高橋伸夫『ダメになる会社』

「キャリアデザインマガジン」第103号に寄稿した書評を転載します。

ダメになる会社企業はなぜ転落するのか? (ちくま新書)

ダメになる会社企業はなぜ転落するのか? (ちくま新書)

 新卒就職は相変わらず厳しい状況が続いている。その一方で、求人を出してもなかなか充足しない中小企業も多いということで、ハローワークなどでは中小企業と新卒見込者とのマッチングに力を入れているという。
 とはいえ、就職活動にのぞむ学生さんとしては、まずは経営の安定した大企業を志望するのも無理からぬところだろう。もちろん最近の日本航空のような例もあり、大企業なら絶対大丈夫だとはいえない時代になったが、しかし確率論としては「就職したはいいけれど、数年で倒産して失業しました」という憂き目を見るリスクは、たぶん中小企業のほうが大きいということは学生さんには容易に想像できるだろう。実際、つい最近会社更生法適用を申請した株式会社ワイキューブは、一時期は飛ぶ鳥を落とす勢いの人気企業ではなかったか?
 この本の書名はずばり「ダメになる会社」であり、副題は「−企業はなぜ転落するのか?」オビには「成功したはずの会社がなぜ失速するのか?」との問いがある。そして「その原因は経営者の精神にある!」と書かれている。この本の主張はまさにこれに尽きるだろう。
 第1章・第2章では、株式会社の本質は出資者が企業家の夢に有限責任でつきあう=共有することができることであり、その夢を託されたのが経営者であることが述べられ、第3章ではその経営者が専門職化した歴史が語られる。
 第4章では、コーポレート・ガバナンス論議に対して、いかに外部の監視を強化しても狡猾な経営者がその気になれば不正は可能であること、不正をなくすには内部牽制を働かせることが必要であることが述べられる。第5章では、内部統制をめぐる議論など、日米間の差異を無視して米国の制度に同化しようとする議論が批判される。
 第6章ではここまでの議論をふまえて、重要なのは経営者をガバナンスすることや統制することではなく、いかにまともな経営者を選ぶかであることと、わが国の内部昇進がそのための合理的なしくみであることが指摘される。そして第7章では、まともな経営者であるために持つべき精神が紹介される。
 いつものことながら、今回も著者らしく、印象的な事例を豊富に紹介しつつ、理論や歴史の解説も適度に織り交ぜて、やや欲張りすぎではないかという感があるほどに、読みやすく、面白くかつ説得力のある本になっている。まずは多くの組織人に広くおすすめできる本だろう。
 第6章の最後では、なぜ成功するベンチャーが少ないのか?というと問いへの答として「まともな経営者が圧倒的に不足している」と述べられ、某大手メーカーではマスコミ受けのいい社長を選んだ結果、技術者が流出した例をひいて「転職とは社長を選ぶことでもある」と語られている。なるほど、キャリアとは一連の経営者選びでもあるのだ。そう考えると、学生さんが大企業を目指すのも、内部昇進の競争でまともな経営者がトップに立つしくみができている企業を目指しているのだと理解することができる。であれば、中小企業と新卒のマッチングをはかろうとするのであれば、なにより経営者がまともな中小企業を紹介することが大事だということになろう。おそらく、まともな経営者をいただいた中小企業は多いに違いないが、学生さんにその目利きを求めることは難しいだろう。冒頭に戻って、ハローワークなどにはぜひその目利きの役割を果たすことを期待したいと思う。