政労使合意の不評ぶり

せっかく雇用安定・創出の実現に向けた政労使合意が出来上がりましたが、日経新聞には不評のようです。きのうの社説では「本気度が伝わらない」との懸念が示されました。

 政府、日本経団連、連合の政労使三者は雇用の安定・創出のための取り組みで合意した。2002年以来、7年ぶりだ。今回の経済危機はいまだ改善の兆しがなく長期化も予想される。三者が危機感を共有し雇用の安定確保を目指すのは当然で、大切なのは実効性だ。
 第一にあがるのが「日本型ワークシェアリング(仕事の分かち合い)」推進による雇用の維持だ。各企業がすでに実施している労働時間短縮や休業などを「日本型ワークシェアリング」ととらえ、残業削減も国の雇用調整助成金の対象とし、非正規労働者も支援する。
 失業給付を受け取れない人や就職が困難な人に職業訓練と組み合わせた生活支援も進める。雇用不安が高まるなかで、緊急避難の雇用対策としては一歩前進だ。
 ただし、欧州のように社会の制度として根付かせるための本格的なワークシェアリングについての議論も必要だが、今回は全く触れておらず課題が残る。
 労使の取り組みは不透明だ。経営側は個々の企業の実情に応じて、残業削減や労働時間短縮で雇用の維持に最大限の努力をするというだけだ。労働側もコスト削減や新事業展開など経営基盤の維持・強化に協力するというにとどまる。
 いつまでに、何をどこまでやるといった具体的なスケジュールは書かれておらず、本気度が伝わってこない。
 職業訓練や相談・紹介業務の拡充・強化についても触れている。
 いずれも重要な課題だが、気になるのは、こうした訓練や相談の役割を担う機関として公共職業安定所ハローワーク)への期待があまりに強調されていることだ。確かにハローワークの全国ネットワークを使って雇用のミスマッチを解消し、再就職や生活の支援は大切だ。
 だが、ハローワークが行っている職業紹介事業を民間企業に委ねるのは長年の懸案だ。とかく役所仕事に陥りがちな職員に緊張感を持たせようと、08年には官民併存を可能にする市場化テスト法案が国会に提出されたが成立しなかった。
 職業訓練や紹介業務は民間のノウハウが生きる分野だ。「雇用の危機」を理由にした、役所の勢力拡大につながってはならない。
 また、将来の雇用安定のためには新しい産業や職場をつくることが最も重要といえる。経営側の取り組みや働く側の意識改革も欠かせない。せっかくの合意が記念写真の撮影に終わらないよう期待したい。
(平成21年3月24日付日本経済新聞朝刊「社説」、http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20090323AS1K2300323032009.html

首相と連合会長、さらには経団連日商、中央会のそれぞれトップが名前を連ねた文書ですから、さあなにが出るか、と思われるのも当然ではありましょう。とはいえ、そもそも「個々の企業の労使間で、自主的に十分な協議を行い、労使の納得と合意を得る」とあるように、なにより個別企業での取り組みが中心であって、その上での基本的な考え方を確認し、それが進むように環境整備をやっていきましょう、というものなので、そこはおのずと限界はあります。経団連や連合などの役割は最後に「個々の企業の労使に周知徹底し、この中の労使の取組みについては、必要に応じ、その適切な実施が確保されるよう、働きかけを行う」とあるくらいのもので。
まあ、そういう意味ではたしかに具体性には欠けるかもしれませんし、前回(2002年)の政労使合意のように「賃金の減額は時間割相当分に限る」という踏み込んだ内容もありませんので、たしかに「本気度が伝わらない」と言われればそのとおりかもしれません。ただ、やはりいちばん本気なのは現場の個別労使なので、ナショナルセンターがそこまでの迫力はないのも致し方ないといえば致し方ないでしょう。逆にいえば、労使に関しては「賃金の減額は時間割相当分に限る」といった踏み込んだ内容がなく、基本理念・指導原理の提示のみにとどめたことが、かえって個別労使のフリーハンドを増やしているという見方もできるかもしれません。つまり、たとえば労働時間を短縮し、固定費の存在も意識して時間割相当分以上に賃金を減額する、といったこともありうるといえばありうるわけです。まあ、そこまでやるケースは例外でしょうが…。
さて、この社説、後半部分の大半は「ハローワークへの期待があまりに強調されている」ことに対する批判に費やされています。ずいぶんな熱の入りようですが、もともと公共職業安定所については市場化テストのみならず、地方分権のほうでも縮小が検討されていて、日経としてみればそうした流れに逆行することは看過しがたいということでしょうか。まあ、現在の雇用失業情勢を考えれば、いますぐにハローワークを縮小するというのは無謀でしょうが、いっぽうで中期的にみれば、それなりに民間のほうが効率的な部分もあるでしょうし、政府が行うにしてもその仕事をする人が必ずしも全部公務員でなければならないということもないでしょうし、最悪の状態にあわせた規模を常時維持しなければならないということもないわけで、市場化テスト地方分権もいまはポストポーンしておいて、雇用情勢が安定した段階でまたそのあり方を考え直せばいいのではないでしょうか。
ただ、現状の雇用失業情勢はといえば、業種でいえば製造業が、雇用形態でいえば非正規労働がとりわけ問題になっているのが実情なわけです。仮に社説のいうように一般論として「職業訓練や紹介業務は民間のノウハウが生きる分野」であるとしても、製造業の非正規労働が民間のノウハウが生きる分野かどうかには疑問もあります。このあたり、経団連と連合でどういう調整があったのかはわかりませんが、経団連は当然人材ビジネス業界の利益も代表しているでしょうから、合意がこうしたものになったということは、人材ビジネス業界もこれにはあまり関心を示さなかったことの反映ではないでしょうか。私はhamachan先生のように民間がクリームスキミングをすることには別に抵抗はなく、むしろそれが当然ではないかと思っていますし、民間がやるところは民間にやらせて、民間がやらない部分を公的部門がやるというのが自然ではないかと考えていますが、それにしても今回はどちらかというと民間がやらない部門が主体ではないかという感じがして、まあ建前としては日経の言わんとすることもわからないではないですが、ここまで力む場面でもないのではないかと。
なお、最後のところで「将来の雇用安定のためには新しい産業や職場をつくることが最も重要」というのはまったくそのとおりで、この一文を入れたところは大いに高く評価したいと思います。