2001年8月22日 大竹文雄「不足する公的分野で増員 市場機能の基盤

大竹文雄「不足する公的分野で増員 市場機能の基盤に 失業期間短く、転職を支援」2001年8月22日

時あたかも、不良債権の最終処理で膨大な失業が発生するであろうとの試算が世を騒がせていた時期でした。

 (1)不良債権の最終処理や構造改革で多数の人が失職する。ただ、失職を痛みと考えるだけでは十分ではない。深刻な失業者に適切な援助をし、失業期間を短縮し、転職を促す環境整備が欠かせない。
 (2)不足している公的サービスは金融監督、医療、福祉、警察など数多い。民間がリストラをしている時に公務員を増やすのは問題だという反論はあろうが、公的サービスは市場が機能するために不可欠な社会的基盤である。
(平成13年8月22日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

実はこの時期、私もけっこう似たような意見を何度か書いていました。別に大竹先生の真似をしたわけではないですが、民間の雇用が縮小して失業が増えているのであれば、公務員の採用を増やして対応するというのは自然な考え方ではないかと素朴に思っていたわけで。実際、金融監督は質的にも量的にもどうかとは思いますが、医療、福祉、警察、あるいは営林などの分野は、不足しているだけではなく、万人にそれほど高い(職によりそれなりに高いですが)ハードルがあるわけではなく、しかし若者が一生をかけて取り組むに値する有意義な仕事なわけですから、ここでの雇用を増やすことにはそれなりに理解は得られたのではないかと思います。

 現在でも不足している公的サービスは多い。金融監督、医療、福祉、環境、教育、警察、徴税といった公的サービスがその例である。
 不良債権や金融不安を解決するためには、金融監督にかかわる公務員の増員は不可欠である。株式市場の活性化のためには証券取引等監視委員会の大幅増員によってインサイダー取引を防止し投資家の信頼感を高めることが必要である。
 少子化であるにもかかわらず小学校で四十人の学級が存在するのは先進国として異常である。少子化であるから教員数を減らすというのではなく、子どもが減っている状況は教育の質を高める絶好の機会であると考えるべきであろう。
 学力低下が深刻な問題であるならば、教員を増やせばいい。深刻な犯罪や暴走族が問題であれば、警察官を増やせばいい。教員、警察官を増やすことは、就職機会を増やすことと並んで少年犯罪を減らすのに有効である。
 また、駐車違反の取り締まりを民間に委託して、駐車違反取り締まり産業を育成することは雇用創出とともに都市の交通渋滞の解消をもたらす。税務署員の増員は、増税なしで税収増をもたらすことになる。休日・深夜の救急医療体制は先進国とは思えない貧弱な状況であり、体制の充実が望まれる。
 公的部門の中で過剰な職員が配置されている分野があるのも確かである。しかし、それ以上に必要な公的サービスの質・量の水準は低い。
 「民間がリストラをしている時期に公務員の採用を増やすのは問題である」という反論があるだろう。しかし、金融監督、教育、徴税などの公的サービスは民間の市場が機能するための不可欠な社会的基盤と考えるべきである。
 市場は自然に発達するものではない。整備されたルールと監督が必要である。経済が新しい公的サービスをより必要としている時代に十分な人的資源が公的部門に配置されていないことが、経済停滞の一因でもある。
 政府部門内での利害対立を顕在化させないために進めてきた公務員定数の一律削減は見直すべきである。無駄な公共事業を続ける資金を必要な公的サービスに振り替えることで、多数の雇用を確保できる。公的サービスの充実により、国民は税金が正しく使われていることを実感できる。この結果、租税の負担感も小さくなる。
 公共投資を削減してそのような公的サービスでの雇用を増やすことは構造改革と矛盾しない。
小さな政府の中身が問題である。現在、政府規模そのものでいえば日本は先進国の中でもっとも小さな政府を実現している。
 それにもかかわらずより小さな政府にしたい、という世論があるのは、政府から便益を受けている層があまりにも偏っていることが原因である。
 同じ規模の政府を維持した上で、政府によるサービスの質を向上することは十分に可能である。逆に、サービスを向上できるならば、国民は必ずしも小さな政府にこだわらない。現在のような政府サービスであればもっと小さい方がいいということであって、政府はどんなときでも小さい方がいいわけではない。
 政府部門による直接の雇用が今までは雇用対策として有効でなかったのは、短期的な仕事を中心にしていたためである。必要性が認識されていながら不確実性が高いため十分育っていない新しいサービスを公的な資金で立ち上げることを考えなくてはならない。
 その際に、短期でなく長期の職として採用し、産業として育てば完全に民営化するというような公主導の雇用創出を考える必要がある。公務員としての直接雇用だけではなく、任期付きの採用や非営利組織(NPO)による雇用創出が有効であろう。

まったくもってもっともな意見で、当時も大いに同感したものと思います。しかし、当時の現実として公務員の増加が政治的に許される状況でなく、また、公共投資の削減や公務員が過剰な分野のスリム化、効率の悪い分野の効率化などで必要な公務員を増やす原資を確保するということも結局はたいしてできず、結局のところは「失対事業の再来は許されない」というこれまた政治的言説ゆえに半年上限の臨時的雇用の増加策だけが大いに活用されるという事態に終わりました。当時は治安悪化が不安視されているいっぽう、警察官の募集は倍率数十倍がザラという状況だったのに、実にもったいない話です。いま、30代なかばの「高年フリーター」が政策課題になっていますが、この当時に20代なかばから後半のフリーターを福祉、警察、営林などで吸収しておけば、かなり問題は小さくてすんだ可能性もあるのではないでしょうか。