労基署がやってくる!

週刊ダイヤモンド」の今週号、おなじみの黄色の表紙に大書された第1特集はなんと「労基署がやってくる!」。

ということで職場の回覧をインターセプトして(笑)さっそく読んでみました。いや面白かった。
最初はプロローグということで、企業がどんな監督をどのくらい受けているかが「上場企業のうち従業員が3,000人以上いる733を含む743社にアンケートを実施。237社から回答を得」た調査で示されています。それによると「「2009年以降に労基署の臨検監督を受けたか」を尋ねたところ、180社(76%)が受けていた。」ということだったとのこと。今年11月の調査ということですから約6年間で、全企業に占める「上場企業のうち従業員が3,000人以上」企業の比率を考えると例によって多すぎないかと思うわけですが(実際この特集記事中にも監督官の現有戦力ですべての事業所を臨検するには25年かかるという記載があり、だとすれば6年間では25%前後が妥当でしょう)、それは致し方のない事情というものがあるのだろうという話は過去のエントリで何度か書きました(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20140430#p1http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20110822#p1など)。まあ労働基準監督は事業所単位なので事業所数の多い大企業はその分監督が当たる確率も高いということもいえるわけで、後で出てきますが5年弱で24通70件の是正勧告を喰らっているワタミみたいな例もあるわけでな。監督種別の内訳が定期監督124社、申告監督26社、その他・不明が77社で単純合計が227と180社を大きく上回っているのも類似の事情でしょう。
さて調査結果によれば監督を受けた企業のうち135社が「是正勧告を受けた」とのことで、ちょうど4分の3の企業で法違反があったということになります。申告監督が26件あることを考えても多い感じがしますが、大企業だけにこれには「見解の相違はあるがあえて争わず従った」という大人の対応をした例もありそうで(いや争った例もあるかもしれないが)、ある程度割り引いてみることも必要なのかもしれません。
なお「企業側は労基署にどんな印象を持っているのか」については、43%が「相談に乗ってくれるので頼りになる」と回答したとのことで、「事務的なやりとりをする役所」の17%、「権限が強いので怖い」の9%を大きく上回っています。記事はこれについて「遠慮が働いたのか」と書いていますが、私はこれはかなり本音に近いと思います。もう20年くらい前ですが私自身も労働時間法制(ちょうど新しい制度がいろいろ導入されたこともあり)を中心にいろいろ相談に乗ってもらうなど頼りにしていた記憶がありますし、当時お世話になった監督官(はじめ労基署職員のみなさま、後で出てきますがけっこう異動が多いので何人もいらっしゃいます)のお名前やお顔はまだ鮮明に記憶しています。もう定年を過ぎた方がほとんどと思いますがお元気だろうか。
ただ残念ながら監督官は玉石混交が甚だしいのが実情とも思われ、管轄区域外の事業所まで「指導」されたとか所管法令以外の法令についての「指導」を受けたとかいう話も聞きますし、「○○事業所で法○○条違反」とのみ記されていつ、事業所のどこで、具体的にどのような法違反があったのかが一切記入されていない是正勧告を見せてもらって驚いたこともあります。
あと怖いといえば怖いのは監督署に相談してOKだった案件が異動で監督官が交替するとNGになってしまうということが起きることで、まあ聞くところによると税務署等でも類似の実態はあるらしく、もちろん裁量の範囲ですし逆もありうるので文句も言えないわけではありますが、しかし混乱のもとであることも事実なので。
続けてどのような企業がどのような事項で臨検・監督を受けやすいかといった情報や、労基署の組織、労働基準監督業務の流れ、基本的な関係用語の解説などがコンパクトにわかりやすくまとめられていて、まあ実務経験者には周知のことですが多くの読者には参考になるのではないでしょうか。
続くPart1は「知られざる労基署大解剖」ということで、労働基準監督官の実情が紹介されています。前半は具体的に4人の監督官が出てきてその人となり・仕事が紹介され、後半はまた異なる4人の監督官による覆面座談会という趣向になっています。

 千田成人・労働基準監督官は、そう言って被疑者に手錠をかけた。茨城県水戸市で製造業を営む中小企業の経営者を、労基法違反、従業員への賃金未払いの容疑で逮捕した。過去にも賃金未払いで送検されており、今回も度重なる是正勧告にも聞く耳を持たず、悪質だと判断されたのだ。
 被疑者は、体重100キログラムはあろうかと思われるほどの巨漢。その筋の人だった。「普通に恐ろしかった」と千田監督官は言う。…
幸いなことに、被疑者は暴れることもなくおとなしく車に乗ってくれた。車の 何度もしょっぴかれているのだろう。警察署に着くやいなや、警察官たちが「あいつか」と納得したような顔をしている。明らかに、監督官たちよりも被疑者の方が“逮捕慣れ”していた。
 逮捕に先立ち、千田監督官らは、3日3晩張り込みを続け、被疑者の行動を監視していた。警察に取調室や留置場を借りて捜査し、送検した。千田監督官は、任官23年目のベテランだが、逮捕事案に遭遇したのは1回だけ。送検レベルではなく、逮捕にまで至るケースは極めて珍しい。
(「週刊ダイヤモンド」2014年12月20日号、pp.38-39)

