あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。
さて日経新聞が年初から「働きかたNext」という特集を組んで労働問題を精力的に取り上げています。なかなか興味深い記事もあり面白いところは追々感想なども書いていきたいと思いますが、今日はまず月曜朝刊の連載コラム「経営の視点」が労働問題を取り上げていますのでそれをご紹介したいと思います。お題は「変化乗り切る雇用改革―「コスト」以外に3つの課題」、水野裕司編集委員の署名があります。
大きく2つの部分に分けられそうですので、まず前半から。
安倍政権のこの2年間で俎上にのった雇用分野の「岩盤規制」は2つある。いったん採用したら雇用契約を原則解除できない解雇規制と、労働時間に応じて賃金を払わなければならないという、工場労働を念頭にできた仕組みだ。いずれも経済界が見直しを強く求めている。
解雇規制改革は労働組合の猛反発で下火になり、いまは労働時間と賃金の関係に焦点が移っている。時間の長さでなく成果で賃金を払う「ホワイトカラー・エグゼンプション」は労使の議論が山場だ。2つの岩盤規制はまったく別物だが、見直しには経済界として共通の狙いがある。
中高年社員を中心とした人件費の削減だ。賃金はなお年功色があり、年齢が上がるにつれ雇用コストは重くなる。企業内の余剰人員は465万人(2011年時点)にのぼるという内閣府の推計もある。
企業の雇用改革はバブル崩壊後に広がった成果主義や、その後の職務、役割に応じた賃金制度など、人件費抑制と組織の生産性向上を眼目にしてきた。労働時間で賃金を決めない制度づくりや解雇規制緩和の要求もその延長線上にある。
(平成27年1月5日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)
「いったん採用したら雇用契約を原則解除できない解雇規制」についても「経済界が見直しを強く求めている」んですか。とりあえず経団連の「規制改革要望2014」(http://www.keidanren.or.jp/policy/2014/083.html)を見てみますと(いやなにしろ経団連のエアポチだからなwww)「使用者の雇用保障責任に係る判例の整理と予見可能性の高い紛争解決システムの構築」というのはあるのですが、内容的には大内伸哉先生が言われているようなガイドラインづくりと相場づくりまでは求めない事後型の金銭解決であって、解雇規制自体の「見直しを強く求めている」ようには見えません。事後型の金銭解決は過去にも何度か書いたように相場を決めるかどうかが決定的に重要で、私の知る限りでは最近では例の産業競争力会議の長谷川主査ペーパーが「事後型金銭解決の相場をつくれ」と主張していて、これは事実上解雇規制の緩和に近い効果を持つと思います。他にも探せば個別の経営者の中には解雇規制の緩和を訴えている人もいるかもしれませんが、それだけで「経済界が」とはいえないと思うなあ。たしかに有識者の中にはそれを主張する人もいたわけですが、「解雇規制改革」が「下火に」なったのは「労働組合の猛反発」だけではなく、経営サイドも実は大して乗り気じゃなかったからじゃないのかなあ。
「2つの岩盤規制はまったく別物だが、見直しには経済界として共通の狙いがある。/中高年社員を中心とした人件費の削減だ」というのもそうかねえという感はあり、上記経団連の要望は解雇をしやすくするというよりは紛争処理の手間を減らしたいというもので、たしかにコストダウンにはなりますが「中高年社員を中心とした人件費の削減」にはならないでしょう。
「労働時間と賃金の関係」についても上記経団連規制改革要望2014に「創造性の高い業務内容・働き方に適した労働時間制度の創設」というのがあるのですが、これによればその対象者は「研究・技術開発系や事務系等の労働者の中には、専門知識や技術、あるいは企画・調整等の高度な能力に基づき、創造性の高い仕事を行っている者がいる。このような労働者は、一定期間の業務内容と課題・成果目標等を上司と話し合って設定した上で、具体的な業務遂行の方法や時間配分は自己の裁量で行って」いるということなので、これに該当する若手〜中堅(経団連はここでは年収要件に言及していませんが、大企業であれば中堅の係長クラスでも今議論されている年収1,000万円に届く可能性は十分あるでしょう)クラスも対象者になります。まあ中高年の方が多かろうとは思いますがしかし企業が「専門知識や技術、あるいは企画・調整等の高度な能力に基づき、創造性の高い仕事を行っている者」の人件費を削減したがっているかというと、あまりそうも思えないような。
「企業内の余剰人員は465万人(2011年時点)にのぼるという内閣府の推計もある」というのは当時もいろいろと話題になりましたが数字が独り歩きしている感はあり、つまりこれは1980年以降の製造業の稼働率ピーク時を適正としたものであり、かつ非製造業も製造業の稼働率を使っているものなので、まあ目いっぱい最大限の数字といえるでしょう(ちなみにミニ白書本文では172万人という製造業の数字しか使用されておらず、465万人と言う数字は図表にのみ表示されています)。ミニ白書では日銀短観の雇用判断D.I.が50(全体として人手の過不足感なし)の時と比較した雇用保蔵者数もも推計しているのですが、それによると全産業が364万人、より確度の高そうな製造業が121万人となっています。これはつまり企業としては高負荷に備えて一定の雇用保蔵を持っている状態が過不足感がない状態だ、ということを示唆しており、その意味でも465万人は過大な数字だといえそうです。しかも(「2011年時点」との断りはありますが)現状は雇用失業情勢が当時とはまったく異なることを考えると、この数字を担ぎ出すことの適切さには疑問が大きいように思われます。
