あれこれ

ちょっとした特命が下って難儀していたのですがなんとしても都市対抗野球大会までには終わらせたい(笑)ということでここ一週間ばかりわき目も振らずに一心不乱に働き続けて無事片付けました。ホワイトカラーの生産性なんてそんなもんさ。週末は業際研や学会の研究会、夜は酒席をギシギシと入れ込んでいたのでほぼ所定労働時間(+若干の早朝)しか働いてないのですがしかし疲れた。年がら年中これをやれというのはさすがに無理ゲーと思われるところ、「日本のホワイトカラーの生産性ガー」とか言ってる人たちはその辺わかっているのかしら。ということでこのかんのあれこれについて簡単に。

消滅時効の見直し

hamachan先生のブログで紹介されていましたが、債権法の大改正にともなって労働基準法の短期消滅時効の在り方を見直そうという話があるそうです。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-a04f.html
労働サイドが延長歓迎であろうことは容易に想像できますが、聞くところによると経営サイドも検討すること自体は否定していないとのこと。まあ2年消滅時効のそもそもの経緯が旧民法174条1条が賃金債権(月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権)に1年の短期消滅時効を設定していたところ、それではさすがに保護に欠けるということで労基法制定時に民法の特別法として2年の時効を定めたというものですから、原則が5年になったのに賃金債権が2年のままでいいのか、というのは(すでに退職給付の時効が1988年の改正法施行で5年に延長されていることもこれあり)まことにもっともな論点と申せましょう。
そこでhamachan先生のところでも話題になっている年次有給休暇についてですが、もし現状のまま時効が延びるということになれば、現状でも多くは退職時に有給休暇をまとめて取得している実態を考えれば、その日数が増えるだけということになるように思います。従来であれば捨てられていた3年分の休暇が取得されるようになるので、それはそれでけっこうな話ではないでしょうか。。企業サイドとしても、退職金制度に手を入れるとか、現実のコストアップの抑制策はあるでしょう。
すでに失効した年次有給休暇を別途病気休暇などに充当できる制度を持っている企業もある(まあかなりの先進事例でしょうが)くらいで、現にかなりの人が年休を残す理由として「病気のときなどのために確保しておきたいから」などと回答していることを考えれば、時効延長が取得促進につながる可能性もなくはないように思います。
さらに細かい話をすれば、昇給率が金利(まあ普通預金かな)より高ければ労働者は年次有給休暇の取得を先送りしたほうが有利になります。したがって、とりわけ現下の低金利を考えれば、定年までいくらかでも昇給がある賃金制度であれば、定年直前に(定年後再雇用で賃金が下がる前に)まとめて取得するのが最も有利と言うことになるでしょう。さすがに定年→再雇用の間に4か月も5か月も休むということになると職場の管理も大変でしょうから、なんらかの対応が必要かもしれません。働く人の立場からすれば定年延長のきっかけになるというのがいいでしょうが、定年前から賃金を下げようとか、再雇用後は別の職場につけようとかいう対応になるとあまりうれしくないでしょうが…。
なお年次有給休暇の取得促進については、その原因のかなりの部分がわが国の人事管理にあることを考えると、繰り越しを認めないとしてもそれほど大きな効果は見込めないような気がします。hamachan先生ご指摘のとおりここで年次有給休暇制度のそもそもの在り方に踏み込んでいくことは難しいでしょうが、いずれは時季指定権の使用者への移行へと進んでいかざるを得ないように思います。
ところで、さらに細かい話になるのですが私が気になったのは帳簿の保存期間です。俗に「労働三帳簿」といわれる労働者名簿、賃金台帳、出勤簿は労基法で3年間の保存が義務付けられていますし、ほかにも労働保険関連などで様々な書類の保存が義務付けられていて人事担当者の仕事になっています。
そこで、まあ賃金台帳は税法との関係で7年間保存している企業が多いのではないかと思いますが(民事を考えて10年、20年持っている企業も多いと思う)、賃金債権の時効が5年となると、これら帳簿類の保存義務も5年以上に延ばすことにならざるを得ないでしょう。これは案外バカにならない負担増ではないかと思うのですが、そうでもないのでしょうか?まあ今どき、たいていの企業は業務統合ソフトウェアとか使って事務処理していて書類等も電子化されているし、それほど面倒な話ではないということかもしれませんが…。

