ジョブ型普及は労働市場の改革と一体で??

 日経新聞さんが社説でジョブ型をプッシュしておりますな。お題は「ジョブ型普及は労働市場の改革と一体で」。さっそく読んでみましょう。

 政府は企業に年功序列ではなく職務内容で賃金を決める「ジョブ型雇用」への移行を促す方針を表明した。2023年6月までに官民で指針を策定し、働き手が1つの会社にこだわらず転職しやすくなる社会を目指すという。
 ジョブ型が普及する欧米では、職務が同じであれば企業が違っても処遇はほぼ同じになる。ジョブ型を労働移動を促す一歩にしたいという政府の考えは理解できるが、実現のためには硬直的な労働市場の改革が欠かせない。
(令和4年10月18日付日本経済新聞「社説」から、以下同じ)

 「ジョブ型が普及する欧米では」ということは、わが国で最近スローガンとして掲げられることの多いいわゆる「ジョブ型」ではなく、欧米の本物のジョブ型ということのようです。実際社説は最後に「日本でもジョブ型と称して新たな人事制度を導入する企業は増えているが、社内改革にとどまり、単なる成果主義になっている例もある」と企業に苦言を呈してもいて、一時期に較べるとだいぶん理解が深まってきたようです。
 ただまあ先日も書いたように(https://roumuya.hatenablog.com/entry/2022/10/07/175501)政府の方針は「年功制の職能給から日本に合った職務給への移行を個々の企業の実情に応じて進める」「賃金の在り方(年功賃金から個々の企業の実情に応じた日本に合った職務給への移行等)」などと「日本に合った」が連呼されているので、果たして日経新聞さんの想定する欧米のジョブ型への意向が考えられているのかどうかは微妙なところです。
 また、「硬直的な労働市場の改革」というわけですが、たとえば勤続年数の国際比較をJILPTの資料(https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2022/03/d2022_T3-13-2.pdf)で見てみると、たしかに日本の勤続は長いほうですが、目立って長いのは24歳以下の若年層であり、25歳以上は大陸欧州とほぼ同等程度になっていて、むしろアメリカが異常値という印象を受けます。まあこのあたりはどう評価・表現するかという話ではありますが。

 欧米に比べて日本の転職市場が成熟していないのは、賃金相場が不透明なことが一因だ。転職を考える人にとっても、職種別の細かな賃金情報は重要になる。
 目安となりうるのが20年3月に厚生労働省が開設した職業情報提供サイト「job tag」だ。約500の職業について賃金水準や必要なスキルを検索できるが、手本とした米国のサイトに比べると情報量で見劣りする。人材紹介会社の協力を得るなどして、データを充実させる必要がある。

 こちらになります。
https://shigoto.mhlw.go.jp/
 「日本版O-Net」としてスタートして以来、機能も情報量も強化が続けられていて、けっこう頑張ってると思いますが、まあ本家O-Net(https://www.onetonline.org/)は日本版の約2倍(1,016)の職業が搭載されていますので、日本版もその点充実させていく余地はあるでしょう。ただ、「人材紹介会社の協力を得る」というのはjob tagの求人賃金のデータがハローワークのものが使われているところから着想したのではないかと想像しますが、本家O-Netのほうはというと、私が探してみた限りではそもそも求人賃金のデータ自体が掲載されていないように見えるのですが…。

 成長分野への労働移動を円滑に進めるには、企業が求める技能を備えた人材を着実に育て、採用する企業に橋渡しする仕組みが重要になる。公的職業訓練ハローワークのテコ入れは急務だ。
 スウェーデンは官民が協力して職業訓練のメニューを絶えず見直し、企業は長期の実地訓練も受け入れる。ドイツでは職業紹介で民間のサービスを受けられるバウチャー(利用券)を発行する。
 最新の技術動向や、どんな職種で人材需要が旺盛なのかは民間企業の方が豊富な情報を持っている。日本も官民で協力体制を早期に築くべきだ。

