労働条件のパッケージ性

だいぶ古いのですが先週の新聞記事で気になるものがありましたので備忘的に書きます。神戸新聞のウェブサイトから。

未払い残業代求めたら…会社解散、全員解雇

 高齢者介護施設などで職員と事業者の間で賃金や休暇など労働条件をめぐるトラブルが絶えない。尼崎市訪問介護施設では未払いの残業代を職員が求めたところ、事業者が「経営が成り立たない」と赤字を理由に5月末での閉鎖を決めた。全職員を解雇するといい、この職員は「正当な賃金を要求したら会社がつぶれてしまうのか」と困惑している。(中部 剛)
 施設は同市稲葉元町、クローバー訪問介護センター。高齢者専用賃貸住宅「ハート・ピア尼崎」内にあり、主にこの住宅内の高齢者を訪問介護している。昨年、夜間勤務の職員2人が、残業代や割増賃金に未払いがあり、休憩も十分に取れていないと訴え、同センターの運営会社「バックオフィス」(大阪府豊中市)と労使交渉を始めた。
 同社は、尼崎労働基準監督署から改善を指導されたが、労働条件はその後も変わらなかった。2人は労働基準法に反しているとし、昨年12月、同労基署に告訴した。
 労使交渉でバックオフィスは一定の責任を認めたが、未払い分の額について2人と折り合わず、労働審判に持ち込まれた。神戸地裁で調停があり、今年3月、同社が2009〜11年の未払い分計約300万円を2人に支払うことでまとまった。
 その後、同社は2人に賃金カットを提案。2人が拒否すると、3月末、債務超過を理由に「自社の解散手続きに入る」と連絡してきた。
 センターには正規、非正規の介護職員、ケアマネジャーら18人がいるが、会社解散に伴っていずれも解雇。同社は訪問介護を引き継ぐ事業者を探しており、「次の事業者に雇用してもらえるよう働き掛ける」と職員に説明し、高齢者専用賃貸住宅の利用者や家族にも通知した。
 バックオフィスの男性部長は「このまま続けても赤字が広がる。引き継ぐ事業者のめどもついた。スムーズに引き継ぎたい」と話すが、未払いの残業代を求めた職員は「私たちのせいで会社をつぶすといっている。求めたのは正当な賃金だ。あまりにも乱暴な話で納得できない」と憤っている。
(2012/04/19 16:00)
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0004985652.shtml

もちろん割増賃金の不払は明白な法違反であって是正されてしかるべきものですし、職員の方が「納得できない」と憤るのもまあ情においてわからないではないですが、しかし経営上人件費が高すぎて利益が出せないのならいずれ手を引かざるを得ないというのも当然の話と申せましょう。正当な賃金を普通に払っていて倒産した会社というのもたくさんあるわけでして。
これまでも繰り返し書いているように労働条件を考える際には業務内容や労働時間、賃金などの要素は個別独立ではなく、全体のパッケージで捉える必要があります。もちろん十分儲かっていて増加分を吸収できるならそれに越したことはないわけですが、そうでなければ不払の是正によって支出が増えた部分はどこかで削らなければ経営が成り立たないということになります。したがって「その後、同社は2人に賃金カットを提案」したというのも、手際がいいとは申し上げられそうにはありませんが、一応経営上合理的といえば合理的な話です。
とはいえ、もとから割増賃金を支払っても経営上成り立つような賃金設定にしておけばそもそも問題はないわけです。この場合は夜間勤務の職員ということなので待機時間の扱いなどの問題があったのだろうとは思うのですが、しかしグレーな部分であることは間違いありません。そのリスクを自覚して安全サイドに立っておけばトラブルの心配もないわけで、このあたり経営者がうかつだったという感はあります。そうすると賃金の表示額が低くなるので人が集まらないとか、そもそも最賃を下回ってしまうとか、別の問題があったのかもしれませんが…。
さて、賃金カットを拒否されて解散を決めたあと「引き継ぐ事業者を探して」「次の事業者に雇用してもらえるよう働き掛ける」というのも、額面どおりとすればまっとうな対応と申し上げざるを得ないのではないでしょうか。もちろん「雇用してもらえるよう働き掛け」て実際雇用されたとしても労働条件の継続性が保証されるわけではなく、引き継いだ事業者が有能でそれで経営を成り立たせることができれば労働条件も継続するかもしれませんが、そうでなければ結果的に賃金カットが実現してしまうことになるでしょう。もっとも、この場合は高齢者専用賃貸住宅に付属する事業で顧客が安定的に確保されるという好条件にあるわけですから、現経営者の手腕に疑問を感じざるを得ず、経営者交代で業績改善・労働条件維持が期待できる可能性も高そうな気はします。一方で現経営者が悪人で解散後の事業を事実上自ら引き継ぐことで賃金カット(さらには2人について雇用拒否)などを強行しようとしているという可能性もあるかもしれず、まあこのあたりは想像の範囲です。
いずれにしても、割増賃金はきちんと支払うけれど、そのコストアップは労使で努力して効率化・生産性向上などで吸収しましょうというのが美しい絵ではあるわけですが、まあ小規模な事業では現実にはなかなか難しいのだろうと思います。