解雇規制をめぐる池田先生と安藤先生の議論

もう2年近くも前のエントリ(2009年3月18日「ノンワーキング・リッチはどこにいる?」http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090318)に突然たて続けにコメントが入りなんだ何があったんだとうろたえる私。あわてて調べてみたところ、解雇規制まわりで池田信夫先生と安藤至大先生がツイッター上で議論をされ、その材料として安藤先生が当該エントリをご紹介いただいたという経緯があったようです。ちなみにこのエントリは1月18日に書いています。いや進めるときには進んでおかないと滞るときに(ry
さて上記の議論のまとめはこちらです。
http://togetter.com/li/90352
これは遠巻きに…とはまいりそうにないので若干コメントしたいと思います。上記まとめから関係部分を抜き出し、時系列をすこし前後させて整理してみました(そのため、接続詞などがおかしくなっているところがありますが、手を入れませんでした)。その上で便宜的に各ツイートに連番を付しています。現実の時系列については投稿日時を、省略部分については上記まとめをご確認ください。

(01) 僕は池田さんのノンワーキングリッチ論に対しては小倉さんが引用した @roumuya さんの見解とほぼ同じで,小倉さんだけでなく池田さんの議論にも問題があるのではと考えています。でも二人と同時にお話すると本業に支障がでるのは明らかだな。 @ikedanob @hideo_ogura
munetomoando
2011-01-17 18:44:49

(02) NHKと役所には「高給を取ってろくに働いてない中高年管理職」はたくさんいます(きっぱり)。労務屋さんの話はトヨタのバイアスがあるんじゃないですか。世間の会社は世界と闘ってない。 RT @munetomoando: 労務屋さんの記事 http://ow.ly/3EXO1
ikedanob
2011-01-17 21:25:02

(03) ただ労務屋さんのいう「規制より人事管理の問題」というのは賛成です。大企業の人事部は幹部候補生なので、トラブルを恐れて前例を踏襲する。だから規制をなくせば古い雇用慣行がなくなるとは思わないが、少なくとも行政や司法がそれを補強すべきではない。 http://ow.ly/3F1mN
ikedanob
2011-01-17 21:33:51

(04) おっと池田さんだ。お返事いただきありがとうございます。確かに競争圧力のない規制産業はそれ以外と分けて考える必要がありますね。 @ikedanob NHKと役所には「高給を取ってろくに働いてない中高年管理職」はたくさんいます(きっぱり)。...
munetomoando
2011-01-17 21:37:48

(05) ここからは労務屋さんとは関係なく私の意見です。まず規制等により競争圧力がないことが理由で,池田さんのおっしゃるノンワーキングリッチが発生するというのはあり得ると思いますが,それが社会全体のどれ位を占めているかは考えてみる必要があると思います。 @ikedanob
munetomoando
2011-01-17 21:39:51

(06) そうですね。こちらが大事だと思います。まず年長者の賃金が現在の生産性よりも高くても,それだけでノンワーキングリッチとは言えません。過去に約束した年功賃金契約の後払い分を受け取っているだけかもしれません。RT @ikedanob 労務屋さんのいう「規制より人事管理の問題」
munetomoando
2011-01-17 21:43:18

(07) そして,サボタージュする人には懲戒解雇やどれだけ真摯に向き合ってもやる気もみせず能力も向上しない場合には普通解雇が可能です。また長期雇用を前提として雇ったなら適材適所で育てることも大事ですよね。これらを適切にやらなかった使用者側の責任は大きいと思います。 RT @ikedanob
munetomoando
2011-01-17 21:47:01

(08) というわけで,私が池田さんの過去の議論に疑問を持ったのは非規制産業も含めて広範囲にノンワーキングリッチが存在すると誤読できるような発言は誤解を生むのではないかという点でした。RT @ikedanob ただ労務屋さんのいう「規制より人事管理の問題」というのは賛成です。
munetomoando
2011-01-17 21:52:55

