キャリア辞典「人間力」(3)

「キャリアデザインマガジン」第78号に掲載したエッセイを転載します。


人間力(3)


 「人間力」に詳細かつ具体的な定義を与えたのは、平成14年に経済財政諮問会議が「人間力戦略」を打ち出したのを受けて平成15年に内閣府に設置された「人間力戦略研究会」であった。その報告書によれば、「この研究会の目的は、人間力という概念を明確にしつつ、その現状を分析し、今後の社会・経済の発展に結びつくような政策提言を行っていくことにある」ということだから、定義づけが重要な目的の一つと位置付けられていることがわかる。さらに報告書は、「文部科学省は、近年の教育改革の中で、自ら学び、自ら考える力などの「生きる力」という理念を提唱してきた。「人間力」とは、この理念をさらに発展させ、具体化したものとしてとらえることができる。すなわち、現実の社会に生き、社会をつくる人間をモデルとし、その資質・能力を「人間力」として考える」と述べている。この研究会の座長を教育学者の市川伸一氏が務めていることをみても、文部科学省が主導的な立場をとったことがうかがわれよう。
 さて、ここで与えられた「人間力」の定義は「社会を構成し運営するとともに、自立した一人の人間として力強く生きていくための総合的な力」というものだ。もっとも、報告書は「この定義は、多分にあいまいさを含んでいる。しかし、私たちは、人間力という概念を細かく厳密に規定し、それを普及させることをこの研究会の使命とは考えていない」とも述べていて、必ずしも厳格な定義を定めようというものでもないようだ。
 もっとも、これだけではいかにも抽象的なので、報告書は後段では「その構成要素に着目」して、さらに具体的な定義を行っている。以下の3要素をあげ、「これらを総合的にバランス良く高めることが、人間力を高めること」であるという。
(1)知的能力的要素
・基礎学力(主に学校教育を通じて修得される基礎的な知的能力)、専門的な知識・ノウハウを持ち、自らそれを継続的に高めていく力。また、それらの 上に応用力として構築される論理的思考力、創造力など
(2)社会・対人関係力的要素
・コミュニケーションスキル、リーダーシップ、公共心、規範意識や他者を尊重し切磋琢磨しながらお互いを高め合う力など
(3)自己制御的要素
・(1)(2)の要素を十分に発揮するための、意欲、忍耐力や自分らしい生き方や成功を追求する力など
 読めばもっともな印象は受けるのだが、これでもまだ抽象的で漠然としているという感もある。ともかく報告書はこの定義をもとにわが国における人間力の現状を概観し、「我が国の若年層において、人間力とりわけ学習意欲や就業意欲が「低下」している可能性が高い」と結論づけている。そのうえで、その原因を検討し、多岐にわたる政策提言を行った。
 もっとも、この報告書は残念ながら世間の注目を大きくは集めなかった。その後も文部科学行政の検討においてはたびたび参照されているが、その他の場面ではあまり活用されていないようだし、政策提言の実現度という点でも疑問符がつきそうだ。次に「人間力」が政策の表舞台に立つのは、この2年後の平成17年にスタートした「若者の人間力を高めるための国民会議」においてとなる。