 何度も言うけどただ橋渡しするんじゃなくて好条件で橋渡ししないとダメだからな。まあ言わずもがなだから書かなかったのでしょうが。
 あとなぜか公的職業訓練ハローワークが推されていて、もちろん私もこれらの強化は望まれると思いますが、一方で民間の専門学校や企業内訓練に助成金を出すという考え方もあるわけで、実際ドイツの事例は民間活用ですよね。このあたりはまあ云わんとすることはわからないではないですがちょっと不思議な感じです。

 働き手を守り、後押しするために規制の見直しも要る。不当な解雇にあった労働者をお金で救済する「解雇の金銭解決制度」は導入に向けて議論を進めるべきだ。

 なぜここで解雇の金銭解決が出てくるのかがよくわかりません。まさか「成長分野への労働移動を円滑に進める」ためには不当な解雇を行うことが必要だと言いたいわけではないだろうな…?もちろん解決方法の多様化は実務的には望ましいことだと私も思いますが、ここでこういう形で持ち出す話ではないでしょう。「企業が求める技能を備えた人材を着実に育て、採用する企業に好条件で橋渡しする仕組み」があれば、別に不当な解雇をしなくても自発的に移動する労働者は多いと思います。

 仕事の時間配分を個人が決められる「裁量労働制」は効率的に働くことができ、ジョブ型にも適している。研究開発など一部の業務に対象を限定しているが、営業などにも広げてほしい。

 これは一応はそのとおりで、本来の意味でジョブ型で働いているのであれば一方的に仕事を増やされたり変えられたりすることはないのが原則なので、たしかにメンバーシップ型よりジョブ型にヨリ適しているとは言えます。ただまあそれで欧米でどの程度の人たちが裁量労働制的な働き方をしているかというと決して多くはない(おそらく1~2割程度?自信なし)わけですが。

 日本でもジョブ型と称して新たな人事制度を導入する企業は増えているが、社内改革にとどまり、単なる成果主義になっている例もある。欧米のように社外との人の行き来を活発にして、成長分野へ人材を動かすことで日本経済の成長率の底上げを目指すべきだ。

 ということで最後はすでにご紹介したようにお小言になります。これについても繰り返し書いているように社外との行き来も結構ですが必ず行き来しなければならないわけではなく、むしろ企業が成長分野に進出し従業員を内部育成することで成長分野に労働力が移るという手法にもメリットがあるよねという話を書いて終わります。

労務行政研究所・倉重公太朗『HRテクノロジーの法・理論・実務』

 経営法曹の倉重公太朗先生から、労務行政研究所・倉重公太朗『HRテクノロジーの法・理論・実務ー人事データ活用の新たな可能性』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

 きわめて多士済々な執筆陣が法・理論・実務の多様な側面からHRテクノロジーを論じたまことに野心的な試みと申せましょう。まずは総論に続いて霞が関のなかの人が登場して政策動向を解説し、続けて国内の先進事例3社の担当者がそれぞれの取り組みを紹介します。さらにコンサルタントによる解説、研究者による理論と人事管理への応用の紹介、そして経営法曹による法的論点の検討という構成となっております。中でも東大の小島武仁先生がマーケットデザインとマッチングアルゴリズムを解説しておられるのが目をひくところです。ここで紹介されている研修医や保育園のマッチングについては東京大学マーケットデザインセンターのシンポジウムで解説されています。
www.youtube.com

産政研フォーラム秋号

 (公財)中部産業・労働政策研究会(中部産政研)様から、『産政研フォーラム』秋号(通巻135号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。
www.sanseiken.or.jp
 今号の特集は「アフターコロナを見すえた働き方4」ということで、今回はリカレント教育とリスキリング、若手社員の組織適応と育成といったテーマが取り上げられています。呼び物の大竹文雄先生の連載「経済を見る眼」は「誰もそんなこと思っていないのに」で予想の自己成就を取り上げられ、適切な情報提供が望ましい意思決定につながることを解説しておられます。