高プロで連合が譲歩

連合が、これまで強硬に反対してきた高度プロフェッショナル制度について、一定の規制強化を条件に容認する姿勢に転じています。

 安倍晋三首相は13日、首相官邸で連合の神津里季生会長と会談した。神津氏は「脱時間給」(ホワイトカラー・エグゼンプション)を含む労働基準法改正案を巡り労働者の健康確保の措置を強化するよう法案の修正を要請し、首相は「しっかり受け止める」と述べた。19日にも政府、連合、経団連の政労使会合を開いて合意する見通し。政府・与党は秋の臨時国会での法案成立をめざす。
 脱時間給は、労働時間でなく成果に基づき賃金を払う制度。現行の法案では「年104日以上の休日取得」「労働時間の上限設定」「(退社から出社まで一定の休息を確保する)勤務間インターバル」のいずれかを導入すると定めている。
 神津氏はこのうち年104日以上の休日取得を義務化するよう提言した。一方で労使で選択する他の健康確保の措置として「臨時の健康診断」などを追加。企業が取り組みやすい項目を盛り込み、企業側への配慮も示した。
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO18701850R10C17A7MM8000/

これに対しては民進党は引き続き反対姿勢をとるらしく、また連合内部でも反対論があり、聞いてないとか話がなかったとかいう異論もあるようで、ウェブ上でもその他ホワイトカラー・エグゼンプションが嫌いな人たちがあれこれと火を吹いているようです。
繰り返し書いているように私も今回の高プロ制度は決して出来のいいものとは思っていないのですが、しかしもともと対象者が「年収1,075万円以上の金融ディーラー、コンサルタント、アナリストなど」ときわめて限定されていて労働者保護に欠ける状況というのもそれほどは考えにくく(いや全くないとは言わないが)、そこまで熱くなるほどのことかとも強く思います。まあ、過去の経緯から一種象徴的な存在になってしまっているのか、あるいは運動論として最後まで突っ張れと言うことなのか…。労働時間の上限規制の導入があるので今度はさすがに成立させるのでしょうし、以前も書きましたがこれだけの規制強化だと適切な例外設定は必要でしょうから、今のまま成立するよりはさらに保護を強化したほうが実益があるという考え方は、私には十分考えうることではないかと思います。組織内の手続き論についてはわかりませんが。

拡大する非正規の無期化

今朝の日経新聞から。

 契約社員やパート・アルバイトなど期間を定めて雇用する非正規社員を、無期雇用の契約に切り替える企業が増えている。2018年4月から勤続年数で5年を超える非正規社員は無期雇用を申し入れできるようになり、対象は400万人以上に上る。18年4月を待たずに無期雇用を認めることで有能な人材を囲い込む動きが加速してきた。
 13年4月に施行された改正労働契約法に基づき、企業は無期雇用を希望する勤続5年超の非正規社員を正社員などに転換できる。職務や勤務地を限定した正社員や、契約期間だけを無期にすることもできる。
 さらに人手不足も深刻化し、人材確保が難しくなっている。独自のルールで非正規社員をより待遇の良い正社員などに切り替えて人材の定着につなげる企業も相次いでいる。

 企業は非正規社員を人件費や業務の調整弁として、景気変動などに合わせて人員を増減させてきた。今後は無期転換や正社員化で人件費といった固定費が増え、企業の収益を圧迫する可能性もある。生産性を高めてコスト上昇分を吸収し、競争力の向上につなげられるかが問われる。
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO18859070U7A710C1MM8000/

個別で見ると間違いなく無期化や賃金引き上げが行われている事例があるわけで、今後、労働市場全体でどの程度の規模に拡大していくかが注目されます。特に、雇用が安定するというのは将来不安の軽減にかなり資するはずなので、個人消費への好影響も期待したいところです。記事にもあるように来年4月には有期5年無期転換が施行されますが、それまで現状のような人手不足が続けば、心配されていた直前の雇止めも少数にとどまるかもしれません。
そこで問題は「景気変動などに合わせて人員を増減させてきた」のをどうするか、ということですが、これはどうなるのだろう。現時点ではそのリスクはわかっちゃいるけど(だから有期にしてきたわけで)、そうしないと足下の人材確保ができないということでこうなっているのだろうと思います。もちろん、正社員登用すれば正社員と同様の雇用保護がかかるでしょうし、従来型の正社員への転換でなくても、少なくとも有期雇用の反復更新(雇止め法理)に較べれば保護は強くなると考えるべきでしょう。有期雇用時と仕事や働き方はまったく変わらず、単に無期になったという人は、まあ仕事や勤務地が限定された契約であろうと思われるわけで、どの程度の雇用保護がかかるのかは難しい問題です。でまあ周知のとおり一部には「当該職務あるいは当該勤務地が消滅ないし縮小した場合には整理解雇しうる」という意見があり、連合などはそれが「解雇しやすい新しい雇用形態」になるのではないかと警戒しているわけですが、しかし何でもやりますどこでも行きますという従来型の正社員と比較すればある程度雇用保障が弱くなるのが自然なようにも思います。おそらくは、4要素のうちの回避努力の部分で変わってくる(配置転換までは求めない)ということになるのでしょうか。

公取が人材と競争政策に関する検討会を開催

雇用政策タグでいいのかどうか悩ましい。公正取引委員会の競争政策研究センターが人材と競争政策に関する検討を行うため「人材と競争政策に関する検討会」を開催するそうです。委員名簿には労働の専門家の名前もいくつかありますね(今回は大内伸哉先生のお名前はありませんが)。

