案の定

東京大学が秋入学への移行を検討しているそうで、先週金曜日の日経新聞が1面でデカデカと報じていました。

 東京大学は、入学時期を春から秋に移行させる検討に入った。国際標準である秋入学の導入で、海外大学との留学生交換を円滑にし、大学の国際化を加速させるとともに、学生に入学までに社会経験を積ませることが狙い。年内にも結論を出す。東大が秋入学に踏み切れば、他大学の入学時期や官庁・企業の採用活動などに大きな影響を与えることは必至だ。
 秋入学に移る場合も、小中高校は春入学・春卒業であるため、入試は現行日程を維持する。合格者には高校卒業から入学までの半年間を「ギャップイヤー」として、海外留学やボランティア活動などの体験を積ませる。
平成23年7月1日付日本経済新聞朝刊から)

この話自体はかなり前からある話で、記事にもあるように2008年には大学・専修学校については学年の始期・終期が自由化されていますので、いずれは具体的に考える大学も出てくるだろうとは想定されていました。ただそれが東京大学ということで影響も大きければニュースバリューも高いということでしょうか。
これについては記事も書いているようにいろいろと難しい問題があり、なかなか一筋縄ではいかなかろうと思いますがそれはそれとして、これを読んだときにきっとこういう反応が出てくるだろうなあと思ったら案の定でしたのでご紹介します。ご想像のとおり城繁幸なんですが、いやいややっぱり踏むところ踏みますねという感じです。氏のブログから。
http://jyoshige.livedoor.biz/archives/3727785.html

…仮にある程度の規模で秋入学が広がって、企業の新卒採用に占める秋入社者が増えたとする。
 同じ「平成〇〇年度入社」であっても、春に入社する新人、秋に入社する新人、その中でも単なる秋に入社する新人と、半年間留学やNPO活動等でOJTを積んできたモチベーションの高い新人など、ものすごく新人の幅が広がってしまうことになる。
 さらに言うなら、秋に入社する新人たちは、過去に4月に入社した既存の正社員の賃金体系とも整合性が取れない。
 こういった矛盾を解決するには、横並びの処遇を見直し、初任給を人によって変えるか、試用期間明けの早い段階から年俸制など流動的な処遇を適用するしかない。入口からの流動化である。
http://jyoshige.livedoor.biz/archives/3727785.html、以下同じ

まあ春に卒業した新人と秋に卒業した新人とが出てくることにはなる(入社の時期をどうするかは別問題)わけで、その点はたしかに「新人の幅が広がってしまう」ということになるでしょうが、春入学であっても秋入学であっても留学やNPO活動をやる学生はやるのであって、現状すでに学生の幅は相当に広いわけです。いや今だって大学4年間びっしり勉強と勉強と就活で埋め尽くされているかというと当然そんなことはないわけで、あれこれやる時間はたっぷりあるわけですよ(別に留年したっていいわけですし)。まあ秋入学になって「ギャップ・イヤー」ができればその間の過ごし方の違いでさらに幅広くはなるかもしれませんが、現状に較べてものすごく幅が広がるとは思えません。
また、入社の時期を春秋の2回にするなら(しなくてもいいわけですが)、たしかにそれに応じた人事制度の見直しは必要になるでしょう。ただ、30年、40年という長期雇用の期間全体を考えれば最初の半年の違いなど微々たるものですから、まあ人事評価に差のつきはじめる3年め、4年めくらいになれば春入社も秋入社も同期扱いでかまわないんじゃないでしょうか。要するに微調整ですむ範囲で、少なくとも試用期間明けの早い段階から年俸制など流動的な処遇を適用するしかないなんてことはあり得ないと思います。
さらにいえば、たしかに就職市場全体でみれば学生は非常に多様で幅広いですし、新人も社会全体でみれば幅広いでしょうが、しかし人事制度や初任給は世間相場の影響を受けるとはいえ基本的には個別企業で決めるものであるところ、個別企業レベルでは新人は当然入社試験を通過しているわけなので社会全体に較べれば相当に同質性が高くなっていることは明白です(もちろん企業も多様性を意識しますので一定の幅は残るでしょうが)。したがって仮にこれで社会全体で新人の幅が広がったとしても個別企業の対応の必要性はそれに較べてかなり限定的になるものと思われます。
なお細かい話ですが「留学やNPO活動などでOJTを積んできた」というわけですが、留学やNPO活動でOJT=On the Job Trainingを積めるものかなあ。まあNPOなら企業的な活動をしているケースが多いから積めることが多いでしょうが、留学というのは典型的なOff-JTだと思うのですが…。