ビジネスガイド11月号

 (株)日本法令様から、『ビジネスガイド』11号(通巻926号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 今号の特集は1本で「助成金申請 不正受給審査の仕組み/不支給への落とし穴」となっています。「不正受給審査の仕組み」と言われると一瞬不正受給奨励のように見えてしまいますが(そんなことないか)、これはコロナ禍で特例支給された雇用調整助成金などの助成金が、迅速な給付が強く望まれたことで多数の申請の審査に時間をかけることができず、まずは支給して事後的に不正受給の審査を行っているというものです。厚生労働省会計検査院に多額の不正受給を指摘されたことがニュースになったのは記憶に新しいところですが、そのような事情なので不正受給がなくても審査に入られる可能性があるため、その仕組みや対応などを解説するという趣旨のものです。なおもう一つの「不支給への落とし穴」というのも多くは制度変更があったにもかかわらず前回同様に申請したところ不支給となるという例が多いらしく、これもコロナ禍で特例が多く設けられたことの結果という部分は大きそうです。毎月思うのですが担当者は本当に大変だ。
 なお八代尚宏先生の連載「経済学で考える人事労務社会保険」は「外国人労働の経済効果」ということで、先月に続いて外国人労働者を取り上げておられます。外国人労働者受け入れには日本人の雇用と置き換わる代替的効果だけではなく、労働力不足を補うことで経済活動が維持される結果日本人の雇用も増加する補完的効果もあることを指摘した上で、過去の西ドイツにおける日本人炭坑労働者受け入れの例をひきながら、合理的な制度設計のもとでの受け入れのメリットを説明しておられます。大内伸哉先生のロングラン連載「キーワードからみた労働法」は「合理的配慮義務と自動退職」で、障害者雇用促進法で合理的配慮が法制化されたことを踏まえて、いわゆる休職満了による自動退職について、休職命令の合理性判断などについて解説、考察されています。

「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の実施についての総合経済対策の重点事項

 10月4日に開催された「新しい資本主義実現会議」で、10月末にまとめる総合経済対策にむけた重点施策の取りまとめが行われたようです。

 政府は4日、「新しい資本主義実現会議」(議長・岸田文雄首相)を開き、10月末にまとめる総合経済対策にむけた重点施策を取りまとめた。人への投資を重視し、リスキリング(学び直し)や労働移動を円滑にする支援策を並べた。来春の賃金交渉にむけて首相は「物価上昇をカバーする賃上げを目標にし、個々の企業の実情に応じ労使で議論いただきたい」と求めた。
 総合経済対策をめぐり首相は「新しい資本主義」の実現が柱になるとの意向を表明していた。

 成長分野への労働移動をめぐっては23年6月までに具体策をまとめた指針をつくる。一般の転職希望者に対し、民間の専門家が転職実現まで丁寧に支援する仕組みの整備や、年功序列的な賃金体系からジョブ型の職務給への移行促進を盛り込む。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA03CUN0T01C22A0000000/

 「成長分野への労働移動をめぐっては23年6月までに具体策をまとめた指針をつくる」とのことなのでこれについては具体的な話はこれからということのようですが、内閣官房のウェブサイトで資料が公開されていたので見てみました。
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/juutenjikou_set.pdf
 基本的には6月に発表された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」を踏襲しているようですが、まず目についたのが具体論の最初に書かれているこれです。

