ジョブ型普及は労働市場の改革と一体で??

 日経新聞さんが社説でジョブ型をプッシュしておりますな。お題は「ジョブ型普及は労働市場の改革と一体で」。さっそく読んでみましょう。

 政府は企業に年功序列ではなく職務内容で賃金を決める「ジョブ型雇用」への移行を促す方針を表明した。2023年6月までに官民で指針を策定し、働き手が1つの会社にこだわらず転職しやすくなる社会を目指すという。
 ジョブ型が普及する欧米では、職務が同じであれば企業が違っても処遇はほぼ同じになる。ジョブ型を労働移動を促す一歩にしたいという政府の考えは理解できるが、実現のためには硬直的な労働市場の改革が欠かせない。
(令和4年10月18日付日本経済新聞「社説」から、以下同じ)

 「ジョブ型が普及する欧米では」ということは、わが国で最近スローガンとして掲げられることの多いいわゆる「ジョブ型」ではなく、欧米の本物のジョブ型ということのようです。実際社説は最後に「日本でもジョブ型と称して新たな人事制度を導入する企業は増えているが、社内改革にとどまり、単なる成果主義になっている例もある」と企業に苦言を呈してもいて、一時期に較べるとだいぶん理解が深まってきたようです。
 ただまあ先日も書いたように(https://roumuya.hatenablog.com/entry/2022/10/07/175501)政府の方針は「年功制の職能給から日本に合った職務給への移行を個々の企業の実情に応じて進める」「賃金の在り方(年功賃金から個々の企業の実情に応じた日本に合った職務給への移行等)」などと「日本に合った」が連呼されているので、果たして日経新聞さんの想定する欧米のジョブ型への意向が考えられているのかどうかは微妙なところです。
 また、「硬直的な労働市場の改革」というわけですが、たとえば勤続年数の国際比較をJILPTの資料(https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2022/03/d2022_T3-13-2.pdf)で見てみると、たしかに日本の勤続は長いほうですが、目立って長いのは24歳以下の若年層であり、25歳以上は大陸欧州とほぼ同等程度になっていて、むしろアメリカが異常値という印象を受けます。まあこのあたりはどう評価・表現するかという話ではありますが。

 欧米に比べて日本の転職市場が成熟していないのは、賃金相場が不透明なことが一因だ。転職を考える人にとっても、職種別の細かな賃金情報は重要になる。
 目安となりうるのが20年3月に厚生労働省が開設した職業情報提供サイト「job tag」だ。約500の職業について賃金水準や必要なスキルを検索できるが、手本とした米国のサイトに比べると情報量で見劣りする。人材紹介会社の協力を得るなどして、データを充実させる必要がある。

 こちらになります。
https://shigoto.mhlw.go.jp/
 「日本版O-Net」としてスタートして以来、機能も情報量も強化が続けられていて、けっこう頑張ってると思いますが、まあ本家O-Net(https://www.onetonline.org/)は日本版の約2倍(1,016)の職業が搭載されていますので、日本版もその点充実させていく余地はあるでしょう。ただ、「人材紹介会社の協力を得る」というのはjob tagの求人賃金のデータがハローワークのものが使われているところから着想したのではないかと想像しますが、本家O-Netのほうはというと、私が探してみた限りではそもそも求人賃金のデータ自体が掲載されていないように見えるのですが…。

 成長分野への労働移動を円滑に進めるには、企業が求める技能を備えた人材を着実に育て、採用する企業に橋渡しする仕組みが重要になる。公的職業訓練ハローワークのテコ入れは急務だ。
 スウェーデンは官民が協力して職業訓練のメニューを絶えず見直し、企業は長期の実地訓練も受け入れる。ドイツでは職業紹介で民間のサービスを受けられるバウチャー(利用券)を発行する。
 最新の技術動向や、どんな職種で人材需要が旺盛なのかは民間企業の方が豊富な情報を持っている。日本も官民で協力体制を早期に築くべきだ。

 何度も言うけどただ橋渡しするんじゃなくて好条件で橋渡ししないとダメだからな。まあ言わずもがなだから書かなかったのでしょうが。
 あとなぜか公的職業訓練ハローワークが推されていて、もちろん私もこれらの強化は望まれると思いますが、一方で民間の専門学校や企業内訓練に助成金を出すという考え方もあるわけで、実際ドイツの事例は民間活用ですよね。このあたりはまあ云わんとすることはわからないではないですがちょっと不思議な感じです。

 働き手を守り、後押しするために規制の見直しも要る。不当な解雇にあった労働者をお金で救済する「解雇の金銭解決制度」は導入に向けて議論を進めるべきだ。

 なぜここで解雇の金銭解決が出てくるのかがよくわかりません。まさか「成長分野への労働移動を円滑に進める」ためには不当な解雇を行うことが必要だと言いたいわけではないだろうな…?もちろん解決方法の多様化は実務的には望ましいことだと私も思いますが、ここでこういう形で持ち出す話ではないでしょう。「企業が求める技能を備えた人材を着実に育て、採用する企業に好条件で橋渡しする仕組み」があれば、別に不当な解雇をしなくても自発的に移動する労働者は多いと思います。

 仕事の時間配分を個人が決められる「裁量労働制」は効率的に働くことができ、ジョブ型にも適している。研究開発など一部の業務に対象を限定しているが、営業などにも広げてほしい。

 これは一応はそのとおりで、本来の意味でジョブ型で働いているのであれば一方的に仕事を増やされたり変えられたりすることはないのが原則なので、たしかにメンバーシップ型よりジョブ型にヨリ適しているとは言えます。ただまあそれで欧米でどの程度の人たちが裁量労働制的な働き方をしているかというと決して多くはない(おそらく1~2割程度?自信なし)わけですが。

 日本でもジョブ型と称して新たな人事制度を導入する企業は増えているが、社内改革にとどまり、単なる成果主義になっている例もある。欧米のように社外との人の行き来を活発にして、成長分野へ人材を動かすことで日本経済の成長率の底上げを目指すべきだ。

 ということで最後はすでにご紹介したようにお小言になります。これについても繰り返し書いているように社外との行き来も結構ですが必ず行き来しなければならないわけではなく、むしろ企業が成長分野に進出し従業員を内部育成することで成長分野に労働力が移るという手法にもメリットがあるよねという話を書いて終わります。