「推定無罪」フォロー

10月14日のエントリに対し、コメント欄での情報提供ありがとうございました。公務員は民間とずいぶん違い、知らないことが多いなあとあらためて感じました。ということで少しフォローの記事を書かせていただきます。
まず今回の件に関しては、最高検察庁も「検察官には起訴休職制度がないから」という(ご指摘にあったような)説明をしているようです。東洋経済オンラインから。

 池上刑事部長は「国家公務員法には(起訴された場合に休職扱いとなる)起訴休職の定めがあり、本俸その他の60%以内が休職中に支給される。だが、検察官には『職務を停止されない』という特則があり、起訴休職は適用されない。それで今までは起訴前に懲戒免職とされることが多かった。法的には起訴後に懲戒免職とすることもできるが、それだと起訴された翌日に登庁し検察業務を行うことができてしまうので、起訴直前の懲戒処分となっていた」とこれまでの経緯を説明した。
http://www.toyokeizai.net/business/society/detail/AC/9459513ca19ee1673f86540a7ee6e073/

どうやら法的な根拠は人事院規則12-0の第8条になるのでしょうか。

第八条  任命権者は、懲戒に付せられるべき事件が刑事裁判所に係属する間に、同一事件について懲戒手続を進めようとする場合において、職員本人が、公判廷において(当該公判廷における職員本人の供述があるまでの間は、任命権者に対して)、懲戒処分の対象とする事実で公訴事実に該当するものが存すると認めているとき(第一審の判決があつた後にあつては、当該判決(控訴審の判決があつた後は当該控訴審の判決)により懲戒処分の対象とする事実で公訴事実に該当するものが存すると認められているときに限る。)は、法第八十五条の人事院の承認があつたものとして取り扱うことができる。
2  任命権者は、前項の規定により懲戒手続を進め、懲戒処分を行つた場合には、当該懲戒処分について前条の規定により処分説明書の写を人事院に提出する際に、前項に該当することを確認した資料の写を併せて提出するものとする。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S27/S27F04512000.html

これを読むと、前田氏の場合は任免権者に対して証拠隠滅の事実を認めているということですから、懲戒免職は可能と思われます。ただ「刑事裁判所に係属する間に」ですから、最高検の説明にもあるように本来は起訴されてはじめて懲戒免職処分ができるわけですが、まあ一日たりとも登庁・執務させたくないくらいにその罪を憎んでいるという意思表示なのでしょう。もちろん、依然として前田氏が公判廷の罪状認否で否認に転じる可能性もあるわけで、その場合は「任免権者に認めた」のも「強いられて認めた」と主張することで懲戒免職の効力を争うことも可能です。ただ、危ない橋であることに変わりはないにせよ、思っていたよりははるかに危なくない橋だったようです。
ということで、当初引用した国民新党亀井静香氏の発言は、ご自身の価値観としてはともかく、法的にはほぼ問題にならないということでしょう。ただ、亀井氏は「任命権者が『悪いヤツだ』とレッテルをはったらどんな処分をしても構わない」と発言していて、前田氏が自ら「悪いヤツだ」と認めたことは評価していないようです。これは亀井氏が失念したのか、あるいは「強いられて認めた」との疑いを持っているのか、どちらかわかりませんが…。
いっぽう、前田氏の当時の上司筋にあたる2人については現状では犯人隠避を否定しているわけですから、現時点でも起訴後も懲戒免職などを行うことは難しいと考えられます。とはいえ、検察庁としては2人に現に登庁され執務されたらたまらないでしょうから、なんらかの処分は行うかもしれません(免職しないまでも出勤停止とか)。2人は免職の場合には争う考えとの報道もありましたが(読売オンラインhttp://osaka.yomiuri.co.jp/news/20101014-OYO1T00861.htm?from=top)、この場合どうするのでしょうか。まあ処分しなくても常識的には登庁はしないとも思われますが、一方でしなければしなかったでそれが懲戒の根拠になってしまう可能性もあり、難しい問題になりそうです。まあ、懲戒ではなく出勤停止とか勤務免除にするのでしょうかね。根拠法があるのかどうか知らないのですが。
なおご教示いただいた東京高裁判決が「刑事事件で起訴された場合は、抽象的一般的には、検察官から嫌疑を受けたに止まり、その時点で有罪無罪は定かではない。」としながらも「起訴後の有罪率は99%を超えており、客観性のある公の嫌疑を受けていると言わざるを得ない。」として、「職場の規律・秩序維持の影響するほか職務遂行への信頼をゆるがせ、結果として官職の信用を失墜する虞が無いわけではない。」と、いわゆる「精密司法」への信頼を判決の根拠のひとつとしているのは、たしかに事実上はそのとおりであるにしても、いささか違和感を覚えます。いやいかに有罪率が99%という事実があるにしても、裁判所が「99%なんだから、まあ有罪と思われても仕方ないよね」という(あたかも検察をほぼ全面的に信頼するかのような印象を与える)判決文を書いてしまうのでは、それこそ推定無罪ってなんだろうと思うわけです。まあ現実とのかねあいが難しいのでしょうが。そんなこと感じるのは私だけ?
で、もし検察庁がこの判決をとらえて「我々が起訴した以上は有罪扱いしていいのだ」というとしたらさらにいかがなものかとも感じますが、まあ前田氏の場合は認めているからいいにしても、上司筋の2人の場合はどうなるのか…。
また、精密司法そのものに対する信頼は検察審査会による強制起訴の制度ができるくらいなので、揺らいではいないのでしょうが、逆にいえばそれは精密司法に対する疑義申し立てでもあるわけで、実際小沢一郎氏はそれ(99%有罪になるとの確信がなければ起訴しないのではなく、一定以上の嫌疑があるなら起訴すべきだとの考え)で強制起訴となったわけです*1。そういう意味では、今後は精密司法への信頼は少し割り引いて考えるべきなのかもしれません。まあ、それが今回の件などにどこまで関係するのかとか、このあたりになると私にはほとんどわかりませんが…。

*1:余談ですが、これまで私はトップが責任取れ式懲罰感情先行の印象があるJR西日本、明石歩道橋をみてこれってどうなのよと思っておりましたが、小沢氏についてはある意味順当とまではいわないまでも肯定せざるを得ないのかなと思います。