1.現下のコストプッシュ型の物価上昇をカバーする賃金引上げ
・来春の賃金交渉においては、物価上昇をカバーする賃上げを目標にして、価格転嫁や生産性向上策の強化や補助制度の拡充を図るとともに、非正規労働者の賃金改善のため、同一労働同一賃金制の遵守を徹底する。
○来春の賃金交渉において、政府としては、物価上昇率をカバーする賃上げを目標にして、労使で議論いただきたい。
○今年10月1日からの過去最高(31円)の上げ幅となる最低賃金の引上げを実施するため、労働基準監督署の監督指導を通じ確実な履行を確保する。
(中略)
○非正規雇用労働者の待遇の根本的改善を図るため、同一企業内における正規と非正規との不合理な待遇差を禁止する同一労働同一賃金(パートタイム・有期雇用労働法第8条・第9条、労働者派遣法第30条の3、第30条の4等)の施行に関し、47都道府県321箇所に設置された労働基準監督署においても、新たに、同一労働同一賃金の遵守を徹底する。
最低賃金をできる限り早期に1,000円以上に引き上げることを目指す。
(後略)

 「物価上昇率をカバーする賃上げを目標にして、労使で議論いただきたい。」というのは、後段はまあ労働条件は労使交渉を通じて決定するという原則は外していませんよということでいいと思うのですが、「物価上昇率をカバーする賃上げを目標」というのは少々力強さを欠くような気がします。民間企業の発想としては目標と言えば残念ながら達成できませんでしたということも普通にあり得るものなので(もちろん大幅に達成することもあり得るしそれが好ましいわけですが)、現下の情勢を考えれば「物価上昇率を上回る」とか「最低限の目標」とか、実質賃金を確保しつつ向上を目指すという姿勢が欲しいように思いました。まあ行政が民間に要請する文書としてはこのくらいが適切なのかもしれませんが。
 同一労働同一賃金に関しては「同一企業内における正規と非正規との不合理な待遇差を禁止する同一労働同一賃金」と特殊な定義をていねいに書いているのはいいのですが、その前段には「同一労働同一賃金制」というのが出てきて、さらに6月のグランドデザインでは「同一労働同一賃金制度」となっているという不統一ぶりはなんとかならないものかしら。細かい話ではありますが。
 そこでいわゆる「同一労働同一賃金」については労働契約法からパート有期法に移ったことで労働基準監督署の指導監督が可能になったわけで(こちらには厚生労働大臣が報告を求め、又は助言、指導若しくは勧告をすることができるとの定めがある)、さっそく「47都道府県321箇所に設置された労働基準監督署においても、新たに、同一労働同一賃金の遵守を徹底する」とやる気満々です(罰則は労働条件文書の不交付と行政官庁への不報告・虚偽報告に過料が定められているのみで若干迫力不足の感はありますが)。でまあ不思議なのは、これまた細かい話ではありますが最低賃金に関しては「引上げを実施するため、労働基準監督署の監督指導を通じ確実な履行を確保」と普通に書いているのに、こちらはわざわざ「47都道府県321箇所に設置された労働基準監督署」と数を書いているところで、いや実際労基署は全国に321箇所あるのですがどういう意図なのでしょうか。全署を上げて取り組むという意気込みを示したということなのかなあ。まさか321の労基署がやるだけで全国に4か所ある支署ではやりませんということではあるまいな?

 続いて日経さんが熱心に報じられた成長産業への労働移動の話が来るのですが…。

2.労働者に転職の機会を与える企業間・産業間の労働移動の円滑化
・リスキリング、すなわち、成長分野に移動するための支援策の整備や、年功制の職能給から日本に合った職務給への移行を個々の企業の実情に応じて進めるなど、企業間・産業間での失業なき労働移動円滑化に向けた指針を来年6月までに取りまとめる。
○一般の方がキャリアアップのための転職について民間の専門家に相談し、転職するまでを一気通貫で支援する仕組みを整備する。
○リスキリング(リスキリング中の生活保障、セーフティネットを含む)や賃金の在り方(年功賃金から個々の企業の実情に応じた日本に合った職務給への移行等)を含め、官民で来年6月までに「労働移動円滑化のための指針」を策定する。
(後略)

 ここは一見して目を疑ったところで、リスキリングがすなわち成長分野に移動するための支援策ってのはさすがに無茶でしょう。これについては連合の芳野会長が提出資料で反論されていますね。

