年次有給休暇の取得促進策は

ついでに城氏のブログの前後のエントリも読んでみたところ、労働政策について言及したエントリがいくつかありましたので、リスクはありますが(笑)、期待しておられる向きもあるようなので(笑)、これらを材料に少しコメントを試みたいと思います。
まずは上のエントリのひとつ前、4月26日のエントリです。タイトルは「有給取得率の引き上げという政策自体がおかしい」。
http://blog.goo.ne.jp/jyoshige/e/0f7526440c3671e6abf6b4109a2c3510

…このたび政府が新成長戦略の一環として、この有給取得率の引き上げを目指すらしい。

 ただ、残念ながら、目標の達成は困難だろう。
 問題の本質ははっきりしていて、業務の切り分けが曖昧な職能給制度が原因だ。
 このシステムだと、個人レベルで「効率的にちゃっちゃっと終わらせよう」というインセンティブが絶望的に弱い。
 下手をすると「バカ野郎、やる気あるのか!」と言われてしまう(実際、僕は言われたことがある)。

 対策は言うまでもない。「業務の仕分け」を行い、担当業務を明確化して裁量も与えればよい。
 当然、賃金は横並びや時給ではなく、それぞれの結果に対して賃金を支払うのがのぞましい。
 日本以外の国では普通にやっている話だ。

 とはいえ、とりあえず的な対症療法もあるにはある。
 上場企業については、何らかの形での取得率の公表を義務付けたらいい。
 こういう横並びデータでの落第を人事部は何より嫌うので、相当本気になって取得率を引き上げにかかると思われる。何より、「全社平均の取得率5日!」なんて公表されたらメチャクチャかっこ悪いし、学生もこなくなるはず。大手が率先して休ませるようになれば、中小にも多少の影響はあるだろう。
http://blog.goo.ne.jp/jyoshige/e/0f7526440c3671e6abf6b4109a2c3510

まず、私が城氏の見解に賛同する点をあげますと、「目標の達成は困難」「業務の切り分けが曖昧な職能給制度が原因のひとつ」「取得率の公表を義務付けることで多少は取得が進む可能性がある」…といった点にはまずまず同意見です。
厚生労働省が2007年に実施した「労働時間等の設定の改善の促進を通じた仕事と生活の調和に関する意識調査」という長い名称の調査結果をみると、年次有給休暇を取得しない理由として(複数回答)約3分の2の人が「みんなに迷惑がかかる」を選択しています。次いで「後で多忙になる」は約半数が、「職場の雰囲気で取りづらい」は約3分の1が選択しています。「みんなに迷惑がかかる」とか「職場の雰囲気で」とかいうのは、日本企業がチームワーク重視で、職務分担に強くこだわらず「忙しい人を手伝う」組織運営を行う傾向があることの反映でしょう。職能給もそれに適合した賃金制度として採用されているわけですから、それも年次有給休暇の取得が進まない一因であるとは言えると思います。
ただ、それが「効率的に働こう」というインセンティブを阻害しているかどうかは別問題で、むしろ出来高払のウェイトの高い外勤営業職などの職場のほうが「営業成績が悪いと、付随する仕事も少なくて休める、早く帰れるはずなのに、休みにくい、帰りにくい雰囲気がある」という話も聞きます。本来、チームワークはうまく機能すれば休みは取りやすくなるはずなので、制度というよりは職場運営の問題なのでしょう。実際、休んだときに誰かが代わりにその日の仕事を片付けてくれる職場であれば「後で多忙になる」ことはないわけですし。「バカ野郎、やる気あるのか!」という乱暴な表現が使われている職場ではマネジメントがうまくいっているとは思えませんから、城氏はたまたま悪い職場にあたってしまったのでしょう*1。また、「みんなに迷惑がかかる」というのには、制度や雰囲気の問題もさることながら、単に仕事が多いとか人手がギリギリとかいう問題によるものも多いと思われます(この調査には仕事が多いとか人手が足りないとかいった選択肢がありませんので)。「後で多忙になる」の回答も多いことから推測すると、こちらの事情のほうが大きいのではないでしょうか。
ということで、城氏の提案する対策には私はあまり賛成ではありません。私は日本で年次有給休暇の取得が進まない最大の理由のひとつは、取得するかしないかが労働者の判断に任されていることにあるのではないかと思います。実際、本当に休みたいのに人員不足で休めないのであれば、団体交渉でも労使協議でもなんでも、「今年は定昇はなしでいいから、もう少し休めるように人を増やしてください」と要求・要望すればいい話で、そういうことにならないのは、働く人の大勢は「定昇がなくなるくらいなら休めなくても仕方がない」と考えているということでしょう。
ですから、年次有給休暇の取得率を上げるには、時季指定権を使用者に移した上で完全取得を使用者に(事実上労働者にも)義務付けるのが有効ではないかと思います。取得率の高い大陸欧州では普通に行われていることです。
あるいは、年次有給休暇の買い上げを認めて、買い上げた分も取得したとして取得率の計算に入れるという方法も効果的でしょう。米国では普通に行われていることです。もっとも、これは「休養する」という年次有給休暇制度の趣旨には反するわけですが…。
城氏の提案する「上場企業については、何らかの形での取得率の公表を義務付け」というのも一定の効果がありそうです。というか、そもそも組合のほうでは業界内で情報交換して、「ライバルの○○社に有給休暇の取得率で負けている」といった団体交渉や労使協議は普通に行われているわけで。ただ、これは気にしない使用者は気にしないでしょうから、労働サイドがしっかり頑張って経営サイドをその気にさせる必要がありそうですが。また、城氏も指摘しているように、労組のある企業、大きな企業ほど年次有給休暇の取得は進んでいるわけなので、効き目のあるのは本当に「全社平均の取得率5日!」(??取得率5%?取得日数5日?どっちだろう?)というような新興の上場企業に限られそうです。まあ、それでも非上場企業への波及も含めて多少の効果はありそうです。総会屋もとい株主オンブズマン株主総会で利用するかもしれませんし。
なお、城氏の提言は「「業務の仕分け」を行い、担当業務を明確化して裁量も与えればよい。当然、賃金は横並びや時給ではなく、それぞれの結果に対して賃金を支払うのがのぞましい。日本以外の国では普通にやっている話だ。」というものですが、年次有給休暇の進んでいる欧米ではたしかにジョブ・ディスクリプションが普及していて職務給になっていることが多いのですが、賃金は中央団体交渉で横並びで決まる*2ことが多く、時給労働者の割合も日本よりはかなり高い(現業労働者まで月給というのは日本の特徴です)はずなので、「日本以外の国では普通にやっている話」かどうかは疑問が残ります。

*1:ただ、違う表現の発言を城氏がそのように受け止めたということであれば、これは城氏としては「効率的に働いた」と思っていたのに対して、上司などの目からみれば「もっとじっくり、ていねいに時間をかけてやらないと成長しないよ」という指導をした、というコミュニケーションギャップだったという可能性もありますが。

*2:ローカル単位で交渉して差が出ることはあるようですが、ローカル内部では横並びであるには違いありません。