三井美奈『安楽死のできる国』

安楽死のできる国 (新潮新書)

安楽死のできる国 (新潮新書)

尊厳死安楽死の議論にあたって、オランダがその「先進国」として必ず引き合いに出されます。オランダで安楽死が制度化され、拡大している歴史的経緯と、その実情とを具体的に取材し、コンパクトにまとめた本で、なかなか有益な参考書だと思います。


この本で書かれているオランダの実態、たとえば肉体的には健康な自殺念慮者やアルツハイマー患者、さらには乳児・胎児にまで安楽死を認めている実態などは、日本人の多くにはかなり衝撃的なものだろうと思います。もちろん、国民的なコンセンサスがなければできない制度であり、大多数の国民の支持を得ていることがこの本では紹介されています。とはいえ、少数ながら反対運動もあり、この本はそれにもきちんと言及されています。この手のコントロヴァーシャルなテーマに関する本は、どうしても「賛成」「反対」といった立場が強く出てしまうものですが、この本は非常に冷静で、比較的ニュートラルな視点から、日本人が読むにあたってのバランスをよく考えて書かれているところが貴重だと思います。
この本の最終章は、日本での安楽死裁判や尊厳死運動(とその反対運動)に関する簡潔な紹介にあてられていますが、それを受けた著者の一応の結論は、「日本はオランダとは歴史も風土も国民性も異なるのだから、まだまだ相当の議論が必要」というものです。議論を避ける必要はありませんが、拙速も避けるべきところでしょう。
著者はほとんど無名(だと思う。失礼)のジャーナリストですが、それゆえにしっかりした取材をもとに、謙虚な姿勢で執筆されていることが、この本をいい本にしているのだろうと思います。