経労委報告に対する連合の見解・反論その2

間が開いてしまいましたが、連合の経労委報告に対する見解と反論の続きをとりあげます。各論の(2)からになります。

(2)非正規労働者の処遇改善について

 「報告」は、雇用の多様化を容認すると言いながら、労働条件となると「個別労使で解決できる事項であるかを十分検討した上で慎重に対応する」べきとするなど、非正規労働者を増やしてきた当事者としての認識に欠けると言わざるを得ない。
 労働市場が変化している今、労使が均等・均衡処遇に向け、努力していくことが不可欠であり、使用者側の積極的な対応を期待したい。
 また、同一価値労働・同一賃金の考え方について「将来的な人材活用の要素も考慮して企業に同一の付加価値をもたらすこと」を前提としてその場合に同じ処遇とするとしているが、これは現実的には同一価値労働・同一賃金を否定しているものと同じと考える。
 さらに、「見かけ上、同一の労働に従事していれば同一の処遇をうけるとの考え方には問題があるとしているが、これは、改正パートタイム労働者法の趣旨を理解していないと言わざるを得ない。

改正パート労働法の趣旨を理解していないのはどっちだ。パート法8条は、正社員(通常の労働者)との差別的取り扱いが禁止されるのは「通常の労働者と同視すべき短時間労働者=職務同一短時間労働者」、具体的には「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度からみてその職務の内容が当該事業所における通常の労働者と同一の短時間労働者であって、当該事業主と期間の定めのない労働契約を締結しているもののうち、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの間において当該通常の労働者と同様の態様及び頻度での職務の変更が見込まれる者」であると定めています。この趣旨はまさに「見かけ上、同一の労働に従事していれば同一の処遇をうける」との考え方はとらず、責任の程度や転勤、昇進などのキャリアまで含めて考えるべきということです。改正パート労働法の趣旨は主として「均衡」を重視しているのであり、連合が「見かけ上、同一の労働に従事していれば同一の処遇をうけるとの考え方」をとるのであれば、それこそパート労働法の趣旨を理解していないと言わざるを得ません。ときに、引用中の「改正パートタイム労働者法」というのはママなのですが、なんとなく耳慣れないのですが、まあ意味はわかりますが…。これはそのうち直るかな。
なお、「現実的には同一価値労働・同一賃金を否定しているものと同じと考える」というのはある意味そのとおりで、hamachan先生もご指摘のとおり(http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-fb7d.html)、ここでの経団連の「同一価値労働・同一賃金」の用法は法哲学の一般的定義とは異なる定義によっていますから、そういう意味では一般的定義としての「同一価値労働・同一賃金」を現実的には否定しているからです。その善し悪しは別問題で、とりあえず連合見解は事実の指摘としては正しいといえるでしょう。
うろ覚えなのでまったく自信はないのですが(誤りがあればご指摘ください)、「同一価値労働同一賃金」という語は、日本では連合などの労働サイドが、日本は職務給じゃないし職務分析も一般的じゃないから同一労働といっても難しいよな…といった文脈で、おそらく法哲学上の定義とは別に使い始めたように記憶しています。その後、賃金だけじゃないだろう、ということで「同一価値労働同一労働条件」と言っていた時期もあったように思います。これに対抗してかどうか、旧日経連などは「同一生産性同一賃金」という語を用いていたこともあったはずです。いずれをとっても、言わんとしていることはわからないではないけれど、でも突き詰めて考えようとすると意味不明だなあという印象は禁じ得ず、同一労働同一賃金というときには意味を慎重に考える必要があるように思います。

  • (2月1日追記)hamachan先生からご教示をいただきました。http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-c686.htmlどうも、博学をもって鳴るhamachan先生にも定かではないとのことですので、これは私の思い違いか思い込みなのかもしれません。
  • (2月1日追記)ふと思いついたのですが、経団連の言い分も、無理に広義に解釈すれば労働者のキャリア全体をみて同一価値なら同一報酬だ、という意味でペイ・エクイティなのだ、と強弁することもできなくはないのかもしれません。長期雇用では、個別に比較すれば労働者個人のリスク軽減を念頭にキャリア全体で見た価値の違いほどには報酬に差はついていないわけですが、それでもなお同一価値の複数個人については同一報酬になっている(少なくともそうしようとしている)可能性はあるからです。まあ、ILO憲章の「同一価値の労働に対する同一報酬」は大陸欧州型の職務給を念頭においているわけでしょうが。

