「キャリアデザインマガジン」第95号に寄稿した書評を転載します。
日本型キャリアデザインの方法―「筏下り」を経て「山登り」に至る14章
- 作者: 大久保幸夫
- 出版社/メーカー: 日本経団連出版
- 発売日: 2010/03/01
- メディア: 単行本
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一方で、グローバル化が進展する今日においても、雇用慣行や労働市場といったものは基本的にローカルなものである。日米ではこれらにかなりの違いがあり、米国の理論を日本にそのままあてはめるのが難しい部分も出てくる。極端な話、米国ほどには転職が一般的ではないわが国においては、「キャリア・デザイン」と言われると「転職のすすめ=リストラの道具」という連想が働く場面も少なくあるまい。
とはいえ、わが国でも転職は増えているし、ひとつの勤務先に勤め続けるにしてもキャリアのあり方は多様化している。経済や企業組織が順調に成長していた時期には「新卒就職→ジョブローテーション→管理職昇進→定年退職」という典型的なキャリアモデルが存在したが、現在では転職に限らず子会社への出向や海外駐在、専門職としての昇進といったキャリアも加わり、ジョブローテーションのあり方も変わってきたし、管理職になれば定年まで管理職とも限らなくなっている。こうした中で、わが国の雇用慣行や労働市場の実情にマッチした、日本型のキャリアデザインを考える必要性が高まっているように思える。
この本は、わが国における「日本人・大卒・ホワイトカラー・男女」のキャリアデザインの方法について、著者がこれまでの研究成果などをもとに日本人の理想的なキャリア形成モデルとして提唱している「筏下り型のキャリアから山登り型のキャリアへの転換」を中心に記述している。「筏下り」が職業キャリアの前半期、「山登り」が後半期のモデルである。
職業キャリアの前半、とりわけ初期においては、自らの能力、適性、希望などが必ずしも明らかでない。この時期には、ゴールを意識せずに、あたかも激流を筏で下り、流れにもまれるように、おかれた環境の中でさまざま仕事に前向きに打ち込むことを通じてさまざまな経験を積み、職業人としての基礎能力を高めていく。
職業キャリアの後半においては、筏下りの時期に培った強みや専門性などをふまえて自らゴールを見定め、主導権を持って計画的・戦略的に、まさに山登りのようにプロフェッショナルへの道を進み、頂点=ゴールを極めることをめざす。
重要なのは、筏下りから山登りへの切り替えで、著者は仕事を始めてから十年から二十年を想定する。筏下りも経験を重ねれば楽になる。そのまま筏下りを続けるのではそれ以上の成長はない。自分の能力、適性、希望などを自分なりに把握し、自らの将来のゴールをイメージできるようになったときが山登りへの切り替えの時期だという。
この本では、こうしたキャリア形成モデルをふまえて、その方法論を14の章に分けて解説している。第1章から第4章は、キャリアやキャリアデザインに関する基本的な知識の解説と、筏下り・山登りモデルの概観にあてられる。続く第5章から第9章までは、「筏下り」の時期に獲得すべきものやそのために取り組むべきことの具体的な解説となる。第10章から第13章までは「山登り」の時期に関するもので、ゴールとなるべき「プロフェッショナル」の姿と、それをめざす上での心構えなどが中心となる。第14章では、ゴールに到達して山登りが終了したあとのキャリアについて述べられる。
この本の最大の長所は、わが国の労働市場、人事管理などの実態に即応した、非常に現実的な内容となっている点だろう。著者の長年の研究成果や経験に基づいて構想された「筏下り・山登りモデル」は多くの人の実感に合うものだろう。具体的な「方法」についても、現実に働く人たちがイメージしやすいものとなっていて、とりわけ「筏下り」の部分は具体的で明快だ。全体的に理論的な解説などは必要最小限にとどめ、ポイントを要領よく、わかりやすく記述していて、短時間で読みきれる上に頭に残るものが多い。
いっぽう、不満もなくはない。「山登り」の特に後半においては、当然ながらその達成は多くの人には困難なものとなる。内容的にも観念的なものが増えてくるのも致し方のないところだろう。しかし、いかに身の丈にあわせて応分の「山」を選ぶにしても、大多数の人のキャリアはその中腹でとどまるのではないか。そのときにどのような方法があるのか。多くの人にとってはいずれこちらが主な関心事になるだろう。そこでの「方法」についての記述がもっとあってもよいのではないだろうか。もちろん、限られた紙幅の中で限界があることはやむを得ないわけだが。
著者には日経文庫にも2分冊となった「キャリアデザイン入門」というテキストがあるが、この本ではさらにコンパクトにキャリアデザインのエッセンスが凝縮されている。キャリアデザインに関心を持ちはじめた人が初めて読む本としては最適の一冊として広くお薦めしたい。