読売社説

まず読売新聞ですが、お題は「春闘スタート 労使で成長への道筋を描け」となっています。内容も現実を踏まえた常識的なもので、日経のような電波は飛ばしていません。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20100126-OYT1T01388.htm

 やはり、今年の春闘の優先課題は雇用だろう。失業率は5%台で高止まりし、有効求人倍率は0・5倍を割り込んでいる。
 組合員の雇用維持にのみ目を向けていては、全体の雇用情勢は改善しない。将来を担う若い人材を採用し、雇用を創出していく努力が、企業の成長にもつながる。
 経団連報告も、新規学卒者や既卒未就業者の就職問題は緊急課題だとし、若者に門戸を開くよう企業に呼び掛けている。「逆風下においても、将来の成長に向けた布石を積極的に打つ」ことの重要さを指摘している。
 まったく異存はない。中長期的な成長の道筋を労使で共有し、一丸となって取り組む。このことを確認する春闘としてほしい。

経団連と連合は一昨日(26日)も「若年者の雇用安定に関する共同声明」を発表しました。
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2010/006.html
内容を読むと、そうは言っても労使にできることは限られているなぁという印象も禁じえないのではありますが、まずは労使が協調して問題意識を共有したことは大切な一歩でしょう。まあ、問題の解決のためにはなにより「早期の景気回復」ということになるのですが…。
実際、企業も前回の雇用調整期に較べれば「採用ゼロ」といった極端な対応は少なく、絞っているとはいえそれなりに採用の門戸を開いています。

 確かに今期は苦しくても、経営側には、業績の回復に応じて賃金も非正社員の処遇も改善していくという決意を語ってほしい。
 縮み志向のままでは職場の士気は高まらない。雇用と賃金の双方に、将来にわたって安心感が持ててこそ、消費は盛り上がり、少子化の改善にもなる。
 政府も企業社会の活性化を後押しする政策を考えるべきだ。

経労委報告をみても、経営サイドは「とにかく雇用優先」を強調していますが、たしかに「今は雇用優先だが、いずれは…」というのはあってしかるべきかもしれません。現実の問題としても、業績が回復すれば賃金、特に賞与はやはり回復するでしょうし、非正社員の処遇も需給が逼迫すれば自然に上昇するわけなので、この程度の「いずれは」を語れないようではおかしいでしょう。

朝日社説

朝日のお題は「春闘スタート−働く人すべてが当事者だ」となっています。働く人すべて、というのは当然非正規を念頭においているわけで、各社とも現下の情勢をふまえて非正規に目配りしており、この点でもそれの少ない日経は異色を放っていると申せましょう。
朝日の社説の全文はこちらです。
http://www.asahi.com/paper/editorial20100127.html#Edit2
こちらはさすがに朝日というべきか、

 深刻なデフレ不況のもと、組合側はベースアップの統一要求を封印し、定期昇給の維持を最優先している。対する経営側は「賃金より雇用」を繰り返し、定昇の凍結もにおわせるなど、人件費の抑制に躍起だ。

などなど、はしばしに経営サイドへの敵意を示していておもむき深いものがありますが、それはそれとして、

 時間外労働の減少やボーナス削減で労働者の手取りの所得は減っている。定昇まで抑え込んでは賃金総額がさらに減り、消費者心理が冷えてデフレを悪化させかねない。経営側はこうした経済全体への影響にも十分に配慮しながら交渉に臨むべきである。

これは連合の受け売りという感じですが、たしかに所得不足も需給ギャップの要因のひとつではあるかもしれません。ただ、「経営側はこうした経済全体への影響にも十分に配慮」となると、所得増がどれほど需要増につながるのかとか、とりわけ所得増を価格転嫁した場合においての需要増はどれほどなのかとか、価格転嫁した場合、現実に日本経済に大きな位置づけを占める外需はどうなるのかとかいったことも考えなければいけないわけで、それほど一筋縄ではいきません。