(09) 「後払い」というのはLazearの理論を文字通り受け取りすぎでしょう。若いときもNHKはかなり高給だし、教育系なんかは暇ですよ。報道は忙しいが生産性より少ないとは思わないし、若い職員は管理職の給料を知らない(知ったら怒る)。 @munetomoando
ikedanob
2011-01-17 21:52:09

(10) NHKがどのくらいもらえるのか勉強不足で知りませんがLazearとは後払い賃金のメリットとして異なるロジックの論文を以前書きました。宣伝で申し訳ないですが,若いときに高給かどうかではなくlow-poweredなことが重要です。RT @ikedanob Lazearの理論を文字通り
munetomoando
2011-01-17 21:59:52

(11) いまご紹介した論文のWPバージョンを宣伝がてら貼付けておきます(恥)2008年のJEBOに掲載されています。RT @ikedanob: 「後払い」というのはLazearの理論を文字通り受け取りすぎ http://ow.ly/3F2fn
munetomoando
2011-01-17 22:02:39

(12) 一般論でいってもわからないと思うから具体的にいうと、NHKの考査室は放送センターの東館6階をほぼすべて占拠して、約100人の管理職(年収1500万円ぐらい)がいる。仕事はテレビを見てレポート(誰も読まない)を書くだけ。「自宅勤務」でテレビを見ることも可(私のいたころの話)。
ikedanob
2011-01-17 21:58:36

(13) 視聴者センターも管理職で、これも100人以上いる。仕事は電話の苦情を聞くこと。番組に口を出す権限はないので「担当者に伝えておきます」というだけ。これは非生産的だがストレスの多い仕事。
ikedanob
2011-01-17 22:11:22

(14) 「賃金の後払い」というのは経済学者のつけた理屈で、実際には「使い物にならない年寄りの姥捨て山」。現場にはいないほうが能率が上がるので、考査室や視センは生産性に貢献している。
ikedanob
2011-01-17 22:16:29

(15) 念のためいうと、先ほどの話は私がいたころから10年ぐらい前までの話で、今はかなり経費節減したので、考査室は人が減っているでしょう。ただ視センは増えているはず。他にも文調研や研修センターなど姥捨て山はたくさんあります。
ikedanob
2011-01-17 22:37:00

(16) このあたりの表現にたいして,僕は僕の知っている標準的な経済学と何かが異なるように感じてしまいます。@ikedanob 「賃金の後払い」というのは経済学者のつけた理屈で、実際には「使い物にならない年寄りの姥捨て山」。現場にはいないほうが能率が上がる...
munetomoando
2011-01-18 01:07:50

(17) 長期雇用契約を結ぶ際に,使用者側は水準以上の人を雇っているはずです。採用に関しては広範囲の自由が認められているからです。しかし,その中に大活躍する人やうまくいかない人がいることは避けられません。@ikedanob ...年寄りの姥捨て山」。現場にはいないほうが能率が上がる...
munetomoando
2011-01-18 01:11:10

(18) 使用者はそのリスクも込みで採用するという判断を行ったのです。相対的にうまくいかなかった人にも出来る限りチャンスを与えて,居場所を見つけるというのは,比較優位の原則からも正当化されます。 @ikedanob
munetomoando
2011-01-18 01:13:52

(19) それなのにうまくいかなかった人を排除しようとするのは,宝くじを100枚買って,当たりくじは換金するのに外れくじに関して「損したからカネを返せ」と主張するのと同様に思えてしまうのです。 @ikedanob
munetomoando
2011-01-18 01:17:31

(20) この意見は,もちろん仕事がなくなったことにより発生する整理解雇を否定するものではありません。一定の選考を行って採用したはずの労働者に対して,能力不足を理由として「ノンワーキングリッチを職場から排除せよ」というようにも聞こえる主張に納得がいかないのです。 @ikedanob
munetomoando
2011-01-18 01:21:08

