坂本貴志『統計で考える働き方の未来』

 日本キャリアデザイン学会の広報誌『キャリアデザインマガジン』に寄稿した書評を転載します。



『統計で考える働き方の未来-高齢者が働き続ける国へ』
坂本貴志著 2020.10.10 ちくま新書

 この4月1日、改正高年齢者雇用促進法が施行され、70歳継続就業の努力義務が企業に課されることとなった。今後一段と高齢化が進むわが国において、これまで65歳だった高年齢者雇用政策のターゲットが70歳に変わることになる。「就業意欲の高い日本の高齢者が年齢にかかわりなく働ける生涯現役社会」という理念は理念として、一方には「引退後は月5万円の赤字、2000万円の貯蓄が必要、だから貯蓄だけでなく投資を」との金融庁の報告書が炎上したという現実もある。今回の法改正にあたっては「現在65歳となっている年金支給開始年齢の引き上げは検討しない」とのことだが、この先ずっとそれで済むと思う人は多くないだろう。超高齢社会の先行きを見通すことは難しいし、不確実であることが不安を助長する。そこに政治的な意図が入り込み、ともすれば根拠の乏しい楽観や過度の悲観が語られがちでもある。
 この本は、わが国の豊富な統計データを駆使して、超高齢社会の将来像を科学的・客観的に検討し、希望的観測でも絶望的観測でもない等身大の見通しを描き出している。本書の前半部分は、検討の前提としての現状の把握にあてられる。高齢化と人口(特に生産年齢人口)減少が進んだことによる就業構造の変化、それにともなう賃金や格差、生活実感などがどう変化したかが述べられる。女性と高齢者の就業が拡大することで得られた原資を社会保障給付に充当することで従来とそれほど変わらない暮らしが実現しているという、まさに等身大の日本社会が描かれる。
 後半部分では、将来の見通しが考察される。まずは政府の年金財政検証を検討し、2050年の年金額は現在の水準から1割から2割程度減るとの見通しを示す。これは、年金を受給し始めてからも、生計を維持するために働き続ける高齢者が増えることを意味し、それに適応する形で、フリーランスなどの多様な、高齢者に適した働き方が拡大するだろうと著者は予想する。その萌芽は新型感染症が拡大する以前から見られたし、実際に改正高齢法も雇用でない就業を織り込んでいるわけなので、妥当な予想であろう。
 もう一つの著者の重要な指摘は、高齢者が現場労働を担うというものだ。昨今、技術革新によって従来の雇用が大幅に失われるとの言説が見られるが、著者はこれまでの就業構造のデータからそのような急速な仕事の代替の発生については否定的な見解を示す。一方で、常に技術革新が進む中で、先進分野の仕事は人材育成の観点からも若手~中堅が担うことが望ましく、高齢者はそれ以外の労働需要、すでに不足していて今後も不足するであろう現場労働の需要を満たすことが求められるという。こうした分野で、長時間労働ではなく、重い責任を負うこともなく、人から命令されることもなく「無理なく役に立つ」ことが重要であり、本書ではすでにそのような働き方でそれなりに暮らしている実例も示されている。
 かつてはそれなりに現実的だった「定年後は悠々自適」は、今や多くの人にとっては見果てぬ夢となった。そうした中で、これからは従来のような、山登りのように高めてきたキャリアを定年とともに飛び降りるキャリアではなく、高齢期には「職業人生の下り坂を味わいながら下る」「細く長く働き、納得して引退する」キャリアの考え方を大切にすべきだという。
 その結論はそれほど明るくもないし希望が持てるものでもないが、まるっきり絶望的だというものでもない。しかし、それが等身大の姿というものなのだろう。統計データをふまえた現実的な分析には説得力があり、その誠実な姿勢には好感が持てる。「改革」を唱道する俗書とは一線を隠した好著として広くお薦めしたい。

