリング期間)を置くこともできるが、この場合は最低6ヶ月・所属機関からは収入の得られない状態を作らないといけないことになる。どちらの場合も、博士後期?ポスドククラスの研究者の経済状態は悪化することになるだろう。誰が得するのさこれ
 そもそもこの改正、厚労省が作った広報チラシでも「有期労働契約とは、1年契約、6か月契約など期間の定めのある労働契約のことをいいます」などとあるように、1年以下くらいの短い契約が反復継続されて5年を超えたら一定の継続への期待を持つよねとか、安定的な関係として保護するに足るよねとか、そういう話であろう。しかし任期制教員の場合もとから「3年任期・更新可・通算10年上限」とか「5年任期・2年延長可」とか「10年任期・再任なし」とかそういうレベルであり、5年程度では反復的でも継続的でもねえわけである。基本的に常勤が原則だったために流動性が低すぎるという批判があり、問題解決のため特に短期の雇用制度を創設したのが任期制教員制度であるところ、それを一般的な派遣・契約社員などと一緒くたに扱ったために制度趣旨が完全に滅却したと、そういうことになろう。
 しかしまあ厚労省が管轄している労働者全体のなかで大学教員や研究職が占める割合などごくごく僅かなわけで、これらの問題にそこからは気付かなかったとしても責めるわけにはいくまいよなとは思う。ええつまり言い方を変えると文科省は何やってたんだという話ではあるのだが。
http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/archives/000884.html、強調は原文のまま

読むにつけ無期にする気なんかさらさらないところが潔いくらいですが、こんにちそれが研究者の一般的なキャリアのひとつだということでしょうか。
一般論として、有期雇用契約での就労であっても勤続が長くなればなるほどに企業組織に組み込まれ、また能力も向上して貴重な戦力になっていくということは言えるだろうと思います。ということで、有期契約も5年にもなるんだったらいい加減無期にするのか、しないのかはっきりさせなさい、中途半端は許しませんというのが今回の改正でしょう。そこで使用者がなるほどこのまま定年まで働いてもらってもいいなと思えば通算5年超となる契約をオファーして申出があれば無期に転換するでしょうし、教育訓練コストをかけても雇用調整コストを抑制したいと考えるなら雇止めして別の人と有期契約することになるでしょう。中には5年超えても有期でいいから働き続けたい労働者、無期にはできないけれど有期でなら続けてほしい使用者という形で労使の利害が個別には一致するケースもあるでしょうが、そんな個別の都合のために全体の利益が損なわれるのはけしからんからそれは許さないということで、これはこれで当たり前にある話でしょう。ただそれが本当に全体の利益になるかというのがたぶん大問題で、大半が前者(無期転換)になればいいわけですしそうなってほしいと私も思いますが、しかし実態としては後者も相当に出るだろうなとも思うわけで、まあこれは結果をみて検証するよりないことなのでしょう。当然ながら経済情勢などにも大きく影響される話で、慎重な検証が求められるものと思います。
またこの5年というのも関係者のご苦労があったものと推測されるところで、これがたとえば10年とかであれば、確実に無期転換の可能性は高まることでしょう。5年ならともかく10年ともなると、という使用者は多いのではないかという気がします。労働者にとっても、率直なところ1年×5回で雇止めになるのと1年×10回で雇止めになるのとどちらが安定しているんだという議論はあるのではないかと思う(さらに転職にあたってどちらが有利なんだという議論もあると思う)のですが、まあ連合や厚生労働省(が本当にそうかは私は知らないのですが)のように有期契約そのものが不安定であってなるべく制約すべきとの立場に立てば5回のほうが10回よりマシだろうという発想になるのかもしれません。このあたりも10年くらい経たないと結果は出ないのでしょうが実情に応じて必要な見直しを考えてほしいと思います。
さておおや先生のエントリに戻りますと、大学においては組織的にも経費的にも常勤ポストはきわめて制約されているため、現行通算5年超の任期付で勤務している人も5年未満で雇止めとならざるを得ない、つまり上記の後者が圧倒的に多数となるだろうというのが(1)の趣旨でしょう(なお厳密に言えば有期契約を更新して5年という話なのでハナから7年とか10年とかの契約にすることは可能なのですが実務的には7年10年のプロジェクトでも最初からそこまで長期の約束はしていないのが実態という話と思われます)。もちろんその5年の間に当局をして常勤ポストを与えてしかるべきとの成果を出せばいいという話かもしれませんがそれほど容易な話とも思えず、そこであまりプレッシャーがかかるとおかしな話がというのがおおや先生のエントリ前段の趣旨だろうと思います。というか、少なくとも従来であれば5年の間に「ひょっとしたらあと数年くらいで面白い結果が出るのではないか」と思わせるようなものを示せれば(常勤とはまいらないまでも)次なる5年の契約を勝ち取るに足りた可能性はあったのでしょうし、それがうまく転がればあと5年、あと5年…で箔がついてという話も可能性としてはあったのでしょうが、そのチャンスもなくなってしまったということになりましょう。