(3)労働分配率について

 使用者側は、昨年までのように労働分配率が下がっている時期には「労働分配率は賃金決定の基準となりえない」としている。しかし、分配率が今年のように上がったときには、歪みなく分配されているとするなど、そのときどきに応じて主張に違いがみられる。これは、生産性基準原理においても同様である。
 また、「報告」では、連合の「労働分配率はあまり伸びていない」との主張を事実誤認としている。これは、両者の算定方法が異なるためである。使用者側は分母に売上高から売上原価、販売費・一般管理費等を引いて算出される営業純益等を用いているが、このやり方では不況時には当然ながら分配率が跳ね上がることになる。それに対し、連合はGDPベースで算定しており、これの推移をみると労働分配率は今回の景気拡張局面に入って以降大きく低下し、その後低い水準をおおむね横ばいで推移していることに間違いはない。同様に付加価値についての記述もみられるが、日本経団連とは付加価値の計算の仕方が異なる。

だからこの議論はもうおやめなさいって。このブログでも繰り返し紹介していますが、労働分配率の計算方法は何種類もあって、その結果も異なってきます。ここにわかりやすい解説があります。JILPTGJ。
http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/kako/documents/2_p20-25.pdf
どれをとってもあれこれとバイアスが入り込むわけですし、都合のいい結果だけを持ち出して議論してみてもあまり意味はないでしょう。経団連にしても、経労委報告で使っている数字は簡便で、各国で国際比較に多用されているものですが、だから適当だとも言えません。経団連としてみれば、連合だけでなく民主党などもこれを担ぎ出してあれこれ言うので応対せざるを得ないということなのかもしれませんが、こういう筋の悪い議論にいつまでもお付き合いするのもいかがなものかと思います。

(4)株主配当や役員報酬について

 「報告」は、「株主への利益還元を表す配当性向は低い水準にある」「付加価値をどのステークホルダーに重点的に配分するかは企業の実態や成長段階によって異なる」としており、相変わらず株主中心主義を捨てていない。配分の偏重の是正に対しても後ろ向きな姿勢が窺える。企業が成長の成果を労働者へ適正に配分しなかったことが今日の深刻な格差問題を生み出していることは事実であり、遺憾と言わざるを得ない。
 また、「景気拡大期において利益を株主に分配した」ことを問題視する意見があるとしているが、連合は労働側に対しては配分を低く抑えているにもかかわらず、株主や役員に対しては配分を増加させたことが歪みの拡大につながっていることを指摘したのである。株主等への配分を減額することで労働分配率をアップさせたり、賃金の引き上げを主張したわけでない。

「付加価値をどのステークホルダーに重点的に配分するかは企業の実態や成長段階によって異なる」というののどこが株主中心主義なのか理解に苦しみます。これって、企業の実態や成長段階によって、株主に重点的に配分したり、ほかのステークホルダーに重点的に配分したり、異なってくるということですよね?株主中心主義ってのは「企業の実態や成長段階にかかわらず、株主に重点的に配分する」ってことじゃないんですか?
それから、「連合は労働側に対しては配分を低く抑えているにもかかわらず、株主や役員に対しては配分を増加させたことが歪みの拡大につながっていることを指摘したのである。株主等への配分を減額することで労働分配率をアップさせたり、賃金の引き上げを主張したわけでない。」ということですが、この時期の株主への分配増はそもそも日本企業では株主への分配が少なすぎたことを是正するために行われたものでしょう。連合からみれば「歪みの拡大」かもしれませんが、労働界以外からは「歪みの是正」と評価されているはずです。まあ、このあたりは立場により価値観によって評価が異なってくることは当然ですが、それにしても「歪みの『拡大』」ということは、連合は株主への分配が増える前の状態であってもすでに「株主への分配が多すぎる」と考えていたということになります。これは少々常識を外れているように思われますが…まあそういう評価もあるのかもしれません。
なお、配当は増やすのはけしからんが減らさなくてもよい、労働者への分配は増やせ、ということになると、その分は投資(といずれ投資される内部留保)を減らせ、ということになります。しかし、将来に向けての設備投資や研究開発投資を安易に減らしていいものなのかどうか…。まあ、リターンの少ない無駄な投資をするよりは労働者に分配したほうがマシな状況はありうるとは思いますが。