海老原嗣生『人事の組み立て』

 ニッチモの解散イベントの際に配布された海老原嗣生さんの『人事の組み立て―脱日本型雇用のトリセツ』を読みました。面白かった。

 第1章は日本と欧米の人事管理のしくみとその相違点を、ポイントをおさえてわかりやすく解説し、昨今はやりのいわゆる「ジョブ型」論議がいかにずれたものかを示しています。このブログで以前紹介した講演(「成果主義と同じ轍」)の前半部分の内容ですね。
 第2章は日本社会における労働問題と日本型雇用との関係が整理されていて、「誰もが階段を上らねばならない(強調ママ)」という日本型雇用の本質に手をつけなければ、個別の問題点だけに着目してそこだけなんとかしようとしても解決にはならないということが示されています。
 第3章はそれを受けた「脱日本型の解」になるわけですが、ここで非常に面白いのが職業能力を「OS」=広くどこでも使える、ロジカルシンキング、ストレス耐性、チームマネジメント、仕組化、手順化等と、「アプリ」=専門知識・技能・作法・人脈等の二つに分け、アプリがより重要でOSはそこそこの企業をType A、アプリはそこそこでOSがものを言う企業をType Bとして(どちらもそこそこの企業はType C)、Type Aは日本型雇用の長期的な人材育成が有効なのに対してType Bは早期選抜・抜擢が有効だ、という整理をしているところです。Type AがType Bと、Type BがTypeAと同じやり方をしようとしてもうまくいかないというわけですね。
 その上でType Aの「脱日本型の解」になりますが、これはごくおおざっぱにまとめるとキャリアの前半は従来型の人材育成重視でいく。そしてある段階でエグゼクティブ候補とそれ以外を明らかに分け、前者にはさらに「階段を上る」人事管理を、後者には「階段を上らない」人事管理を適用するというもので、さきほどの「成果主義と同じ轍」の後半部分に通じるものです。
 でまあ終章のさらに終わりのところで自分の名前を発見して思わずギャッと叫んだわけですがそれはそれとして(いやこれ事実と違うし)、わが国では現状ジョブ型にしても同一労働同一賃金にしても本来の意味をかけはなれたところでさまざまな主張が手前勝手になされて議論が混迷を極めている中にあって、多くの人の頭の整理におおいに役立つ本だと思います。人事管理をする人される人、その企画や評価をする人、関係者に幅広く読まれてほしいと思います。おかしな報道おかしな「指導」をしているメディアやコンサルは読めと言ってもこらこらこら。
 残りは私としては意見が異なるかなという部分を2つほど書いておきたいと思います。ひとつは非正規雇用の評価で、まあ良く考えれば同じことを別の表現で言っているだけなのですが、私は企業が非正規雇用常時必要とする理由として「人員規模適正化のための調整しろ」と「昇進昇格させなくてもいい従業員」の2つに整理することにしています。後者は実は著者のいう「ジョブ型+解雇ルール」とほぼ同じことなのですが。
 もう一つは前々からどうしても意見の合わない点ですが、本書169ページでエグゼクティブ候補になれなかった人について「十数年思いっ切り頑張った結果だから、入り口で将来が決まってしまうよりも納得感は高いでしょう」と書かれているところです。企業が人事権を握り、それに服する中での「十数年思いっ切り頑張った結果」なので、往々にして「思いっ切り頑張った」けれど「配置されたプロジェクトがたまたま縮小になった」「担当した商品でたまたまライバル企業が大ヒット商品を出してしまった」とか、さらに下世話な話だと「たまたま上司と合わなかった」「たまたま同期のエースと同じ部署だった」とかいう事情でふるい落とされてしまう人というのが結構出てきて、敗者復活のチャンスもないとなると、果たして「入り口で将来が決まる」より納得性が高いのかどうかは微妙なような気がするわけです。
 あと余計なことながら、いい本であるだけに惜しいと思ったのが同一価値労働同一賃金が同一労働価値同一賃金になっていたり縁辺労働力が縁辺労働者になっていたりフランスの中間職が中間工になっていたり欠員補充の図の職層と仕事内容がずれていたりとイージーミスが目立つところで、まあこれは出るタイミングが重要な本をニッチモ解散のご多忙中に上梓されたわけで校正に遺漏があるのは致し方ないとしたものでしょう。重版時に修正されることと思います。

ビジネスガイド6月号

 (株)日本法令様から、『ビジネスガイド』6月号(通巻903号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

ビジネスガイド 2021年 06 月号 [雑誌]

ビジネスガイド 2021年 06 月号 [雑誌]

  • 発売日: 2021/05/10
  • メディア: 雑誌
 今号の特集は「新型コロナワクチン接種 企業対応と法的留意点」「給与のデジタルマネー払い 導入前の検討事項と基礎知識」「新テレワークガイドラインの改定ポイントと実務」の3本で、いずれも時宜を得たタイムリーなものですが、毎月のことながら現下の人事担当者は本当に大変ですね。中でもテレワークガイドラインは今般の感染症対策にともなうテレワーク推奨を受けてほぼ全面改訂に近く、かつ従来はどうしても慎重な姿勢が残っていたところ今回はかなり活用を促すものとなっていて実務的にも重要であり、役立つ解説記事ではないかと思います。
 八代尚宏先生の連載「経済学で考える人事労務社会保障」は前回の続編で保育サービスが取り上げられ、現行政策の問題点が整理されています。大内伸哉先生のロングラン連載「キーワードからみた労働法」は今般の施行された改正高齢法で導入された「創業支援等措置」が取り上げられ、これまでの高齢者雇用政策の流れから今回改正の内容と意義、特に非雇用の就労への政策的支援の意義が解説されています。

濱口桂一郎『団結と参加』

 JILPTの濱口桂一郎先生から、ご著書『団結と参加-労使関係法政策の近現代史』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

