hamachan先生から、3月21日のエントリ「「100時間」について」にトラックバックをいただきました。
差し引き分は法定休日労働に限る
前回のエントリでは議論しきれていなかった部分もあり、また新情報もありましたので、かなり細かい話になりますがフォローを書きたいと思います。
hamachan先生は上のエントリの中で「企業の人事担当者がこれを理解してなくて、ああ、平日の残業は45時間までだけど、土日出勤で月35時間までこなせばいいんだな、とか思ったりすると、その土曜出勤分が時間外の制限を超えてしまっていて、あとから実は労基法違反でしたということになりかねません」「法施行後にあちこちで爆弾が破裂し始めるかも知れない危険性がもしかしたら潜んでいるかも知れない」と懸念しておられます。たしかに、朝日新聞の澤路さんによれば実現会議でも「労使ともに、すべての数字に休日を含む前提で協議していた」ということなので、だいぶ心配ではあるのですが、しかし私としては(失礼ながら経団連や連合の政策担当者とは異なり)現実に労働時間管理や割増賃金計算をやっている人事担当者であればそういう間違いはしないのではないかと信頼したいところです(いや実際にはかなり不安だからこんなことを書くわけですが)。
なぜかというと、法定休日と法定外休日では割増賃金率の最低基準が異なっており、法定休日には三割五分増し以上の割増賃金の支払いを要するのに対して、法定外休日であれば二割五分以上の割増で足りるからです。したがって、この部分の管理を経験した人であればここを混同する心配はないように思われるからです。
とはいえやはり不安はあるのであり、(実務実感に合わないかもしれない設例ですが以下の議論に必要なので)たとえば日曜から始まる歴週について日曜日と土曜日とを所定休日としている企業があったとして、日曜日に8時間、土曜日に4時間勤務した場合に、どちらを法定休日労働として三割五分以上の割増賃金を支払うのかという問題があるからです。労働基準法上は1週1日・4週4日の休日が確保されていれば足り、就業規則等で事前に特定することまでは求められていません。
そこで厚生労働省は通達で「労働条件を明示する観点及び割増賃金の計算を簡便にする観点から、就業規則その他これに準ずるものにより、事業場の休日について法定休日と所定休日の別を明確にしておくことが望ましいものであること。」としています(平21.5.16基発第0529001号)。しかし、これでたとえば日曜日は法定外休日、土曜日を法定休日と定めた場合、日曜日に休んで土曜日に就労した場合は法の求める休日が確保できているにもかかわらず三割五分以上の割増賃金が必要となることになりかねず、人事担当者としてはなかなか納得のいきにくいものはあるでしょう。このあたりの実態がどうなっているのかについては、ざっと探した限りでは調査結果などは見当たらなかったのですが(ご存知の方、ご教示寝返れば幸甚です)、おそらく就業規則で法定休日を特定している企業は少数派ではないでしょうか。ちなみに厚生労働省のモデル就業規則でも法定休日の特定はされていません。
では就業規則で定められていない場合はどうするのかというと、1週のうち後の所定休日労働日を法定休日とするという扱いが定着しているようです。上の例でいえば、特段の定めがなければ日曜に始まり土曜に終わる歴週のうち後の方、つまり土曜日が法定休日となり、4時間については三割五分増し以上の割増賃金の支払いを要し、8時間については二割五分増し以上で足りるということになります。例の有名な日本マクドナルド事件でも、休日労働に対する不払い割増賃金を計算する必要があったわけですが、裁判所は日曜日は法定外、土曜日は法定として計算しています。法の趣旨からすれば、1週1日の法定休日が確保できないことが確定した日の労働が法定休日労働となるというのは、理屈としては合っているように思えます。
とはいえ、それでは使用者が割増賃金を抑制するために労働者の事情にかかわらず日曜日に長時間就労させ、土曜日の就労は短時間にとどめるよう求めるという運用が労働者保護の観点から適切かと言えばそうも思えず、実務としては「休日労働時間が長い方を法定休日としておけばまあ安心」ということになっているのではないかと思われます。繰り返しますが実態調査の類などは発見できませんでしたので推測に過ぎないのではありますが。
もっと安心な方法として、これはおそらく大企業で主流になっているのではないかと思うのですが(繰り返しますが推測です)、面倒だからもとい曜日にかかわらず休日の価値は変わらないから法定・法定外にかかわらず三割五分増し以上を払いますという方法もありえます。でまあこれが心配なわけで、こういう人事管理に慣れきった人事担当者はhamachan先生が懸念されるような事態を引き起こしかねません。まあ、大企業であれば法改正の際には地方経協などの改正法セミナーで勉強するでしょうから、問題なかろうとは思うのですが…。
さて、繰り返しになりますが従来は就業規則に法定休日を定めていない場合には、上記の例で所定休日の日曜、土曜にともに出勤した場合の割増賃金の扱いは「労働時間の長い日を法定休日として三割五分以上の割増賃金を支払う」としておけば安心でしたが、今回の改正法が施行されると、話はそう簡単ではなくなってくるように思われます。なにかというと、「時間外は45時間以下だが休日労働は35時間」という形式を整えて上限規制を潜脱するために労働時間の長い日を法定休日として取り扱うという可能性が出てくるからです。上記の例で、日曜日に出勤して8時間働曜いたとして、土曜日に休むとこの8時間が時間外労働になって月45時間を超えてしまうけれど、土曜日に出勤して1時間働き、この1時間を時間外労働、日曜日の8時間を休日労働とすれば月45時間を下回る、といったケースです。こういった取り扱いについて「いや割増賃金が高くなるのだから労働者保護には欠けないでしょう」という言い分はなかなか認めがたいように思われます。
まあ非常に細かい話ではあるのですが、しかし考え始めるとなかなか悩ましい問題のようにも思われます。まあ「後の方が法定」「労働時間が長い方が法定」などと就業規則で決め打ちして、いかなる場合でもそれを適用するということで問題ないのかもしれず、気にするほうがバカなのかもしれませんが、しかし「割増賃金と長時間労働」という古くからある問題がここでも現れてきたということなのでしょうか。