キャリア辞典「人間力」(5)

「キャリアデザインマガジン」第80号に掲載したエッセイを転載します。

 平成17年5月に発足した「若者の人間力を高めるための国民会議」は、9月に第2回を開催し、「若者の人間力を高めるための国民宣言」を採択した。そこでは、「人間力」を「社会の中で人と交流、協力し、自立した一人の人間として力強く生きるための総合的な力である」として、「家庭、学校、職場、地域社会といった場を通じ形づくられる」と述べられている。そして「若者自らの自覚と努力も求められるところ」としつつも、「経済界、労働界、教育界、マスメディア、地域社会、政府が一体となって、若者の人間力を高める国民運動を推進する」との方針が示されている。それに続いて4つの宣言文があるが、それぞれ「子どもの頃から人生を考える力やコミュニケーション能力を身につけさせ、働くことの理解を深めさせる」「若者に広くチャンスを与え、仕事に挑戦し、活躍できる」「若者が働きながら学ぶことのできる」「やり直し、再挑戦できる」といった内容を含んでいる。そのあとに続く「国民運動推進の基本方針」は、政府、企業、学校、地域社会などの役割が縷々述べられており、さながら行政のやろうとしている施策の羅列という感があるが、若年雇用情勢に対する問題意識から厚生労働省が主体となっているものだけに、人間力はまずは「就職力」であり、就職後の就労を通じてさらに人間力が向上する、という構想になっているようだ。そのため、「基本方針」には企業の取り組みに関する事項として「若者に広くチャンスを与え、若者に雇用の場を提供できるよう努めます」「キャリア形成や教育訓練の仕組みを充実するなど、長い目で見た人材の育成に取組みます」「中途採用の拡大にも前向きに取り組み、フリーターなど安定した職についたことのない若者などについても、人物本位で採用し、育成に努めます」など、「企業の宣言」という体裁をとった行政の要請が多々織り込まれている。
 もちろん、行政としても「国民運動」の旗のもとにさまざまな施策を実施している。国民運動のサイトからひろいあげれば、ジョブカフェやヤングワークプラザをはじめとして、若者自立塾や地域若者サポートステーション、トライアル雇用、日本版デュアル・システム、YESプログラム、チャレンジファームスクール、働く若者ネット相談、その他各種セミナー・シンポジウム等々、ハコモノからマッチング促進、教育訓練など、まことに幅広く数多い。ジョブ・カードについてはサイトでの記載はまだなさそうだが、今年2月に開催された「国民会議」第5回の資料や議事録をみると記載があるので、これまた国民会議の取り組みの一環ということになるのだろうか。いっぽう、ハコモノのなかには、2003年にオープンし、いまやムダ遣いの代表として悪名高い「私のしごと館」も含まれていて、いささか「なんでもかんでも」の感もなくはない。
 さて、この「国民運動」で若者の人間力は高まったのだろうか。第5回国民会議の資料をみると、15〜24歳の完全失業率や大学・高校生の就職率、いわゆる「フリーター」の人数などはここ数年で顕著な改善を示しており、いわゆる「ニート」についても微減となっており、とりあえず「人間力」=「就職力」だとすれば高まったといえるかもしれない。もっとも、これらの数値には景気循環的な要素、すなわちこの間は基本的に景気回復期で人手不足傾向にあったことの影響が相当反映されていることは間違いない。循環的な要素ど政策努力の効果とがどれだけ寄与しているのかの判別はむずかしいだろうが、いずれにしても今後景気が後退局面に入ればこれらの指標も悪化することは避けられない。そのとき、若年雇用の悪化がどの程度にとどまるのかが、これら施策の試金石となるかもしれない。