・「リスキリング、すなわち、成長分野に移動するための支援策の整備」との記載があるが、リスキリングとは本来、社会環境や働き方の変化等により、新たな業務をこなす上で必要となる知識やスキルを習得するために行うものであり、成長分野に労働移動するためだけの手段では決してない。リスキリングと労働移動を直接的に結びつける記載を修正したうえで、労働者による自主的なリスキリングを推進すべきである。
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/kaigi/dai10/shiryou8.pdf

 おっしゃるとおりでしょうねえ。昨日紹介した安藤至大先生の「経済教室」でも指摘されていたように、労働移動(転職)を伴わない成長分野への移動というのも十分ありうるし重要な観点だと思います。ただ「自主的なリスキリング」が好ましいことは同感ですが、日本企業の場合は企業の人事権でリスキリングが行われるケースも多いはずで(これまでも多かったはずで)、これはこれで有力な手法だろうと思います。もちろん労使間の十分な協議の上で行われることが望まれるわけですが。
 さて重点事項に戻りますと人事賃金制度に関しては「年功制の職能給から日本に合った職務給への移行を個々の企業の実情に応じて進める」「賃金の在り方(年功賃金から個々の企業の実情に応じた日本に合った職務給への移行等)」といささか歯切れが悪いですね。まあここはこれからの検討ということのようですが、「日本に合った」と言われても、今の日本社会のかなりの部分、たとえば教育費負担の重さとか住宅ローンとか社会保障とかいったものは相当程度長期雇用を前提にできているわけですよ。さらに言えば、「個々の企業の実情に応じ」た職務給となると、同一職務でも企業によって賃金が異なることが十分に想定されるわけで、それって労働移動をやりたいという趣旨とはかなりずれてくるんじゃないかなあ。まあこのあたりこれからの検討だということでしょうが、しかし社会のあり方が変わらないのに「労働移動円滑化のための指針」を策定してくださいと言われても頼まれた方が困るんじゃないかなあ。しかも1年弱しか時間がないようですし。
 次は「人への投資」で、労働に直接関係するのはここまでかな。

3.人への投資
・個人のリスキリングに対する公的支援について、人への投資策を5年間で1兆円の施策パッケージに拡充する。
○現在3年間で4,000億円規模で実施している人への投資強化策について、施策パッケージを5年間で1兆円へと抜本強化する。
○デジタル人材育成を強化し、現在100万人のところ2026年度までに330万人に拡大する。年末までに、デジタルスキル標準を策定し、見える化を図る。
○企業によるスキル向上のためのサバティカル休暇の導入を促進する。

 「3年間で4,000億円」にはキャリアアップ助成金の上積みのように必ずしもリスキリングをともなわないものも含まれていたと思いますし、「成長産業に移動するための支援策」ではないものもかなりあるように思うわけですが、まあ非正規から正規になれば芳野会長資料にあるような普通の意味でのリスキリングは発生しそうですし、こちらのほうがまだしもかなという感じです。デジタル人材についても「デジタル田園都市構想」では2026年に230万人と言っているので、さらに100万人を上積みするということでしょうか。まあこのあたりはデジタル人材の定義が異なる可能性もありそうです。デジタルスキル標準については経産省がそれらしきものを作っていたと思いますし、そもそもなんらかのスキル標準で定義しないと「デジタル人材が100万人」というカウントもできないだろうと思うのですが、このあたりどうなっているのでしょうか。
 ということで、とりあえず労働関係はひととおり見たと思いますので今日はここまでということで。これからどのように具体化していくのか注視したいところです。

非正規雇用、このままでいいのか

 日経新聞朝刊の「経済教室」の「非正規雇用、このままでいいのか」という3回シリーズが本日完結しましたので、若干の感想など書いていきたいと思います。一昨日の(上)は小野浩・一橋大学教授で、「正規への保護 見直し不可避」との見出しがついています。
 前半の3分の2くらいは非正規雇用をめぐる経緯と現状の解説と問題点の整理にあてられており、バランスのとれたわかりやすい説明になっています。続いて政策提案になるのですが、

