野村証券の外資流人事

これは4日の朝刊から。

 野村証券は2011年春の新卒採用者の一部に実績連動で報酬を支払う「グローバル型」の人事報酬体系を導入し、40人程度の採用を内定した。外資系の金融機関に似た人事報酬体系を取り入れることで、欧米金融機関などに流れていた優秀な学生を集める狙い。同職種への応募者は全体で約650人にのぼり、競争率は16倍だった。
 グローバル型での採用はトレーディングや投資銀行、調査、IT(情報技術)など、高い専門性や語学力が求められる職種で実施した。初任給は月額54万2千円(残業代を含む)と、通常の採用(月額20万円)の2倍を超える水準。ただ家賃補助などの福利厚生がないため、一概には比較できない。
 野村は08年秋のリーマン・ブラザーズの部門買収をきっかけに、09年からグローバル型社員制度を導入した。外資流の人事報酬体系で、個人の業務成績に報酬が連動するほか、基本的に部門を越えた異動がない専門職。法人取引部門を中心に現時点まで約2000人が移行しており、同制度を選択可能な社員全体の約6割を占めている。
http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819591E2E0E2E3838DE2E1E2EAE0E2E3E29797E3E2E2E2;at=ALL

これについては、昨年6月にこの制度が導入されたときにもご紹介しました。昨年の採用活動は新人事制度導入前だったでしょうから、今回が新人事制度で初の内定ということでニュースになったのでしょう。
http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090622
まあ、人材が多様化する中にあって、人事制度も多様化していくことは望ましいことだろうと思います。野村証券のようにもともとの労働条件が高い企業であればなおさら、そういう制度を望む優秀な人材を集めることができるでしょう。
ただ、この記事をさらっと読むと、グローバル型社員が従来型の総合職正社員*1以上に優秀な人材であるかのように読めますが(まあ実際そうかもしれませんが)、多少注意すべき点もあるように思われます。
まず、野村証券は大学新卒だけで年数百人を採用する(他に中途採用も三桁)わけですから、採用全体でみればかなりの少数であることには注意が必要でしょう。もちろんこれがエリート軍団野村の中でもさらに少数精鋭の超エリートである可能性もありますが、入社後のグローバル型から全域型・地域型への変更はできないとのことですから、グローバル型は年功的な昇進や昇給はあまり期待しにくい、つまり幹部候補という色彩は薄いものではないかということは容易に想像できます。採用が少数なのは、むしろこの制度が法人取引部門などに限定された、対象者の少ない制度だからではないかと思われます。実際、記事にも「現時点まで約2000人が移行しており、同制度を選択可能な社員全体の約6割」とされていて、野村証券が単独でも1万数千人の大企業であることを考えると対象範囲はそれほど広くないのでしょう。
逆に、制度導入時に移行した人は対象者の半数以下であり、その後増えているということは、勤続が長くなるにつれて従来型正社員からグローバル型に移行していくことが想定されているのではないでしょうか。これはつまり年功的に昇進する幹部候補コースから専門職コースへの転換を意味するわけです。まあ、ここまでくるとまったくの想像ですので、まるっきり見当はずれなことを書いているかもしれませんが、というかたぶんそうでしょう。野村の中の人に教えていただけるとありがたいのですが。
また、応募数・競争率についても、有名大企業であれば応募は採用計画の数十倍というのがむしろ一般的でしょうから、それほど殺到したという感じでもありません。
もうひとつ、初任給だけを比較するのにも用心が必要です。野村は高給*2で有名ですが(ノルマでも有名ですが)、初任給20万円という水準は他の大企業とほぼ同一レベルです。つまり、高給企業でも初任給は公表されて広く周知されるため横並びの配慮が働いておっとっと、世間水準程度に抑制されており、2年め、3年めにぐんぐん昇給していくわけです(と思われます。なにしろ公開されていないので)*3
また、初任給54万2千円には一定時間分の残業手当が含まれていることにも注意が必要です。専門職であるグローバル社員は労働時間の長短で収入が変動するのは本来でないという発想でしょうが、しかし労働基準法には抵触しないよう、賃金の一部は一定時間分の時間外手当として区分し、しかしその一定時間に達しなくても支払われるという運用になっているものと思われます。当然、その一定時間を超えた場合には別途割増賃金が計算されて支払われることになるわけですが、これは制度の趣旨からして好ましいものではなく、したがってこの「一定時間」はかなり多く設定されているのではないでしょうか(これもまったくの想像ですが)。また、不確実ですが福利厚生*4についてはグローバル型社員は記事にある家賃補助だけでなく社宅入居もできないようで、野村証券のブランドから想像するにこれも月数万円くらいの差にはなるでしょう。仮に残業手当の水準を「時間外労働の限度に関する基準」の月間45時間、福利厚生の差額を(安く見積もって)月5万円とすれば、従来型正社員の月給換算で30万円台の半ばということになりそうです。まあまったくの仮定での計算ですが。野村証券の総合職だと何歳くらいでそのくらいまで行くのでしょうか?
いずれにしても処遇形態が多様化していくことは望ましいことですし、野村の場合にはリーマンとの融和のためにもこうした制度が必要とされたという面もあるでしょう。ただ、これに追随する動き*5はそれほど拡がっているわけでもなく、日経新聞の記事が与える印象と実態とは必ずしも同じではなさそうです。いや本当に野村の中の人の情報求む、です。

*1:野村証券は「全域型社員」「地域型社員」「グローバル型社員」「FA社員」の4つのコース別人事制度になっていて、全域型社員が転勤も部門間異動もある一般的な総合職正社員、地域型は転勤のない正社員ということのようです。これに対してグローバル型は転勤はあるが部門間異動はないということのようで、FA社員はその名のとおりファイナンシャルアドバイザーで、FA以外の仕事に変わることはなく、転勤もなく、賃金は出来高が中心ということのようです。

*2:いやネットで検索するとあれこれ出てきまして、なかなか真に受けにくいものはありますが、それにしてもうらやましい高給ぶりのようです。

*3:ちなみに野村では全域型社員も地域型社員も初任給は同額です。常識的に考えてこの両者の賃金水準には違いがあるはずで、それは2年め以降の昇給の差で実現されるのでしょう。

*4:野村は福利厚生の手厚さでも有名ですよね。

*5:やる企業はとっくにやっているのだろうとも思いますが。