岡沢憲芙・連合総合生活開発研究所「福祉ガバナンス宣言−市場と国家

福祉ガバナンス宣言―市場と国家を超えて

福祉ガバナンス宣言―市場と国家を超えて

hamachan先生からご恵投いただいた(のだと思うが)本です。ありがとうございます。
12人の錚々たる論客が各1章を執筆し、得意分野における提言をコンパクトにまとめているのに加え、さらに補遺的にポイントとなる論点に関する執筆者の対談を加えるという構成になっています。全体に社民主義色が強すぎて、「保守おやじ」を標榜する私にはついていけない部分も多々あり、正直言って読み進めるのにいささか苦労した部分もありましたが、もちろん注目すべき指摘も随所でなされており、なかなか面白い本でした。きちんと読み切れているわけではないという前提で以下簡単にコメントを。

総論/宮本太郎「新しい福祉ガバナンスへ」

いきなりかなり読みにくいのですが、これだけ多数の論客が自説を展開し、しかも全体の整合性には取り立てて配慮していないという状況で、いわば「解題」を執筆しているわけですから、まことに苦心の作というべきでしょう。

第1章/濱口桂一郎「生涯を通じたいい仕事」

「生涯を通じて仕事におけるキャリア形成と自分自身への投資、家族への責任を並行して遂行していけるような男女共通のモデル」というのは、まさにキャリアデザインそのものですが、逆にキャリアデザインという観点からは多様な選択が可能であること、つまりいかに多くの「モデル」が存在しうるのかが大切な価値観になると思います。公的な介入が画一性を強めるというトレードオフ関係の有無には注意が必要でしょう。

第2章/白波瀬佐和子「不平等感の高まり」

「仕事が自らの裁量の余地なく一方的に押し付けられ、仕事にやりがいを感じられないとき、人々は世の中に不平等を訴える傾向を強める。不平等感が報酬の高さだけではなく、仕事内容に深く関連している点は見落とせない」という指摘はきわめて興味深いものがあります。いわゆる「格差問題」は、事実がこうだからこうだ、という議論だけでは解決しないということとともに、かといってこういう強い感情があるから事実もこうであるはずだ、という議論に陥りがちだということも示唆しているように思われます。

第3章/広井良典「新たな時代の社会保障・医療政策を構想する」

「今後重要となるのは、土地や自然資源及び資産などの「ストック」への課税とそれを通じた「富みの再分配」である」という主張には同感です。所得が消費されているうちはともかく、資産となると格差の固定につながるのではないか、という感覚を通じて、これは昨今の「格差」をめぐる国民感情にも一致するのではないでしょうか。

第4章/駒村康平「就労を中心とした所得保障制度」

どこまでやるかという程度問題はあるでしょうが、考え方としては非常に納得のいく提言だと思います。

第5章/後藤玲子「社会的公正と基本的生活保障」

この章は私には理解不能でした。

第6章/斉藤弥生「女性環境の整備と福祉」

北欧キター(笑)

第7章/武川正吾「東アジアから見た日本の福祉ガバナンス」

たしかにこの分野では欧米の情報は豊富ですが、ご近所の情報はあまりないように思います。知識としてたいへん面白く参考になりました。「所得の再分配ではなく機会の再分配」というのはキャッチフレーズとしても面白い。

第8章/坪郷實「福祉多元主義の時代」

シミンシミンと蝉の声(笑)それはともかく、これは「参加保障」を超えて「参加強要」という印象で、どことなくソヴィエト連邦を思い出します(根拠のないいいがかりです)。参加しない自由を認めないには相当の「洗脳」が必要になるのでは。

第9章/久塚純一「社会連帯の創造と排除」

言語学キター(笑)十年前くらいまではこの手の議論が大好きだったので、若い頃を懐かしく思い出しました。私は国民年金は消費税方式論者ですが、こういう持っていきかたもあったのかと。

第10章/神野直彦「マクロの経済発展と福祉」

「参加保障」はともかくとして、資産性所得への課税強化による再分配の強化については基本的に賛成です。

終章/岡崎憲芙「生活様式の変容と福祉ガバナンス」

なんか突如として組合運動になってしまって唐突。それにしても、この文章は読みにくいですね。


全体を通じては、大筋の方向性は合っているとしても、それぞれの論者によって志向は各人各様なので、全体像としての「福祉ガバナンス」なるものがすっきりとは見えにくいという印象です。なんか、ものすごい「巨大政府」になりそうな。