若年層の所得格差拡大

大竹文雄先生がブログで若年層の格差拡大について論じておられ、bewaadさんやrascalさんがコメントしておられます。
http://ohtake.cocolog-nifty.com/ohtake/2006/03/post_ba15.html
http://bewaad.com/20060321.html#p01
http://d.hatena.ne.jp/kuma_asset/20060323/
私も若干の意見を述べてみたいと思います。
まず、大竹先生は、若年層の所得格差拡大の原因について概略こう述べられています(私のずさんな要約なので、ぜひ原文におあたりください)。

  • 若年層における所得格差拡大は、超就職氷河期がもたらしたフリーターと失業の増加によって引き起こされている。
  • 90年代の不況期に正社員の賃金が十分に下がらなかったことが、正社員への需要が減退した原因である。
  • 同じコストダウンをするなら、企業にとっては賃金を引き下げて正社員の新規採用を続行することが望ましいが、そうならなかったのは、既存の正社員(の労組)が自らの賃金ダウンを嫌い、非正規社員の増加によるコストダウンを選択し、企業もそれを受け入れたからだ。

私の実務実感にもよく一致する指摘だと思います。

大竹先生も後段で述べておられるように、正社員は採用すると解雇が困難なので、賃金を下げて正社員を増やすと、一段と業績が悪化したときにはさらに賃金を下げる必要に迫られます。90年代後半の長期化する経済低迷の中では、現実的でないくらいの大幅な賃金引下げが必要となるおそれは十分に感じられたのではないかと思います。逆にいえば、そのくらい大幅に賃金を下げなければ正社員への需要は出てこなかっただろうということです。これは一段と業績悪化した際に要員面での調整余地を持てるようにということで、非正規社員へのニーズが増大したことの裏返しでもあります。

  • なお、同様のことはリストラの際に賃金カットより希望退職が選好されやすいという傾向にも見て取れるように思います。こうした場面も含めて、企業が賃金ダウンに踏み切らなかったのは、古くはハーズバーグの動機付け・衛生理論、最近ではビューレイの著作が示すように、それによる大幅なモラールダウンを懸念したという理由も大きかったかもしれません。いっぽうで、雇用を維持するために一律の賃金カットを実施して成功している例もありますので、このあたりは一概には言い切れないようです。


そこで大竹先生は、若者の所得格差の解消のために4つの施策を提案しておられます。

…第一は、景気回復である。人手不足になれば条件の悪いパートや派遣では労働者の採用ができなくなる。若年者の所得格差の発生原因が不況であったのだから、景気回復が直接の解決策である。

これは、まったくそのとおりだと思います。私は賃金引き下げによって正社員の需要が増加するという効果はあまり大きなものは期待できないと思いますので、やはり景気回復、需要増加こそが最重要だろうと思います。
現実には、多くの場面で「要員面の調整余地確保」がオーバーシュートしており、その調整もはじまっているように思います。

 第二は、既存労働者の既得権を過度に守らないようにすることである。解雇権濫用法理では、従業員の解雇を行うためには、新規採用を抑制して雇用維持努力をしていることを一つの要件としてあげている。既存労働者の雇用保障の程度が高ければ高いほど、既存労働者は賃金切り下げに反対する。それは結果的に、若者のフリーターを増やし、所得格差を拡大することになる。

労働条件の不利益変更をもっと柔軟に行えるようにする、ということは重要なことだろうと思います。もちろん、労働者の既得権にはそれなりに正当な根拠のあるものも多く、具体的には解雇権濫用法理を緩和する必要はないと思います。いっぽうで、経営の必要に応じて賃金などは使用者がもっと柔軟にコントロールできてよいものと思います。たとえば、雇用を守るためとか、あるいは大竹先生も指摘しているような、企業が長期的に存続していくのに必要な人材育成のために、最低限の若年を採用できるよう全体の賃金を引き下げる、といったことには、企業が必要性の説明を十分に尽くせば、相当割合の労働者は賛同するかもしれません。そのときに、一部のラウド・マイノリティがゴネ得を得ないようなしくみが必要です。

  • そういう意味では、NTTが退職者の年金を引き下げようとした際に、対象者の8割以上が合意しているにもかかわらず厚生労働省が「経営状態が危機的ではない」などといった理由でこれを認めなかったのは、ある種最悪の形態の行政介入といえるかもしれません。

 第三に、既存労働者が実質賃金の切り下げに応じやすい環境を作ることだ。デフレ環境では、実質賃金を引き下げるには、名目賃金の低下を受け入れる必要がある。しかし、インフレのもとでは労働者は実質賃金の切り下げを受け入れやすい。最低限名目賃金の維持さえ獲得できれば、労働組合委員長の面子も立つのではないだろうか。また、デフレでもなかなか低下しない教育費、住宅ローンについても、デフレに応じて負担を減らすことができるような制度を組み込むことが必要だ。そうすれば、既存労働者が名目賃金の引き下げに反対することで、潜在的な労働者である若者が不利な立場に立たされることもなくなり、日本企業の長期的な成長力が低下することもない。

前段はまさに同感で、私もかねてからデフレが企業の賃金政策にとっても非常に迷惑だということを主張してきました。インフレがあり、物昇分とあわせてそこそこのベアがある世界なら、その範囲でいろいろな賃金政策を実施できます。デフレでベアゼロが続くと、企業としては賃金政策の両手両足を縛られているようなもので、不自由このうえありません。この不況期にインフレがあれば、まだしも実質賃金の調整は可能だったでしょう。

 第四に、既に、長期間フリーターを続け、職業能力が十分に形成されていない若者に対して、積極的な職業紹介や教育・訓練を行っていくことが必要である。

これも異論のないところでしょう。実際、私もいわゆる「超氷河期」においては需要サイドの対策こそが重要であり、需要が決定的に不足するなかで職業訓練などの供給サイド対策を実施することには懐疑的だったのですが、今から思うと、いざ本当に需要が高まってきたときになってみると、「超氷河期」をどう過ごしたかはけっこう重要だったのではないかと思い始めました。そういう意味では、すぐには就職には結びつかなかった(これは事実)としても、供給サイド政策がまったく無意味というわけでもなかったといえそうです。