限定正社員の課題(続き)

 昨日のエントリの続きで、限定正社員制度普及の課題について書いていきたいと思います。
 第2の課題は第1とも関連しますが、やるならある程度一斉にやらないとうまくいかない可能性があるという点です。エリートの無限定正社員とノンエリートの限定正社員を区分して採用しますという会社と、いやいやわが社は引き続き全員エリート無限定で行きますという会社が混在した際に、もし昨日も書いたようにエリートを選好する意識が強く残るとすれば、後者に良好な人材が多く引き寄せられる可能性は軽視できないように思われるからです。後々困るのはそれはその時と割り切って、今現在は良好な人材を集めて後払い賃金でバリバリ働いてもらったほうが短期的には競争上有利であるとすれば、先々を考えて前者に踏み切った会社が経営難に陥り、結果的に限定正社員の普及が頓挫することが懸念されます。逆に、ノンエリートでワークライフバランスなワークスタイル・ライフスタイルを積極的に評価する方向に意識が向かえば、無限定正社員が集まりにくくなるという形で限定正社員の拡大が進む可能性もあります。
 とはいえ、とりあえず限定正社員の活用が提言されてからかなり経過してもあまり大きな変化は見られないわけで、それでもやろうということであれば政府が意思をもって介入することが必要なのかもしれません。具体的にはかなり難しい政策になりそうですが、たとえば新規採用者について勤務地変更禁止、日本職業分類の中分類を超える職種変更禁止(監督者・管理者への昇進は可)、時間外労働は月間10時間・年間60時間を上限といった規制をかけてしまい、適用除外で勤務地変更や職種変更、上限を上回る時間外労働を命じることができるのは20%の例外に限るといった量的規制を実施するわけです。20%のエリートについてはたとえば年収700万円以上でホワイトカラー・エグゼンプションでいいかもしれません。要するに、繰り返し引用している八代尚宏先生の指摘「出世競争は一部のワーカホリックな社員に委ねて、大部分の社員は、各々の得意とする専門的な業務に専念するジョブ型の働き方が相対的に増えることが望ましい」を法規制で実現してしまおうというわけです。そもそも現実的な感じがあまりしませんし、ある意味濱口先生が言われるような「デフォルトルール」を政府が決めるようなもののなので、自由が好きな私としてはあまりうれしい話ではないのですが、しかしそのくらいやらないとできないのかなとも思って悲観的になるわけです。
 そして第三の課題は実用的な話で、上で「新規採用者」と書いたように、即座に実施できるのは新規採用からに限られるだろうという点です。労働者の長期的なキャリアにかかわるしくみを作り直そうということですから、一気にやったら大混乱に陥ることは避けがたいわけで、すでに採用され就労している人たちについては経過措置を設け、それなりに長期間をかけて、激変を避けながら進める必要があるでしょう。
 つまりこれは、今困っているような問題点について、長い目でみれば将来的には発生しなくなるでしょうという話であって、今現在の問題(たとえばバブル入社者の人件費負担とか)が目に見えて解消するような話ではないわけです。したがって、今現在の困りごとについては別途対応するよりないわけで、現実にも非正規雇用を拡大して昇格の必要のない従業員を増やしてきたのではないかというのは前にも書きましたし、かつての成果主義もそういう側面がありましたし、今回の「ジョブ型」も同様かもしれません。それでなんとか乗り切っていけるのであれば、案外そうしているうちに徐々にサステナブルな姿に変化していく可能性もあります。一方で正規・非正規の二極化の問題も指摘されているところであり、二極化の間を埋めてキャリアの飛び石となりうる存在としての限定正社員への期待というものもあるわけで、やはり意識的・漸進的に取り組むべき政策であるようにも思われます。
 具体論はさまざまでも、雇用・就労形態の多様化という方向性は労働研究者や政策関係者の中ではそれなりに共有されているようですので、難題は多いのではありますが、今後も引き続き議論が進むことを期待したいところです。