 「同じ〇〇年度入社なんだから、全員同じ初任給でいいじゃない」と思う大雑把な人もいるだろうし、実際、そう考える大雑把な企業も中にはあるだろう。
 ただ、そういう会社には、半年間、昼寝をしていただけの学生しか集まらないはず。
 かつてないほどの厳選採用で、中でも自立型人材を欲しがっている企業が、昼寝をしていた学生を欲しがるだろうか。普通に考えれば、入口からの流動化に舵を切るだろう。

ちょっとわかりにくいのですが、半年間留学やNPO活動をしていたような学生は、それが高く評価されて、半年間昼寝をしていただけの学生より高い初任給を提示されるような企業を選ぶだろう、という意味でしょうか。まあ、留学やNPO活動の経験を高く評価する企業であれば、それに対して高い初任給を提示することは作戦としてあり得るかもしれないとは思います。
ただ、繰り返しになりますが留学やNPO活動をする学生は今でもいるわけで、にもかかわらず初任給が一律になっているのにはそれなりの理由があるわけです。たとえば企業にとっても学生にとってもポイント賃金である初任給よりは10年、20年といったレンジの長期的な賃金水準のほうがはるかに重要であり、実際問題わが国の初任給は企業規模が同じならあまり違わないのが実態です。その後に大差がついてくるわけで、そのときに留学やNPO活動をしていた学生が比較的高給を得る可能性が高く、昼寝していた学生が比較的薄給に甘んじる可能性が高い人事制度になっているかどうかのほうが学生さんにとっても初任給に差があるかどうかよりはるかに重要でしょう。まあ、中には少数かもしれないけれど昼寝をしていた学生のほうが結果的に良好なパフォーマンスを上げるということも往々にして起こるような気もしますが。

 企業側はこういった付加価値の高い秋新人をとりたがるだろうから、東大以外の大学もおいおい追随するはず。学生は内定後にギャップイヤーで付加価値を高めることに精を出すようになるはずだ。

いやだから東大卒を採るような企業においては留学にせよNPOにせよ「留学するような学生」「NPO活動するような学生」は採用後に鍛えて戦力になる可能性が高いだろうからということを評価しているわけであって、留学で得た能力とかNPO活動で得た能力とかを「付加価値が高い」といって有難がっているわけではないわけですよ(まあないよりはあったほうがいいかもしれませんが)。そんなものはそれこそ良さそうな学生を採用してから留学させるなり教え込むなりして育てればいいわけであって。したがって多くの企業では内定・卒業後はギャップイヤーではなく即座に入社して仕事をしなさいということになるのではないかと思います。いや中には入社までに3ヶ月以上留学しなければ内定取り消しだというアコギな企業が出てくるかもしれませんが、それで本当に内定取り消ししたときに合理性があるかどうかは微妙なような気がしますが…。
まあ確かに、城氏の思惑どおりに留学やNPO経験を企業が高く買うようになれば、それは学生さんもそれに合わせた行動をとるでしょうが、そうはならないわけで。
ということで以下は省略します。ともかくなんでもかんでも「流動化」に結び付けて論じてしまう城氏らしいエントリではあるわけで、まあ期待を裏切らないなあというところでしょうか。