ハマキョウレックス事件・長澤運輸事件最高裁判決

注目の2事件の最高裁判決が出ました。

 正社員と非正規社員の待遇格差が、労働契約法が禁じる「不合理な格差」に当たるかが争われた2件の訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷(山本庸幸裁判長)は1日、「不合理か否かの判断は賃金総額の比較のみではなく、賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきだ」との初判断を示した。そのうえで、契約社員による訴訟で5種類の手当の格差を不合理と認める一方、定年後の嘱託社員による訴訟では近く年金が支給される事情などから大半の請求を棄却した。

 最高裁は不合理性の判断に当たり、労使交渉の経過や経営判断、定年後再雇用などの事情も考慮要素となるとの枠組みを示した。
 その上で、浜松市の物流会社「ハマキョウレックス」の契約社員が6種類の手当の格差是正を求めた訴訟では、4種類の手当の格差を不合理と認定した2審・大阪高裁判決を支持。正社員に支給される皆勤手当も「出勤者を確保する必要性は非正規社員も変わらない」として、この点の審理だけを高裁に差し戻した。
 一方、横浜市の運送会社「長沢運輸」に定年後再雇用された嘱託社員3人が「賃金減額は不当」と訴えた訴訟でも、個別の賃金項目を検討。皆勤手当と同趣旨の精勤手当の格差を不合理とし、相当額の5万〜9万円を3人に支払うよう会社に命じた。一方で、基本給や大半の手当の格差については、3人は退職金を受け取り、近く年金が支給されるなどを理由に不合理性を否定。精勤手当に連動する超勤手当の再計算の審理のみを東京高裁に差し戻した。
(平成30年6月2日付毎日新聞朝刊)

判決文はこちらにあります。
ハマキョウレックス事件
長澤運輸事件
さてこれをめぐっては各方面でいろいろな反応もあり、また今後労働法クラスタから仔細な検討が加えられるものと思いますが、判決文を一読した限りでの私の感想は概ね妥当だろうというものです。以下若干のコメントを書いて行きます。かなり荒っぽい感想レベルの話であり誤りなど多々あろうかと思いますのでご指摘いただければ幸甚です。
まず重要なのは実務的に最大の論点は別にあるということで、賃金、賞与、退職金については判断されていないわけです。これについてはハマキョウレックス事件の一審判決で定期昇給、賞与、退職金、家族手当の相違は労契法20条違反とならないと判示され、その後の高裁判決ではそもそも労契法20条の民事効が及ばないことから「本件請求は理由がない」として判断されなかったという経緯があり、今回最高裁判決もそれを踏襲しています。「不合理か否かの判断は賃金総額の比較のみではなく、賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきだ」としたのもこれと整合的だろうと思われます。やや表現は悪いですが幹の話は消えて枝葉の話になっているわけですね。
その点長澤運輸事件は賃金制度の相違についても判断されていて、たしかに今回の判決ではここが最重要であろうと思われます。
具体的には、

  • 正社員の賃金項目は「基本給」「能率給」「職務給」、再雇用の賃金項目「基本賃金」「歩合給」となっており、
  • うち「基本給」と「基本賃金」は固定給で「基本給」<「基本賃金」
  • 「能率給」「歩合給」は出来高払いで、「歩合給」の単価は「能率給」の2〜3倍
  • 「職務給」は職種別に支給され、正社員のみに存在

ということで、これらをトータルすると定年後再雇用の賃金水準は(本件原告の場合)定年前の2〜12%減になるということのようです(2割減というのは賞与が支給されないから)。定年後再雇用については出来高給の割合と単価を上げて稼働の向上を促そうというのはまあ一般的な発想と申せましょう(判決も「基本賃金の額を定年退職時の基本給の水準以上とすることによって収入の安定に配慮するとともに、歩合給に係る係数を能率給よりも高く設定することによって労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫している」と評価しています)。
原告はこうした賃金制度の相違を労契法20条違反と主張したわけですが、判決は

 定年制は、使用者が、その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら、人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに、賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができるところ、定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は、当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。これに対し、使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合、当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また、定年退職後に再雇用される有期契約労働者は、定年退職するまでの間、無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして、このような事情は、定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって、その基礎になるものであるということができる。

と定年前後における賃金体系の相違を検討の基礎になるものとして明示したうえで、他のいくつかのポイントもあわせて検討したうえで

…嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であるといった事情を踏まえても、正社員に対して能率給及び職務給を支給する一方で、嘱託乗務員に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

と判示しました。賞与についても、

…嘱託乗務員は、定年退職後に再雇用された者であり、定年退職に当たり退職金の支給を受けるほか、老齢厚生年金の支給を受けることが予定され、その報酬比例部分の支給が開始されるまでの間は被上告人から調整給の支給を受けることも予定されている。…
…これらの事情を総合考慮すると、嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であり、正社員に対する賞与が基本給の5か月分とされているとの事情を踏まえても、正社員に対して賞与を支給する一方で、嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえない…