(21) @munetomoando 仕事に対して能力の足りない社員を解雇してはいけないというのは、企業は窓際族を定年まで養う義務があるということですか? これは整理解雇の4要件とほぼ同じで、規制改革にはならない。能力のない社員をクビにするのは、外資では当たり前ですよ。
ikedanob
2011-01-18 01:42:37

(22) 日本で活動する外資は結構ちゃんと現行法を守っているようです。梅森浩一さんの『「クビ!」論。』では,現行法に抵触しないために同意による契約解消を取り付けるテクニックと苦労とが描かれています。RT @ikedanob 外資では当たり前ですよ。 http://ow.ly/3Fc
mumunetomoando
2011-01-18 01:57:33

(23) @munetomoando 梅森さんの本は、私もブログで引用しました。 http://ow.ly/3Fcz2 だから最大の問題は法的規制ではなく、社員を説得して(金銭で)解雇する交渉能力のない大企業の人事部にあると思います。
ikedanob
2011-01-18 02:03:39

(24) 外資でもクビにするのはむずかしく、自発的に辞めたようにみせて名誉を守るとか、次の就職先を見つけるとか、いろんな配慮が必要です。日本企業はそういうリスクをとらないで、新卒採用を絞るという安易な方法をとる。 RT @ok1202: 元外資勤務ですが外資でも簡単にクビには出来ません。
ikedanob
2011-01-18 02:12:43

(25) これは重要な点だと思います。ただ同時に,外資系金融などで雇用契約解除がスムーズなのは,外部労働市場が発達していること,またそれにより見苦しく振る舞うと逆に仕事をなくすということも重要かと思います。RT @ikedanob: だから最大の問題は...交渉能力のない大企業の人事部に
munetomoando
2011-01-18 02:23:12

(26) @munetomoando おっしゃる通りで、外銀の世界は狭いので逆にreputationがきくのです。日本でもそういうしくみを人事部が利用すれば、スムーズに話し合って辞めるルールができる可能性もあると思います。契約ベースで解決できる制度設計ができれば、法改正も必要ない。
ikedanob
2011-01-18 02:28:08

(27) 現行の法制度の下で実質的な長期雇用契約を結んだなら,守るべきかと。ただしこの長期契約がやっかいで,実際には長期契約ではなく無期契約+解雇規制により実現されていたのですね。RT @ikedanob: 仕事に対して能力の足りない社員を解雇...外資では当たり前ですよ。
munetomoando
2011-01-18 01:50:09

(28) @munetomoando それなら「定年まで解雇しない」という契約にすべきですが、現行の無期雇用契約はそうじゃない。それを判例で「解雇禁止」にするから混乱するので、解雇要件を緩和して雇用コストを下げようというのが経済学者の意見だと思うけど、安藤さんの意見は違うんですか?
ikedanob
2011-01-18 01:59:10

(29) 定年まで解雇しないという契約が現行法では結べないのです。よって企業が長期雇用保障付きで人を雇いたい場合,無期契約と解雇規制の併用しか手段がありませんでした。だから労務屋さんなど人事担当者は解雇規制の緩和に慎重でしたRT @ikedanob それなら「定年まで解雇しない」という契約
munetomoando
2011-01-18 02:15:41

(30) @munetomoando いや労務屋さんの意見じゃなくて、安藤さんの意見をきいてるんですよ。大竹さんや八代さんも含めて、整理解雇の4要件を立法で緩和(あるいは廃止)すべきだというのが労働経済学者の普通の意見だと思うけど、安藤さんは違うんですか?
ikedanob
2011-01-18 02:20:52

(31) あと解雇要件の緩和について経済学者が同意しているのは,新規契約については解雇要件を今より自由に設定できるようにすべきという点だと理解しています。既存契約の取り扱いについては意見が分かれるのではないでしょうか。RT @ikedanob: 解雇要件を緩和...経済学者の意見だと思う
munetomoando
2011-01-18 02:19:32

