さらば使い捨て経営(2)

昨日に続いて日経ビジネスの特集「さらば使い捨て経営」を紹介していきたいと思います。PART2は正社員化という話になるわけですが、いくつかの新しい勤務地限定の正社員制度が紹介されています。たとえばすかいらーくについては、

 同社は今春、契約社員約90人を、勤務する店舗を限定する「コミュニティ社員」、いわゆる地域限定正社員として改めて採用した。
 コミュニティ社員制度の導入をここまで急いだのは、すかいらーくにも、人手不足が深刻化しているとの切迫感があったからだ。
…まず最大の変更点は、契約期間が「無期」になることだ。定期的な契約更新を控える不安定な立場を脱して、基本的には定年まで勤められるようになる。
 非正規雇用の最大の問題点は、将来を見通せないまま、不本意非正規社員として働き続ける点に行き着く。無期化によって「今回は契約更新がないのではないのか」という不安が払拭される意味は大きい。
 同時に、多くの場合は待遇も改善するようだ。すかいらーくのコミュニティ社員の場合、どこにでも転勤を命じられる可能性がある正社員よりは、賃金は少ない。それでも契約社員の時に比べれば約1〜2割の年収アップが期待できる。ボーナスはもちろん住宅手当なども出て、退職金も支払われ、働きぶりによってはさらなる賃金の上昇も期待できる。

こんな調子で、他にあげられた日本郵政スターバックスの事例もまあ同じような感じで紹介されています。
続いて、こうした動きは一過性のものではなく「「人手不足が一時的なものではなく長期的な構造問題」という認識がある」ことを指摘し、さらに改正労契法や改正派遣法が正社員化を後押ししているとも指摘したうえで、次のように主張します。

 当然のことながら、正社員化ですべてが解決するわけではない。もしも「目下の人手不足を何とかしたい」など、近視眼的な対策だったとしたら、成功は到底おぼつかないだろう。…「限定正社員なら簡単に解雇できる」「無期化すれば、労働条件は悪いままでいい」といった誤った思い込みも散見される。非正規労働者に大きく依存した経営モデルを引きずった思想に基づく制度設計や運用ならば、問題の本質的な解消につながるはずがない。

具体的には「「限定正社員」に3つの懸念 目的を骨抜きにする「名ばかり社員」」という記事で具体的に述べられているのですが、

…1番目が業績が悪化した際などに企業が迫られる「解雇」の問題だ。地域限定なら「地域の拠点や業務がなくなったら解雇できる」と考える企業も少なくない。
 だが現実はそう簡単ではない。一般的な正社員の場合、整理解雇には原則として4つの条件が揃う必要がある。「人員整理の必要性」「解雇を回避するための努力義務を果たしたかどうか」「解雇される人を選ぶ際の合理性」「手続きの妥当性」だ。
 労働政策研究・研修機構濱口桂一郎・統括研究員は「無期で働き方も無限定という一般的な正社員のあり方を踏まえれば、仮にA事業部がなくなってもB事業部に異動させて雇用継続させることが求められるのは、当然」と指摘する。
 地域限定の正社員も、「基本的には、一般的な正社員と同様に解雇を回避する努力義務がなくなることはない」(濱口統括研究員)という意見が専門家には多い。地域限定正社員なら雇用しても解雇が容易というのは幻想にすぎないようだ。

おやhamachan先生だ。さてここは昨今の限定正社員をめぐる議論の核心部分になるわけですが、議論のレベルはおそらく二つあり、ひとつはhamachan先生ご指摘のとおり「基本的には、一般的な正社員と同様に解雇を回避する努力義務がなくなることはない」にしても、その程度はどうなのかとう問題です。ある拠点に勤務地限定社員と無限定社員とが働いていてその拠点がなくなるときに、求められる解雇回避努力のレベルはやはり異なるのではないか。他の拠点での雇用の余地が限られているとしたら、その限られた資源は無限定社員に優先的に割り当てられることになるのではないか、という話です。
もう一つは規制改革会議や産業競争力会議などで行われている「地域限定なら「地域の拠点や業務がなくなったら解雇できる」」ことを明確化すべきだ、という話です。たとえば、この拠点は閉鎖するけれど、別の拠点では新規採用を募集しているとしたら、新規採用の前に閉鎖拠点の勤務地限定社員に別拠点での継続就労をオファーする必要はないことを明確化せよ、という議論です。もちろん解雇されたのちに別拠点の新規採用に応募することを妨げるものではなく、閉鎖された拠点での就労経験はアドバンテージにはなるとしても、採用を強制されるわけではない。これはこれで筋が通っているように思います。
ただ、実務的には、仮にしなくてもいいよと言われたとしても、おそらくはほとんどの場合はこのようなオファーはなされることでしょう。となると、実務的に重要になってくるのは、そのオファーを受ける場合の費用負担の問題で、これを企業が負担する必要はないことを明確にすれば足りるのではないでしょうか(もちろん負担してもよい)。仮に転居が必要となるとしたら、転居先の確保や転居費用などは地域限定正社員の負担になりますよ、というのは、地域限定という趣旨にも整合的であるように思います。

 2番目は雇用が有期から無期になるだけで、労働条件がほとんど改善しないリスクだ。賃金上昇や賞与がないなど、単なる無期化を正社員化と称するかもしれない。
 非正規社員は安価な労働力と見なされて雇用が拡大してきた。無期化しても賃金などの労働条件が変わらなければ、正社員としての責任だけを負わされる「名ばかり正社員」を生むことにしかならない。

いやこれは有期から無期になればそれ以外の労働条件も当然上がるべきという考え方のほうがおかしいんじゃないでしょうかねえ。むしろ世間では有期のほうが雇用が不安定である分賃金などにプレミアムがつくはずだという議論のほうが多いわけであって。
もちろん、記事が書くように無期化にともなう雇用安定のメリットを上回る「正社員としての責任」が加わるのであればそれは労働条件に反映されるべきという議論にもなるでしょうが、現実をみればパートタイマーの相当割合は期間の定めがないという実態もあるわけで、これに関しては「名ばかり正社員」というワードに惚れただけの自己満足記事のようにも思えます。

 3番目は「既存の正社員の賃下げの道具に、限定正社員が使われる懸念がある」(連合の新谷信幸・ 総合労働局総合局長)ことだ。例えば本人の意思に反して限定正社員にさせられ、元の正社員に戻れないといったケースが出てくる可能性はある。
 「限定正社員が増えるということは、既存の正社員がその立場になる可能性があるということ」。企業の人事制度に詳しい神戸大学大学院の平野光俊教授はこう指摘する。本人の能力と事情に合わせ、雇用形態を柔軟に行き来できる仕組みの整備も求められている。

新谷さんのご心配はたいへんごもっともですが、いっぽうで労使できちんとルールを決めて運用していくことを迫られる分野でもあると思います。hamachan先生の最近著でも触れられているように、これから高齢者雇用をさらに拡大しようとしたら、ジョブ型の働き方、つまり限定正社員を拡大していくことは避けられないと思われるからです。これはさすがに日経ビジネスのいう「本人の能力と事情に合わせ、雇用形態を柔軟に行き来できる」という能天気なものにはならないはずで、個別企業それぞれの事情を踏まえて、個別労使でしっかり議論してルールを作っていく必要があるだろうと思います。そういえば新谷さんとは久しくお会いしていないがお元気だろうか。
続くPART3は先進事例の紹介になりますが長くなってきましたので明日に続きます。