配当するなら賃上げせよ、という理屈

経団連の『2009年版経営労働政策委員会報告』が発表されたということで、今日の朝刊各紙はその内容と労働サイドの反応を伝える記事でにぎわっています。こういう状勢下ですからかなり厳しい内容になっているようで、まずは読んでみてから追い追い感想なども書いていきたいと思いますが、今日のところは朝日新聞に掲載されていたソニー中鉢良治社長のインタビュー記事が目をひきました。

 ソニー中鉢良治社長は16日、朝日新聞のインタビューに答え、業績の落ち込みについて「需要減の影響が一番大きい。これほどとは思わなかった」と世界同時不況が予想を超えた打撃を与えたとの認識を示した。また「雇用を優先して損失を出すことが、私に期待されていることではない」と収益改善を急ぐ姿勢を強調した。

 ────正社員8千人の削減を含むリストラを発表したが。
 「待っていれば回復するような経済状況ではないことから、緊急避難の改革では通用しない。広く、深く、早く手を打たないといけない状況になった。ただ人員削減は、まだ不十分だというアナリストの指摘もある一方で、日本では『企業エゴでいいのか』と批判される。経営者の立場から言えば、利益を出すことを、あきらめることはできない。雇用を優先して、損失を出すことが、株主から私が期待されたことだとは思わない」
(平成20年12月17日付朝日新聞朝刊から)

「日本では」というのがヒネリの利いたところで、「米国なら首切り自在なんだが」という含意があるのかないのか、いずれにしても「企業エゴと言われたって、利益を出さなくていいってわけにもいかないし」という経営者の苦しい心情がなかなか率直に表明されています。「雇用を優先して損失を出すことが株主から私が期待されたことだとは思わない」と言われると(これはこれでソニーらしいという気もしますが)、社会から企業経営者に期待されていることもあるんですけど、と突っ込みたくもなりますが、それでは損失を出してまで社会の期待に応えろというのか、と反論されるとなかなか難しい議論になります。
ただ、今の状況で労組が突っ込むとしたらここしかないのではないかなあ、という感じもしないではありません。損失を出せとまでは言わないまでも、雇用を削減してまで配当を出す(さらには維持する、もっとさらには増やす)のはどんなものなのかと。実際、今朝の中日新聞の社説によれば「東証一部上場企業の来年三月期決算の配当金総額は久しぶりに減額になるとはいえ、今年とほぼ同額程度を確保する見通しだ。年間配当を増額・維持する企業もかなり多い。日本企業に余力はある」ということだそうです。
きのうご紹介した連合の高木会長のインタビュー記事を読んで、どうしてここを言わないのかなあ、これが一番の旗の振りどころではないかと思うんだけど…などと考えていたのですが、連合がきのうさっそく発表した連合見解「日本経団連「2009年版経営労働政策委員会報告」に対する連合見解と反論」の中には一応「非正規労働者を解雇してまで利益を配当に回すという経営を「雇用の安定に努めてきている」と言うのでは、到底、経営者の言う「雇用の安定」を信用することはできない」「マクロの配分の歪みに対し、株主重視・従業員軽視の経営姿勢をあらため、バランスのとれた公正・公平な配分に是正する必要があると主張している」などとの文言が入っていますので、それなりに意識はされているようです。高木会長も、きのうの記者会見では「非正規労働者を解雇してまで利益を配当に回す経営を信用できない」と批判したそうです(平成20年12月17日付中日新聞朝刊)。連合の立場からすればあれもこれもそれもどれも…と総花的にならざるを得ないのかもしれませんが、現下の経済状況、企業業績の現状をみれば、ここの一点突破をはかるしかないのではないかという気もします。実際、同じ利益を配分するなら株主より従業員に配分したほうが海外流出は少ないですし、消費に回る可能性もおそらく高いでしょうから、マクロ経済の観点からは優れているともいえそうです。

  • 以下、「賃上げ」という言葉を使いますが、必ずしも月例賃金のベースアップだけではなく、賞与の増額という形もありうると思います。この方法の違いも重要な論点でしょうが、今日のところはそこは捨象します。

