国家公務員の給与削減

和歌山から帰還しました。世の中の動きについていけない今日この頃ではありますが、この間のできごとについて感想をいくつか。まずはこのニュースから。

 民主党と維新の党が来年夏の参院選に向け、政策協議機関でまとめる共通公約の概要が分かった。維新の看板政策でもある「身を切る改革」を民主党が受け入れ、国家公務員の給与の2割減を明記するほか、国会議員の定数削減も盛り込む方針。安全保障関連法への対応をめぐっては「廃止」とする方向で歩調を合わせる。

 民主党は公務員給与2割減で維新に譲歩したため、維新が慎重姿勢を崩していない消費税増税などの受け入れを迫る考え。政府は2012年度から2年間、東日本大震災の復興財源を捻出するための特例措置として、国家公務員給与を平均7.8%引き下げていた。維新は「身を切る改革のために継続すべきだ」と主張。民主党の最大の支援組織である連合幹部らとも協議、民主、維新両党で合意したとしている。
平成27年10月5日付日本経済新聞朝刊から)

かなり驚きましたが連合がそれでいいというなら仕方ねえかこの問題で連合にどれほど当事者能力があるのかは怪しいもんだがこらこらこら、まあ労使がいいというならそれは尊重すべきというのは労使関係の基本的な考え方だろうとは思います。ただもちろんそれは他人に大きなご迷惑をおかけしない限りでという話ではあるわけで、これはさすがにご自由にとはまいらない話だろうとも思ったわけです。
案の定世間では批判的な意見も多々みられるわけで、たしかに常識的に考えて国家公務員の給与を2割カットすれば(さらに消費増税もすれば)かなりのデフレ効果だと思われます。まあ民主・維新としては給与カット分についてはより景気刺激効果のある他の政府支出に回せばマクロ経済的には問題ないよとのお考えかもしれませんが、しかし随所で指摘されているとおり国家公務員給与には波及効果があり、私が知る限りでも非営利の各種団体や学校法人などで国家公務員の給与にインデックスして賃金を決めている例というのはけっこうあります(もちろん民間に準拠している例も多くあります)。加えてこれも多くの人が懸念するとおり国家公務員が下げるなら地方公務員も下げろという話になる可能性はかなりあり、そうなると公務員の購買力がばかにならない地域では地域経済に甚大なダメージを与えかねません。
人材確保を心配する意見も多々あり、まあただでさえ抑制されている国家公務員の賃金をさらに2割もカットすればますます人材が民間に流れるだろうというのは、すでに大阪で現実に起きていることでもあるようです。それで行政の事務が停滞して困るのはわれわれ国民・住民であるということになるわけで。
とかなんとか考えていたところにこんなニュースも飛び込んできたわけで、

 民主党最大の支持組織の連合の古賀伸明会長は6日、同党と維新の党の政策協議で国と地方の公務員の総人件費削減が議題となっていることについて、「一気に(公務員の)削減や給与ダウンにつながっていいのか、大きな疑問がある」と述べ、懸念を表明した。東京都内で記者団の質問に答えた。 
時事通信ニュース、http://www.jiji.com/jc/zc?k=201510/2015100600547

まあたしかに日経の記事には「連合幹部らとも協議」と書いてあるわけで連合会長には上がっていなかったということかもしれません。連合で政治向きの話をやっている人としてみれば選挙協力が最優先ということだったのかなあ。もちろんこちらが労組トップとしては普通の・常識的な反応だと思います。
ということで、仮にこの両党が政権を取ったとしてもこの政策が実現することはなかろうとは思います。民主もさすがに前回政権で公約にこだわることの愚は学んだと思う。
さてウェブ上ではこんなことを公約してこの両党が政権を取れるわけがないだろうという指摘もとみに見られるところでいやどんな公約でもダメだろうと思わなくもないわけですがこらこらこら、となるとどうしてこんな話が出てきてしまうのかというのが次なる疑問だろうと思います。両党はこれでそれなりに選挙民の支持が得られると思っているわけでしょうからね。
これは人事管理的•労働市場的にみれば結局のところ労働条件はパッケージであって賃金がすべてではない(もちろん非常に重要な大部分ではあるとしても)ということではないかと思います。今も昔も公務員の就職人気が高いのは賃金水準もさることながら「親方日の丸でなってしまえば一生安泰」(定年後の福利厚生についても民間に較べて水準面でも安定性でも優位性がある)という雇用の安定性に魅力があるからでしょう。したがって、どんな不況期であっても倒産や解雇、労働条件切り下げの不安がないということを賃金水準に換算すれば、現行の賃金でもなお、さらに2割以上の価値があるということであれば2割カットも正当化できるという話にはなります(本当に2割以上の価値があるのかどうかというのはまったくの別問題で、根拠はありませんが私はさすがにそこまではないだろうと思っています。またこれは純粋に人事管理的•労働市場的な見方であってマクロ経済的な見方はこれまた別問題です)。この理屈でいけば、人材確保の面でも、2割賃金カットしてもまだなおまだ民間よりは魅力的であるということなので、人材の流出も少ないだろうという話でもあります。
ただまあこの身分保障不況であればあるほどありがたいものであるわけで、実際不況期ほど公務員の就職人気は高まるわけです。となると今現在の雇用失業情勢ではそれほどありがたみが大きいわけでもなさそうで、作戦としてはいささか失敗している感はなくもありません。
余談ながらこれに加えて仕事の質と賃金の関係という話も古くはよく言われたわけで、公務員の仕事というのは当然ながら多くが独占的なので、身近な例として地方自治体などで昔よく指摘されていた、たとえば窓口で手続きを待っている住民がたくさんいるのに職員は昼休みに入ってしまって自動的に全員待ち時間が1時間プラスとか(それが直ちに悪いというわけではない。以下同じ)、一つの手続きに必要な書類を集めるために3カ所も4カ所も担当部局を回らなければいけないとか、窓口に誰もいなくて職員に声をかけたところ誰も応対せず繰り返し声をかけたら迷惑そうな態度をとられたとかいう話は、さすがに今はなくなったのかな。もっとも役所の窓口の応対が格段に改善したのは窓口業務を民間に委託したからという話はどこかで聞いたな。
ただまあ油断ならないと思うのはかつて国鉄電電公社が民営化されたときにはこうした不便さや不親切さが国民に対する非常に有力な説得材料になったわけで、近年も阿久根市のようなことが実際に起きているわけですからあまりあなどるとヤバいことになるかもしれません。
ということでこういう筋悪な公約が出て来てしまうのかなあなどと思うのですが、しかし現在の国家公務員の状況や経済情勢、雇用失業情勢から考えて、国家公務員の給与を2割カットしたいといような形で世の中を恨んでいる人というのがどれほどいるんでしょうかね。