 労使とも重視すべきは、正社員だけの利害ではない。さまざまな形で働く人々の雇用を確保し、賃金や条件を守り、改善することだ。その意味で連合が今年、「すべての労働者の労働条件の改善に取り組む」という旗を掲げたことを高く評価したい。
…ところが、経営側の姿勢は全く物足りない。家計を支える非正規労働者の増加という社会情勢の変化に適合しなくなってきた従来型の雇用システムをどう変革すれば新たな労使協調と社会の安定につながるのか、という問題意識が薄いようだ。
 日本の雇用システムや賃金制度は、労使が現場で編み出した知恵が普及したという面が大きい。たとえ「痛み」を伴う改革でも、労使の一致した決断こそが突破口を作るはずだ。昨年、非正規の契約社員の正社員化に踏み切った広島電鉄でも、労使の一体感がバネになった。
 賃金の格差是正は詰まるところ、「同じ労働には同じ賃金が払われる」という原則の導入によって果たされるべきだ。それを一挙に実現するのは難しいが、非正規の人たちを本気で仲間として処遇しようとするなら、手立てはあるはずだ。
 当面は、企業内の最低賃金を引き上げたり、勤務実績をもとに正社員の賃金や処遇と釣り合わせたりする方法で格差是正を図ってはどうか。

このあたりはなかなか興味深いものがあり、たとえば「新たな労使協調」なんて言葉が出てくると、そうか、朝日が労使協調を推奨する時代になったか…という若干の感慨もなくはありません。まあ、これは私の偏見なのでしょうが。
それはそれとして、「家計を支える非正規労働者の増加という社会情勢の変化に適合しなくなってきた従来型の雇用システム」というのは、非正規労働だと家族生計費の稼得が難しいことがあることを問題視しているのでしょうか。だとすると、それが「賃金の格差是正は詰まるところ、「同じ労働には同じ賃金が払われる」という原則の導入によって果たされるべきだ」という理屈にどうしてつながるのか、はなはだ理解に苦しみます。つまり、家計を支える非正規労働者と、家計補助的非正規労働者ジェンダー的に問題ありですが、いわゆる主婦パートなど)、家計と無関係な小遣い稼ぎ的非正規労働者(いわゆる学生アルバイトなど)とが同じ労働をしていた場合には、当然同じ賃金が支払われているでしょう。これがまさに「「同じ労働には同じ賃金が払われる」という原則」であって、それは「家計を支える非正規労働者の生計費確保」とは正反対の方向になってしまいます。わが国の多くの企業の賃金制度が多分に生計費を意識していることはおそらく事実(おおっぴらには言わないまでも)でしょうが、それは「同じ労働には同じ賃金」とは相反するものです。
まあ、朝日のことですから、「同じ労働には同じ賃金」というのは非正規労働といわゆる正社員の比較を念頭においているのでしょう。とはいえ、短期的・外形的に同じような労働をしているにしても、残業や転勤があり、他の仕事の経験も有する正社員と、これらのない非正規労働とが同じ賃金を受けるべき同じ労働かというと、これはかなり疑問があるでしょう。もちろん、「家計を支える非正規労働者の生計費確保」は政策的対応が必要な課題であり、労使がともに取り組むことが望ましい問題でもありましょうが、その理論武装として「同じ労働には同じ賃金」は適切ではありません。
実際、朝日の社説も具体論はけっこう現実的で、企業内最賃にせよ、「勤務実績をもとに正社員の賃金や処遇と釣り合わせたりする方法」にせよ、個別労使における協議を通じた取り組みを主張しているらしいところは注目されます。広島電鉄の事例は非常に先進的なもので、事情が特殊すぎて全般を一般化することは難しいにしても、労使が自社の実態を踏まえて協議して取り組んだという点はおおいに参考とすべきでしょう。「同じ労働には同じ賃金」という機械的な発想をふりかざすかたわらで、こうした現実的な発想も示すというのがなかなか複雑な構造ですが、まあ「同じ労働」にしても、さまざまな労働がある中で、すべての労働について「これとこれは同じ労働で、これとこれはここが違う」などと疑問の余地なく決めることなどできるわけがないわけで、だからこそ現場をよく知る個別労使が協議を通じて適切な着地点を見つけていくしかないわけです。となると、「同じ労働には同じ賃金」ではなく、「釣り合わせ」ていく、たとえば、まあたしかに2/3を占める正社員と1/3の非正規とではいろいろと違うんだけれど、似たようなところもある、これで賃金の差が方や2,000円、方や1,000円ではお互いちょっと納得いかないだろう、これを総額は変えずに1,900円と1,200円に配分を変えればお互いそれなりに納得がいって今より気持ちよく働けるのなら、そうしようじゃないか、それで生産性が上がるならその分原資を少し増やしてもいいし…といった協議を個別労使で積み上げていくことが大切なのではないでしょうか。
ということで、変なこともいろいろ言っているけれど、読みようによってはいいことを言っているところもあるという、不思議な社説という感じです。

