尾高煌之助・松島茂・連合総合生活開発研究所編『イノヴェーションの創出−ものづくりを支える人材と組織』

「キャリアデザインマガジン」第97号に掲載した書評を転載します。

イノヴェーションの創出 --ものづくりを支える人材と組織

イノヴェーションの創出 --ものづくりを支える人材と組織

 連合総研のプロジェクト研究から生まれた本だという。グローバル化が進展する中で、日本企業が良好な雇用機会を生み出していくには、産業革新、イノヴェーションが決定的に重要となる。働く人たちが実力を発揮し、満足のいく職業生活を実現し、自己実現をはたすには、なにを考え、どう行動すべきかという問題意識は、労働組合系のシンクタンクにまことにふさわしい。このプロジェクトでは、この課題に対して、比較的情報蓄積が豊富な製造業を中心とした諸産業に対する聞き取り調査を中心に取り組んだ。
 まず第1章では、トヨタ自動車の事例をもとに、製品技術・生産技術・製造技術などの各分野の技術者がそれぞれの領域に特化して働くだけではなく、互いに連携することを通じ、その相互作用によって連鎖的にイノヴェーションが創出されるという」が仮説として提示される。
 第2章以降は、それを検証すべく、具体的な事例研究となる。第2章では自動車部品二次サプライヤー、第3章では産業機械(紛体機器)、第4章では鉄鋼(薄板鋼板)、第5章では化学(汎用樹脂)、第6章では製造業を離れて情報通信、そして第7章ではソフトウェア産業が取り上げられる。
 これらの各章でも、そのあり方や促進のしくみにはニュアンスの相違があるものの、「技術の相互作用」は確実に観察される。製造業では、人事異動を通じたキャリア形成や、取引先との人事交流、各分野の技術者が集まるプロジェクト・チームの設置や、各分野の橋渡しを担う組織の常設といったものが重要な役割を果たしている。第6章の情報通信においては、研究開発から事業化の間にある「死の谷」を克服するための、グループ企業横断的な総合プロデュース活動の役割が紹介される。第7章はわが国の「弱い分野」であるとされるソフトウェア開発においても、いわゆる日本的な雇用慣行・人事管理を強みとして競争力を高める可能性を指摘している。
 第8章では、今回の調査の範囲において、「技術の相互作用」がイノヴェーションに結びつく「職場連繋(linkage)モデル」が成立していること、それを可能とする環境として、職種・担当業務を厳格に運用せず、人々が他界に協力しあう「相乗り」型の日本の職場が適していることが示される。そして、この国際的な独自性が成立した制度的・社会意識的淵源が示される。著者らの結論は、グローバル化の中でもこのモデルは引き続き有効というところにあるようだが、しかし異なる業種・業態においてや、今後の環境変化の影響など、課題も多く指摘されている。
 この本は事例研究、それも成功事例のそれに基づくものであり、一般化には一定の留保が必要だろうが、しかしていねいな聞き取り調査から導かれた結論には説得力がある。もちろん、諸外国でもわが国に劣らずイノヴェーションが行われているわけだから、著者らの提示したモデルが唯一のものでは当然ないし、比較上優れているかどうかも確証があるわけではない。しかし、わが国のしくみが国際的にそれなりにユニークなものであり、しかもイノヴェーションを生み出す体系としてかなり効率的に成立しているのであれば、その独自性を国際競争に生かすべきとの主張は有力であろう。
 また、この研究では、製造技術、つまり製造現場の技能工の持つ技術の重要性を強調していることにも注目すべきだろう。多様な職場に働く多くの人がイノヴェーションの担い手となるこのモデルは、多くの人に希望と誇りをもたらし、一段のコミットをうながすのではないか。この点をとっても、安易な海外への追随は戒められるべきと思う。