 終身雇用の変化やインターネット上で企業と人材のマッチングが容易になったことなどを背景として,フリーランスや副業など就労形態が多様化し,雇用契約以外の契約形態が増加している。技能人材など一部職種については,需給が逼迫しているとの指摘がある。

 就労形態を巡る上記の環境変化を踏まえ,使用者の人材獲得競争等に関する独占禁止法の適用関係(適用の必要性,妥当性)を理論的に整理するため,「人材と競争政策に関する検討会」を設置する。
 検討会においては,主として,複数又は単独の使用者による引き抜きの防止,賃金の抑制に関する協定の締結,転職・転籍や取引先の制限といった競争を制限する可能性のある行為に関して,内外の実態・判例,労働関係法制における規律の状況,一般的な財とは異なる人材の獲得競争の特殊性,当事者の自治の状況,使用者による人材投資を促進する必要性等を踏まえつつ,独占禁止法や競争政策上の課題を理論的に整理する。…
http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h29/jul/170712.html

最初の部分を読むとクラウドソーシングなどの委任、請負関係について検討するのかと思ったのですが必ずしもそうではないようです。米国では(これは上記の省略された部分でも紹介されていますが)すでに数年前にグーグル、アップル、インテルアドビシステムズをはじめとする錚々たるIT企業のビッグネームがIT人材の引き抜き防止・賃金抑制を協定して違法とされ、巨額和解に追い込まれるといったことが起きており、わが国ではいまのところ表立って大きな類似案件はなさそうですが、まあ予防的に検討しておこうということなのでしょうか。
むしろ公取は、わが国についてはスポーツ庁がオブザーバーで加わっているようにかなり古くからあるプロスポーツ選手(と球団等)の問題(いや江川事件っていつだったっけと思って調べてみたら1978年でもう40年近く前なんですね)や、さらに古く50年以上前の映画製作・配給会社による締め出しの件が担ぎ出されているように芸能人(とプロダクション)の問題といったものが念頭におかれているようです。まあ芸能人については最近もSMAPとか能年玲奈とかの案件があったので古くて新しい問題ということでしょうが、プロスポーツではこのところ移籍やドラフト会議で大きなもめ事というのは起きていないのかなあ。
芸能人についてはSMAPの一件のときに書きましたので繰り返しませんが、プロ野球でのもめ事が減ってきたように思えるのは、1993年以降フリーエージェント(FA)制度の導入とその条件の緩和、逆指名制度(名称はさまざまに変更されましたが)の導入といった取り組みが進んだことも大きな理由でしょう。前者については金銭補償や人的補償もルール化されていてそれなりに「カネでカタをつける」形になっているともいえましょう。後者については2007年に廃止されて現在に至っていますが、それでも大過なく経過しているのは各球団が選手の希望に一定の配慮を行った指名を行っていることと、各球団の経営努力によってかつてのように読売や阪神などの一部球団に選手の希望が集中することが少なくなってきたからでしょうか。まあそれでも読売の菅野智之選手や長野久義選手のような事態も起きてはいるわけですが、どうやら一部の球団に「一定の配慮」に否定的な指名態度が見られるとか見られないとか。他にも問題はあり、これはまだ具体化していないようですがいわゆる「田沢ルール」(日本のアマチュア選手がNPBを経由せずに海外球団に入団した場合、退団後2年(高卒選手は3年)間NPB球団に入団できない)はいずれ大きな問題になりそうです。
ということで、経営維持・戦力均衡のためにはドラフト制度が必要というのはわかりますし、「田沢ルール」にしてもそのおかげで私たちは日本ハムファイターズの大谷選手の活躍を楽しむことができるわけですが、しかしやはり職業選択の自由や人身拘束の禁止といった労働の基本的な価値観に鑑みると、こうした制約はなるべく少ないに越したことはないでしょう。でまあプロ野球は芸能界に較べればそれなりにマシであるようには見えるわけで、私としてはここは声を大にして日本プロ野球選手会の貢献を指摘したいところです。労働組合である選手会が、対等性を確保しつつNPBサイドと協議しながら現行制度を作り上げてきたことで、それなりに運営の改善がはかられてきたのではないでしょうか。選手会は現在も米国のルール5ドラフト(翌季必ず25人枠に入れることを条件に他球団のマイナー契約選手を金銭獲得できる)のような制度の導入を働きかけようとしているとのことで、大いにその活躍に期待したいところです。
そこで最初に戻りまして、過去も何度か書いたように私としては最近収入の低さと不安定さがとみに指摘されているクラウドソーシングも含めて、委託とか請負とかいった形態で就労する人たちに関するルール、特に適切な集団的プロセスのルールを整備することが必要ではないかと思っており、この研究会の議論がそうした方向に進むことを期待したいと思います。