毎日社説

やはり昨日の掲載で、お題は「春闘 雇用確保の道筋示せ」です。全文はこちら。ちなみに、産経新聞はこのタイミングでは社説(産経は「主張」ですが)で春季労使交渉を取り上げていません。
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20100127ddm005070040000c.html
全体的に労組に甘く経営に辛い印象ですが、これは春季労使交渉に関しては各紙とも共通の傾向があり、その範囲内という感じです。内容も事実関係の整理を中心にした比較的冷静なもので、今回読んだ各紙の中ではいちばんまとまっているという印象を受けました。

東京社説

これも昨日の掲載。お題は「春闘スタート 定昇凍結なら景気失速」というもので、内容的には連合の主張をもとにした中学生の作文といったレベルのものです。全文はこちら。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2010012702000089.html

 日本経団連御手洗冨士夫会長と連合の古賀伸明会長との労使トップ会談が開かれ、今春闘がスタートした。不況を背景に定期昇給凍結論も出ているが、知恵を絞って賃上げを実現してほしい。
 民主党政権が人間重視の政策を打ちだしても、経営側の春闘方針は少しも変わらない。

あたらしいそうりだいじんがこうしろといっているのにかいしゃのしゃちょうさんたちはいうことをききません、やっぱりしゃちょうさんはわるいひとなんですね。
こんな考え方をするのは中学生くらいまででしょうねえ。そうでもないのかな。

 企業にとっても、適切な賃上げは国際競争力の強化に結び付く。従業員の士気を高め技術開発や産業革新を推進して付加価値競争力を強化することだ。

かいしゃがあかじになったら、おきゅうりょうをあげればみんながんばってはたらくからきっとくろじになります。
これは一面の真理であり、理想でもあるのですが、しかし経営者にしてみれば、経営が厳しくなっても賃上げすれば技術革新が起きて付加価値が高まって黒字回復するのであれば、そうするに決まっているというか、それですむならこんな楽なことはないというのが実感でしょう。本当にそれですむなら、私にも社長が務まるかも知れん(笑)。高校生くらいになると、技術革新や付加価値向上を通じて労働条件も向上するというのが基本的な順序だという理屈は理解できるだろうと思います。まあ、「適切な賃上げ」が従業員の士気を高めるというのは一般論としては言えるわけではありますが。

 労働者の三人に一人が非正規である。雇用不安の拡大と低賃金化の温床になっており、政府は早急に改善策を実行すべきだ。

お、突然「政府」が出てきた。具体策に言及していないので、早急に改善策を実行すべきだと言われれば、一般論としてはそのとおりだと言うよりありません。まあ、なんとなくろくなことを考えていないような気はしますが。邪推ですよ邪推。

 三月中旬の主要企業の集中回答で経営側が定昇凍結に踏み切れば、その影響は重大である。
 景気は失速し日本経済はデフレの悪循環に陥るだろう。逆に家計所得を増やして消費を盛り上げるならば、景気回復の好循環をつくるきっかけになる。苦しい時期の経営者に与えられた責務である。

これは連合の受け売りという感じですが、たしかに所得不足も需給ギャップの要因のひとつではあるかも(ry