(32) @munetomoando 私は既存の雇用契約に手をつけないという妥協策はまずいと思います。そうしないと政治的に通りにくいというのはわかるけど、そうすると中高年社員の既得権を守って若い研究者だけが不安定雇用になる今の大学みたいになる。
ikedanob
2011-01-18 02:24:59

(33) 経済学者の総意ではなく私の見解でよければ,既存契約については整理解雇の要件は緩和というか合理化と明確化をすべきだと考えています。例えば経営判断には裁判所が介入しないとか,正規を整理するならまず非正規を切れなどは要修正です。RT @ikedanob: 安藤さんの意見をきいてる
munetomoando
2011-01-18 02:27:46

(34) まさにその政治的に通るかどうかが気がかりなところだったので現実的な施策を考えているつもりでした。NIRAの報告書の担当部分でもそこは詰めて考えて,実現できるぎりぎりが合理化と明確化だというのが現状の理解です。RT @ikedanob そうしないと政治的に通りにくいというのはわかる
munetomoando
2011-01-18 02:31:33

(35) おつきあいいただきありがとうございました。またどうぞよろしくお願いします。おやすみなさい。RT @ikedanob: というわけで安藤さんとは意見が一致したので、もう寝ます。 RT 既存契約については整理解雇の要件は緩和というか合理化と明確化をすべきだと考えています。
munetomoando
2011-01-18 02:35:56

まず結論部分について補足が必要だと思いますが、(34)で安藤先生が言及しておられる「NIRAの報告書」は2009年に発表された『終身雇用という幻想を捨てよ』という研究会報告で、座長は東大の柳川範之先生が務められました。全文がNIRAのサイトで読めます。
http://www.nira.or.jp/pdf/0901report.pdf
これについては私も過去のエントリでご紹介したことがありますので、あわせてご参照ください。
http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090508(以下しばらくの記述は一部重複します)
で、これは池田先生がブログで絶賛(http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/bd13735ee5e9dfbda0f5855a522a8016)され、のちにはOECDのレポートとこの報告書を根拠に「今のような曖昧な解雇規制を改め、労基法に解雇自由の原則を明記し、どういう場合には解雇を禁止するか、あるいは解雇の際に労働者にどういう配慮をすべきか、といった規定を明文で設けるべきだ、という世界の常識にそった話だ。この点は2003年の労基法改正のときも議論され、労組の反対でつぶされたが、OECDNIRAの報告書を読めばわかるように、こういう考え方が経済学者のコンセンサスだ。」と断言されたこともありました(http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/2c785fdf87ab3e093029e0601e363952)。今回のツイートでも、(30)で「大竹さんや八代さんも含めて、整理解雇の4要件を立法で緩和(あるいは廃止)すべきだというのが労働経済学者の普通の意見だと思う」と書いておられますね。
ただ、このNIRA報告書の各論文をみると、それがコンセンサスとまでいえるかどうかは疑問です。なるほど「総論」の柳川先生の所論(http://www.nira.or.jp/pdf/0901yanagawa.pdf)はたしかに池田先生と類似していて、(たびたび書いていますが)これが「労働研究者でない経済学者のコンセンサス」である可能性はあると思います(でない可能性もあるでしょう)。
これに対し、「各論」にある安藤先生の意見(http://www.nira.or.jp/pdf/0901ando.pdf)にはツイッターでの議論にもあるように、重要な相違点があります。
それは(31)で安藤先生が「あと解雇要件の緩和について経済学者が同意しているのは,新規契約については解雇要件を今より自由に設定できるようにすべきという点だと理解しています。既存契約の取り扱いについては意見が分かれるのではないでしょうか。」と書いておられるように、従来型の「高度の拘束・貢献の見返りに定年までの雇用保障が(総合的な労働条件の一部として)提供される」という労働契約を認めるか否かです。池田先生はそれを(32)で「私は既存の雇用契約に手をつけないという妥協策はまずい」「既得権を守る」と書いているように、禁止的に考えています。それに対し、安藤先生はNIRA報告書の「各論」の論文中で「この提案は長期雇用を否定するものではない。当事者の合意による長期雇用は多くの場合において社会的にも望ましいものであるからだ。」と、明示で従来型の働き方を存続させるとしておられます。これは私のような実務家には非常に大きな相違です。
 なお、(31)で安藤先生が書いておられる「新規契約については解雇要件を今より自由に設定できるようにすべき」というのは、NIRA報告書の安藤論文から引用すれば、以下のようなものです。