 正規対非正規の格差を是正するには、正規を解雇しやすくする環境と法制度の見直しが必要だ。企業が正規採用をためらうのは解雇が難しいからだ。労働市場流動性が高まれば、正規は採用しやすくなり非正規の需要は低くなるだろう。
 同様に正規の労働条件をより柔軟にすることが必要だ。この点は改善に向かっている企業が多いが、正規雇用にはいまだに出勤、8時間労働を前提とした働き方が多い。非正規に就く人は柔軟で自由な働き方を求める。正規も例えば週3日勤務、テレワーク可など、働き方をより柔軟にして、正規対非正規のバリアーを低くすることが必要だろう。
 企業としても、人材は投資すべき人的資本であり、コストではないという認識が必要だ。必要な時にしか雇わない非正規は「使い捨て」であり、人的資本という認識は薄い。非正規にも人材育成の機会を与え、有能な非正規は正規職に転換を促すような柔軟な取り組みが求められている。
(令和4年10月4日日本経済新聞「経済教室」から)

 正規の非正規化で格差を解消しようという、これ自体は時々みかける主張です。ただまあ正規の雇用保障を低下させ、労働条件も柔軟化という名の切り下げを行って格差を縮小しようというのは政策本来の趣旨からみてどうなのかという疑問はどうしても残ります。また、極論ではありますが、もし企業がやろうとすれば正規採用をやめて新規採用のすべてを有期雇用にすることもできるはずであり、一方で現実を見るとコロナ禍の影響もあるでしょうが非正規労働者比率が頭打ちになっているわけです。つまり企業としては依然として従来型正社員の活用に意味・価値があると考えているわけで、「正規も例えば週3日勤務、テレワーク可など」にしてまで「正規を解雇しやすくする環境と法制度の見直し」を求めているかというとそうでもないのではないかなあ。やはり「雇用保障もほどほど、仕事の拘束度・企業の人事権もほどほど」という限定正社員のような形態(週3日勤務の短時間正社員というのも十分考えられるでしょう。育児短時間勤務では実際に広く行われているわけですし)を普及させていくのが現実的なように思います。
 人材育成については非正規雇用も多様で、大手スーパーのように正規と非正規の人事制度を一本化して非正規も人材育成し監督職登用する例も多いわけです。とはいえ(これはたしか梅崎修先生が朝日新聞で指摘しておられたように思いますが)人材育成というのはかなりの部分OJTに依存するわけで、人材育成上有意義な仕事につけるかどうかというのが問題になります。となると多くの日本企業が組織拡大を望めない現状にあって、そうした仕事を得られない人というのも出てこざるを得ません(特に上級の仕事になるほど困難になる)。小野先生ご指摘のような精神論で実現できる話ではなさそうです(だから政策的支援が必要だという話はわかります)。
 さて昨日(10月5日)の(中)は東大社研の水町勇一郎先生が登場です。見出しは「将来見据え人事制度改革を」となっていますね。
 前半は正規・非正規の格差をめぐる判例・裁判例および一部法改正のレビューと、それを受けた企業の対応について述べられています。これも経済教室らしい要領のいいまとめで、大阪医科薬科大事件・メトロコマース事件の最高裁「判決により契約社員には賞与や退職金を支給しなくてもよいとの誤解も一部で生まれた」「これらの事件は、改正前の法律(改正法により削除された労働契約法20条)が適用された事件」などの指摘は水町先生らしいものですが、実務上も注意が必要な論点ではあるでしょう。
 後半は突如経営学者のような論調となり、「基本給も含めて改革に取り組み、正社員と短時間・有期雇用社員を同一の評価・賃金制度の下で処遇する動き」としてりそな銀行の事例、「正社員の働き方そのものについても柔軟化を進め、短時間勤務、テレワーク、副業・兼業など、それぞれのニーズや希望に応じた多様な働き方を実現しようとする動き」として「施工・介護事業などを営むGCストーリー」社の事例が紹介されています。
 りそなの事例は厚生労働省の事例集にも掲載されていて(https://www5.cao.go.jp/keizai1/2007/work-life/risona.pdf)、大手スーパーなどで導入されてきた制度とよく似たものとなっています。銀行もかなりの部分非正規が基幹業務を担っているのでしょうから、似てくるのもうなずけるものはあります。一方でスーパーと異なるのはかなりの部分を派遣労働でまかなっているところで、まあこちらは労使協定方式でそれなりの待遇は確保されているということでしょうか。
 GCストーリー社の事例もなかなか興味深いもので、就業環境が良好ということでさまざまな表彰を受けておられますが、人材コンサルも手掛けておられるようなのでご商売の必要上というのもありそうな気がしなくもない。また、転職口コミサイトの評判(https://www.vorkers.com/company.php?m_id=a0C1000000qd1yw)を見てみると、総合評価は堂々のトップ3%にランクインという優秀さなのですが、一方で残業時間は月72.2時間、年次有給休暇の取得率は56.5%となっていて、「本人の希望により短時間・短日数勤務、テレワーク、副業・兼業とンいった働き方を選択できるようにしている」事例にしては「あ、あれ~?」と思わなくもない(8人の口コミなのですが80人の会社なのでそれなりに参考にはなるでしょう)。そのままうのみにはしづらいところがあるかなと。
 いずれにしても「性別・年齢・雇用形態にかかわらず全社員が活躍できる人事制度を構築すること」に関しては、文中でも紹介されているように政府のさまざまな文書にも織り込まれている、まあどこからも文句の出ない方針ではあるでしょう。ではどうすればというところに苦心があるわけですが。なお最後にクラウドワークの増加に触れてその人材活用や育成について問題提起されているのはさすがの目配りと思いました。
 そして本日は日大の安藤至大先生で、見出しは「生活安定と労働移動 両立を」となっています。
 こちらは格差をダイレクトに取り上げることはせず、まず前半で労働者の生活を安定させつつ労働市場(労働移動)を通じて人材の適正配置(とは書かれていませんがそういう意味だと思います)を実現することが求められていると述べられます。その上で、労働者に労働移動へのインセンティブがない状況下では政策的介入が必要となると述べられ、具体的に次のように提案しておられます。