ブラック企業世にはばかるという現状を打開するためにも、なによりこういう仕事をしっかりやってほしいと思います。だからこのブログでも類似の事案の報道を見かけると紹介し応援してきました。
こういう仕事を、「税務職員も会計監査員も刑事も、基本は2人1組で行動しますよね。でも、監督官は一人親方で、個人行動が基本。」でやるわけですから、まあそうそう簡単に(経済同友会がいうみたいに)弁護士や社労士にできるわけないよねえ。というか公務員でなければできない仕事だろうと思います。だからしっかりやってほしいと期待もするわけですが。
さて座談会も含めてここで紹介されている労働基準監督官の仕事は、私が勝手にまとめれば「有意義でやりがいもあるが激務」ということになりましょうか。「激務」については記事では国税専門官との比較がされていて、国税専門官約56,000人に対して労働基準監督官は約3,200人と約18分の1で圧倒的に少ないという紹介がされています。まあ国家はやはり徴税には熱心ですねという話かもしれませんが、監督官が足りないことは間違いないとしても(このブログでもたびたび言及しています)、単純な比較はあまり意味がないような。税務署にいる国家公務員II種は国税専門官だけ(だと思いますが自信なし)ですが、労基署にはII種の事務官や技官もいるはずですし(まあそれを加えても圧倒的に少ないことに変わりはないでしょうが)。
覆面座談会はたいへん面白く、私も労基署に頻繁に出入りしていたころには監督官の方からお仕事の話をお聞きする機会もあり(まあ具体的事案の話はありませんでしたが)それはそれで非常に興味深かったのですが、逮捕して送検しましたという話は聞いたことがありませんでしたからその手の話の具体的なところ(警察との関係とか)は初めて知りましたし、監督官1人1年1回の送検が目標になっているというのもへーという感じでした。監督署の現場が5号館並みのブラックで「ブラック企業を取り締まるべき職場がブラック企業化している」というのも、当時はそれほどまでの印象はありませんでしたが、たしかに現在はそうなのかもしれません。当時も持ち帰っていたりしたのかなあ。
あと、座談会参加の監督官の方の「労働者には自分でやれることはやってほしい。これは監督官不足の問題を抜きにしても言っておきたい。監督官が労働問題解決の代行をやってくれるという他人任せでは、自分が求める結果は得られません。」というのも肯かされたところで、確かに労基署に駆け込むことが最善の解決方法だということは、ないとは言いませんが必ずしもそうではないでしょう。このあたりは特集の後の方でも出てきます。
なお前半に戻ってここで記名で取材されている監督官4人のうち2人が女性、「女性監督官のある1日」というコラムもあるわけですが、いまや「杉原監督官の同期は、87人中女性が25人と女性比率が最も高く3割に迫る」という状況なのだそうです。私が出入りしていたころの監督署はどこも女性がひとりいるかいないかというくらいの男職場だったという印象がありましたのでこれには驚いたというか、時代の流れを感じました。もちろんたいへんに結構なことであり、こうした記事を読んで監督官を志す女性が増えてほしいと思います。まあそういう人はビジネス誌なんか読まないでしょうしダンダリンのほうが影響力がありそうですが…。
続くPart2は「あなたの会社も狙われる」というタイトルがついていますが、前半はワタミゼンショーがどのような監督を受けたかという話です。ワタミが受けた監督については是正勧告の一覧表が掲載されておりどうやって取材したのかと思ったら例の過労死訴訟で証拠として提出されたという事情のようです。
ゼンショーの方も2012年度に13通、2013年度に49通の是正勧告書を喰らったということなのでワタミに負けず劣らず(勝たず優らず?)で、どちらも第三者委員会を作るなどして改善努力をしたところ、

…その後も労基署は2社の事業場の臨検に回っており、ワタミは13年に7回臨検が入ったが是正勧告2件、14年は6回の臨検で是正勧告1件にまで減った。ゼンショーも「長時間労働があるだろうと見込んで来る監督官に、空振りしてもらえるようになってきた」(國井義郎・ゼンショーホールディングス取締役グループ人事・総務本部長)という。
(p.48)

ということなのでまあ相当に改善されたのではありましょう。もちろん記事にもあるように業績においても採用においても大打撃を受けたわけではありますが。
後半は最近の裁判例から企業としての留意点を指摘するもので、今年3月に最高裁判決が出た東芝事件、7月に東京高裁で和解が成立したリコー事件、1月に最高裁判決が出た阪急トラベルサポート事件が取り上げられています。とりわけ東芝事件は記事でも「企業の人事担当者が、2014年に最も衝撃を受けた労務訴訟として口をそろえる」とあるように企業に難しい対応を求めるもので、特集の後の方ではこう書かれています。

…安西愈弁護士は訴訟対策の視点から「就業規則に労働者の義務を明文化しておくこと」を促す。
 就業規則は私法上の労働契約であり、就業規則に記載された事項について従業員は義務を負う。労働者の義務をはっきりさせることは、訴訟時に企業側の武器になるというわけだ。
 例えばメンタルヘルスなどの健康管理においても、従業員は健康診断を受けるとともに、日頃から自己管理を積極的に行わなければならないことを盛り込んでおく。また、健康上の問題で、業務に支障を来す恐れがある場合は速やかに届け出るよう周知すれば、会社責任の軽減を図れる。
 この点は、多くの企業に衝撃を与えた東芝うつ事件の教訓でもある。社労士の佐藤広一氏は入社時から健康に関する申告書を出してもらい、企業側が情報を積極的に取ることに努めている姿勢を見せるよう促している。
(p.59)

なお阪急トラベルサポート事件については高裁判決の段階で季刊労働法239号にコメントを寄稿しておりますのでよろしければご覧ください(匿名ですが)。
さて特集はまだ続くのですがだいぶ長くなってきましたので次回以降にさせていただきたいと思います。取材もかなりされていて、情報としてもまとまったものですので、人事担当者やマネージャーに限らず読んで損のない特集だと思いますのでおすすめします。