 濱口先生は2013年に同名の労働政策レポート(https://www.jil.go.jp/institute/rodo/2013/010.html)を執筆しておられ、この本はそれに新しい情報を加えて単行本化されたものです。2013年当時の感想を転載します(JILPT様より)。

…今回なんといっても注目すべきはhamachan先生こと濱口桂一郎統括研究員の手になる労働政策レポートNo.10『団結と参加―労使関係法政策の近現代史』でしょう。欧米主要国にとどまらずその周辺国、ロシアおよび東欧諸国、中・韓およびアジア諸国まで、その労使関係法制の現状と歴史的経緯が解説されています。博覧強記のhamachan先生の面目躍如といった作品といえましょう(おお、偉そうに)。
JILPT様より - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)

 某財閥系シンクタンクの研究会で若手からベテランまで多くの企業の人事担当者と調査を通じて交流・議論する機会があり、昨年は新卒一括採用と長期雇用のこれからみたいなテーマで活動したのですが、その中で痛感したのが集団的労使関係に対する関心の低さでした。財閥系の大企業ですから立派な労組があるわけですが、採用や個別人事をやっている人には存在感が薄いようです。労組自身が労働者代表制の導入を求めるような状況下で、それでも昨年は推定組織率が久々に上昇しています。私は繰り返し集団的な合意による規制のオプトアウトの拡大を主張してきていますが、その当事者はやはり実力行使の手段を持ち経営と緊張感をもって向き合える労働組合であるべきだろうと考えます。そうした中で、この本が、「オビ」にうたわれているように「世界の集団的労使関係の歴史を法的視点から改めて見直し、新たな捉え方、考え方を示唆する」ことに期待したいと思います。

鶴光太郎『AIの経済学』

 慶応の鶴光太郎先生から、最近著『AIの経済学ー「予測機能」をどう使いこなすか』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

AIの経済学 「予測機能」をどう使いこなすか

AIの経済学 「予測機能」をどう使いこなすか

 雇用への影響をはじめ、なにかとセンセーショナルに論じられがちなAIについて、経済学の観点から現在わかっていること、予測できそうなことをコンパクトにまとめた本です。雇用への影響は『産政研フォーラム』春号に登場された二人の経済学者と同様に代替的・補完的という論点を紹介し、まだはっきりしないものの騒がれているほどのものにはならないだろうという見解のようです。続いて教育、企業経営、産業、公共政策などへの影響が述べられ、昨今のコロナ禍での応用にも触れられたあと、今後求められる経済政策やスキル、能力、人材育成について論じられています。AIをめぐる議論の混乱が整理できる有益な本だと思われます。当然ながら「AIの時代にはジョブ型雇用」とかいう妙な話は出てきません(笑)

大内伸哉『人事労働法』

 神戸大学大内伸哉先生から、ご著書『人事労働法ーいかにして法の理念を企業に浸透させるか』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

 副題のとおり、企業の人事担当者向けの労働法の教科書というコンセプトの本です。労働者の納得した合意(「納得合意」と呼ぶ本書のキーコンセプト)に対してまで裁判所は強行法規を強制すべきではないので、納得合意を得られる人事管理によって紛争を防ぐべく、「労働法の理論体系を、裁判規範ではなく、企業に対して、どのような内容の義務をどのように履行すべきかという行為規範の観点から構築しよう」という、まことに野心的な試みの本といえましょう。著者にはすでに「労働法で人事に新風を」という類似のコンセプトの著書がありますが、それを本格的に理論化・体系化したものと言えそうです。
 目についたところをバラバラと拾い読みした限りでもかなり刺激的な議論が見られ、大内先生の深い思索を感じる一方で、伝統的な労働法学の立場からは異論も多そうに思われます(大内先生は伝統的労働法とは異なる労働法ということで人事労働法と称するとのことです)。じっくり勉強してみたいと思いますが、しかしこれ企業の人事担当者には少々難しすぎませんか先生…?
労働法で人事に新風を

労働法で人事に新風を

藤村博之『考える力を高めるキャリアデザイン入門』

 法政大学の藤村博之先生から、『考える力を高めるキャリアデザイン入門ーなぜ大学で学ぶのか』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

考える力を高める キャリアデザイン入門

考える力を高める キャリアデザイン入門

  • 発売日: 2021/04/05
  • メディア: 単行本
 学部生向けのキャリア教育のテキストといった趣の本で、日本の労働市場や人事管理、社会慣行を踏まえた現実的な内容となっています。卒業後の仕事やキャリアのイメージをつかみ、それに結び付く大学での学びの意義が理解できるように構成されています。具体的な取り組みも無理な注文ではなく、大学生が多少の努力で実行できるものになっていて、変化の激しい時代(本書でも「変化に挑む」は1部をあてて強調されています)に向き合う若者にとって有意義な本ではないかと思います。