セーフティネットの充実を前提とするなら、契約の類型を多様化すべきである。
 それではどのような契約を締結可能とするべきだろうか。労働需要を増やすという観点からは、契約解除の要件を明確化することが必要である。それにより安心して採用することができるようになるからだ。私見では、少なくとも、雇用契約の期間と場所、そして職務内容について当事者の自由意志に基づく契約を可能にすべきであると考えている。
 まず期間でいえば、5年契約や10年契約を可能にすること、また一年前に告知すれば解除可能な雇用関係なども考えられる。次に場所については、配置転換の可否について契約に明記するだけでなく、仮に転勤ができない場合には事業所の閉鎖と共に雇用契約が解除されるなどの特約も許されるべきである。また職務内容についても、仕事がなくなったことを理由とする契約解除を可能にすること等が考えられる。
…この提案は長期雇用を否定するものではない。当事者の合意による長期雇用は多くの場合において社会的にも望ましいものであるからだ。例えば5年契約を2回繰り返した上で、定年までの長期雇用を提示される労働者がいるかもしれないし、有能な労働者に対しては仮に当初の契約期間が5年であっても、1年目に長期雇用契約が提示されるかもしれない。しかしそれは選択肢を絞ることによって外から強制される形で長期雇用を実現するのではなく、あくまで当事者たちが選択した結果としての長期雇用であることが大切であると考える。
http://www.nira.or.jp/pdf/0901ando.pdf