(2)についてはよくわからないのですが、研究をしたいわけでもなく、ましてや学務なんかやりたくない、外国語教師として食べていければいい(さらには特定組織に縛られず執筆やら翻訳やらをやりたいと思っているかもしれない)、という人もいるのでしょうか。であればそういう人にとってはこんな規制余計なお世話だということになるでしょう。もちろん本人的には無期化の申出をしなければいいだけの話ですが大学当局はその可能性を考慮せざるを得ず、かと言って本人の側からその権利を返上することは許されないという話なのですからどうにもならないということでしょう。
(3)は25日のエントリでご紹介した労働研究者の方もたいへんに気にしておられたところで、院生が指導教員の調査を手伝った場合にバイト料をもらうというのは非常によくある話なわけです。というか、一般論としてそういう場合にバイト料を払うのがいい教員であり、払わない教員はいかがなものか(お、使ってしまった)というのが大方の共通理解ではないかと思います。でまあそういうバイト料が払えるくらいの経費を取ってこられるのがいい教員であるということにこらこらこら。いやこれは失礼しました。ところがいかにバイト料とはいえ賃金を払っている以上は雇用契約であり、ドクターコースの院生が調査票の整理を手伝うのに雇用期間を定めているのかという疑問もありますがまあそれでも有期雇用契約であるとすればドクター3年とポスドクまたは助教2年で5年になってしまうという話になるわけです。もちろん助教2年で常勤ポストを獲得する人もいるでしょうがあまり多数であるとも思えず、むしろせっかく助教になれたのに2年でサヨウナラとなったらもう別の大学には助教ポストはありませんということになるほうが多いような気がしますが。まああちこちの大学で同じことが起きれば相互に入れ替えるだけで済むというのも理屈ではあるでしょうがなんでそんなことしなくちゃいけないんだと思えば普通の神経だと思います。となると院生にはバイト代払わないというのが現実的な解決策になりますがそれっていいのかしら。少なくともおおや先生ご指摘のとおりそれが事実上の経済的支援になっている場合(たしかに豊かな院生ばかりではないですよね)には困った話になりそうです。
ということでおおや先生は誰が得するのさこれと疑問を呈されるわけですが、これについてはいやよのなかぜんたいではむきにてんかんしてとくするひとがたくさんでるんですよきっとそうなんですよと棒読みするよりないのかなあ。
ということでおおや先生は「基本的に常勤が原則だったために流動性が低すぎるという批判があり、問題解決のため特に短期の雇用制度を創設したのが任期制教員制度であるところ、それを一般的な派遣・契約社員などと一緒くたに扱ったために制度趣旨が完全に滅却した」とまとめられていて、まあわざわざ任期制を創設した側からすればそう言いたくなる気持ちもよくわかります。で、おおや先生は厚労省には同情的な一方で文科省は何やってたんだと手厳しいわけですが、おそらくは文科省にも合議があっただろうと思われるところ、しかし全体の利益のためには大学教員の制度趣旨が滅却することも致し方なしと文科省として判断したのでしょうか。このあたりはよくわかりません。
さてそう考えると大学教員でありかつ労働法の専門家であるところの労働法学者はなにをという話もありそうで、実際労働条件分科会の公益代表委員は7人中6人が大学教員でありかつうち4人はわが国を代表する労働法学者なわけですが、当然ながらその職責は公益を代表して審議に参加することであり、実際的には労使の対話を促しその妥協をはかることであり、したがって労使の合意事項については最大限配慮すべき立場にあるわけですから、自身の大学教員としての事情を主張するわけにはまいらない、むしろ自粛すべき立場であることには十分な理解が必要でしょう。まあやはり労働法学者は学説をもって対抗するよりなかろうかと。労働法学者といっても書斎の窓の人みたいな石頭ばかりじゃないでしょうしね、ってあれは評論家でしたっけか。
ときにおおや先生は「1年以下くらいの短い契約が反復継続されて5年を超えたら一定の継続への期待を持つよねとか、安定的な関係として保護するに足るよねとか、そういう話」をされていますが、これは直接的には雇止め法理に結びつく話で、もちろん考え方としてはあるわけですが5年無期に必ずしもダイレクトに結びつく話とはされていないように思います。細かい話ですし、いまウラをとったわけでもないので現実には直接に結びつけた議論がされているのかもしれませんが。