…現時点で転職希望がない人でもキャリアコンサルティングを受けることは有益だ。(引用者注:2022年版労働経済)白書も、キャリアの棚卸しを通じて、さらなる成長分野や需要が多い分野への転職の決断をしやすくなる効果を指摘する。…現状ではインターネットの転職情報サイトを利用することが多いが、さらに多様なチャネルが有効活用されるように雇用仲介事業の活用と適正化を進めることが有益だ。
 ただし転職には常に正の外部性があるとは限らず、公的支援も必要とはいえない場合があることに注意したい。…
次に、労働移動には必ずしも会社を移る必要はないことに注意したい。生活の安定と労働移動を両立させる有効な手段として企業の事業転換もある。企業と労働者の雇用関係を維持しつつ、会社が新しいビジネスに進出するケースだ。
…しかし事業転換が常に成功するとは限らない。帝国データバンクの20年12月調査では、新型コロナウイルス感染症により、企業の20.3%が業態転換の予定ありと回答しているが、すべてが成功するのは難しいだろう。玉突きの労働移動と事業転換の両方を活用するための知恵が求められる。
 日本では以前から、労働市場の改革や雇用の流動化が必要であるとの意見が、政治家や企業経営者から聞かれる。これに対し、多くの労働者は生活の安定と向上を求めていることから、反発も大きかった。
 雇用関係の議論をする際には、丁寧な説明と納得感の形成が求められる。公労使の三者構成からなる審議会でも、社会変化に対応する視点から性急な議論になり、かえって決着までに時間がかかることもある。
 そもそも改革や流動化は手段であり目的ではない。一方で今後の社会変化を踏まえると、労働者が安心して生活するためにも仕事内容や働く企業が変わったとしても収入が途切れず処遇が向上する新しい安定の姿を模索し、実現する方法を考える必要があるだろう。
(令和4年10月6日付日本経済新聞朝刊「経済教室」から)