ちなみに、RIETI上席研究員の鶴光太郎先生は、昨年4月のRIETI政策シンポジウムでこうした考え方を紹介され、「労働研究者の間ではほぼコンセンサス」といったような意味の発言をしておられます(http://www.rieti.go.jp/jp/events/10041301/handout.html)。
ということで(35)のRTにある「安藤さんとは意見が一致した」という池田先生の認識が当たっているかどうかは微妙ではあるのですが、一致している部分が相当程度あることは間違いありません。まあ、それについては一昨日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20110117#p1)でも言及したように、私も同様の方向性を共有しています。特に安藤先生とはほぼ同一の意見であることは私にとって非常に心強いところです。
ただしすべて同一というわけではありません。同一でないのは、(33)にある安藤先生の「既存契約については整理解雇の要件は緩和というか合理化と明確化をすべきだと考えています。例えば経営判断には裁判所が介入しないとか,正規を整理するならまず非正規を切れなどは要修正です。」についてです。
前者の「経営判断には裁判所が介入しない」については、極端な話増収増益で現場は残業しているのにもっと利益を上げるために整理解雇を行う(まあこれは極論で整理解雇ともいえないでしょうが)ようなケースをはじくことができるようにしておく必要はあるのではないでしょうか。実際問題として、整理解雇の事件に関しては、解雇の必要性については裁判所は使用者の判断を尊重する傾向にあるといわれているようです。まあ、解雇ではありませんがNTTの年金減額事件などは経営判断を軽視しすぎだとも思いますが、程度の問題で、まったく介入しないというのはありえないのではないでしょうか。
後者の「正規を整理するならまず非正規を切れ」については、ツイッターの制約の大きさゆえに致し方ないのですが、「非正規を切れ」の意味が不明です。この「切れ」というのが契約期間途中の解雇を意味しているのであれば、それは現行でも求められていないと考えるのが一般的と思います。むしろ、期間の定めのある雇用については、期間途中での解雇は期間の定めのない解雇より強く制約されると解されているはずです。
いっぽう、「切れ」が契約満了による雇止めを意味するのであれば、これは私は現行規制のままでよいと考えます。(27)や(29)で安藤先生が指摘されているとおり、期間の定めのない雇用というのは実務的には「定年まで雇用する」という(片務的な)超長期の有期契約であって、であればいわゆる「自然減」で人員削減をする際には、雇用しますと約束した期限が到来した人から退職していただくのが自然な考え方だろうと思うからです。
あとは細かい話になりますが、池田先生の(02)「NHKと役所には「高給を取ってろくに働いてない中高年管理職」はたくさんいます(きっぱり)。」については、(09)と(12)〜(15)で経験的な実例もご紹介していただいており、「私がいたころから10年ぐらい前までの話」と時期の限定もありますから、池田先生が事実として承知しておられるならそのとおりなのだろうと思います。私の以前のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090318)においても、お役所やNHKに「高給を取ってろくに働いてない中高年管理職」がいる可能性は排除していない、というか積極的に可能性を認めていると思います。
ただ、(05)(06)で安藤先生が指摘しておられるように、独占や規制によるレントがあるNHKなどはともかく、マーケットで競争している民間企業において「高給を取ってろくに働いてない中高年管理職」に見えている人たちの中には「過去に約束した年功賃金契約の後払い分を受け取っているだけ」が相当数含まれているものと思います。
また、「高給を取ってろくに働いてない中高年」がいたとしても、それが納得ずくの結果なのであれば問題視するにはあたらないでしょう。どういうことかというと、後払い要員以外にも賃金水準と貢献が乖離する合理的な理由があるということです。つまり、長期雇用は文字どおり長期にわたるだけに、生計に直結する賃金についてはリスク分散のしくみが組み込まれてもおかしくありません。長い会社生活においては、典型的にはたとえば不運にも病を得てパフォーマンスが低下してしまうということも起こりえます。全員に起こるわけではありませんが、誰にも起こりうるものでもあります。この場合に、大幅に降格させたり、賃金を大きく下げたりしているかというと、多くの企業ではそうでもないでしょう。同様に、能力に見合ったポジションがふさがっていて、結果的に不本意なポジションに甘んじているような場合でも、わが国ではそれで賃金を引き下げたりしない職能給制度が主流です。もちろんそれは、逆にいえば賃金を上回る貢献をしている人がいるということですが、それが将来自らにも起こりうるリスクであることを考えれば、いま現在貢献に賃金が見合っていないとしても、リスクが現実になった際にも賃金が下がらない(賃金が貢献を上回る)賃金制度のほうを望む、という人も多いでしょう。現行の賃金制度は、労使のそうした選択を通じて作り上げられてきたわけで、当然ながら個別には「高給を取ってろくに働いてない中高年」への不満が存在するでしょうが、組織全体でみればまあ納得が得られているのではないかとも考えられるでしょう。