たしかに、1995年以降の成果主義騒ぎをはじめとする企業の賃金制度改革(雇用改革と呼べるほどの幅はない)については、書かれているとおり「人件費抑制と組織の生産性向上を眼目にしてきた」(そして成果主義騒ぎは後者については総じてみじめな失敗に終わった)ことは間違いなかろうと思います。とはいえ、だからといって「労働時間で賃金を決めない制度づくりや解雇規制緩和の要求もその延長線上にある」と決めつけるのは単純な思い込みに過ぎない感はあり、短絡のそしりを免れないでしょう。
さて後半部分はこうなっています。
だが企業が成長するにはコスト管理だけでなく、環境変化にあわせて先手を打っていく必要がある。
3点ある。第1は人口減への対応だ。労働力が減るなかで企業に貢献する人材をいかに集めるか。
カルビーには短時間勤務の女性執行役員がいる。中日本事業本部の本部長を務め、2人の小学生の娘がいて勤務は午後4時までがめど。企業は女性活用に積極的に動き始めたが、こうした思い切った起用をもっと考えたい。長時間労働の見直しは急務だ。
ジャスダック上場で介護サービスのケア21は定年制を廃止した。希望すれば社員が自分の定年年齢を65歳以上のなかで選べる制度も設けた。高齢者の活用も知恵を絞る余地が大きい。
第2はダイバーシティー(多様性)の追求だ。たとえば障害を持つ人にも、障害の様子やその人の技能にあわせて社内で仕事をみつけることが「世界標準」になってきた。
アクサ生命保険は本社や各営業拠点で聴覚や視覚障害などのある社員が働く。すべての人に雇用の機会を用意することは、世界の投資家や社会から評価される企業の条件のひとつだ。
そして第3は取引先の労働環境についても改善に取り組むことだ。凸版印刷は外注先など海外を含む取引先約3千社に、残業代の支払いや労働時間が法令通りか、安全衛生は十分かなどの点検を始めている。問題がみつかれば是正を促す。
途上国では違法な低賃金や劣悪な職場環境などが問題になっている。東南アジア諸国連合(ASEAN)地域では今年末の市場統合で格差が広がる懸念が出ている。日本企業も取引先の労働条件を一緒に改善していくことが、現地の信頼を得て海外事業を伸ばすうえで欠かせない。
ホワイトカラー・エグゼンプションは企業の生産性を高める手立てになる。しかし雇用改革で企業がやるべきことはたくさんある。政府の規制改革をただ待ってはいられないはずだ。
まあ企業経営者からすれば余計なお世話という話ではないかと思いますが、そこは「経営の視点」というコラムだからそれでいいのでしょう。
さてカルビーの女性執行役員は、これこそまさにスーパーパーソンという感じです。午後4時で帰っても誰も文句を言わないだけの実績を上げているのであれば何の問題もないでしょう。でまあ午後4時で帰っても文句なしの実績を上げられる人なのに午後10時まで働けないから登用できませんというのは確かに人材活用のムダであってそういう意味では「こうした思い切った起用をもっと考えたい」というのもまったく同感するところです。そこに「長時間労働の見直しは急務だ」と付け加えてしまうのが余計で、そう言われると「いや午後4時で帰れば文句のない実績が上がるというものではないでしょう」というツッコミを入れたくなるわけで。
次のダイバーシティのくだりがなにかと問題で、まず女性、高齢者と来たところで「第2はダイバーシティー」と言われてしまうと力が抜けるわけで、まあ悪いとは申しませんが女性・高齢者も「ダイバーシティは人口減対策としても重要」という文脈で語ってほしかったようには思います。この書きぶりだと、下手をするとダイバーシティ=障害者雇用と受け止められかねないわけで。また、障害者雇用の推進はなにもいまさら「「世界標準」になってきた」などというものではなくとっくの昔から「世界標準」(先進国標準という意味での)であり、日本企業も取り組んできているところです。
それ以上に疑問なのがダイバーシティを社会貢献かなにかのように語っていることで(しかも「すべての人に雇用の機会を用意」とかメチャクチャに高いハードルを設定しているしな)、もちろんそういう側面もありますし重要だとも思いますが、しかしダイバーシティで企業経営者に説教を垂れたいなら多様性を創造性の源泉にするとか、経営上のダイバーシティの積極的価値を強調しなくてどうするんですかとも思います。そう言えば、これまで日本企業が取り組んできた障害者雇用にも社会貢献以上の価値がある、という話にもなるわけで。ということで多分ダイバーシティのことがあまりわかってない人が書いているということではないかと思います。
第3の取引先指導も別に自慢して歩かないだけで各社普通に取り組んでいるところではないかと思いますが、たしかに普通の取り組みだと往々にして海外子会社での児童労働が発覚するといったことも起きているので、あらためての注意喚起としては有意義かもしれません。
ということで前半部分は最後の説教のためだけのものだったようで実は前半と後半はあまり関係がない不思議なコラムなのですが、まあ前半は総じて思い込み、後半は概ね余計なお世話というまとめになろうかと思います。