もっとも、経営の側も無意味に配当を維持しているわけではないでしょう。企業ガバナンス論議がさかんになったのは1990年代の半ばから後半にかけてではないかと思いますが、そこでは「日本企業はこれまであまりにも株主の利益を軽視しすぎていた」ということはコンセンサスだったと言っていいと思います(それではどこまで重視すべきなのか、という点については非常に幅広い意見があるわけですが)。そうした中で、日本企業はもっと配当(性向)を上げるべきだということで、現在に至るまでそれが漸進的に進められているわけです。こうした状況下では、企業としても「株主を軽視していない」という姿勢を示し続けるためには、業績が悪化したからといって簡単に配当を減らすわけにはいかない、増加傾向を止めるわけにはいかない、という事情はあるでしょう。
これは企業がどのような配当政策を標榜しているかにもよるかもしれません。わが社は安定配当を行います、計画的に配当性向を高めます、と株主に約束しているのであれば、あまり業績動向に左右されることはできないでしょう。ただ、全体的な傾向としては、株主軽視が指弾されはじめた当時は「かつての日本企業の安定配当政策が株主軽視につながった」という意見が有力で、どちらかというと利益配分重視の方向性が打ち出されていたように思います(自信なし)。だとすれば、やはり業績悪化時には配当を減らすというのが筋ではないかという気はします。株主からしてみれば、株価下落ですでに大いに痛手を被っているのだから、配当くらいしっかり出して穴埋めしろ、という言い分もあるかもしれませんが、それは株主投資につきもののリスクと考えるのが一般的でしょう。
もっとも、それでは企業に配当を減らして雇用維持、賃上げせよと言ったところで、最終的に利益処分を決めるのは株主総会なので、仕組み上は結局は株主の意向が反映されざるを得ません。もし、経営者が株主総会に「業績は悪化していますが物価上昇に応じてベアを行いました、仕事は行き渡りませんが非正規雇用も含めて雇用も守りました、このようにわが社は国民経済・社会に貢献いたしましたので無配といたします」という提案をしたら、はたして承認されるかというとかなり疑わしいものがあります(まあ、これはかなり極端な例ではありますが)。取締役選任の提案も否決されかねないでしょう。経営者としてみれば、われわれとしても限界はあるよ、というところで、労組としてもなかなか持ち出しにくい話なのかもしれません。
また、「非正規がどんどん職を失っているのに配当を増やすのか」というのは、「非正規がどんどん職を失っているのに賃上げするのか」というのと同じように、情には訴えるのですが、「株主重視・従業員軽視の経営姿勢をあらため」とまでいうにはそれなりの理屈は必要です。具体的には、利益処分をするときに何にどのように配分するのが企業にとって望ましいのか、ということで、たとえば研究開発投資や設備投資を継続的に行っていけば企業が成長し、利益も増加することが期待できるなら、内部留保を手厚くしてこれら投資に振り向けていけば、それは結局は業績向上を通じて雇用の増加や労働条件の向上、あるいは株価の上昇や配当の増加にもつながるので従業員や株主も納得できるでしょう。同様に、従業員がイノベーションや生産性向上などで業績に貢献するのであれば雇用や賃上げに多くを配分すればいいし、株価・株主価値を高めて企業防衛を強化したり資金調達を容易にすることが業績に貢献するのであれば配当を大きくすればいいということです。
ですから、投資はとりあえず置くとして、労組としては「株主の配当より従業員の雇用・賃上げに配分したほうが、より企業の成長が期待できますよ」ということを主張すればいいわけです。大方の上場企業のように経営が安定している企業であれば、株主に配分するよりは従業員に配分して意欲・生産性の向上をはかったほうが得策ということも多いかもしれません(逆に、操業間もないベンチャーなどでは、株主に配分して資金の出し手を確保したほうが得策ということもあるでしょう)。このほうが「雇用維持は企業の責任」などといった観念論よりは説得力がありそうです。
もっとも、これは意欲や生産性の向上を通じて「業績に貢献する」という理屈なので、仕事がないのに雇用を温存する、といった直接的には生産性低下につながる対応とは相容れにくいという問題はあります。まあ、そうやって雇用を温存することが従業員の意欲を高め、ひいては生産性の向上にもつながるのだ、という理屈はあるかもしれませんし、実際そうやって戦力を温存しておいたほうが景気が反転したときにはより迅速かつ効率的に収益を高めていくことができそうだというのは見やすい理屈です。ただ、この理屈だと雇用温存が効果的なのは技能を蓄積した正社員であり、さほどの技能を持たない非正規まで温存する理由にはなりにくいかもしれません。仕事のない非正規の雇用を温存することが正社員の意欲を高めるかというと、これはなかなか難しい問題になりそうだからです。さらにいえば、非正規の雇い止めで人員も適正化し、大幅減益とはいえ利益も出ている、だったらそれは株主に配当するのではなく残った我々に賃上げで配分せよ…という理屈だって成り立ちうるわけです。
そうなったとすれば、いやそうではない、非正規も含めて雇用を維持することこそが労働者の連帯なのだ、と連合が旗を振って、単組や組合員がどこまでついてこられるか、労組の力量が試される局面になりそうですが、まあそこまでいくこともないだろうという気はしますが…。