キャリア辞典「人間力(4)」

「キャリアデザインマガジン」第79号に掲載したエッセイを転載します。


人間力(4)

 「人間力戦略研究会」の提言は平成15年4月10日に発表されたが、その直後の4月25日、フリーター対策や若年無業対策などを主眼とした「雇用対策に関する関係閣僚会議」が開催された。その経緯をみると主体的に動いたのは経済産業省であるらしく、文部科学相も会議に参加しているものの、人間力戦略研究会との関係はさだかではない。この会議は、同年6月10日に開催された第2回でその名称を「若者自立・挑戦戦略会議」とするとともに、早くも「若者自立・挑戦プラン」の取りまとめを行った。「ジョブカフェ」や「日本版デュアルシステム」などを提唱したこの「プラン」は、若年雇用問題の第一の原因として「需要不足等による求人の大幅な減少と、求人のパート・アルバイト化及び高度化の二極分化により需給のミスマッチが拡大していること」をあげ、需要不足要因を強調した。続けて第二の原因として「将来の目標が立てられない、目標実現のための実行力が不足する若年者が増加していること」と、供給サイドの要因もあげているが、「人間力」との語は使われず、人間力は若年雇用対策の文脈からはいったん姿を消した。
 これが本格的に復活したのは、定かではないがどうやら平成16年6月の「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2004」、いわゆる「骨太の方針2004」においてらしい。むこう2年間の重点項目のひとつとして『「人間力」の抜本的強化』が掲げられ、「関係4大臣による若者自立・挑戦戦略会議等の場で、平成16年中に雇用や教育面での課題を含む「人間力」強化のための戦略を検討する」などとされた。そして、これを受けて平成16年のクリスマスイブに若者自立・挑戦会議が発表した「若者の自立・挑戦のためのアクションプラン」では「国民各層が一体となって取り組む国民運動の推進」がうたわれ、「若年者雇用問題についての国民各層の関心を喚起し、若者に働くことの意義を実感させ、働く意欲・能力を高めるため、経済界、労働界、地域社会、政府等の関係者が一体となった国民運動を推進する。このため、「若者の人間力を高めるための国民会議(仮称)」を開催し、国民に向けたメッセージを「国民宣言」として取りまとめるとともに、若年者雇用に関する関心の喚起を図り、国民各層の自発的取組を促すため、各種セミナー、若者向けミニイベント等の広報・啓発活動等を展開する。」とされた。これをうけて、平成17年5月には厚生労働省が事務局となって第1回「若者の人間力を高めるための国民会議」が開催されることとなる。
 この「骨太の方針2004」から「若者の人間力を高めるための国民会議」に至る一連の動きの中では、「人間力」に対する再定義が行われた形跡はない。むしろ、国民会議の第1回の議事録をみると、ある出席者からは「人間力とは何かといえば、百人百様ではないか」、それについて「会議自体のコンセンサスをとっていかないと、議論がぶれていく」という趣旨の発言がなされている。そしてこれに対し、委員の一人であり、「人間力戦略研究会」の座長であった市川伸一氏は、研究会での議論を紹介する形で「職業生活、市民生活、文化生活を営む大人」を「人間力のモデル」とする考え方を示したが、必ずしも全体で共有されているかどうかは明らかではない。とはいえ、この時点でも一応は「人間力戦略研究会」での定義は一つのスタンダードであったとはいえそうだ。