と判示されています。
ということで、ハマキョウレックス事件では賃金、賞与、退職金について判断されることはなく、長澤運輸事件では定年後再雇用の場合は賃金が低下しても必ずしも不合理ではないという判断が示されたわけで、とりあえず人事管理の実務が混乱することは避けられたということになりそうです。
もちろん、働き方改革関連法案の成立後にどうなるのかは、この判決は大きく影響するだろうとは思いますがまた別の話でしょうし、定年後再雇用についても「2割程度なら合理的」というわけではなく、個別に総合的に判断されるものでしょう(この3月に定年後再雇用で75%の減額提示が再雇用の拒否であり不法とする判決が確定していた、はず)。特に賃金については(年収総額ではなく)個別に検討された結果定年前との格差はこの事件ではさほど大きくないことには留意すべきと思われます。
あとは手当の話になりますが、高裁では不合理でないとされていた皆勤手当、精勤手当の不支給についても不合理とされました。これについては、せいぜい1か月単位の皆勤/精勤に対するインセンティブという制度になっているわけなので、そのタイムスパンで「人手を揃える」ための手当に相違があることは不合理と考えるほうがむしろ自然であり、妥当な判断だろうと思います。いっぽうで住宅手当については転勤の有無(ハマキョウレックス)や年代による必要性の違い(長澤運輸)などをふまえて支給の相違は合理的とされており、これも妥当な判断とは思いますが、個別判断であって場合によっては不合理とされる可能性があることには留意が必要でしょう(以前書いた日本郵政の件とか)。
さて実務への影響ですが、まず手当についてはそもそも今回のハマキョウレックスの例では(今回争われたものだけで)無事故手当、作業手当、給食手当、通勤手当、住宅手当、皆勤手当、家族手当と7種類の手当があったようです。こうなったのにはもちろん相応の経緯があるものと思いますが、やはり日本郵政の件で書いたように、各社とも各種手当の趣旨と必要性を考慮して在り方を見直していく必要があるのではないでしょうか。ハマキョウレックスの例でいえば、内情がわかりませんので完全に思いつきレベルではありますが、無事故手当が安全運転励行という趣旨であれば(正規非正規共通で)賞金付き表彰制度にするとか、作業手当は職務給に織り込むとか、やり方はあるのではないかと思います。
一般論としても、新規設立会社は当初から食事手当も従業員食堂も設定しないのが現在では主流でしょうし、本社オフィス移転の際に従業員食堂を廃止し、従業員食堂のある本社とない事業所の間の不公平が解消したことから食事手当も廃止して基本給に上乗せしたという話も聞いた記憶があります(すみません今すぐ事例を発見できなかったので勘違いかもしれません)。家族手当も子育て支援の観点から配偶者対象から子ども対象にするといった戦略的な動きもあります。通勤手当や住宅手当は転勤のある企業ではなかなか見直しにくいでしょうが、しかし通勤手当というのは遠距離(≒長時間)通勤に対する補助金という性格もぬぐいがたくあり、「働き方改革」に逆行していることも一面の事実でしょう(職住近接を奨励する制度を導入する企業もありますね)。
定年後再雇用の賃金については繰り返しになりますが今回は不合理でないとされたという話なので、きちんと説明ができるようにしておくことが重要だろうと思います。これは先日ご紹介した八代尚宏『脱ポピュリズム国家』でも指摘されていましたが、(長澤運輸の賃金制度がどうなのかはわかりませんが)日本的な賃金制度においては定年前は後払い的賃金が乗っていて高くなっていることが多いため、同職種の従業員の平均との比較という観点が必要ではないかと思います。
もう一点、長澤運輸事件で興味深いのは、同社は「老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間、月額1万円(のち2万円に増額)の調整給を支給する」制度となっていたとのことで、判決もたびたび引き合いに出して評価しています。これはもちろん65歳雇用延長が年金支給開始までの生計費確保策であったことをふまえたものでしょう。となると当時の経済界(合併前の旧日経連)が「生計費確保が目的であれば、賃金ではなく福利厚生的なつなぎ年金の給付等でも可とすべき」と主張していたことが思い出させるわけで、今後、さらなる年金支給開始年齢引き上げなどが議論される可能性は相当にありますが、その際の対応方法の多様化という意味で注目しておきたいと思います。
なおこれは労組におおいに期待したいところなのですが定年後再雇用の処遇問題の解決は定年延長によってはかられることが望ましいと思われ、その際に60歳以前の賃金も見直して65歳定年まで連続的な制度としていくことが好ましいのではないかと思います。さらに続けて70歳継続雇用の実現に取り組むといったロードマップを描かないことには人生100年時代に間に合わないのではないかと余計なお世話ながらやきもきすることしきり。ただあれなんだよなあ、この判決の出た6月1日には官邸の第8回人生100年時代構想会議が開催されていて教育無償化などの取りまとめが進んでいるのですが、そこに提出された神津里季生連合会長の資料をみると高年齢者雇用の推進についてはこう書かれるにとどまり、

○65歳以上の継続雇用年齢の引き上げに向けた環境整備について、有期労働契約を反復更新して60歳を迎える者も含め、まずは、希望する者全員が60歳以降も働き続けられるよう、現在の高齢者雇用対策をさらに強化することが重要である。
○そのうえで、高齢者の身体機能の低下をはじめとする身体・健康状態を踏まえた適正配置や配慮義務の創設など、高齢者にとって安全で安心して働くことのできる職場環境の構築について、総合的に検討する必要がある。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/jinsei100nen/dai8/siryou4.pdf

まあ前段は現実がそうだから仕方ないだろうという話かもしれませんが、後段の他人事感の半端なさはどうなんでしょうか。65歳の時と同じように、年金が70歳になれば国が企業に70歳継続雇用を義務づけてくれるからいいやって話なのかなあ。それにしても定年後再雇用10年はまずいと思うのですが…。
ということで最後は脱線しましたが、今回の判決でいろいろはっきりしてきたこともありそうですし、人事管理改善の動きにつなげていくことも期待できるように思います。労使の努力に期待したいと思います、と自分も他人事モード全開で終わる(笑)。