さらに私は、「高給を取ってろくに働いてない中高年」に不満を述べる人の中には、実はそれなりに働いているということを知らないだけという例もかなりあるのではないかと思っています。まあこれは根拠のない推測に過ぎないのですが、しかし人間誰しも多くの場合自分のことは高く、他人のことは低く評価しがちであるということは経験的にも。
さて、池田先生・安藤先生ともに「人事管理の問題」に言及しておられますので、これにもコメントしておきたいと思います。具体的には、(07)で安藤先生が「サボタージュする人には懲戒解雇やどれだけ真摯に向き合ってもやる気もみせず能力も向上しない場合には普通解雇が可能です。また長期雇用を前提として雇ったなら適材適所で育てることも大事ですよね。これらを適切にやらなかった使用者側の責任は大きいと思います。」とツイートしておられるように2点あるようです。
ひとつは後半にあるように「長期雇用を前提に雇った人が、賃金水準に見合った貢献をしていないのは、適材適所で人材育成をしていなかった使用者側の責任」というものです。さきほども書いたように「能力に見合ったポジションがふさがっていて、結果的に不本意なポジションに甘んじているような場合」というのはたしかに存在し、多くの企業で観察されるものだと思います。もちろん、あるポジションをこなすべき人材が足りないということも普通に起きているはずで(もっともこれは使用者の高望みであることも多いとは思われる)、安藤先生に「責任は大きい」と断罪されれば率直にそれを認めてうなだれるよりありません。まあ、人を適材適所で育てることがいかに困難かということについては、教員である両先生も深くご理解と思いますので、私たち人事屋は現状の不首尾にめげることなく、その困難な課題に今後もたゆまず取り組んでまいりますと申し上げるよりありません。
もうひとつは前半のほうで、「解雇されてしかるべき人について、手続きを踏んで適切に解雇していない」というご指摘です。池田先生も(23)で「社員を説得して(金銭で)解雇する交渉能力のない大企業の人事部にあると思います」と書いておられます。池田先生は(24)では「新卒採用を絞るという安易な方法をとる。」とも書かれていますので、あるいは労働者に非のある場合に限らず、整理解雇についても念頭におかれているのかもしれません。
ただ、整理解雇については、まさに「社員を説得して金銭(割増退職金)で」希望退職を募集するというのは、雇用調整で追い詰められた多くの大企業が選択してきた道であり、かつ一定の成功を収めてもきました。したがって、もし池田先生が整理解雇についてもこうした批判をされるのであれば、それは端的に失当と申し上げたいと思います。
普通解雇については…さあ、どうでしょうかね。労働者に「解雇に合理的な理由があり、解雇が相当である」ような非がある場合には解雇できることは安藤先生のご指摘のとおりです。実際、極端な場合だと犯罪行為があった場合、比較的に現実的な例だとたとえば1か月も無断欠勤したとかいった場合には懲戒解雇を行っているでしょう。そこまでいかない場合には、まずは口頭で指導し、次いで文書で警告し、改めなければ始末書提出などの処分を行う。それでも改まらなければ減給や出勤停止といったより重い処分を行い、なお改善が見られないのであれば解雇…という手順を踏む(もちろんその過程については都度詳細に記録を残す)ことになります。たしかにこれは先生方が指摘されるとおり簡単な手続きではなく、人事担当者にとって非常に難しく労力を要する仕事です。というか、人事担当者以上に現場のマネージャー、管理監督者にとって負担がかかる、神経のすり減る仕事になります。
繰り返しになりますが、はたしてそれが行われていないかというと…さあ、どうでしょうかねとしか申し上げようがありません。ただ、両先生には、仮にそれをやった企業があったとして、世間に向かって大声でそれを宣伝するようなことがどの程度あるのだろうかということは想定いただければとは思います。両先生は梅森氏の本を紹介しておられますが、企業が従業員を「クビ」にしたプロセスなどをああいう形であからさまにすることの方がむしろ例外なわけで、だからこそあの本は珍しく価値があるわけですが、それにしても、いかに外資系で、勤務先も了承の上(だと思うのですが)とはいえ、あの内容をああまで外に出すというのは人事屋の職業倫理としてどうなのかと私のような旧弊なタイプは思ってしまうのですが、まあこれは余談ですが。
ということで、全体を通じてはこの両先生の議論によって解雇規制をめぐるいくつかの論点が整理されたのは有意義ではなかったかと思います。特に、安藤先生が(27)や(29)で「長期雇用とは現実には(片務的な)定年までの有期雇用であり、それを期間の定めのない雇用+解雇規制(+定年制)で実現している」との指摘されたのはきわめて適切で、これを見て解雇規制への理解が進んだ人は多かったのではないかと想像します。