(5)最低賃金について

 「報告」では、最低賃金の引き上げのためには、「中小企業の恒常的な生産性向上が前提となる」「厳しい経営環境にある中小零細企業にとって人件費増加による経営の影響ははかりしれず、結果として採用や雇用安定に多大な影響を及ぼし、働く人々の安心が確保できなくなる」とするなど最低賃金の引き上げについては極めて消極的な態度を示している。
 しかし、非正規労働者が増加し、年収が400万円以下の者が全労働者の6割近くを占めている今、最低賃金制度の役割は従来にも増して大きくなっており、ただでさえ低いわが国の最低賃金の水準を引き続き、引き上げていくことが必要である。
 一方、特定最賃についても今年も従来からの「屋上屋となっている特定最賃は廃止すべきだ」という主張を繰り返しているが、これは、改正最低賃金法の趣旨をないがしろにするものであり、それこそ労使自治を否定するものである。

まあ、これは当然ながら引き上げの効果と影響を総合的に考慮する必要があるわけで、連合が効果を主張し、経団連が影響を懸念するのはわかりやすい図式ではあります。ただ、以前もご紹介しましたが(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20091126)、一橋の川口大司先生らの研究で、最低賃金水準で働いている労働者の家計面からみた属性をみると、最も多いのは世帯年収500万円以上の世帯の非世帯主で、実に過半の50.5%となっていることなどが明らかになっており、最賃引き上げの政策的効果は過大評価されすぎているのではないかと思われます。

(6)ワーク・ライフ・バランスについて

 「報告」は、「総実労働時間が減少しているときにこそ、・・働き方の見直しに知恵を絞る必要がある」としている。これはわれわれと同じ考え方である。長時間労働の是正には、企業は労働時間管理の徹底とともに、事業の生産計画とセットで仕事量に対応した適正な人員配置を行うことが重要であり、そのことからの長時間労働是正に対する企業の真剣な取り組み姿勢を示すべきである。日本経団連としての指導力を期待する。
 しかし、使用者側が主張するワーク・ライフ・バランスは、あくまでも「生産性向上によるワーク・ライフ・バランスの実現」であり、賃金抑制の一つの手段としてしかとらえていないことは極めて残念と言わざるを得ない。
 また、「法的な措置に委ねることなく、個別労使の取り組みを推進するという観点から政策を進めることが重要」としているが、ワークルールの整備など法的措置を含めた取り組みをすすめていくべきである。

「仕事量に対応した適正な人員配置を行うことが重要」というのはそのとおりなのですが、時間外労働を削減して長時間労働を是正しようとすれば、当然ながら残業代が減りますし、時間外労働に雇用調整機能があることを考えれば増員分は有期契約の非正規労働にならざるを得ません。まあ、このあたりは連合も容認しているのだろうと思います。
「生産性向上=賃金抑制の手段」という発想はまことに貧困極まりないと感じるのですが、連合傘下には生産性運動に否定的な組織もあるので、これは致し方のないところなのでしょう。

(7)割増率の引き上げについて

 「報告」は、労基法改正に伴う割増率引き上げの努力義務について「割増率が引き上がったことによる総額人件費の影響について留意する必要がある」としているが、こういった主張は法改正の趣旨を理解していないと言わざるを得ない。また、世界各国の大勢は、時間外50%、休日100%であり、労働価値に対する評価を上げるためにも割増率の引き上げは重要である。

うーん、しかし、「影響について留意する必要がある」ことにも配慮しなければならない、という趣旨で努力義務にとどめたのだと思うのですが、違うのでしょうか?また、繰り返しになりますが時間外労働に雇用調整機能があることを考えれば、「世界各国の大勢は、時間外50%、休日100%」を主張するのであれば、解雇規制等についても世界各国の大勢に従うべきとの理屈になるわけですが、そのあたりはどうなのでしょうか。

(8)若年者雇用について

 昨年12月の今春卒業予定の新卒者の就職内定率をみると、大学生は73.1%、高校生は68.1%となっている。これは、調査開始以来、いずれも過去最低で、下げ幅も最大となり、これには緊急対応が必要である。
 「報告」でも「各企業において通年採用も含め、極力多くの新卒者の採用に努めることが求められる」としており、企業の社会的責任に期待したい。若年者雇用の問題は、社会的問題であり、具体的にどこでどのように雇用を創出していくか積極的に労使で検討した上で、政府も含めて詰めていくことが必要と考える。

きのうご紹介しましたが、経団連と連合は26日、「若年者の雇用安定に関する共同声明」を発表しました。
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2010/006.html