 まさにご指摘のとおりで「生活の安定と労働移動を両立させる」ことが重要であり、今朝のテレ東のモーニングサテライトで日経新聞のコメンテーターの方が「守るべきはゾンビ企業でなく雇用、リスキリングで成長産業に雇用を動かす」とのたまわれていて毎度のことながらあーあと思ったのですが、守るべきは雇用だけではなく雇用と賃金なんですよ。成長産業=高賃金という保証はどこにもないし、そもそもゾンビ企業なるもので就労している労働者がすべて動けるほど雇用がある保証もない。hamachan先生ことJLLPTの濱口桂一郎先生の記念碑的大著『日本の労働法政策』によれば「失業なき労働移動」が労働政策に登場したのは1995年の第8次雇用対策基本計画であるらしく、「雇用対策の基本的事項のトップに「雇用の創出と失業なき労働移動の実現」が設定された」と書いてあります。きちんと「雇用の創出」がセットになっているわけですね。
 「労働移動には必ずしも会社を移る必要はない」というのもまさにご指摘のとおりで、実際に行われていることでもあるというのはこのブログでも繰り返し書いてきました。そして「雇用関係の議論をする際には、丁寧な説明と納得感の形成が求められる」というのも非常に重要なご指摘でしょう。労働政策、雇用政策は検討するにも実施するにも効果が出るにもそれなりの期間が必要であり、特に実施にあたっては労働者、労働市場が適切に対応できる速度感というのが重要だということは、これもこのブログでたびたび書いたと思います。高年齢者雇用政策なんかは20年のタイムスパンでやっているわけですよ。
 最後の結論部分はなかなかの難題であるわけですが、やはり大きなポイントは(平凡ではありますが)雇用創出、とりわけ良好な雇用の創出であろうと思います。いつも同じようなことを書いていてまたかと思われるかもしれませんが、そのために良好なマクロ経済運営が重要なのだろうと思います。

日本労働研究雑誌10月号

 (独)労働政策研究・研修機構様から、『日本労働研究雑誌』10月号(通巻747号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 今号の特集は「労使関係における集団の意義」ということで、集団的労使関係が全面的に取り上げられています。中でも私がおおいに注目したのは旧日経連の田中恒行さんが「経営側から見た「集団」の意義」と題して、旧日経連が主唱していた支払能力システムを紹介しておられるところで、経営上理にかなった適正分配の実現が可能となるのが経営側から見た労組の意義だというご主張です。もちろん支払能力論は総額人件費なので雇用形態の多様化とはそれ自体は中立のはずですが、正社員中心に組織された企業別労組の場合は相対的に非正規への関心が低くて、というところで特集全体の問題意識に接続するということのようです。このあたりは八代尚宏先生が常々「問題は労使関係ではなく、多様な労働者(典型的には正規と非正規)間の労労関係だ」と指摘されているのに通じるわけですが、解決策としては企業別労組が非正規の組織化を進めて正社員との利害調整をはかるのか、あるいは別途の非正規の労組を組織するのか、そもそも企業別労組も見直すのか、実現性は別としていろいろ考えられるところでしょう。田中さん自身は「抜本的な見直し」と述べるのみで具体的な結論を出していません。
 それにしても「支払能力論」とは懐かしい。係長手前くらいの頃に日経連の『経営計画の策定と適正賃金決定』で勉強したことを思い出します。今は『春季労使交渉・労使協議の手引き』にも出てこないようですが…。