賃金手渡しのコスト

ローカルネタです。火曜日の中日新聞から。これも労働問題には違いないでしょう。

 給与の現金支給を希望する教職員のため、愛知県の県立学校がタクシーで金融機関から現金を“輸送”していることが分かった。輸送費用は2007年度、県立学校で使ったタクシー代1100万円の半分程度を占め、県庁全体の7000万円余の1割近くに上った。
 県教委によると、県立学校176校の教職員1万2557人の大多数は口座振り込みだが、1校当たりほぼ2人となる344人が現金支給を受けている。教職員全員が振り込みの学校はほとんどない。
 県教委は毎月、各学校の銀行口座に現金支給人数分の給与を入金。銀行との距離や金額に関係なく、各学校の担当職員がタクシーで学校と銀行間を往復して運んでいる。
 地方公務員法で給与は「通貨で直接、職員に支給」とされており、振り込みに変更するには本人の申告が必要。強制できない以上、県教委総務課は「事故や盗難などの危険性を考えると、安全確保のためタクシー利用は妥当」との立場で、タクシー輸送は長年、慣例的に行われている。
岐阜県では県立学校の教職員5088人のうち12人、三重県では4400人のうち2人が現金支給されている。両県では銀行に運んでもらったり自家用車を使ったりしており、給与をタクシーで運んでいるのは愛知県だけ。
(平成20年7月8日付中日新聞朝刊から)

で、児玉克哉三重大学教授の「タクシー代だけでなく、銀行まで往復する人件費や手間を考えると、ばからしいコストがかかっているとしか言いようがない」という痛烈なコメントがついています(なぜ児玉氏のコメントなのかは実はピンとこないのですが)。
「タクシーだから安全ってわけじゃないだろう」とか「そもそもタクシーを使うのがムダ」とかいった議論はあるでしょうし、それはそれで労働者の安全確保という意味で労働問題ではあるのですが、今回は金融機関振込の話です。
この例は地方公務員法によりますが、労働基準法にも同様の定めがあり、賃金を金融機関等への振込で支払うには労働者の個別の同意が必要とされています。いかに本人名義の口座であっても、通帳等を他人に確保されてしまっている場合は、本人の意に反して賃金が本人の手にまったく渡らない、といった危険性はありますし、現実問題としては、かつては金融機関が遠いとか、営業時間が短いとかいった理由で、引き出しの手間に配慮するという事情もありえたでしょうから、本人同意を必要としなければ保護に欠ける恐れがあるということでしょう。もっとも今日では、労働者自身にとっても現金を持ち歩かなくてもいいという安全性に加え、公共料金やクレジットカード利用などの支払に金融機関口座からの引き落としを利用する労働者が増えたといったこともあり、むしろ利便性の高い賃金の支払・受取方法として金融機関振込は広く普及しています。
こうなると、今回のケースのように、例外的少数(この場合は3%弱)への手渡しをするためにこれほどのコストをかけるのか、という議論が出てくるのも自然な話で、実際、反省はあっていいのではないでしょうか。
実際、この少数の人たちがなぜ金融機関への振込に同意しないのかという理由が知りたいところです。もちろん、なにか事情があるのでしょうが、今日では金融機関窓口も現金自動支払(預払)機も広く普及しており、引き出しの手間ががまんできないほど大きいという労働者はさすがに少なくなっているでしょう。愛知県も広いですが、それにしても学校の教職員ですから、そうした労働者が3%近くにのぼるとは思えません。ちょっと手間だから、という程度のことは、全体の効率のために譲ってもらってもいいのではないでしょうか。また、配偶者などが通帳等をおさえてしまうと小遣いが不自由になる、給料袋から小遣いを抜き出してから家族に渡したい、という人はけっこういるのかもしれませんが、さすがにそこまで配慮しなければならないとも思えず、それは家庭内の問題として円満に解決していただくしかないでしょう(それに配慮して?労働者の指定に応じて複数口座に分散して振り込めるようにしている企業もけっこうあるようです)。
そう考えると、個別同意ではなく過半数代表との労使協定くらいに要件を緩め、協定の中に直接払いを求められる例外条件を規定しておく、ということは考えられるかもしれません(もちろん、労使協定がなくても個別同意があれば可ということで)。なにを例外とするかは、各労使が実情に応じて決めればいいことでしょう。労組や過半数代表が複数口座振込を労使協定に応じる条件にする、といったことも考えられます。労使の話し合いで人事管理が改善するわけですから、なかなか望ましい図式ではないでしょうか。